第41話 コロネ、お店のパティシエになる
「コロネちゃん、用意できたー? マスターが呼んでるわよ」
「お姉ちゃん、少し遅いよ? みんな、待っているんだから」
更衣室で、ちょっとだけ立ち尽くしていたコロネを呼びに、ジルバやサーファたちがやってきた。どうやら、他のみんなは今日のことを聞かされていたらしい。
新しい衣装に着替えたコロネを引っ張るように連れ出す。
「あら、コロネちゃん、かっこいいじゃないの。もう着替えているのなら、手加減は無用よね。戸惑っていたら、問答無用で連れてこいってのがマスターの指示よ。観念なさいな」
「いや、あの、その、これって……」
観念って。
そういう意味で固まっていたわけじゃないのにな。
てっきり恥ずかしい衣装か、ふりふりの可愛すぎる衣装とかかと思っていたけど、袋を開けてみて驚いた。
それは、コロネにとっては馴染みのある服だったから。
「あの、ジルバさん、そんなに引っ張らなくて、行きますって」
「そう? ならいいけど。でも、いいわよね。その服装。引き締まっていて、マスターみたいな感じよ」
「うん、料理人って感じだよね、お姉ちゃん」
「あ、うん、ありがとう。そう言ってもらえるのはうれしいけどね」
言いながらも、慌ただしく、二階の調理場へと戻る。
そうだよね、とコロネは思う。
たぶん、ふたりとも、この衣装が料理人のものだと思っているのだ。
そんなこんなで、調理場へと到着する。
そこには、オサムが待ち構えていた。
すでに、カートの上には、コロネが作った料理がスタンバイしている。
「ようし、来たな。お、なかなか似合っているじゃないか。さすがは本職だな」
「いや、あの、オサムさん、これって」
コロネが何か言おうとするのを、口元に笑みを浮かべるだけで、さらりと流すオサム。
まあ、そうだよね。この人はわかってやっているよね。
「じゃあ、行くぞ。コロネはそのまま、ついてこいよ。他のみんなは手分けして、この器に盛り付けて、お客さんに配ってくれ。これに関しては『お試しメニュー』と同じ取扱いになる。作るのにかかった費用も当然、俺持ちだ。それじゃあ、頼むぞ」
用意されたのは、ガラスでできた器だ。
それに一人分の分量ずつ、盛り付けられていく。
元々、コロネの方から、みんなに振舞いたいという話はしていたが、こういう展開は聞いていなかった。
まあ、こうなったら、オサムについていくしかないんだけど。
「それでは、皆さま、お待たせしましたのにゃ。本日のメインイベントなのにゃ」
「ああ、もうジャムパンなどの件で、知っているやつも多いと思うが、改めて、ここで紹介させてもらいたいと思う。先日、新しく、ここの料理人に加わった、コロネだ。得意な料理は甘い物全般。ぶっちゃけ、お客さんの方から、甘い料理はないか、甘い料理はないか、という要望が多かったにも関わらず、俺自身が苦手だったせいで、保留になっていたがな。色々あって、頼りになる人材を得ることができたってわけだ」
笑みを浮かべながら、オサムが続ける。
「これからは、コロネを中心に、ピーニャや教会の連中とも協力して、新しい甘い料理、たぶん、聞きなれないとは思うが、お菓子っていうんだ。そのお菓子が作り出されていくだろう。今日来たお客さんは運がいいな。その最初の一歩に居合わせたんだからな。今、配っているのが、その一品だ。じゃあ、これに関しては、コロネから説明を頼む」
「え、あ、ただいま、ご紹介に預かりました。料理人のコロネです。今、お配りしているのは、たまごとミルクとハチミツを使った冷たいお菓子で、アイスクリームと言います。冷たいのでびっくりしないでくださいね。あと、どんどん溶けてしまいますので、お早目にお召し上がりください」
「まあ、何はともあれ、最初の『お試しメニュー』だ。いつものように、忌憚のない意見ってやつを頼むぜ。ちなみにコロネは俺と同じ、迷い人だから、こっちの世界にはあまり慣れていないんだ。批評に関してはお手柔らかに頼むぜ」
そう言って、説明を終えたオサム。
ようやく、ここでコロネの方を振り返る。
周囲からは、冷たい、とか、何だこれは、とか、声がするが、それどころではない。コロネ自身もこの展開についていけていないのだ。
「まあ、そういうわけだ。まぐろの解体ショーは前座だよ。今日のメインはコロネ、お前さんのお披露目だよ。隠していて悪かったな」
そう言って、コロネの着ている衣装を指差す。
「俺もうろ覚えだったが、イメージを伝えて、『あめつちの手』のやつらに作ってもらったのさ。チョコレートの茶色、クリームの白。それを組み合わせたパティシエールの衣装だな」
そうだ。
今、コロネが着ているのは、コックコートとは少し違う。
パティシエの、女性用のパティシエールの衣装だ。
しかも、少し色合いが違うが、コロネが向こうで着ていたお店のものにもデザインがとてもよく似ていたのだ。
最初に目にした瞬間。
そして、服を身に着けて、鏡を見た瞬間。
コロネがパティシエであった当時の時間が戻ってきたかのように思えた。
重傷を負って、再起不能であったはずの夢。
それが手の届くところにある。
そう思った途端、鏡の前で立ち尽くしている自分がいた。
我慢していないと涙が出てしまいそうだった。
だからこそ、とコロネは目の前の男を見る。
本当に、何ていう人なのだろうか、と。
「お、どうやら、みんな、大体が食べ終わったみたいだな」
コロネが何か言おうとするのを、遮るようにオサムが笑う。
そして、お客さんの方へと向き直る。
「どうだった? まあ、感想を聞くまでもなさそうだがな。材料と機材さえそろえば、こういうメニューを、コロネは作ることができるだろうな。まあ、一から食材集めだから、そう簡単にはいかないかも知れないが、みんなも長い目で見てやってくれ。ああ、そうそう」
オサムが思い出したかのように、言葉を続ける。
それをお客さんたちが笑顔で眺めている。
「お菓子を作る職人のことを、俺たちの故郷の言葉で、パティシエ、と呼ぶんだ。これからはこの店の、パティシエのコロネもよろしく頼む。じゃあ、最後にコロネから一言」
「まだまだ、パティシエとしては未熟ですが、頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
その瞬間のことをコロネは決して忘れない。
その場には、知っている顔、知らない顔、それぞれがいたが、そのどちらからもコロネに対する、祝福の拍手があった。
ここが自分にとって、再出発の場所なのだ。
だからこそ、とコロネは誓う。
この世界で、パティシエとして、頑張っていこう、と。
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あるところに、『ツギハギ』と呼ばれる世界があった。
ある日、その世界にひとりの少女がやってきた。
少女は『ツギハギ』には、まだ存在しない甘い料理で、この世界に新しい光を与えていった。
少女の名は、コロネ。
この世界で初めてのパティシエールである。
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