第397話 コロネ、朝食を食べながら王都の話を聞く
「それをそのまま食べるんじゃなくて、飯の方にかけるとより美味いぞ」
そう言って、お肉の煮込みを汁ごと、ざぶざぶと麦ごはんが盛られた丼へとかけて、そのまま、かっ込むように食べるエドガーさん。
言われた通り、コロネも同じようにしてみる。
「あっ! 粗野な感じだけど、とても美味しいですね!」
じっくりと煮込まれた肉のエキスが、麦ごはんへと染み込んで。
ぷるぷると柔らかくなっているすじの部分とか、どこか脂っぽいんだけど、麦飯と一緒になるとちょうど良くなって。
ゼラチン質のようになった歯ざわりも残しつつ、とろりと口の中へと消えていく。
そこに野菜くずの甘みも混じって。
肉雑炊って感じの味になっているのだ。
こってりの濃い味と、麦ごはんがこんなに合うとは知らなかったよ。
あんまり、向こうでも、麦のごはんって食べたことがなかったしね。
「すごいですね。これが王都の下町料理なんですか?」
「まあ、ちょっとはこの町ならではの工夫もしているけどね。調味料とかの制約もあったし。レジーナ王国は比較的、塩の生産とかは得意な方ではあったけど、その辺は流通とか管理に関しては、色々と決まり事があったから」
そう言って、ファムさんが苦笑する。
王都のスラムにいた頃は、良い塩は下町の方だとあんまり回ってこなかったから、味付けとかももっと、塩っ気が薄いものだったのだとか。
最初っから、麦ごはんを一緒に煮て、それこそ雑炊みたいに薄めて作っていたりとかが多かったそうなので、今作っているようなのは、その頃と比べると、やっぱり豪華な感じにはなっているとのこと。
なるほどね。
それと、塩、か。
塩の管理については、王家としての取り締まりとかもあるそうだ。
生産や流通に関しても、専門の部署があって、それ以外でこっそり作ったり、許可なく販売したりするのは禁止されているらしい。
うーん、やっぱり、塩って、かなり重要な要素ってことだよね。
ちなみに、この町の場合は、人魚の村から塩を購入しているんだけど、そっちに関しては、治外法権って感じで、王都からも黙認されているのだそうだ。
やっぱり、自由都市だよね、この町。
どう見ても、国に従ってるって感じじゃないし。
というか、だ。
「レジーナって、この国の名前ですよね?」
「ああ、そうだ。中央大陸の主要国のひとつだな」
そういえば、ものすごく今更だけど、コロネも初めて耳にしたような気がするよ?
王都に関する話とかは色々と聞いていたけど、よくよく考えると国の名前って、聞いた記憶がないものね。
まあ、そもそもが町の外に出られないから、そういう話は、自由にあっちこっち行けるようになってから、って思っていた部分もあるけど。
色々と食材を探すのにいそがしかったってのもあるかな。
「大陸の中でも栄えている方だよね。だから、スラムみたいに、他の国から困って逃げてくる連中も集まって来るわけだし」
「あ、ということは、流れてくる人たちを受け入れてくれてるってことですよね?」
「まあ、多少はね。でも、王都の城壁の中には入れないわね。コロネは王都がどういう風になってるか、聞いたことはある?」
「えーと、確か、中心に王城があって、その外側に堀とかがあるんでしたよね?」
前にジルバさんたちに聞いた時はそんな感じだったよね。
要するに、偉い人が真ん中で、外側に行くにつれて、貴族とか、商人とか、普通の国民とか、って感じになっているって。
ファムさんが、それを聞いて頷いて。
「そうね。で、王都のスラム街ってのは、王都の城壁のさらに外側にあるの。城壁の中には、許可なきものは入れないようになってるから」
「つまり、壁の外側がスラムってわけですか」
なるほど。
別に外側全域がスラムってわけじゃなくて、そのうちの一部をスラム街として、非公式ながらも認めているのだそうだ。
「でも、それじゃあ、町の外ってわけですよね? モンスターとかに襲われたりはしないんですか?」
「そうね。一応は、その更に外側にも、騎士団の砦とかが点々としているし。それに今は、ラファエル卿の管理区画になってるから、定期的に見回りの部隊とかが巡回するようになってるし」
「王都周辺は、ほとんどはぐれモンスターが出ないんだ。それぞれの方角の少し離れた場所にも貴族が統治している町があるし、それらの間を埋めるようにして、騎士団が配置されているからな。それぞれの騎士団の砦が、見張りの役割も持っているし、何より、王都の南側は海に面していて、それ以外の多くも見晴らしのいい平野が広がっている。本当は、もっと、スラムに集まったやつらに仕事を与えて、農地とかを広げた方がいいと思うんだがな」
その辺は、色々あって、難しい、とエドガーさんが苦笑する。
へえ、そういうものなんだね。
とはいえ、やっぱり、こっちの世界の場合、城壁とかでしっかりと守られていない場所に関しては、農地を切り開くのって難しいのだそうだ。
害獣被害とかが、農作物を食べられたって感じじゃなくて、はぐれモンスターの襲来って感じになっちゃうので、さすがにそんなところで、農業をやりたいってもの好きはそんなにいないとのこと。
後は、騎士団の砦などで、その周辺に農民を住まわせて、ってやっているところもあるらしいけど、どうしても、王都からも、砦などからも離れた場所に関しては、手つかずの土地も多いのだとか。
「王都周辺は、この町の周りほどモンスターが強くはないが、住んでるやつらも腕っぷしが強い者ばかりじゃないからな」
「でも、町の機能は王都の城壁の内側に集中してるわね。その辺は王妃様の意向なのかしら。だから、側の土地に新しく町を作るのとかは難しいわ。そもそも、その辺も王家の直轄地だから、もし勝手に開発とかしたら罰せられるしね」
「現状の人口規模だと、城壁の中の開発だけで事足りると考えているようだな。どちらかと言えば、海側の方を埋め立てたりする方向で力を入れているって話だ」
あ、そっか。
その辺は、東京とかとおんなじなんだね。
それに、都を外側に拡大するとなると、外側に壁を作らないといけないけど、その予算はどこから出るの? って話でもあるらしい。
スラム街も少しずつ規模を拡大しているらしく、その辺の問題もあるみたいだけど。
「まあ、何にせよ、今は大分住みやすくなったようだが、王都は王都で色々とあるってわけだな。その点、この町だと、食うに困ることはないし」
「味付けのためのものも手に入れやすいしね。ほら、あっちで焼いているお肉のたれなんて、『精霊の森』の方のたれよ。お肉とよく合うんだから」
「あ、あっちの回しながら焼いているお肉ですよね?」
そうそう。
集会場の奥の方で、ケバブみたいにお肉を焼いているのだ。
そのソースが、『精霊の森』とか、その周辺で食べられていた、果物と野菜のソースだそうだ。
作り方は内緒みたいだけど。
「そうよ。肉焼いただけの料理ね。それに、たれをかけて……はい、どうぞ。今朝の特別メニューだから、お肉がなくならないうちに、ってね」
人の手を経由して、いつのまにか、ファムさんのところまで回って来た、切り分けられた、そのお肉に、たれをかけて。
そのお皿をコロネへと渡してくれた。
うん。
まだ焼きたてで美味しそうなお肉だよ。
やっぱり、ケバブとか、シュラスコ料理とかの焼き方に似てるかな?
大人数に、焼いたお肉を提供する時って、このやり方がいいんだって。
この辺も、下町料理って感じなのかな。
ともあれ。
せっかくなので、冷めないうちに、切り分けられたお肉をいただく。
「うん、美味しいですね、このお肉」
一口食べて、表面が少し焦げた感じで、でも中は肉汁たっぷりでジューシーな感じで。お肉自体が美味しいのだ。
見た目と違って、想像していた以上にお肉が柔らかい。
ほんのり茜色をしたお肉から、滴り落ちる肉汁、それが火元へと落ちて、燻煙となって、香ばしさを演出している。
シンプルな、肉焼いただけ、の料理でありながら、辺りに漂うのは、香ばしい肉の香りだ。
そして、何と言っても、このたれだ。
フルーティーな甘さとわずかな酸味。
甘めの焼肉のたれに近いだろうか。
ベリー系のソースとも少し違っているけど、本当にお肉との相性がバツグンなのだ。
『精霊の森』ってことは、まだコロネも知らない果物とかかな?
何の果物を使っているのかは、ちょっと興味があるよ。
詳しくは、やっぱり、教えてくれないみたいだけど。
こういう料理とか、たれを口にすると、ぜひとも、『精霊の森』の食材は入手したいなあ、って思うもの。
そうなると、鍵になるのはアイスかな、やっぱり。
もうちょっと、真面目に交渉を持ってみようかな。
今はまだ、他に色々とやることがあるから、そっちが終わってからだろうけど。
「ああ。美味いよな。人魚の村の良い塩だけでも、それはそれで美味いんだが、やっぱり、俺とか、フェイレイは、この甘めのたれが好きでな。そういう意味じゃ、ドムのところで出している焼き鳥とかのたれに近いか? 甘いたれと肉はよく合うんだよな」
「うま」
そう言いながら、エドガーさんとフェイレイさんも焼いたお肉を食べる。
へえ、ドムさんのお店って、焼き鳥とかもやってるんだね?
何だか、宮廷料理のイメージとはちょっと違うけど、ドムさんのお店って、お酒によく合う焼き物がメインなんだっけ?
甘いたれの焼き鳥かあ、そっちもそのうち食べてみたいね。
そして、漬け物は漬け物で、ちょっとびっくりしたし。
アッピアの実でつけると、梅干しに近い風味にもなるんだね。
根菜類がそのまま、梅の味で、歯ごたえはたくわんとか、そっちに近い感じかな。
お肉の煮込み汁と麦ごはん、そのアクセントとして、ぽりぽりとお漬物を食べて、ケバブっぽい焼いたお肉を食べて。
うん。
朝ごはんとしては、なかなかの重さだね。
やっぱり、ガテン系の人たちに人気なのがわかる気がするよ。
周りの人たちも、お代わりとかして、しっかりと食べて、これからお仕事ってね。
ふふ、何だかいい雰囲気だよね。
そんなことを思いながら。
残りのごはんをゆっくり味わって食べるコロネなのだった。




