第414話 コロネ、工場へと向かう
「今度来るときは前もって一報入れてくれ。エドガーのとこ経由でも構わんから」
そうすれば、工房への道を解放するか、ピッケさんか誰か、工房のものを案内に出すから、とパナマさんが言ってくれた。
やっぱり、この辺の区画って、コロネひとりではやってこれないようだ。
なので、事前連絡は必須って感じかな。
方法としては、遠話用のアイテムを持っていたら、そっちを使ってもいいし、後は噂ネットワークの方に職人街関連の伝言板もあるから、そこに吹き込んでくれても構わないとのこと。
そのどちらも難しい場合は、エドガーさんの工房までやってきて、この受付から取り次いでもらってもいいみたいだけど。
というか、コロネの場合、専用アイテムを持ってないから、自動的に、エドガーさんの工房ってことになるんだよね、今のところは。
「はい、わかりました。色々とありがとうございます」
「何、うちも工房だ。仕事なら大歓迎だよ」
そう言って、口元に笑みを浮かべるパナマさん。
うん、これで困った時は相談に来られるかな。
小人工房なら、機械関係のちょっとした部品の話とかもできるみたいだし。
後は、ガラス関連のこともかな?
ちなみに、今日のところはこの工房の隣にある、ガラス作りの工房はお休みなのだそうだ。
工房主のギヤさんって人は、ガラスの原料を採りに行っているとのこと。
「まあ、ギヤのやつは月の半分くらいは、この町の地下遺跡に潜ってるしなあ。なので、小人工房でも、ガラス作りに関しては、半分くらい請け負ってるんだ」
「びん」
「そうそう。エドガーさんたちの言う通りよ。今から、この先の工場にも足を運ぶんでしょ? そっちで使うガラスびんもここで作ってたりもするの。ガラス工房が開いている時に比べると、数はそんなに作れないけどね」
「あ、そうなんですね」
今はペトラさんがガラスびん作りを担当しているのだとか。
今、コロネたちがいる場所からだと、どこで作業をしているのかわからないけど、ここから更に下にある階では、火を取り扱うための施設もあるんだって。
その辺は、『火の民』の人たちの工房との兼ね合いとのこと。
どうも、高火力の設備は、その辺に多くあるみたいだねえ。
換気とか空調って、大丈夫なのかな?
その辺は、魔法を上手に使って、って感じなのかもしれない。
「よし、じゃあ、そろそろ工場の方に行くか。あんまり長居しても悪いしな」
「また遊びに来いよ、コロネ。今度こそ、俺の雄姿を見せてやるぜ!」
「ピッケ、あんまり調子に乗らない。てか、そんなにやる気なら、今から、こっちの仕事を手伝ってもらおっか。いいかげん、ガラスびん作りを覚えてよね」
「…………」
「あ、おれも今なら余裕があるから、姉貴たちに付き合うんよ。ピッケももうちょっときちんと作業できれば、納品できるレベルまで行けるかも、って」
「おーい……あれ? 俺、うっかり? ていうか、囲まれてのしごきは嫌ーーーっ! まったくこんちくしょーなやつらだぜ!」
そのまま、パナマさん以外の三人に取り囲まれるピッケさん。
あっという間に、強制連行って感じに連れていかれてしまって。
後に残ったパナマさんが嘆息する。
「あいつ、いくらやっても上達しないからなあ……あそこまで不器用なのも才能だな」
「はは、小人種にしてはめずらしいよな。ピッケの場合、口から先に生まれてきたって感じだしな。それじゃあ、俺たちは行くぜ。悪かったな、パナマ」
「ありがとうございました」
「ああ。工場のやつらにもよろしく言っておいてくれ」
そんなこんなで、小人工房を後にするコロネたちなのだった。
「ここが工場、ですか?」
「そういうことだ。少し階段を下りるぞ。この辺の区画は地下遺跡のギリギリまで、めいっぱいスペースを広げているからな」
「三階」
「ああ、深さとしては、塔の地下三階くらいまではあるぞ。もっとも、今日のところは上の部分だけの案内になるだろうがな」
へえ、そうなんだ?
エドガーさんの説明を聞きながら、改めて、目の前を見ると、そこにあるのはそれぞれ、上と下に続いている階段がある場所だった。
どう見ても、工場って感じじゃないけど、下の方へ向っている階段の横、その壁には『この先、工場。関係者以外は立入禁止』という張り紙がしてあった。
あれ?
もしかして、工場って、けっこう危険だったりするのかな?
というか、塔の地下三階って、かなり地下深いよね?
何せ、メルさんたちが住んでいる地下街まででも、軽く、向こうの世界のビルの四、五階分の高さがあったものね。
だから、普通に二階建ての一軒家とかも地下に作れたわけだし。
あの地下街で、まだ塔の地下一階部分だったはずだ。
「エドガーさん、ということは、工場って、かなりの大きさってことですか?」
「それはそうだ。少なくとも、うちの工房くらいなら余裕で全部入るぞ。高さ的にも、広さ的にもな」
「広大」
「えっ!? エドガーさんの工房が全部!?」
うわあ、工場って聞いてはいたけど、想像以上に規模が大きいんだねえ。
階段を下りながら、色々と、その工場について話を聞いてみたんだけど。
「工場で働いているのは、おもちゃ系のモンスターの人たちなんですよね?」
「ああ。多くは、さっきのパナマたち同様に『ドリファンランド』の出身だ。コロネもサーカスを見たことがあるんだろ? そっちと同じような人形たちが働いているな。で、主に作っているのは、缶詰とビン詰め関係だ。早い話が保存食に関する工場だ」
なるほどね。
前に、オサムさんがツナ缶の話をしてくれたけど、それらを缶詰にしているのが、このおもちゃたちによる地下工場なのだそうだ。
ビンに関しては、ガラス工房と提携で。
そして、缶に関しては、工場内でそれを作るラインもあるらしくて、そっちに関しては、工場だけでまかなえるのだとか。
「なので、ビン詰めに関しては、缶詰よりは少し数が少ないな。メルだけだと対応できない時とかは、ポーションの作業とかも一部補助したりもしてるぞ。中身の調合薬だけ預かって、ガラス工房で作ったビンに詰める作業な」
「あ、ポーションの詰め込みとかもやってるんですか」
もしかして、メルさんの工房の膨大な数のポーションも、こっちの工場で詰めていたりするのかな?
確かにあそこに保管しているポーションの数って異常な量だったし。
「まあ、そっちの作業はあくまでも、おまけだな。何だかんだ言っても、この工場の場合、フル稼働させると色々と問題があるんでな。その辺は、少し加減しつつ動かしているんだ。何せ、缶詰に関しては、出荷なんかも場所を制限しているからなあ」
その辺は、ポーション類と同様にトップシークレットだ、とエドガーさんが苦笑する。
一応、物資として流しているのは、食材などを提供してくれている、人魚の村なり、『魔王領』の一部なりのみに限定されているのだそうだ。
今のところは、缶詰はサイファートの町の限定品と考えてもらった方がいい、って。
「まず、缶を量産できるのが、ここの工場か、『ドリファンランド』に限られるってのが一番の問題だな。保存食としては優秀なんだが、下手に流通させられないんだ。缶詰を作るのに、割と高度な魔法技術も必要になるしな」
「むず」
あ、そっか。
缶詰作りって、やっぱり高度な技術なんだものね。
他の場所だと、作るのが難しい工程が多いらしくて。
「そもそもが、密封状態を保てる缶を作るのが難しいからな。後は、缶詰に適した料理の作りかたとか、洗浄や脱気の工程とかな。色々と問題が山積みだ。普通のやり方じゃ、ちょっと作れないだろうな」
「ということは、ここの工場は普通じゃないってことですよね?」
「まあ、普通ではないな……お、ほら、コロネ、そこの扉が工場の一番上の区画の入り口だ。今日は、ここを見ていくぞ」
エドガーさんが指差したのは、下へと続く階段の途中の踊り場だった。
そこに看板も何もない大きな扉があった。
そして、階段自体は、更に下へも伸びている。
まだまだ、工場は地下へと広がっているみたいだね。
「エドガーだ。昨日話した通り、コロネを連れてきた。扉を開けてくれ」
『はい。確認しました。扉開きます』
扉の前で立ち止まって、エドガーさんがそう話しかけると、そのまま、その大きな扉が自動的に左右へと開いた。
あー、すごい。
ちゃんと自動ドアみたいになってるんだね。
どこからともなく、女の人みたいな声がしたし、誰かがここをチェックしているようだ。
『洗浄区画へとお入りください。そこから先は消毒してからでないと立ち入りできません』
「ああ、わかった。よし、コロネ、中に入るぞ。この中が洗浄区画だ。ここで、全身を消毒するんだ」
「全身消毒ですか?」
そう尋ねながらも、エドガーさんたちに続いて、扉の中へと進む。
扉の中はそれほど広くない白い部屋になっていた。
奥の方には、また大きな扉があって、そして、部屋の中にいたのは。
「「もっ! もっ! もっ!」」
「あっ、ミドリノモさん」
この町のあちこちで見かける、まんまるの緑色の生き物。
妖怪種のミドリノモたちが、その洗浄区画にもいて、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
コロネも、もののけ湯のクリーニングとかでお世話になっているから、すっかりおなじみというか。
なるほど。
工場に入る前に、この子たちに消毒してもらうんだね。
そんなこんなで、ミドリノモの『穢れ祓い』を全身に受けるコロネたちなのだった。




