第385話 コロネ、蜘蛛さん工房を見学する
「へえ、『くものこファクトリー』ですかあ」
「ああ。二階の工房は、生地作り特化というか、ララアさんたちの工房がメインになっているんだ。糸を紡いで、その紡いだ糸を生地へと加工する工房だな」
階段で二階にあがると、すぐに、大きめの扉があって、そこの看板が付けられていた。
蜘蛛の人たちを主体とする『くものこファクトリー』。
アラクネのララアさんや、鬼蜘蛛のツナさんたちが働いている工場だ。
というか、二階って、一階とは大分作りが違うんだね。
一階はそこそこ大きな部屋がいっぱいある感じだったけど、二階の方はと言えば、どーんと大きな部屋があるって感じだもの。
通路を左右に見ても、端の方に、休憩所ってかかれた部屋があったり、お手洗いがあったりする以外は、内側の方はずっと壁が続いているというか。
うん。
どっちかと言えば、向こうの工場とか、そんな感じに近いかな。
中からもガッシャンガッシャンと音がするし。
とはいえ、いつまでも通路にいるのもあれなので、エドガーさんたちに促されるままに、中へと入ると。
「失礼します……うわっ!? すごいですね、ここ!」
まず、入ってすぐ目につくのは、その部屋の広さと目の前で動いている機械だ。
とにかく、広い。
一階の工房をひとまとめにしたくらいのスペースがあって、ところどころには仕切りのようなものが立てられてはいるんだけど、ずっと向こうまで作業場が続いているという感じだね。
入ってすぐのところから、様々な機械が設置されていて、糸を生地へと織っていったりするのをやっているようだ。
へえ、織り機みたいのはちゃんと自動化されているんだね?
ところどころに人型の職人さんがいて、機械を動かしたりチェックしたりしているんだけど、ちょっと気になるのが。
大型の蜘蛛だ。
いや、身体にぴたっとフィットする感じの服を着ていて、おんなじデフォルメされたかわいらしい蜘蛛のマークが入った帽子をかぶっているんだけど、大きさは一メートルは優に超える蜘蛛が折り機を操作しているのだ。
え? 友好的なモンスターさんの一種なのかな?
思っていた以上に、リアルな蜘蛛さんというか。
そういえば、獣人さんの場合も、獣化状態とかもあるんだっけ?
虫の人たちも、こういう明らかな虫! って感じの姿を取れたりもするのかな?
呆気に取られて見ていると、その蜘蛛さんたちも織られていく生地に対して、何やら、糸を吐いたりとか、中の部分に手を加えてほぐしたりとか、そういう作業をやっているようなので、ああ見えても、ちゃんとした職人さんなんだろう。
「ふふ、驚いた、コロネ?」
「あ、ララアさん。今日はよろしくお願いします」
驚いていたコロネの側へとやってきたのが、アラクネのララアさんだ。
良かった。
ララアさんはちゃんと人型をしているね。
短めの黒髪で、ほっそりとしたララアさん。
今は、女性用の作業着というか、作業とかで汚れてもいいような恰好をしているね。
ただ、それが似合っていて、ちょっとかっこいいのだ。
熟練の職人さんの風格とでも言うのだろうか。
「ええ。今日は、簡単な作業とかは見せてあげるわ。ふふ、私の工房って、蜘蛛の子たちが多く働いているの。まあ、正確には、私の眷属よね。あの子たちに、ここの作業を手伝ってもらっているのね」
普段はこの町には住んでいないんだけどね、とララアさんが笑う。
あ、あの蜘蛛さんたちって、作業の時だけ、ララアさんが呼んでいるって感じなんだね?
それにしても、眷属かあ。
あの、蜘蛛さんたちもララアさんの使い魔って感じなのかな。
「あそこで機械を動かしている蜘蛛さんって、モンスターさんなんですか?」
「あら、コロネ、私もモンスターなのよ? ふふ、そのうち本体も見せてあげましょうか? ここだとちょっと狭いから、やめておくけどね」
「あ、そうだったんですね?」
一応、便宜上は、人間種もモンスターではあるんだけどね。
そういう意味じゃなくて、ララアさんたちの種族も、コボルドさんたちとかと同様に、人型モンスターの系統にあたるのだそうだ。
ララアさんくらい人化が上手だと、虫人種ってことにもできるそうだけど。
あっちにいる蜘蛛さんたちは、まだあんまり人化ができないんだそうだ。
というか、だ。
ララアさんの本体って、そんなに大きいの?
人型だとあんまりイメージができないから、ちょっと意外というか。
線の細い美人さんなんだけどねえ、今の姿は。
「ええ。『魔王領』にある、『蜘蛛の王国』ね。そこの出身なの、私たちって」
「ララアたちは、アキュレスたちからの紹介で、この町にやってきた職人だな。天才的な生地作りの町があるっていうんで、それで、色々あって、スカウトしてきたんだ」
「ふふ、さすがにそっちからの紹介だと無碍にもできないしね。でも、私たちの種族も『魔王領』だと偏屈なので有名だから、別に魔王様だから従ったってわけじゃないわよ? その辺は、交換条件が良かったからだし」
あ、そうなんだね。
ララアさんによると、そのアラクネさんとかが住んでいる『蜘蛛の王国』って、東大陸の北部にあるのだそうだ。
お豆腐とかの話でも出てきた『魔の山』の周辺エリア。
ララアさんとかはそうでもないけど、『魔王領』の中でもその辺りの地方って、積極的には魔王さまの配下って感じじゃなくて、表向きは、まあ、従ってますよくらいの態度のところが多いらしくて。
その理由も、衣食住、いずれかの技術を持っている種族が多いかららしい。
なるほどね。
『魔王領』の職人が多く住んでいるエリアなんだね、その辺りって。
「ちなみに、交換条件ってどういうものなんですか?」
「待遇面もそうだけど、やっぱり大きかったのは、扱える素材の多彩さと私たちの知らない技術を教えてくれるって条件よね。ほら、この辺の織り機とか、紡績に関する技術とか見ればわかるでしょ? うちのところの場合、個々のスキルを磨いて、それを使った形での手作業がほとんどだったから」
機械ってすごいわよね、とララアさんが笑う。
さすがに、『蜘蛛の王国』と言えども、この手のものは見たことがなかったそうだ。
「というか、ララアの場合、手作業でもかなり早いからな。普通は、こんな魔道具を使わなくても、あっという間に仕立てとかもできるぞ?」
「ふふ、この工房でのお仕事は、生地作りがメインだけどね。さすがに魔素がらみの工程は、私たちがやらないと、うまく行かないし」
なるほど。
機械である程度の工程は自動化できるけど、やっぱり、素材によっては手作業で進めるしかないものも多いのだとか。
魔法素材ではなく、普通の糸とかを使った製品とかは、こうやって、自動の魔道具を使って、それで、向こうで蜘蛛さんたちがやっているように、一部の工程で、魔素による加工を施して、それで、通常繊維の強度を高めるようにしているらしい。
コロネも、服飾に関しては素人だから、見た目だけだと何をやっているのかわからないけど、目につきにくいところで、より良い生地を生み出すための工夫が色々と施されているんだってね。
「でも、すごいですね。こんなに大規模な感じなんですね」
町の人口とか考えると、どんどん織られていく大量の生地がちょっと多すぎる気もするんだけどね。
このペースで作っていたら、ものすごい量になりそうだし。
「まあな。別にこの町だけで消費するわけじゃないしな。だから、ララアには、仕立てじゃなくて、生地の量産をメインにやってもらってるんだよ。本当は、仕立ても頼みたいところなんだが」
「そうそう。その辺は交換条件のひとつよね。ここで作ったものに関しては、一定量は『蜘蛛の王国』の方にも流してるの。もちろん、希少な素材を糸化して作った生地に関しては、この町から出せないものもあるけどね」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。アルミナで採れた鉱石とか、この町の果樹園で作っている一部素材とかもそうだな。後は、竜種の協力で手に入った素材とか、鳥人種の生え変わりの羽を譲ってもらったりとかのものとか、他にも詳しくは説明できないものもあるが、この町だから、入手可能って素材は割と多いんだ」
「ふふ、だから、私もお仕事やってて楽しいわね。『蜘蛛の王国』だと、その辺の素材を糸に加工して、その際に、魔素を施すってのがほとんどだったから。竜種の身体の一部なんて、そもそもの魔素が強すぎるから、まず、そっちを程ほどまで取り除かないと作業にならないしね。ほんと、新鮮な驚きがあって楽しいわ」
おかげで、新しい技術とかも増えてきた、とララアさんが微笑む。
他種族が入り混じっていることのメリットがそこにあるのだそうだ。
なるほどね。
「そういえば、他の眷属の蜘蛛さんって、お仕事が終わったら、その『蜘蛛の王国』まで帰っちゃうんですか?」
「ええ、そうよ。お仕事して、ごはんを食べて、休みに帰るって感じね」
「帰る時に、生地とかも持っていくからな。もちろん、それとは別に報酬も払ってるしな。だから、出稼ぎみたいなもんさ」
「この町には住まないんですか?」
「そうね。やっぱり、人型をとれない子たちだと、向こうの環境の方が落ち着くみたいね。この町、魔素的には問題ないんだけど。ふふ、まあ、モンスターが普通に闊歩してると、この国の王都から来客が来た時に困るってのもあるけどね」
あ、そっか。
表向きは普通の町ってことが売りなんだっけ?
というか、『魔王領』と提携していることって、シークレットなんだものね。
何だか、最近、すっかり忘れていたけど。
「でも、そんなに簡単に行ったり来たりってできるんですか?」
東大陸の北部ってことは、普通の手段じゃ難しいよね?
あ、もしかして、ララアさんとかも転移とか使えるのかな?
「ふふ、私も眷属召喚みたいなことはできるけど、それだと、生地とかは運べないのよね。だから、ここの二階の奥には、ツナやんの伝手でサクラちゃんに絵を描いてもらってるの」
それを使う感じね、とララアさん。
あ、サクラちゃんって、コトノハの大臣さんだよね。
スキルか何かで、転移陣が描けるんだっけ?
「そういえば、ツナさんって、妖怪さんですものね」
「ええ。鬼蜘蛛ね。で、それだけだと、陣を通れる子が限定されちゃうから、サクラちゃんが描いてくれた絵を、モスくんにもちょっと弄ってもらってね。私たち蜘蛛種族限定で、移動ができるようになってるの」
「へえ、そうなんですか」
蜘蛛って縛りがあれば、陣を敷いていても、勝手に他の人が侵入できないから、と。
一応、ここの素材って、その魔法絵と引き換えに、コトノハにも卸しているのだそうだ。
さすがに町限定の素材は難しいらしいけど、それなしでも、ララアさんたちの作る生地って、評判がいいらしいから。
というか、モスさんって、革職人さんだよね?
そんな陣とか弄ることもできるんだ?
相変わらず、この町ってすごい人が多いんだねえ。
ララアたちの話に感心しきりのコロネなのだった。




