第399話 コロネ、ドワーフの引っ越しの話を聞く
「あー、コロネさんたち、いらっしゃい。それにエドガーさんたちも」
『いらっしゃい。そう言えば、今日はおやっさんが案内してるんでしたね』
ジーナさんとグレーンさん。
ドワーフの若奥様とミスリルゴーレムの旦那さんで切り盛りしているのが、この『ジーナ・グレーン工房』だ。
主に、取り扱っているのが、鍛冶関係の道具とかかな。
前に、オサムさんに頼まれて、ミスリルを加工して、パコジェットの模型を作ってもらった時以来かな、この工房に直接顔を出すのは。
道を通り過ぎたり、ふたりと塔で会ったりはしていたけど、やることが山積で、なかなか来られなかったんだよね。
「よう、お邪魔するぞ」
「来た」
「おはようございます、ジーナさん、グレーンさん。遅くなりましたけど、前にお話ししました、ミキサーの方を持ってきました。ちょっと見てもらってもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ。とりあえず、刀作りの方はひと段落したから。いやあ、やっぱり、難しいねー。これって、オサムさんとか、コロネさんのところにあった武器なんでしょ? 何で、ここまで、切れ味に特化させてるんだろ、って思ったし」
そう言って、ジーナさんが、横のテーブルにおいてあった刀を見せてくれた。
あ、すごい。
鞘に入っているけど、これって、日本刀だよね?
そう言えば、『がらくた屋』のワルツさんが、ジーナさんに頼んでたんだっけ。
日本刀の再現に関しては。
にこにこしながら、ジーナさんが鞘から抜いて、刀身を見せてくれたんだけど。
「あれ……? ジーナさん、これって、日本刀、ですよね? ちょっと刀身が鉄っぽくないですけど?」
「うん、そうなんだよね。実は、まだ、鋼を使った方はうまく行かなくって。あはは、だから、これって、ミスリルを使ったまがい物というか、なんちゃってな日本刀なんだよ。こっちなら、ジーナの能力で補正できるからね」
「えっ!? これ、ミスリルでできた日本刀なんですか!?」
「そうそう。いやあ、これはこれで大変だったんだよ? どれだけ特殊な工程が必要なんだろね、この刀って。このミスリル刀だったら、それなりの重さもあるから、斬るだけじゃない使い方もできるかなー。というか、こっちの人なら、その剣の扱いの方が慣れてるんじゃないかな?」
『その分、日本刀本来の使い方はできないけどね。どうしても、ミスリルの重さだと、普通の鋼のものよりも、速さと切れ味が落ちるから』
だから、これも美しくはあるけど、まがい物ってことらしい。
ただ、それはそれとして、普通に打ったミスリルの刃よりも、切れ味は向上しているらしいので、成功は成功ってことみたいだけど。
なるほどね。
コロネも刀を鍛えるとか、そういう工程は素人だから何とも言えないんだけど、やっぱり、日本刀って、すごいものだったんだね。
「でも、輝きはミスリルも綺麗ですよね」
「そりゃあねえ、たぶん、素材の単価だったら、こっちの方が高いし。今後はもうちょっと、ミスリルに関しては値上がりもするだろうから、こっちの刀は刀で作るのが難しくなるかなあ。旦那様にお願いすることも増えるだろうし」
「え? 値上がりですか?」
「おい、ジーナ、それって、例の件が絡んでるのか?」
「うん、そうだよ、エドガーさん。一応、状況の方は動き出したから、って、この町ではある程度、情報解禁してもいいってことになったから、エドガーさんたちにも話しておくね。あ、コロネさんも。もしかすると、オサムさんなら、もう知ってるかもしれないけど、念のため、後で伝言を頼めるかな? ドワーフの居住地移転についてのお話」
たぶん、カミュさんとかから、話は行ってると思うけど、とジーナさんが笑う。
あ、そっか。
西側の戦争とかと、そのごたごたとドワーフの暮らしているアルミナ地方の方の諸問題について、だね。
そういえば、教会の協力も得てどうこうって話は聞いたかな。
で、カミュさんからの話だと、教会側の視点になるので、ドワーフ側の情報として、ジーナさんたちが教えてくれるってことらしい。
「結局どうなるんだ? 完全にアルミナは捨てるのか?」
「一部、機能を残して、って感じ? 新天地の方の準備ができ次第、ドワーフの関係者はそっちに移るって。旦那様たちの方……鉱物種が護っている鉱山とかは、入り口を封鎖しちゃって、転移がらみじゃないと入れないようにして、封印する方向で話が決まったよ」
「なるほどな。だから、値上がりって話になるわけだな」
「まあね。何だかんだ言っても、あそこの資源に頼ってた部分はあったしね。野生の石系のはぐれモンスターも発生するから、いい感じの場所だったんだけどねえ。というか、やっぱり、ゲルドニア、最近おかしいよ?」
『いや、ジーナ。前々から、おかしかったでしょ、あの国』
「まあ、そうなんだけどね、旦那様。それにしても、って思うのね。何かを焦ってるのかなあ? いくら『空軍』が仕切っているって言っても、今のままだと、闇雲に敵を増やして、破滅に一直線って感じだもの」
もしかすると、何かの要因があるのかもね、とジーナさんが腕組みする。
あ、やっぱり、そういうことは考えているんだね。
見た目はポニーテールが似合う小学生みたいだけど、こう見えて、コロネよりも年上だし、しっかりしてるよね。
で、色々と調整中ではあるけど、今後はアルミナによる鉱物資源に関しては、今までよりもちょっと入手が難しくなるとのこと。
というか、そういう方向に持っていって、ちょっとゲルドニアに圧力をかけてみよう、って話らしい。
「ちなみに、新天地ってのはどこだ?」
「うん、前よりもこの町からは近くなるよ。ほら、コトノハの側に新しく現出したエリアがあったでしょ? そこがちょうど、今ドワーフが住んでいる、溪谷に近い地形になってるから、そっちにしようって。それで、教会の方も、動いてくれているから」
「なるほど。コトノハの北寄りのエリアだな」
納得したように頷くエドガーさん。
ただ、横で聞いているコロネとしては、地理関係がイメージできないんだよね。
「あの、すみません、コトノハって、どの辺りにあるんですか?」
「お、そうか、コロネは知らなかったのか。コトノハはこの町から見て、やや北東に進んだところにあるんだよ。どちらかと言えば、北か? 下手に王都に行くよりもずっと近い場所だな。もっとも、距離的には近いが入るためには、許可が必要だが」
「うん、アニマルヴィレッジから見て、東側だよ。だから、教会本部にも近いって場所なんだけどね。で、新天地は、そこから、さらに北にあるの。ふふ、これを機にコトノハとも交流を深めようってことで、そっちはそっちで、交渉が進んでるみたいだね」
『そうだね。転移陣の設置とか、そういう話もあるしね。希少金属とか、ドワーフの技術とか、そういうものも関係してるよ』
なるほど。
ということは、コトノハも、そのドワーフさんたちの新しい居住予定地も位置的には、中央大陸の東側なんだね。
すでに、流通に関しては、アルミナとコトノハでも交流はあったみたいだし、その辺は、割といい関係を保ててはいるらしい。
「雪解け水とかもあって、水に関しては豊富な場所みたいだしね。教会としても、戦争のど真ん中よりも、こっちの方に生産拠点があった方がありがたいみたいだし、その辺は、持ちつ持たれつってところかな」
『問題もいくつかあるけどね』
「確かにあの辺りは、『帝国』からも近いぞ。一応、山脈を挟んではいるが、万が一、『空虚の海』があるところが現出すれば、少し厄介かもな」
そう言って、エドガーさんが忠告する。
今のところは、山脈を迂回していく道筋がないみたいだけど、今後、さらに東側の何もないところに、エリアが現出したらどうなるかわからない、って。
あ、そっか。
北の『帝国』って、かなり大きな国なんだものね。
山脈の北側はほとんどが帝国領なんだ。
「でも、そうは言っても、そんな都合のいい土地なんてないからね。一応、資源に関しても調査中だけど、どうも、面白い鉱山っぽいダンジョンもあるみたいなんだよ。だから、ジーナとしては、そこでいいと思うんだ」
「まあ、上を見たらきりがないしな」
「そうそう。戦火に巻き込まれないのが大事だから。で、早々に移転を始めるよって。そのためにも、この町にも中継点を持ちたいって話ね。ジーナの知り合いとかも、ちょっと新天地の開発が進むまで、ここにやってくるかも」
「うん? そうなのか? そっちは町としては問題ないのか?」
「うん、あくまでも、一時的だしね。それに、本当にごくごく一部だから。後の人員はロンさんのところで受け入れてくれるって」
だから、ジーナのところに来るのは職人が数名だけ、と。
「エドガーさん、いつも言ってたものね? 腕のいい職人なら大歓迎だって」
「ああ。そういうことなら問題ないぞ。そもそも、これも人助けみたいなものだしな」
「互助」
「ありがとう、エドガーさん。あー、良かった。これで、ちょっと肩の荷が下りた感じだよね。ダメって言われたらどうしようかと思ったもん」
「あのなあ、ジーナ。町で許可を出してることに俺が反対するわけないだろうが。はは、それにドワーフの職人が増えるは良いことだ。他の連中の刺激にもなるだろうしな」
『うん、おやっさんだったら、そう言ってくれると思いましたよ』
「うんうん、それじゃあ、この件はとりあえず、おしまいね。ごめんね、コロネさん、というわけで、話を戻して、まずはミキサーの方を見せてもらってもいい?」
「あ、はい。こちらです」
「あー、なるほど、これね。うんうん、じゃあ、色々とチェックしてみるから、コロネさんはその辺に座って待ってて。機構が死んでないか調べてみるから」
「はい、お願いします」
何やら、奥の工房から、ジーナが大きめの石のようなものを持ってきて、そして、壊れかけのミキサーをいじり始めた。
そんな彼女の姿を真剣に見つめるコロネなのだった。




