第410話 コロネ、お弟子さんたちの別の一面に驚く
「なんだ、コロネ、知らなかったのか? リリックのこっちの姿」
「意外」
「はい。シスターの時のリリックとか、お弟子さんとして働いてくれている時の姿しか見たことがなかったですから」
そんなこと言われても、さすがにいくらお弟子さんと言っても、わざわざ変身してみてとか言わないしねえ。
そもそも、リリックの場合、裸見ちゃった一件とかもあったし。
本人が触れてほしくないことについては、まあ、いいかな、とか。
いや、そもそも、獣人種が獣っぽい姿になれるってこともあんまり意識したことがなかっただけなんだけど。
むしろ、エドガーさんたちは普通に知ってたんだね?
それもそうか。
ここって、やっぱり、獣人さんたちが羽根を伸ばすための場所らしいし。
「そうですね。私も、教会ではこっちの姿をとったことはないですよ? ですから、子供たちでもほとんどはシスターとしての私しか知らないはずですし。自分の種族に関しては、ぼかすようにしてましたから」
そう言いながら、また、麒麟の姿に戻るリリック。
それでも、いそがしくてめったにはとれなかったお休みとかに、ここにやってきては、のんびりしたりもしていたのだとか。
教会だと、子供たちがいるので、なかなか難しかったみたいだけど。
それにしても、改めて見ると、きれいな身体をしているんだよね、麒麟形態のリリックって。
麒麟って、角が一本なんだ? とか、初めて知ったし、角は迫力があって、かっこいいんだけど、身体とかはどことなく曲線に帯びていたりもして、どこか艶めかしい感じもあって、不思議な生き物って感じなんだよね。
一応、この姿の時は空中とかも歩いたりも可能なのだとか。
せっかくなので、ちょっとやってもらってみたんだけど、けっこう早く走っているんだけど、風の方が避けているのかな? ものすごく、すーって感じで穏やかなのだ。
うん、何だか、見ていて面白いというか。
いや、すっかり、職人街の見学がぶれちゃったんだけど。
「そうだね。どうせだから、わたしも本体の方を見せてあげちゃおうか」
特別だよ? そう言って、モッコさんがその場から少し離れて変身する。
おー、すごいすごい。
あっという間に、そこに現れたのは、銀色のもこもこした毛で包まれた羊さんだ。
いや、羊さんって言うのには、ちょっと変な感じかな?
毛がもこもこし過ぎていて、ちょっとまんまるな感じに手足が生えているみたいだし、何か、口からも牙が生えているし。
ちょっと、悪魔っぽいイメージも含まれているのかな?
スケープゴートというか。
いや、そっちは山羊さんだけどさ。
変に迫力があるような、でもそれが、もこもこの毛並で緩和されていて、何となく、ほんわかした雰囲気と言うか。
そう言うと、エドガーさんたちも頷いて。
「そうなんだよな。一応、モッコのやつは魔羊種のはずなんだが、どこか愛嬌があるんだ。まあ、それを言われるたびに、当の本人は怒っているんだが」
『そうだよ。ぷんぷんだよ。魔族に対して、可愛いとは何事か、である』
でも、そうぷんぷん怒っているはずのモッコさんの身体に、さっき連れてきた羊さんたちが、どんどんダイブしてくるのだ。
突進しては、ふわん、って感じで跳ね返されたり、思いっきりジャンプして、上から乗っかっては、トランポリンみたいになってたりとか。
というか、ふわふわシープはふわふわシープで、何、あのジャンプ力は。
ちょっと見かけによらない感じでびっくりだよ。
『こらこら、羊ちゃん。今は、びしっときめてるところなんだから、後にして……後にしてってばあ…………もう、仕方ないなあ。ちょっとだけだよ?』
「玩具」
フェイレイさんの言う通り、結局、おもちゃにされてしまうモッコさんなのでありました。
これも含めて、朝のお散歩って感じらしい。
それにしても、このモッコさんもそうだけど、やっぱり、魔族っぽい人というか、モンスター寄りの住人さんたちが本体になっている姿って、いわゆる普通の動物の姿とはちょっと違うんだよね。
前に会った、プテラノドンのペリーさんみたいに、恐竜っぽい感じの人もいるけど、そっちはまだ、動物って感じなんだけど、頭としっぽの両方が顔になっている感じの、何だかよくわからない感じの人もいるし。
蛇さん?
いや、さすがにああいうのは、向こうにいた時は見たことがなかったかなあ。
ちょっと離れた場所で体操をしている象さんとかも、獣化している割には、どこか人間っぽい感じで、二足歩行みたいなこともしてるし。
あ、ちょっと見ていたら、その象さんと目があった。
あれ?
こっちに近づいてきたよ?
と思ったら、近くに来た後で、見覚えのある姿へと戻って。
「あれ、コロネじゃないの。何やってるの、こんなところで?」
「あ、やっぱり、ガーナさん。いえ、今日はエドガーさんの案内で、色々と職人街を歩き回っているんですよ。そういうガーナさんは、体操ですか?」
ガネーシャのガーナさんだ。
普段は、果樹園でお仕事をしているんだよね。
「うん、そうそう。お仕事前の朝の体操だよ。果樹園組でも、獣人系統なら、ここで体操をやったりしてるの」
「ツバサさんは一緒じゃないんですか?」
別にふたり一組ってわけじゃないけど、ガーナさんと仲がいいハーピーさんのことも聞いてみた。
見た感じ、姿を見かけないけど、そっちはそっちでコロネが見たことがない姿でもしているのかな?
「ううん、ツバサは鳥人種だから、宿屋の近くの水辺の方で飛び回ってるよ? あっちの泉の方が落ち着くんだって。この時間帯って、レーゼさんもおねむの時間だから、ちょっと静かにしてた方がいいから、割と、職員の多くも果樹園の外に行ったりしてるから」
あ、そうなんだ?
何でも、地上の宿屋の側というか、敷地には、鳥系モンスターの憩いの場があるのだそうだ。
へえ、知らなかったよ。
宿屋って、あれだよね? 『翼の夢』って名前のところ。
あそこの横は通ったことがあったけど、建物の奥の方って、そんな風になってるんだね? 塔で寝泊まりしてるから、あんまり宿屋とも縁がなかったし、全然知らなかった。
それで、そこへツバサさんは行っているのか。
鳥系統の種族の、朝の井戸端会議みたいなものもあるのだとか。
情報交換とか、そんな感じなのかな?
何でも、天気予報の部署もその近くにあったりするらしいし。
まだまだ、コロネも知らないところが多いってことだよね。
というか、そもそも、ここって町のどの辺なんだろ?
地上部分は、たぶん、コロネも通ったことがない場所のはずだ。
だって、上を見る限り、変な水の膜みたいなものもあるし、こんな場所、一度通ったら、覚えていないはずがないもの。
「この放牧地って、地上だとどの辺りになるんですか?」
「ちょうど、農家連と職人街の境だよ。もうちょっと東の方に行くと、ビアンコさんたちの工房がある場所だね」
「そうだな。地上の方はちょっとわけありの場所でな。普通に町を歩いていても、たどり着けないようにはなってるがな。ほら、ちょっと奥のところの土壁に階段があるだろ? あそこから上にあがるんだ」
『地下を通らないと普通は行けないようになっているのである。うん、でも、空を飛べれば話は別だけど』
「迷彩」
「ただし、上から見ても、特殊な結界が張られているから、正確な場所に下りるのは難しいがな。上の水があるところが見えるだろ? あれが、幻惑系の術式になっているそうだ。その辺は、細かい部分は専門のやつに任せてあるが」
ガーナさんやら、エドガーさんやら、モッコさんやら、色々と教えてくれた。
へえ、なるほどね。
結局、わけありの理由に関しては教えてくれなかったけど。
それはそれとして、直接、地上から行くのは難しい場所ってことで間違いないらしい。
通じている道自体が存在しないのだとか。
そして、そもそも、空を飛ぶにしても、この町の場合、飛行許可を得ていないといけないわけで、そのための空路の中には、この周辺が含まれていないそうだ。
一応、地下の職人街とかに直接来られても困るから、って側面もあるみたいだけどね。
その辺は、色々と事情があるみたい。
やっぱり、この町も普通とはちょっと違うからねえ。
「で、改めて、説明を続けると、だ。もうちょっと北の方に行くと、さっき集会所で会った、ファムたちが住んでいる場所に出る。そっちの方は、地上からも回っていくことができるな。逆に地下は、ちょっと入り組んでいるというかな。迷路みたいにもなってるから、慣れてないと大変なんだ」
そっちはファムたちが一緒の方がいいから後回しだ、とエドガーさん。
地上は、ちゃんとした建物で、『ファム組』の会社って感じになっているらしい。
で、一方の地下部分はと言えば、主に、大勢の居住空間って感じで、小さい穴とかがいっぱいあったりするのだとか。
「いわゆる『土中長屋』というかな。オサムとかが言ってたのは、『アンダーグラウンドマンション』か。まあ、ファムも『土の民』だし、組の連中にも、蟻の虫人とかもいるからな、そっちの技術ってところだな」
「あー、なるほど。そうなんですね」
要するに、蟻の巣マンションって感じなんだね。
で、そこから、さらに北の方へと行くと、ブラン君の家の地下を走っている水路とか、シヴァリエさんたちのいる猟師さんたちの住まいへと通じているらしい。
まあ、そっちの方は、上から歩いていけるしね。
あ、そうだそうだ。
シヴァリエさんのところって、そのうち、ジルバさんと行くことになってるんだっけ。
弓の特訓だ。
今日は、そういう全般がお休みだけど、そっちもちゃんと頑張らないとね。
いい加減、町の周囲にも足を伸ばしたいし。
「じゃあ、そんな感じで、また職人街の方に戻るか。モッコはどうする? もうちょっと羊たちを遊ばせておくか?」
『うん。もうちょっとしたら工房に戻るよ』
「よし、そういうことなら、また後でな。で、コロネ。今通って来たのは、地下の大通りだろ? ちょっと外れたところに、案内したい場所があるから、そっちに行くぞ」
「わかりました。リリックは、ここでゆっくりしてるの?」
『はい、コロネ先生。何か用事がありましたら、ついて行きますけど?』
「あ、大丈夫大丈夫。今日はお休みだから、自由にしててよ」
コロネに付き合ってたら、結局休みにならないし。
こっちは、この町の新しい一面が色々と見れて楽しいけどね。
ちょっとした社会見学のノリだ。
「あたしも、体操に戻るよー」
そう言って、また、体操の輪に加わるガーナさんを見送って。
再び、地下の職人街へと戻るコロネたちなのだった。




