第411話 コロネ、秘密の工房に案内される
「それじゃあ、改めて続きだな。と言っても、こっちの区画は、許可がない者が勝手に入ることができないから、先に案内しとくが、さっきの地下工房街は、別に後からコロネだけでもやって来ていいからな。だから、今日のところは流してるんだ」
「重要」
そんなこんなでエドガーさんたちに案内されてきたのは、地下工房とか、それ関連のお店が立ち並んでいる、アーケード街から少し離れた空間だった。
鍛冶工房とかの区画を抜けて、噴水広場があった辺りから、ちょっと横道に逸れて、そのまま、右へ左へと入り組んだ通路を抜けた場所だ。
なので、たぶん、もう一度、コロネがひとりでたどり着こうと思ったら、なかなか大変かもしれない。
実のところ、あんまり、方向感覚が鋭い方じゃないからねえ。
それに、エドガーさんたちの話だと、その、許可ってものを持っていないと、通れないというか、別の通路とつながってしまう場所もあるらしくて、そもそも、今のコロネだけでは、普通にはたどり着けない、ってことらしい。
何だか、果樹園の入り口の森とか、そういうのと同じような作りになっている感じがするねえ。
その辺も、ダンジョンの罠のシステムなのかな?
けっこう、ここの地下って、そういうものを試しているみたいだし。
ともあれ。
今いる場所が職人街でも重要なところってことはわかったよ。
というか、ここ何の施設なんだろ?
何だか、おもちゃみたいな大きさの家の模型みたいなものがいっぱい並んでいるんだけど。
ミニチュアサイズって言うには、ちょっと大きめだけど、それでも、コロネの身長よりも小さめの家が、工房の中にスペースに並べられているというか。
何となく、家の展示会場という感じかな。
工房の奥の方には、お菓子の家ならぬ、お肉とか野菜みたいなものでできた家っぽいものもあるし。
何となく、美味しそうにも見えるよ。
あ、よくよく見ると看板が出てるね。
えーと、『工房ぱぴぷぺぽ』か。
でも、これだけだと何を作っているところなのかよくわからないし。
模型の工房ってわけじゃないよね?
一応、重要な施設だって聞いてるし。
「エドガーさん、ここって、何の工房なんですか?」
「ああ、主に精密部品全般を扱っている工房だよ。早い話が、『ドリファンランド』の関係者の工房だ。だから、こことか、奥の方にある工場とかは、立ち入りとかに関してはかなり厳重になってるんだ」
「小人」
「えっ! ここが小人さんの工房なんですか?」
「そうだ。その家ひとつひとつが連中の家だよ。だから、全部実用の家だな。別に、模型として作ってるわけじゃないぞ?」
それは驚きだよ。
つまり、ここの工房って、手前のところに並んでいる家って、商品とかじゃなくて、小人さんたちの居住スペースってことなんだね。
そうして見ると、団地っぽい感じもするし。
でも、ちょっとそれにしても、少し小さくない?
一応、コロネの背丈よりも小さいくらいには大きな家だけど、それでも、前に見かけた小人さんって、もうちょっと大きかったような気がするのだ。
「あー、おやっさんいらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
そうそう、大食い大会の時、司会をやってたピッケさんとか。
……って、奥から出てきたのは、そのピッケさんだよ!
まあ、改めて見たけど、小さな身体とはいえ、この家に住むにはちょっと厳しいかな。
やっぱり、ちょっとサイズ違いな気がするんだけど、このおうち。
まあ、それはそれとして。
「よう、ピッケ。今、こっちのコロネを連れて、職人街のあちこちを歩き回っているんだよ。ここの工房は、すぐには縁がないかも知れないが、奥にある工場は、食べ物関係だからな。そっちを案内するついでさ」
「いや、ついでで流すなよ、こんちくしょう! まあ、せっかくだから、うちも見て行ってくれよ。パナマとか呼んでくるからさ」
エドガーさんに対して、ちょっと怒りながらも、そう言って、ピッケさんがこっちの方を向いた。
「ふうん、あんたがコロネか。直接あいさつしたのは初めてだよな?」
「はい。この前の生誕祭の時に、大食い大会の司会をされているピッケさんは、ステージの下から見てましたけど」
「おー、そうだったのか。俺、ピッケ。ここに来てるってことは、ちょっとは詳しい説明とかもいいよな? 小人工房の『ぴ』担当だ」
「『ぴ』担当ですか?」
何だか、聞き慣れない言葉が飛び出してきたんだけど。
何さ、『ぴ』担当って。
「はは。コロネ、ここの小人種たちは、それぞれが得意分野を担当するように分かれているんだ。『ぱ』『ぴ』『ぷ』『ぺ』『ぽ』って感じでな。それぞれ、担当者の名前には、その文字が入っているからわかりやすいだろ?」
組みたいなシステムだな、とエドガーさんが笑う。
あ、なるほど。
ピッケさんの場合は『ぴ』組ってわけか。
でも、それが、何を意味しているのかは、まださっぱりだけど。
「いや、おやっさん、それ、俺が説明するっての。まったく、こんちくしょうなおやっさんだな! とにかく、早い話が、俺たちの種族の場合、この五文字を含んだ名前を名乗れるようになったら、それで一人前ってわけ! 幼名から、正式な名を受け継ぐ種族って言えば、わかりやすいか?」
「つまり、元服したら、名前が変わるってことですか?」
「うん? げんぷく……? まあ、そんな感じじゃないか? とにかく、俺は一人前だから、ピッケって名前になったんだ。ほんとはもうちょっと長いんだけどな。いちいち覚えられないだろうから、それでいいだろ」
あ、何だか色々と誤魔化した。
というか、さすがに自動翻訳でも、ちょっと変な感じになる表現はあるねえ。
イメージが近いものは、そういう風に変換されるみたいだけど。
相変わらず、この翻訳機能も謎だ。
「それで、ピッケさんの『ぴ』組の場合は、どういうご専門なんですか?」
「ああ、そうそう。聞いて驚け! 俺たち『ぴ』担当は、主に、外部との伝達などを担当しているんだ!」
「要するに、営業ってことだな。そもそも、小人種自体が割と閉鎖的だしな。それで、その中でも人当たりのいいのが、そっちの担当になってるって話さ」
エドガーさんが補足してくれた。
なるほどね。
確かに、イベントの司会とかもやってたし、そういう意味ではピッケさんに合ってる気がするよ。
というか、ふと気になったんだけど。
「あれ? それじゃあ、ピッケさんは、職人として何か作ってるわけじゃないんですね?」
「俺単体としてはな。でも、いざっていう時は手足になるぜ」
そのための『ぱぴぷぺぽ』だ、とピッケさん。
えーと、小人さんたちの組分けって、得意ジャンルの選別以外にも意味があるのかな?
「コロネ、ピッケたちは、融合系のスキルを持っているんだよ。融合や分離によって、大きくなったり小さくなったりする種族、それが小人種だ」
「えっ!? そうだったんですか!?」
「ちなみに、ドワーフは、同じ小人種でも、亜種みたいな存在だから、それはできないけどな。ふふん、どうだ? びっくりしたか?」
「はい、びっくりですよ」
そういうイメージはほとんどなかったから、驚きだ。
というか、その話を聞いている感じだと。
「何となく、ショコラみたいな、粘性種とも似ているんですね?」
「ああ、そう言えば、粘性種も『キング』化ができるんだったな。はは、確かに、ちょっと似てるかもな」
「てか、そっちと一緒にするなよ、こんちくしょう! 俺たちの場合、スライムと違って、五人くらいが限度だよ。それぞれの意識はしっかりしてるから、あんまり多すぎると、わけわかんなくなって、すぐ分離しちまうっての」
何百人分も情報を制御できる粘性種と一緒にするな、って。
あ、そういう意味では、スライムさんたちの方が上なんだ?
すごいんだね、粘性種って。
って、こっちの考えに気付いたのか、なぜか、ショコラが誇らしげにしてるし。
そもそも、ショコラってほんとに粘性種かどうか、わからないんだってば。
「でも、休む時は、分離ってか、ミニマム化して、いっぺんに寝ると、回復が早いんだ。ちょっと寝ただけで元気はつらつってな。なんで、休む時は、分裂して、ちっちゃくなって寝てるのさ」
あ、なるほど。
それで、小さい家がいっぱいあるのか。
というか、分裂っていうのもよくわからないけどね。
小人さんたちの身体って、どうなってるんだか。
その辺は、不思議スキルって感じみたいだけど。
「つまり、あんまり大きくはなれないんですね?」
「ああ。俺たちの場合、五人がかりで、普通の人間と同じくらいだ。それでも、ずっとだと脳内でごちゃごちゃになっちゃうんで、長い時間は一緒になってられないんだけどな」
イメージ的には、合体した状態で、常に脳内会議みたいなことをやってるのかな?
自分ひとりでの思考実験とはちょっと違うから、何だか大変そうだねえ。
でも、ちょっと面白いかな。
小人さんたちって、ちっちゃいってイメージだけだったから、色々と知って、へえ、って思うこともあるし。
「ちょい待ってな。他のやつらも呼んでくるから。俺と違って、こんちくしょうなやつらばっかりだけどな」
そう言って、ピッケが工房の奥へと向かうのを見ながら。
改めて、小人工房を眺めるコロネなのだった。




