第398話 コロネ、ドワーフの工房へと向かう
「さっきの中には、うちの工房の関係者もけっこういたんだがな。悪いな、コロネ。個々の紹介に関しては後回しにさせてもらったぞ」
「配膳」
「あ、はい、大丈夫ですよ。おいそがしそうでしたし」
朝ごはんも食べ終わって、早々に、集会場の方からは退散という感じだったけど、やっぱり、皆さん、これからお仕事の人もいたし、バタバタしてたからね。
あいさつとかは、後でもできるし、うん。
というか、ちょっと食べ過ぎたよ。
量が多めだったのもあるけど、味も美味しかったしね。
初めて食べる感じの味だったけど、どこか懐かしいと言うか。
やっぱり、この町の人の味覚って、コロネとかにも元から近いのかな、って。
すんなり受け入れやすい味だったし。
「ぷるるーん!」
ショコラはショコラで、どんぶり三杯分くらいの麦飯を食べて、大満足って感じになっているのだ。
今も頭の上にいるんだけど、さっきよりもちょっと大きくなったかな?
今なら、多少はチョコレートを出せそうだもの。
「どちらかと言えば、エドガーさんの工房の地下の方がまだなのが気になるんですが。確か、モッコさんたちがいる工房がそちらですよね?」
「ああ、あんまり遅くなると、朝飯を食いっぱぐれるので、こっちを先にしたんだ。それに、もうちょっと、地下に関しては後に回してもいいか? 羊とかの放牧の時間の方が、雰囲気が伝わりやすいと思ってな。さっきも言ったかも知れないが、この辺の地下一帯は、色々と繋がっているんだよ。なので、まとめて、他の工房とかも案内したいしな」
「南北」
「ああ。南北に地下はけっこう広いんだ。さっき、集会場に来てたファムたちの住んでいるところとか、石工のビアンコたちの工房とかは、北の方にあるしな」
「あ、そうなんですか」
何でも、その地下空間を整備してくれたのも、ファムさんたちのような土木の関係者なのだそうだ。
職人街の北には農家連があって、そこにファムさんたちの住みかとか、シヴァリエさんたちが寝泊まりしている魔導猟師の組合とか、色々あって、コロネもたまに行ったりしている、ブラン君の家の方まで、道は通じているのだとか。
へえ、それはすごいよね。
あの、地下の水車小屋のところにも、この辺りから、地下をたどっていけるらしくて、雨が降ったりした時も、素材とか、食材を濡らさずにやり取りできる、って。
なるほどね。
この辺りは、雨がよく降る地方じゃないらしいけど、それはそれとして、地下にも物を運んだりするための輸送路みたいなものはあるってことか。
って、あれ?
塔の地下とはつながっているのかな?
「エドガーさん、この辺の地下って、町の中心部まで伸びているんですか?」
「水路関係とかはそうだな。パイプラインも、そっちの管を作るのが得意なやつと、地面を掘るのが得意なやつとで、ある程度は張り巡らせているからな。ただ、安全対策も踏まえて、あえて、区画同士を行き来できないようにしてある場所もあるんだ。塔の地下と、果樹園の地下は、さらに下の遺跡に下りる入り口があるから、そっちは封鎖している状態だ。危ないからな」
「門番」
あ、やっぱり、そうなんだね。
職人街の地下と果樹園の地下はつながってはいるんだけど、そこはそこで、関所みたいになってて、物資の受け渡しとかもそこでやってしまうのだそうだ。
果樹園の職員が門番みたいなこともやっていて、その中の方は、果樹園のスタッフさんにお任せ、って感じらしい。
「職人街の地下の浅い部分は、元から遺跡があった場所というよりも、その後で、手を加えて、活用しやすくした区画だな。元々、地面の部分も多かったし。さすがに、遺跡の壁とかが固められている場所は、その壁を壊すのが大変だしな」
大変なのもそうだが、せっかくの地下遺跡を壊すのももったいない、とエドガーさん。
すでに、壊れていた部分とかなら仕方ないけど、下手に元からあったものを破壊したりすると、変なことになったりするのだそうだ。
自然のダンジョンとかもそうなんだって。
がらくた……いわゆる『ドリフトパーツ』を取り出すために、少し壁を壊したりするくらいなら、大きな問題はないけど、とあるダンジョンでは、壁を壊して、穴を掘って、最短距離の道を通そうとしたら、その途中で、崩落したダンジョンとかもあるらしい。
そもそも、自然に発生したダンジョンについては、謎が多いので、下手にダンジョンそのものをいじると、かなり面倒なことにつながったりもするのだとか。
壁というか、ダンジョンの通路自体が、魔素の循環のシステムになっていたりすることもあり、それを止めてしまったことで、大惨事になったとか。
そういうこともあって、すでにあるダンジョンに関しては、あんまり手を加えてはいけません、ってのが、冒険者の常識のひとつなのだそうだ。
いや、あの、そういうのは初耳なんですが。
「まあ、いよいよ、ダンジョンに潜ったりするようなクエストを受けるようになったら、説明とかがあったと思うけどな。それに、コロネの場合は、メイデンが指導教官みたいになってるだろ? だから、それなら、時期を見て、きちんと説明してくれるってのもあったとは思うぞ。はは、そもそも、新人の冒険者がダンジョンに行って、壁を壊して通路を作るって発想は、普通はないだろうしな」
「不壊」
発想があっても、余程逸脱した能力でもなければ、壁を壊せないってのも理由のひとつとのこと。
ジルバさんとか、ワルツさんとか、壁を壊して『がらくた』を得るって気軽に言ってたけど、そういうことができるのって、ふたりが熟達した盗賊の技術を持っているからであって、そう簡単にはできることじゃないのだそうだ。
この町の職人さんの一部なら、できるって人もいるみたいだけど。
「それこそ、リディアクラスの力でもないとな。はぐれモンスターが出てくる状況で、穴掘ってる場合じゃないってのもあるが」
あ、やっぱり、リディアさんって強いんだ。
というか、噂はよく耳にするんだけど、どのくらい強いんだろ?
世界最強の一角って言われても、あんまりピンと来ないんだよね。
いや、もちろん、常軌を逸した感じの片鱗はうかがえるけど、でも、この町で会った人の中には、色々と凄そうな人もいっぱいいたしね。
メイデンさんもそうだし、フェンちゃんもすごいスピードだったしね。
「あの、エドガーさん。リディアさんって、そんなに強いんですか?」
「まあなあ。少なくとも、俺もあいつが苦戦してるのなんて見たことないぞ? そもそもがまともに戦ってる姿もな。実際、プリムの攻撃とかも、片手間で受け流すようなやつだしな。スペックだけなら、どう考えても、リディアの方が、魔王って感じだしな」
「別格」
「うえっ!? そうなんですか!?」
「ああ。食べ物以外への関心が薄いから、まあ、ほのぼのした感じに収まってるけどな。何かの拍子に、変な野望とか持たれたら、それこそ、あっさり世界が終わるかもな。はは、それは冗談だが。そのくらい、他の連中との力量差があるんだよ。あの、メルですら、完全に子供扱いだしな。だから、模擬戦とかの勝利条件も『攻撃が通ったら』くらいになってるんだしな」
そもそもが、攻撃しても受け止められて、流される。
障壁で阻まれて、それでおしまい、と。
そして、仮に攻撃が通ったところで、それ自体もほとんど通用しない。
「まあ、今日も模擬戦があるんだろ? そっちを見た方が早いぞ。そこでのリディアを見れば、その強さの質が感じられるだろうしな。ウーヴたちとか、プリムたちとかとは別の意味で、敵に回したくないやつだからな」
「友好」
そんな感じで苦笑まじりのエドガーさん。
どうも、『世界最強の一角』っていうのも、かなり控えめな表現らしい。
一騎当千とか、そういう話だけでもないのだそうだ。
まあ、その辺は見てのお楽しみってことらしいけど。
「だから、世界的に有名なんですね?」
「まあ、有名は有名だよな。『白い人』ってのも、恰好を真似するやつが後を絶たないし。ただ、そこまで名が知れている割には、当のリディアに関しては謎だらけなんだよなあ。種族は何か、とか。いつごろから生きているのか、ってのも含めてな」
「えっ!? ということは、かなり長生きなんですか? リディアさんって」
「少なくとも、ローズの話だと、この国ができた後くらいに現れたって話だけどな。中央大陸を荒らしまわった魔王がいなくなって、しばらく経ってからの話だな。だから、少なくとも普通の人間ではないな」
一応、人間種の中でも魔女さんたちの中には、かなり長く生きている人たちもいるので、一概には言えないみたいだけど。
それでも、百年とか、そういう話ではないようだ。
ローズさんが知ってるってことは、ドリアードさんたちの方が長生きなのかな?
その辺も含めて、背景に関しては謎が多いって。
「まあ、本人の性格もあるんだが、リディアのやつ、説明が下手くそだろ。だから、結局、よく分からずじまいで、『まあ、リディアだからなあ』で、終わりなんだ。そもそも、この町にも色々な過去を持ってるやつがいるからな。その辺を詳しく聞くのは野暮ってのもあるんだが」
「秘密」
「あー、そうですよね」
人の過去を色々と探っちゃダメだよね。
まあ、それはそれとして、今日のメルさんとリディアさんの模擬戦に関しては、直接見に行かないとね。
夕方って話だから、まだ時間があるかな。
「それじゃあ、案内の続きをする前に、コロネの方の用事を済ませに行くか。確か、ジーナのところに用があったんだよな?」
「はい。ちょっと、ミキサーって道具を見てもらおうと思いまして」
そうそう。
伸び伸びになってたけど、今日はちゃんと壊れかけのミキサーを持ってきたよ。
コンセントの代わりに、魔法の力で、動かせるようになると嬉しいし。
「なるほどな、ミキサーっていうのか? その道具は」
「そうです。ここに食材を入れて、動かすと、下の刃の部分が回転して、それで食材を細かく砕いてくれるんですよ。果物のジュースとかもこれだとあっという間に作れちゃいますし」
「つまり、撹拌系の魔法の代わりってことか」
「はい。わたしはそっちの魔法が使えませんからね」
果樹園とかでもジュースは作られているから、そういう方法もあるんだろうけどね。
このミキサーに関しては、自分用だよ。
能力がない部分は道具で補わないとね。
そんなこんなで、ジーナさんの待つ工房へと向かうコロネたちなのだった。




