第413話 コロネ、小人工房について聞く
「こちら、よろしかったらどうぞ。新しく作ったお菓子です」
例によって、パナマさんたち小人さんにも、サブレを配ってみた。
これで朝作って来た分はなくなっちゃったけど、まあ、仕方ないよね。
エドガーさんの話だと、あと、寄る所って、缶詰とか瓶詰を作っている工場とかだけだって言ってたし、そっちで働いている人たちって、おもちゃ系のモンスターの人たちが多いらしいのだ。
ドール種とか、グルミー種とか。
なので、普通の食品関係は食べられないとのこと。
後は、モッコさんたちのところくらいだから、そっちはエドガーさんに多めに渡してあるから、それで適当に何とかしてもらおう。
もうちょっと、数を作れたらよかったけど、どうしても、砂糖の壁があったからね。
「お、悪いな。そういえば、コロネはジャムパンとかも作ったんだったな。あれ、俺も食ったぞ」
美味かった、とパナマさんが口元に笑みを浮かべて。
後で工房のみんなで頂くから、とそのまま、サブレの袋を受け取ってくれた。
いや、それにしても、やっぱり、少しずつだけど、この町にも甘いものが浸透してきているんだねえ。
どこに行っても、『あれ、食べたぞ』って言ってくれる人がいるし。
ジャムパンはどっちかと言えば、ピーニャの成果だけど、それでもやっぱり、おいしいって言ってもらえるとうれしいよ。
「コロネだったら、プリンが絶品だよな。本当に、こんちくしょーな味だぜ」
「あー、そうそう。プリンなら食べたことがあるよ。あれ、美味しいよね。前にピッケがもらってきてくれたバナナプリン? あれ、本当に美味しかったもの。今だと、『幻の一品』なんだっけ?」
「おれもおれも。そう言えば、普通のプリンは食べたことないんよ。そういう意味では、分けてくれたピッケに感謝なんよ」
「あれ? バナナプリンって、大食い大会の時のですよね?」
あれって、ほとんどが大食い大会で消費されちゃったと思ったんだけど?
よく、余分に持って来れたよね。
その辺は、ピッケさんが司会をやってたから、そっちの権限とかかな?
そう考えていると、目の前でピッケさんがものすごく渋い顔をして。
「お前らほんとにこんちくしょーだよな! あれ、俺が、何とか、プリムさんの威圧を耐えながら、もらってきたやつだったんだぜ? なのに、後で食べようと思ったら、いつの間にか食われてるし」
「………………」
「おい、プブロ、お前も共犯だろうが、このこんちくしょー!」
「ちなみに、俺が食ってないからな。横で見てたが」
「いや、だったら、こいつらを止めてくれよな、パナマ。まったく、こんちくしょーだぜ」
「つーか、最初から分ければいいものの、こそこそと隠そうとするからだろ。あの時は、何だかんだで立て込んでて、徹夜仕事が終わったばかりだったろ。そこへ来て、あの警報やら、お前の変なテンションやらだったからな。まあ、多少はイラッとしてもしょうがないだろ、こいつらも」
だから見て見ぬふりをした、とパナマさん。
あー、なるほど。
結局、ピッケさんが持ち帰ったバナナプリンは、工房の人たちのお腹に収まっちゃったんだね。
あれ以降、材料の都合とかで、バナナプリンは作ってないし。
そもそも、価格が時価になりそうだから、今のところは普通に販売できないしねえ。
もうちょっと、バナナが自由に扱えるようになったら別だけど。
そっちも、さとうきびの案件と同じところかな。
「まったく、俺だって、品行方正に生きてるんだぜ? ひどい仕打ちだよな、こんちくしょー」
「どこが品行方正よ。いっつも、工房の仕事から逃げてるじゃないの。普段は騒いで邪魔ばっかりしてるし、いざ、手を借りようかと思ったら、他の町まで遠出してるし。そもそも、あんたを頭数に数えてないわよ」
「…………」
「ほんと。なんで、コッコの手も借りたいときに限っていつもいないんよ? 姉貴じゃないけど、ちゃんと仕事してくれって、思うんよ」
「いやあ、最近、司会業の評判が良くってさ。そっちの方の仕事がいそがしいというか、何というか。そういうこんちくしょーな事情なわけで……」
何でも、ピッケさん、『魔王領』の方での催しとかで、割と人気なのだとか。
この間の大食い大会の時みたいに、プリムさんにこてんぱんにされたりとか、魔貴族の人が主催する、観光地巡りの時に、添乗員みたいなこともやってたりするのだとか。
それで、この町を離れていることも多いそうだ。
まあ、プリムさんの方は、二人組にされるのを心底嫌がってるみたいだけど、その辺はアキュレスさんもこっそりけしかけてたりするらしいね。
ただ、ある意味で、親しみやすい魔王側近の姿を見せられるので、必ずしも悪いことばっかりじゃないみたい。
実際、コアなファンとかもいるみたいだし。
「今はそこまで立て込んでないからいいがな、いよいよとなったら、ピッケの代わりになるやつに来てもらうからな。そこは覚悟しとけよ」
「気を付けるって! あんまり、にらむなよ、パナマ!」
そこは真剣な表情で謝るピッケさん。
それなりに、自分が工房に迷惑をかけていることは自覚しているようだ。
もっとも、すぐそのことを忘れちゃうみたいだけど。
そういえば、工房と言えば、ふと思う。
「あの、この小人工房ではどういうものを作っているんですか?」
そもそもが、職人街の工房散策だったものね。
ガラス工房のお手伝いとか、靴とかを作ったりとか、漠然とした情報は聞いているけど、それ以外にもお仕事しているんだよね?
さっき持たせてもらった、パナマさんの金槌とか何に使っているのかとかは、やっぱりちょっと気になるし。
「ふむ……そういえば、コロネはオサムと同じところの出身だったな? なら、これが何かわかるか?」
そう言って、パナマさんから手渡された物を見る。
これって……。
「えーと……これは、歯車とばねですよね?」
「よし、どうやら知ってるようだな。なら、教えても問題なさそうだ。こっちだと、この手の技術は、一部のやつしか知らない。俺たち、『ドリファンランド』の職人の秘中の秘だ」
「そうなんですか?」
もう一度、手渡されたものを見る。
どこからどう見ても、鉄製というか、金属でできた普通の歯車とか、ばねだ。
これが、秘中の秘、なの?
あれ?
もしかして、こっちの世界って、こういうものがほとんど普及していないのかな?
コロネが不思議そうにしていると、パナマさんたちが教えてくれた。
「この町だとあまりめずらしくないがな。『魔王領』の中でも、『ドリファンランド』は特殊な立ち位置の領地なんだ。歴代の魔王の直轄地。なぜ、そうなのかというと、いくつか、特別な技術を持っているからだ。そのうちのいくつかが、この歯車やら、ねじやら、その手の製法だ」
「補足するとな、コロネ。高度な魔道具を作るためには、この手の部品が必要になる場合があるんだ。この町の職人街や、魔女たちの秘匿している技術などを除けば、こういった機械部品に関して着手している国はほとんどないな。そもそも、設備の問題もあるし、それを作れる者がいないってのも理由だが」
「特殊」
へえ、そうなんだ?
確かに、びっくりするくらい精巧な作りというか。
そもそも、これも、向こうの普通の歯車とかとは違うのかな?
ただ、理由は色々あるけど、『ドリファンランド』に関しては、関係者以外は立入禁止になっている地域なのだそうだ。
それはちょっと意外だね。
てっきり、向こうの夢の国というか、遊園地みたいな場所だと思ってたから。
「つまり、それは、小人さんたちの技術ってことですか?」
「正確には少し違うな。元々は、一緒の暮らしていたおもちゃ系のモンスター……ドール種やら、器人種やら。やつらの治療のために、身体の部品を代替するために、それを再現したのが始まりだ。理由は不明だが、やつらの身体は高度な技術によって作られた金属なり、非金属なりでできていた。それが、魔核によって生命を得ている、という形でな。だから、普通の技術とは、そもそも順番が違う」
最初に、その身体を持って生まれた生物がいて。
それを真似る形で発展した技術だ、と。
「だから、俺たちの持つ技術はあまり褒められたものじゃない。そもそも、小人種は手先が器用な種族ではあるが、発明が得意ってわけじゃないしな」
そう言って、パナマさんが自嘲の笑みを浮かべる。
必要だから、磨かれた技術ではあるけれど、そもそも、基礎を積み上げて得たものではないのは確かだから、と。
今は、その、おもちゃ系のモンスターから、技術革新とは逆の方向に、ひとつひとつ降りている、その最中なのだそうだ。
「その辺は、モスとかの話から推測できるが、たぶん、おもちゃ系のモンスターたちも、この世界へと流れてきた連中なんだろ。コロネと同じように、別のところからやってきたやつらがいて、そっちでは、そういうやつらが普通に暮らしていた世界があったってことなんだと思うぞ」
「迷人」
エドガーさんとフェイレイさんも補足してくれた。
なるほど。
まず、この歯車なり、ばねなりでできた身体を持っている種族が現れて、そこから製法を習得したって感じなんだね。
そう言えば、この町でも、機械っぽい設備があったりなかったり、その辺のバランスがちょっとおかしかったものね。
ララアさんの工房で見かけた、紡績機とか。
どっちかと言えば、魔法があるせいか、機械に関しては、まだまだ技術的には発展途上かなって感じもあったし。
それでも、オサムさんとかのイメージをある程度、形にできたのは、ここの小人さんたちが曲がりなりにも、技術を持っていたから、ってわけか。
だからこそ、作れないものもある。
そして、ものが魔道具の技術にもからんでくるので、その情報に関しては、制限されている、と。
「やっぱり、ここの工房もシークレットのひとつってことですね?」
「ああ。そういうことだ。まあ、コロネだったら、案外、『ドリファンランド』にも出入りが許されるかもしれないからな。そういう意味で、ついでに案内した。細かく何を作っているかについては、詳しくは話せないものもあるがな」
「内緒」
「はい、わかりました」
ともあれ、この小人工房がどういう場所なのかよくわかったよ。
職人街の技術の要のひとつってわけだね。
機械系の話については、魔道具技師さんか、小人さんってね。
そんなこんなで、工房を眺めるコロネなのだった。




