第39話 コロネ、貴族に認められる
「コロネ様、お待たせいたしました」
「また、来たぞ。太陽の日、以来だな」
リッチーたちと話していると、プリムともうひとり、男の人が現れた。
黒髪の、コロネより少し年上かな、といった感じの男だ。というか、男が言う通り、太陽の日にも見た覚えがある。こちらの世界では、純粋な黒髪は少ないため、コロネも印象に残っていたのだ。
彼が、プリムの主なのだろう。
ふたりは、そのまま、リッチーたちが座っているテーブルに、相席して。
「ええ。どうやら、前回の営業の時も、なぜか来店していたようですが、改めまして、ご紹介いたします。こちらがわたくしの主になります、アキュレス様です……ちなみに、坊ちゃん。後でゆっくりとお話がありますので、ご覚悟くださいませ」
「あ、やべ、失言だったか……さておき、俺がアキュレスだ。プリムが世話になったようだな。礼を言う。一応、まあ、何だ。王都で貴族をしている、な。一応。プリムともども、よろしく頼む。この店には今後もよく来ることになるだろうしな」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。料理人のコロネです」
改めて、ふたりに対して、コロネは頭を下げる。
それにしても、アキュレスと呼ばれた男だが、貴族と聞いていた割には大分砕けた印象を受ける。服装にしたところで、どちらかと言えば、冒険者に近い出で立ちをしており、厳格な感じは欠片もない。
こちらの世界では、こういう感じが普通なのだろうか。
「コロネ様、誤解なさいませんように。坊ちゃんは、普通の貴族とはかなり、毛色が異なります。これを参考になさってはいけません」
「これ、って。プリム、お前、相変わらず、毒舌だな。一応は、俺はお前の主なんだが」
「初対面の方の前では、調子に乗るのは悪い癖ですよ、坊ちゃん。少し黙っていていただけませんか?」
「……はい」
何だろう。
あまり見てはいけないものを見せられているみたいだ。
まあ、いいや。
深く考えない方がよさそうだ。
「では、少々お待ちください。プリンをお持ちしますね」
何事もなかったかのように、プリンを取りに戻る。
調理場の冷蔵庫の中から、二種類のプリンを取り出して、改めて、テーブルへと向かった。今はそこそこ、注文の方が落ち着いているようだ。オサムからも、もう少し、プリムたちのテーブルで対応してもいいとの許可を得る。
リディアの注文は、相変わらず続いているようだけど。
「お待たせいたしました。ご依頼のプリンです」
まず、基本のプリンを。
そして、もうひとつ、生クリーム入りのプリンを添えて、ふたりの前に並べる。
「お? プリンってのは二種類なのか?」
「あの、コロネ様。こちらのプリンはどうなさったのですか? わたくしも初めて拝見するのですが」
「ええ。今朝がた、クリームの方ができあがりましたので、そちらを使ったプリンも作ってみました。たまごはプリムさんがご提供のものを使っていますよ。ですから、こちらも含めて、ご依頼の品、ということですね。一緒にお出ししたのは、味の違いが分かりやすいから、ですかね」
まあ、ちょっとしたサプライズも含まれている。
このあたりは、コロネの茶目っ気のようなものだ。
「クリーム、ですか? 少しこちらの方が白っぽいのですね。では……」
「じゃあ、俺はこっちの黄色い方からいくか。こっちが基本なんだろ。お……うまいな! これ。冷たい、甘い、面白い食感か。ははは、こりゃあいい!」
真剣な表情で、クリーム入りプリンと相対するプリム。一方のアキュレスは、ノーマルなプリンを一口食べて、笑顔を浮かべている。
そんな姿を、同席しているリッチーとアンジュも興味深そうに見ている。
「おい、プリム。お前の言った通りだな。こいつはすごいや」
「…………坊ちゃん、少しお静かに」
白いプリンを口にした後、プリムが少し固まっているようだ。
というか、その表情が真剣すぎて、少しこわい。
何となく、アキュレスの表情にも怯えが混じっているし。
「……コロネ様」
「は、はい!」
「これもプリンなのですか!? というか、プリンは何種類もあるのですか!? いえ、そもそもあなた様なんなのです! わたくしを魅了するものを次から次へと! ああ……まずいです。こんな坊ちゃんなど放ってしまって、コロネ様にお仕えしたいという欲求が……いえ、さすがにそれは……ええと……」
「おい、プリム、少し落ち着け。興奮しすぎだ」
「坊ちゃん……坊ちゃんと言えども、わたくしのプリンロードを邪魔するというのなら、容赦なく潰しますよ」
「いや、さすがに落ち着け。その、お前の尊敬している相手が怖がってるぞ?」
「あっ……その、コロネ様、申し訳ございません。どうやら、こちらの白いプリンが美味しすぎたおかげで、前後不覚になっていたようです。ふう……」
良かった。
どうやら、プリムも正気に戻ってくれたようだ。
それにしても、プリンロードってなんなのだろうか。
質問すると、知ってはいけないところに踏み込みそうだから聞かないけど。
改めて、プリムがゆっくりと白いプリンを口にする。
「こちらのプリンは、口溶けがずっと柔らかなのですね。ふわっとした食感で、あっという間に口の中で溶けて消えてしまうような感じです。味の余韻が柔らかいです。どちらのプリンが上か、と聞かれますと甲乙つけがたいものがありますがね」
「口の中でぷるぷるっとした感じでは、基本のプリンの方がしっかりとしているな。滑らかな口当たり、というのが好きなら、クリーム入りのプリン、というやつが良さそうだな。まあ、どちらも美味いのは間違いない。この味なら、商品価値がしっかりしていると言えるな、うん」
そう言って、アキュレスがコロネを見て頷いた。
ああ、そういえば、これは味のテストも兼ねていたんだっけ。
プリムの剣幕がすごくて、そっちに気を取られてしまっていた。
「いいぜ。プリム、お前の判断を尊重しよう。改めて、コロネ。我、アキュレスは、料理人、コロネを契約者として認める。現時点で、取引を許可するのはたまごだけ、だがな。このことに異存はないか?」
いきなり、重々しい口調となったアキュレス。
つまり、問題なければ、頷けばいいのかな。
たぶん、そうだろう。
当面は、たまごだけでも十分だ。
「はい、異存ありません」
「よし、それではこれで契約は成立したものとする。以上だ。ああ、そうそう、コロネにはこれを渡しておこう」
そう言って、アキュレスがブローチのようなものを差し出した。
十字架型のブローチだ。
雰囲気にのまれて、そのまま受け取る。
「あの、これは?」
「あくまでも、契約の証ってやつだ。深い意味はないが、料理人として活動するときは、それを身に着けておいてくれると助かる。それは、俺と取引をしているという証になるからな。それだけでも、わかる者にはわかる。便宜を図ってくれるやつもいるはずだ」
「コロネ様、心配なさらなくても、呪いとかそういうアイテムではありませんよ。オサム様も持っているはずです。表向き、身に着けていなくても、ポケットなどに入れておくだけでも大丈夫です。できましたら、目の届くところの方が確実ですが」
なるほど。
つまりはコロネはアキュレス印の食材を使っていますよ、というサインのようなものなのだろう。早速、エプロンドレスの上から、ブローチを付ける。
「一応、デザインは神聖教会にも配慮してある。まあ、オサムの話だと十字架ってのは、神聖なものなんだって? あくまでオサムの意見からこの形にしたから、こっちの教会とはあんまり関係がないけどな」
「ですが、デザインとしてシンプルですからね。わたくし達も教会の関係者も何となく、それがそういうものだとは認識しておりますよ」
要するに、十字架型なのには深い意味はないのだろう。
まあ、偶像崇拝がないのなら、十字架が崇められる理由もないしね。
「ところで、プリムさん。私たちも、その新しいプリンを頂いてもよろしいですか? 食べ比べて、記事コーナーの柱にしたいんですよ」
「お願いします、プリム様」
リッチーとアンジュがそう、プリムに頼み込んでいる。
少しだけ、プリムが悩むような素振りを見せて。
「ちなみに、コロネ様。こちらのプリンはあとどのくらい余裕がございますか?」
「基本のが十個くらいで、クリーム入りの方はもう少し余裕がありますね。一応、味見分などは確保した上で、残りはプリムさんにお渡しする予定でしたし」
プリムのたまごのおかげで作ったものだ。
彼女に渡すのが筋だろう。
「念のため、付け加えておきますと、プリンはあまり日持ちしませんよ。できれば、今日中にお召し上がりくださいのものですから」
冷蔵庫があるならまだしも、添加物も入っていないので本当に日持ちしないのだ。
特に生クリームの方は、今日中に食べてもらいたいところである。
「……わかりました。では、ここに残りも持ってきていただいてもよろしいですか? わたくしとしては忸怩たる思いなのですが、事情が事情ですので、断腸の思いで食べてしまいましょう」
「ありがとうございます、プリムさん」
プリムの言葉に、一切の曇りもない笑みを浮かべるリッチー。
彼女の思いを一切介さずに、そう言い切れるのは、なかなかの良い性格をしている。
まあ、コロネが気にすることではないか。
何はともあれ、これで、プリムを通して、たまごを購入できるのだ。
うれしくないはずがない。
「それでは、残りのプリンをお持ちしますね」
喜び勇んで調理場へと戻るコロネなのだった。