第392話 コロネ、帽子工房へと向かう
「ほら、こっちから屋上へとあがるんだ」
そう言って、エドガーさんたちが案内してくれたのは、工房の三階から、更に上へと伸びている階段だ。
いや、あの、それ自体は別に問題はないんだけど、この階段、先の方に目を遣ると、途中の踊り場から、変なものに変わっているんだけど。
踊り場のところまでは、さっきまでの階段とか、この建物にも使われているような、石造りの階段なんだけど、なぜか、その先は、赤と白の派手派手しい階段になっているのだ。
いや、階段と言うか。
横に向かって生えている大きなきのこというか。
踊り場のような場所から伸びているのは一本の太い柱のようなもので、その柱から、コロネでもギリギリ抱きかかえられないかな、ってくらいの太さの、丸太のような紅白きのこが横へとまっすぐ生えていて。
それがその柱をぐるりと、螺旋階段のように生えているのだ。
あ、もしかして、この柱って、下の建物も貫通しているのかな?
ちょっと触ってみると、石柱じゃなくて、木のような触り心地をしているし。
色は、灰色という感じで、遠目には石材にも見えるんだけどね。
見た目だけなら、向こうのアメリカとかにある、木の化石というか、木と石の合いの子みたいな感じというか。
いや、それだと逆か。
あっちは、見た目は木なのに、触ると石なんだものね。
ここのは、見た目は石なのに、触ってみると、生きた樹という感じだったし。
「この螺旋階段の上が、ロジェさんの工房なんですね?」
「ああ、そうだ。というか、この太い柱に見えるのも、工房の一角なんだ。今、俺たちが乗っている足場きのこも含めて、全部、きのこでできているからな」
「えっ!? この柱もきのこなんですか?」
それはちょっと驚きだ。
触り心地はかなりしっかりと、木の質感だったんだけどね。
一方の、足場になっているきのこは、踏みしめるとちょっと弾力性がある感じで、高反発の素材って感じだ。
しっかりした硬さも含んでいるんだけど、足というか、体重をしっかりと受け止めてくれているというか。
ほんのちょっとだけ沈み込んで、それで安定するのだ。
うわ、面白いね、この足場きのこ。
体重制限とかはないのかな?
というか、足場きのこ自体は、長さが五メートルくらいあるから、まあ、階段としては別にいいんだけど、手すりとかがないから、実はのぼっていくにつれて、徐々に怖くなっていくんだよね。
螺旋階段が三階の天井を突き抜けて続いているんだけど、その頃には、三階の床からもけっこうな高さになっちゃってるから。
きのこときのこの間から、下の方も見えるし。
あんまり、高所恐怖症の人にはおすすめできない階段だよね。
「まあ、ロジェのやつは、元々はきのこの研究をしていたらしいしな。きのこの大型化とか、特殊環境での栽培法とか。一応、ここに生えているきのこも、さっき案内したモスのところと同じ結界で包まれているんだ。工房の三階より上は、モスによって生み出された『異界』のような状態になっているからな」
「あれ? モスさんって、身体の中が『異界』なんじゃないんですか?」
外側にも、『異界』が展開されているの?
「二重」
「まあな。その辺がベヒーモスのすごいところなんだが、体内の方は、身体のシステム上、自然に発生している『異界』ってやつらしいぞ? だから、うちの工房の三階が、他の幻獣種のような、生活環境を整えるための『異界』の使い方ってやつみたいだな」
「ということは、ここの環境がモスさんにも暮らしやすいってことですか?」
「いや、ここは、どっちかと言えば、ロジェの研究に配慮してるって聞いたぞ。この柱のような特殊なきのこが育ちやすいように、ってな」
ありゃ、そうなんだ。
どうも、幻獣さんたちって、周辺の環境群のあるじって感じになれるらしく、だからこそ、生み出す『異界』にはそれぞれ個人差があるんだって。
ドロシーの使い魔のルナルさんが作っている『夜の森』の場合は、森で暮らす住人に配慮した環境になっているそうで、妖精種や妖怪種、精霊種などが暮らしやすい環境で、それに加えて、ドロシーのお店とかで取り扱うような魔法素材を栽培しやすいように、森の形をしているのだそうだ。
もっと、幻獣種にとっての最適の環境って話なら、サーカスの時にもちょっと垣間見た、サニュエルさんの『異界』みたいな感じになったりもするらしい。
モスさんの場合は、ロジェさんの研究の邪魔にならない環境と、ここの工房として、革職人としてのお仕事に都合のいい感じで、状態を整えているんだって。
まあ、聞けば聞くほど、幻獣種って何でもありな感じがするよね。
ルナルさんにしても、モスさんにしても、幻獣さんとしては、まだまだ生まれたばっかりの方に入るみたいだし。
それでも、このくらいはできるってことだものね。
「ほら、着いたぞ、ここが屋上だ」
「うわあ、すごいですね。大きなきのこがいっぱいですよ」
そうこうしているうちに、天井を貫いて、屋上の方へと着いた。
きのこの柱と螺旋階段は、まだもうちょっと上まで続いているんだけど、それはそれとして、屋上の空間は、ものすごい大きなきのこというか、きのこでできた家のようなものがいくつか連なっていた。
白一色の真っ白なきのこもあれば、さっきのきのこと同じような紅白のきのこもある。
ただ、どれも、家としての機能もあるようで、きのこが生えている床のところには、取ってのついた扉のようなものもあるし、窓のような穴もある。
というか。
あれ? 屋上は床の部分が土になっているんだね?
建物の天井部分は石造りに見えたんだけど、けっこうしっかりした地面というか。
そこからきのこが生えているというか。
いや、あの、これって、どこからきのこが生えているんだろ?
その辺は、『異界』特有の不思議空間ってことなのかな?
コロネがそんなことを適当に考えていると、ひとつのきのこの家の扉が開いて。
「いらっしゃいませ、エドガーさま、フェイレイさま。そして、コロネさま、ですね? ロジェさまがお待ちですよ」
穏やかそうだけど、どこかしっかりしている感じの女の人が現れた。
というか、給仕の服というか、メイドさんみたいな服を着ているね、この人。
印象としては、コロネより年上の落ち着いた雰囲気で、こちらに笑顔を浮かべてくれている。
たぶん、ロジェさんの工房の関係者だとは思うけど。
「ああ。少し遅くなったか、キヌア?」
「いえ。ご心配には及びません。お時間の許す限り、デザインを考えられる、とのことですので」
「ならいいが。ああ、そうだ、コロネ。こっちは、キヌア。家事妖精のシルキー種で、ロジェの身の周りの世話とかをしてくれているんだ。このロジェの工房には、ロジェとキヌア、それに、マサムネってやつが居候をしているんだ。後は、モスのやつも、泊まりに来たりしてるな」
「はい。シルキーのキヌアです。こちらでは、主に、ロジェさまの工房の管理をさせて頂いております。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。料理人のコロネです。こっちの子はグルメスライムのショコラです」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「はい、存じ上げております。よろしくお願いいたします」
簡単に自己紹介とかを済ませて、っと。
それにしても、家事の妖精さんかあ。
そういうのって、プリムさんたちと似ているよね。
もしかすると、妖精さんって、そういうお仕事をしている人が多いのかな?
まあ、ピーニャとか、ラズリーさんとかは、この町だと、料理人って感じだけど。
簡単に話を聞いてみると、妖精種は、手先が器用だったり、魔法とかの使い方も、繊細な使い方とかが得意なので、そういう意味では、誰かのお世話をするっていうのは向いているのだそうだ。
うーん、えーと。
どうも、コロネの場合、近くにいる妖精さんたちが、そういう感じとはちょっとイメージが違うような気がするんだけど?
ピーニャの炎とかも、けっこう、暴発がすごいし、そもそもプリムさんって、本当に我が道を行くのみって感じだし。
まあ、料理教室の準備とか手伝ってくれた時は、すごく手際が良かったから、そういう意味では、繊細さの片鱗を見えるけどね。
それでも、やっぱり、ちょっとイメージが違う気がするよ。
さておき。
「ここで、ロジェさんが帽子を作っているんですね?」
「はい。今、わたしが被っていますのも、ロジェさまの作品です」
そう言って、キヌアさんが、自分の帽子を示す。
キヌアさんが被っていたのは、クロシェタイプの帽子だね。
ベル型の帽子に、ちょこんと、小さめのリボンが飾られた、シンプルだけれども、可愛らしい印象の帽子だ。
うん、いい感じの帽子だね。
「ロジェさんって、色々な帽子を作っているんですか?」
「ああ。普通の帽子って言えば、実用性が高い方が人気なんだが、ロジェの場合、魔女の知識をフルに生かして、色々な造形の帽子を作っているからな。見た目もきれいだが、性能も色々すごいぞ。基本はすべて、『魔法の帽子』だからな」
「特殊」
「はい。ひとつの帽子につき、最低でも、何かしらの機能はつけられておりますね」
へえ、そうなんだ。
いわゆる、『魔法の帽子』っていうのは、ドロシーのアイテム袋と同様に、魔女の技術が埋め込まれた帽子のことを言うのだそうだ。
簡単な魔法を発動できたり。
かぶった人の姿を見えにくくしたり。
周辺の小精霊を操ったり。
何かに変身したり。
そういう機能を組み込むことで、遊び心を満たしているのだそうだ。
「え? 遊び心なんですか?」
「ああ。その辺は、長く生きている魔女特有の性格というかな。ロジェの場合も、気に入った相手には、簡単に『魔法の帽子』を譲ってくれるんだが、その代わりに、その相手がどういう風な使い方をするか、それによって、どうなってしまうのか。その追体験をするのがロジェの趣味なんだよ」
だから、譲った相手にも、どんな隠し機能がついているか教えないこともざらなのだそうだ。
それで、面白いことが起きれば、重畳って感じで。
あれれ?
塔で会った時は、そんな人には見えなかったんだけど。
エドガーさん曰く、魔女ってやっぱり、普通の人とはちょっと違う感覚を持っているのだそうだ。
まあ、その辺は、ドロシーも似たようなものかなあ。
人を驚かして、楽しんでいる節があるものね。
どうも、一筋縄では行かなそうだ。
そう思うコロネなのだった。




