第3話 コロネ、お店に驚く
「これがお店……」
コロネはオサムの店の前で立ち尽くしていた。
確かに町の外からもこの『塔』は見えていた。だが、コロネはこの塔は町の見張り台のようなものだと思っていたのだ。
まあ、見張り台というにはちょっと大きいというか、広いかな、くらいには思っていたが、まさかその建物自体がお店であるとは思いもしなかったのだ。
というか、料理のお店にどうしてここまで大仰な建物が必要なのか。
「小規模な町なら、砦って言ってもよさそうですね」
「驚かせて悪いが、俺も好きでこうしたかったわけじゃないぞ。色々と事情があったんだよ……本当に、何でこんなことになっちまったんだか。俺は元々、和洋中どれもやる定食屋のおやじってだけなんだが」
たぶん、その言葉はオサムの本音だろう。
少しだけ笑みに疲れたような表情が混じっている。
「一階はパン屋、ですか」
改めて店に目をやると、向こうでいうところのベーカリーに近い作りのお店になっていた。奥の方でパンを焼いているようで、こんがりとした香ばしい香りが漂っている。
今が何時ごろなのかわからないが、お客さんも何人かいて、パンを選んだり、席に座ってパンを食べている姿が見てとれる。
「じゃあ、そっちの方から調理場の方に回るぞ。店の方で話をするわけにもいかないし、紹介したいやつもいるからな」
そう言って、階段フロアの奥にある扉から、店の奥へと入るオサム。
コロネも彼に続く。
「あ、オサムさん、いらっしゃいなのです」
入るなり、少し小柄な少女がオサムに声をかけてきた。身長は1メートルちょっとだろうか。背中には羽根のようなものが羽ばたいていて、少しだけ彼女の身体が地面から浮き上がっている。
「ああ、お疲れ、ピーニャ。覚えてるか? 以前話していた、新しい料理人をつれてきた。俺の同郷の出身で、名前はコロネという」
「で、コロネ。こっちがピニャンタ。見ての通り、パン作りをやってもらっている。一応、パン工房では一番偉いやつだ。そうは見えないかもしれないがな」
「むう、失礼なのです。ピーニャは少しだけ成長が遅いだけなのです」
オサムの顔の前で、文字通りプリプリと怒る妖精のような少女。
と、彼女がコロネの前まで飛んできた。
「はじめましてなのです、コロネさん。ハーフフェアリーのピニャンタと言います。ピーニャって呼んでほしいのです」
「はじめまして。コロネです。よろしくお願いします。あの、ハーフフェアリーって、つまり妖精さんってことですか?」
「はいなのです」
「ああ。ハーフフェアリーってのは、妖精種と人間種のハーフのことだ。こう見えても立派に成人してる。今でこそ、パン屋をやってもらってるが、元冒険者だよ」
ちなみに純粋な妖精種より少し大きいのだそうだ。
成長は人間よりもゆっくりめで、長生きする種族ということらしい。
「店を開くまでは、俺も冒険者みたいなことをやっていてな。今みたいに食材も揃っていなかったし、まずは色々環境を整える必要があったからな。その頃に一緒に冒険をやっていたうちの一人がピーニャってわけだ」
「オサムさんと一緒のパーティになると、美味しいごはんが食べられるのです。正直、今でも初めて会ったときに食べた料理の味は忘れられないのです」
オサムが仕事として請け負ったのは、この世界での食事状況の改善、なのだそうだ。
聞けば随分と壮大な話だろう。
まず、この世界の料理の水準がどの程度なのか、その調査を行ない、何が可能で何ができないか、現時点でオサム自身が可能な調理法は何かを確認する。
食材についても、向こうの世界の食材と照らし合わせつつ、どういった食材が流通していて、どういった食材が発見されているのか。食材ひとつひとつに対するこの世界の人々の認識はどうなっているのか。
仮に新しい食材を使った料理を出した場合、どのくらいの人々が受け入れてくれるのか。どのくらいの人が拒否反応を示すのか。
まずはそこから初めて、調査を繰り返す。
冒険をしつつ、新しい食材を発見する。
などなど色々と苦労を重ねつつ、今のような状態になったのだという。
どうしたら、こんな大きなお店を開く羽目になったのかは、途中を端折られたため、コロネにもよくわからなかったが、少なくとも、オサムがすごいことがよく分かった。
同時に、コロネにも同様のことを求められているとするなら、少し荷が重いのだが。
「曲がりなりにも、ここまで続けられたのは、スキルのおかげさ。『包丁人』スキル。自己流で料理を学んだ何でも屋のおやじが、何で、こんなスキルを持てたのかは分からないが、これのおかげで、かなり助かっているな」
スキル『包丁人』は、素材を切ることに特化したスキルらしい。
肉にしても、魚にしても、野菜にしても、切る技術が高まり、素材の味を最大限に引き出す仕込みが可能になるのだとか。
「反面、パン作りやお菓子作りなどには影響しない。だから、本職じゃなかった甘い物に関しては、ほとんどと言っていいほど手つかずになっている」
「あれ? パンは作っているじゃないですか」
「いや、パン工房で作っているのは、残念ながら、王都のパン職人に教えてもらったやり方そのままだ。おそらく、ライ麦パンの系統だと思うが、白いパンを作るまでには至っていないんだ。それでもここのパンが売れているのは、惣菜パンとしての惣菜の部分に新しい要素を加えているだけに過ぎない」
「ソーザイパンは美味しいのです。町の皆さんも、冒険者の人たちも喜んでみんな買っていってくれるのです。でも、オサムさんにはまだ満足できていないそうなのです」
オサムの言葉に、パン工房の責任者であるピーニャがしょんぼりする。
ピーニャにはもっと美味しいパンがどういうものなのか、想像できないのだ。
「ピーニャが気にするな。製法を知らなかった俺が悪いんだからな。で、俺の店の説明に戻るか。大分話が逸れてしまったからな」
オサムがピーニャの頭を撫でながら、続ける。
「俺の店と言っても、建物の割には説明がシンプルだぞ? 一階は見てもらった通り、パン工房になっている。こっちは毎日店を開いている。責任者はピーニャで、パン作りや販売自体は、この町の子供たちやいわゆる主婦たちにアルバイトで来てもらって、手伝ってもらっている」
冒険者ギルドでも、クエストとして発注しているそうだ。
クエストがどういうものか、まだよく分からないけど。
「そして、二階が本業の定食屋だ。もちろん一品料理もしているが、こっちは少し特殊な営業形態になる。週二回だけだ。ああ、そうだ、こっちの暦については、向こうとほとんど変わらない。太陽の日、月の日、火の日、水の日、木の日、金の日、土の日、で一週間だ。月何日かはその時で変わるが、一年は十二か月。たまにうるう月がある。そんな感じだな。で、営業日は太陽の日と水の日の二回だけだ」
「二日だけなんですか?」
これだけ大きな建物なのに、週二日営業って、勿体ない気がする。
「オサムさんのお店、ちょっと大変なことになったのです。色々あって、商業ギルドと冒険者ギルドと神聖教会と王都から派遣の責任者が集まって話し合った結果、今の週二回のお仕事に落ち着いたのです」
「まあ、仕入れの問題と仕込みの問題。そして、ひとつの町の食事事情を半独占してしまうとまずいだろうって判断だな」
独占というと言葉は悪いが、この町の住人はそこそこお金を稼ぐ手段を持っており、美味しい料理がそこそこの値段で食べられるようになったため、ここぞとばかりにオサムの店に需要が集中したらしい。
割を食ったのは、商業ギルドで経営していた料理の店や宿屋だ。
客は明らかに減ってしまうし、やってきた客は客でどうしても、オサムの店と比較してしまう。ある意味、悪い循環になってしまう。結局、この町に限って、商業ギルドは料理店に関しては手を引いているのだそうだ。そこには、別の思惑というか、他の権力からの横やりもあって、手を引かざるを得ない状態になったのだとか。
「で、太陽の日は、食材持ち込みで料理を作る日。水の日はメニューから好きに選んでもらう日。そういうシステムになったんだ」
つまり、水の日がたくさんのメニューを仕込んで提供する通常営業の日。
そして、太陽の日は冒険者や町の人がオサムのところに食材を持ち込んで、代わりに料理してもらう日なのだそうだ。
ちなみに太陽の日は持ち込み限定のため、持ち込んでくれたお客にはただで料理を出すのだとか。もちろん、持ち込みなしでお金を払って食べてもいいそうだ。余っていればの話だが。
さっきの門番のダンテとの話も太陽の日のことらしい。
「で、今日は太陽の日だから、持ち込まれた食材を料理する日だ。まあ、前もって食材を持ってくるやつもいるから、仕込みが終わってるのも結構あるがな。で、店の説明についてはこれで終わりだ」
「え、三階から上はどうなっているんですか?」
「区分けについては、後で案内するが、三階が調理場兼貸し調理場――――もちろん二階にも調理場はあるぞ――――になっている。この町の他の店の連中にも、調理場を貸し出しているんだ。で、四階から上は、従業員用の休憩室や宿泊室と、あとはすべて食材の保管と仕込みのスペースだ」
「え? え? 四階から上ってまだまだ……え、あれ全部!?」
建物のほとんどが食材のためのスペースになっているとのこと。
「ああ。ところで、コロネはアイテム袋の存在を知っているか?」
「何ですか、それ」
「アイテムを一定量保管することができる袋のことだ。空間魔法の一種らしいが、俺も詳しいことは知らん。とにかく、大きなアイテムも出し入れ自由にできる魔道具があるって思えばいい」
「入れておいたアイテムはずっとそのままの状態なのです。かなり高価ですが、便利なのですよ」
何でも、中では時間が経過しないらしい。そのため、生きている素材を入れると副作用もあるらしい。人間も入ったりしないように安全装置が働いているのだとか。
「保管する分には便利だが、素材を仕込む際に時間停止が影響してしまうんだ。例えば、ドラゴンの食材は熟成させないと美味しくならないんだが、熟成させるためにはアイテム袋を使ってはいけないということになる」
なるほど、とコロネが納得する。
熟成させるためには、そのままの大きさで保管しないといけない。ということはそれだけ大きなスペースが必要になってしまうわけだ。
というか、例えがドラゴンというあたりがすごい。
それをオサムは調理できるということなのだから。
「まあ、これで大まかな店の説明は終わりだな」
そう言って、オサムは笑う。
ここが、今日からコロネの仕事場になる。
ようやく、そのことを実感するコロネであった。