第412話 コロネ、小人の職人に出会う
「よぅ、なんだ、こんな時間に珍しいな、エドガー。客人か?」
「……………………」
「ピッケ、こんちくしょー、こんちくしょー、うるさい。仕事の邪魔。これ以上、騒ぐなら、即刻出てって」
「何でだよ!? 今日は割と静かな方じゃないかよ、このこんちくしょー!」
「はは、姉貴のやつ、さっき、色ガラスの加工に失敗して、イライラしてるんよ。別に悪気があるわけじゃねーから気にしたらダメなんよ。あ、それはそれとして、あんまり邪魔するんなら、工房から離れてくれなよ?」
「おい! 結局、俺、邪魔ってことかよ!? ひどい待遇だぜ、まったく!」
このこんちくしょーども、とひとりピッケさんが怒っているんだけど。
工房の奥の部屋から現れたのは、ピッケさんと同じような、でも、ちょっとそれぞれで特徴と言うか、姿かたちが全然異なる、四人の小人さんたちだった。
まず、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている、たばこかな? それに似たようなものを口にくわえて、紫煙を漂わせている男の小人さん。
ちょっと白髪交じりの黒髪で、肌の色も赤銅色というか、こんがりと焼けた感じというか。
これって、作業焼けかな?
ここにいる小人さんの中でも、熟練の職人って風格を持っている感じがするし。
そういう意味ではピッケさんとは大違いだ。
しかも、小人さんが使うには少し大きすぎる金槌のようなものを担いでるし。
本当にどこか底知れない雰囲気を持っているんだよね、この人。
その横で、無言でこっちを見ているのが、ちょっと太ったというか、体格がいい感じの男の小人さんだ。
身長も、この中では一番大きいかな。
ちょうど、コロネより少し小さいくらいだし。
ただ、そんな体格なのに、目がとっても小さいんだよね。
つぶらな瞳って言うのかな。
ちょっと見、迫力がありそうなんだけど、それでいて、目を見ていると、どこか優しそうな雰囲気も持っているのだ。
何を考えているのかはわからない、ちょっと不思議な感じの人だね。
その隣の方で、ピッケさんとやりあっているのは、この中でも若い感じのふたりの小人さんだ。
いきなり、ピッケさんに食って掛かった、ちょっとイライラしている感じの女の小人さんと、それをなだめるような、あるいは、もっと煽っているような、そんな感じで間に入っているのが茶色い髪の男の小人さん。
ふたりともどこか似ている感じで、男の小人さんが、姉貴って言っていたから、このふたりは姉弟なのかな?
そっちはそっちで、コロネたちの方は見向きもしないで、言い争っているようだけど。
「ああ、そうだ、パナマ。今、ちょっと職人街のあちこちを案内していてな。この辺の区画ともそのうち、縁がありそうなので連れてきた。今、いそがしいか?」
軽く挨拶したいんだが、とエドガーさんが笑うと、その、パナマさんと呼ばれた人がコロネたちの方へと視線を移した。
うわ、けっこう目つきが鋭い人だね。
じっと見られると、ちょっと緊張しちゃうと言うか。
「別に暇ってほどじゃないが、いそがしくもないな。わざわざ、エドガーが相手するやつなんだろ? 俺も少し興味があるしな。で、誰なんだ?」
「オサムのところに入った新しい料理人のコロネだ。頭の上に乗ってるのは、その家族のショコラだな」
「甘々」
いや、フェイレイさん、甘々って。
たぶん、菓子職人って言いたかったんだろうけど。
たまに、フェイレイさんの略語って、変な感じのがあるよね。
さておき。
ご紹介にあずかった以上はあいさつしないとね。
「初めまして、コロネと言います。今は塔でお料理を作ったりしてます。得意な料理は甘いものです。どうぞよろしくお願いします」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「そして、こっちがわたしの手伝いをしてくれているショコラです。種族は、粘性種のグルメスライムらしいです」
「ほぅ……そうか、なるほど。俺はパナマ。見ての通り、小人種の職人だ。ここの工房の責任者でもある」
そう言いながら、肩に担いでいた大きな金槌を片手で軽々と振りかざして。
「工房でできることは一通りやるが、得意なものは、これを使った作業だな」
「金槌、ですか?」
柄の長さは一メートルはあるだろうか。
小柄なパナマさんが使うには、少し、いや、かなり大きめで、見た感じも武骨で迫力がある大きな金槌という感じに見える。
道具というよりも、武器に近いというか。
色は銀色と黄色が混ざり合ったような色をしているし。
見た目もとってもきれいなんだけど、使い込んだ感じがして、年季が入っているようにも見える。
そういう意味では、不思議な印象を受ける金槌だ。
「ああ。普通の小人種では使えない代物だな。もちろん、普通の人間種にも、な」
「はは、確かにな。そうだ、コロネ、ちょっと試しに持たせてもらったらどうだ? たぶん、それでパナマたちのすごさがわかると思うぞ?」
そう言って、笑うのはエドガーさんだ。
ふうん?
見た目も確かに重そうな感じだけどね。
そんなに大変なものなのかな?
その、パナマさんはと言えば、今もコロネが見ている前で軽々と振り回しているんだけど。
と、パナマさんが、その持っていた金槌を床に置いてくれた。
「とりあえず、柄のところを持ってみろ。無理はするなよ? さっきも言ったが、普通の人間種では扱えない代物だ」
「はい、せっかくですので。では……って!?」
えっ!?
どのくらい重いのかなとは思ったけど、何これ!?
そもそも、柄の部分がまったく持ち上がらないよ!?
うわ、やばいやばい、この重さ!
たかだか一メートルくらいの柄の部分の重さがどのくらいあるのさ、これ!?
「こんなものを振り回していたんですか、パナマさん!?」
「腐っても、この工房の責任者だからな。この程度の重合金を扱うくらいは訳はない」
そう言って、また軽々と金槌を肩に担ぎあげるパナマさん。
その姿はかっこいいんだけど、やっぱり、明らかに普通じゃない力だよね?
これも、スキルとか魔法を使っているのかな?
「えーと……他の方々も同じことはできるんですか?」
もしかして、小人種の種族特性とかかと思って、周りにいた人たちを見たんだけど。
「……………………」
「いや、こんな非常識なことができるのは、パナマだけだぜ。まったく、こんちくしょうなやつだよな!」
「無理無理無理。こんなの真似できないし。そもそも、真似したくないし」
「仮に持ち上げられても、こんな重いもので繊細な作業なんてできないんよ。パナマさんが変態ってだけなんよ」
「…………てめえら、後で覚えとけよ」
コロネの言葉に一斉に、首を横に振るピッケさんたち。
そして、その後で、凄みの利いたパナマさんの言葉で、全員が一斉に明後日の方向に目を遣った。
うん、いいチームワークだねえ。
まあ、それはさておき。
改めて、他の人も自己紹介をしてくれた。
無口でふとっちょな男の人が、プブロさん。
ごっつい手をしてるんだけど、こう見えて、繊細な作業に関しては、この中でも一番得意なのだとか。
ちょっとプブロさんが作った作品を見せてもらったんだけど、まるで今にも動き出しそうな魚が銀細工で作られていたのだ。
手のひらサイズなんだけど、その魚の鱗のひとつひとつまでが可動できるようになっているのには、本当に驚かされた。
うん。
人は見かけによらないよ。
ただ、ちょっと困ったのが、このプブロさん、本当に言葉を話してくれないんだよね。
すごくシャイな性格らしくて、『同調』とかも受け入れてくれないそうだ。
簡単な手振りだけで、何が言いたいのか理解するのが、本当に大変だった。
パナマさんとかは、何となく言いたいことがわかるみたいだけど。
そして、残るふたり。
赤茶色の髪をした女の人がペトラさん。
その横で、にこにこと笑っているのが、ポルクさんだ。
やっぱり、さっき、コロネも感じた通り、このふたりは姉弟だそうで、姉のペトラさんの方は、高温作業が得意な職人さんで、弟のポルクさんは素材の鑑定が得意なのだそうだ。
「私とポルクが主に、ガラス工房の手伝いをしてるの」
「と言っても、姉貴の場合、色々と融通が利くので、あっちこっちの工房の手伝いに駆り出されるんよ。おれとかは、そのおまけなんよ」
何でも、ペトラさんとポルクさんは、組になって、色々な工房のヘルプとかをやっているんだって。
ガラス作りもそうだけど、鍛冶工房とか、エドガーさんのところでも、ちょっとした加熱関係の工程とかがある時は、このふたりにお願いしているのだとか。
ペトラさん自身の能力もそうだけど、『火の民』の関係者とも仲がいいらしくて、そっちのつながりで、色々と加工できたりもするらしい。
「まあ、ポルクも謙遜してるが、すごいやつだぞ? 素材の見極めに関しては、本当に優れているからな。職人街でもトップクラスだ」
エドガーさん曰く、ポルクさんの『目』は、その素材の状態とか、純度とかを感覚として見抜いてくれるとのこと。
ドワーフのジーナさんとかが、金属に触れることでやっていることを、他の素材でも、同様に、見ることで把握できるというから、すごい話だ。
本当なら、もっともっと引っ張りだこなんだろうけど。
「姉貴ひとりだと暴走しちゃうんで。ま、そっちが落ち着いたら、ってとこなんよ」
「照れ屋の弟の面倒見るくらいは、仕方ないから」
「な? そういうわけなんだよ」
なるほどね。
やれやれという感じで苦笑するエドガーさんの言葉に納得だ。
その辺は色々と事情があるってことなんだろう。
それにしても、小人工房って、すごい人たちが多いんだねえ。
自分よりも小さいけど、大きな人たちを見ながら、感心するコロネなのだった。




