第384話 コロネ、親方と料理の話をする
「俺たちの住んでいた村だと、どっちかと言えば、甘い味付けの料理が多かったな。果物とか、ハチミツなんかを使ったものが割と、頻繁に食卓に並ぶんだ。甘いスープとかな。その辺は、『精霊の森』から、果物を譲ってもらったりしてたから仕方ないんだが」
この国に来た時は、甘いスープが好きだって言ったら、変わり者扱いされたなあ、とエドガーさんが苦笑する。
へえ、そうなんだ。
ちなみに今は、工房の一階を案内してもらいながら、故郷の味について教えてもらっているところだ。
ベッドがいっぱい並んでいた仮眠室というか、寝室とか。
一階の奥の方にあった、自炊用の台所スペースとか。
エドガーさんのお弟子さんの作業場もいくつか見せてはくれたんだけど、そもそも、いかにも作業が終わりましたって感じで、素材とか、工具とかが散乱している部屋か、もしくは、ものすごくきれいに整頓されていて、ミシンとかアイロンとかかな? そっち系のものとか以外は、家具の中にきれいに片づけられてしまって、作業場って感じがほとんどしないお部屋か。
その両極端なところばっかりだったね。
でも、ちゃんとミシンとかもあるんだね。
服飾のお仕事は、コロネもあんまり詳しくはなかったんだけど、それでも、何となく見覚えのあるような器具とかも色々とあったし。
それにしても、甘いスープかあ。
甘いものはコロネも好きだけど、毎日の食卓に普通に、甘いスープが並び続けるとなるとちょっと、という感じかな。
その辺は、一応は、日本人だし。
全体のメニューのアクセントとして、バランスを取る分には良いと思うけどね。
コースメニューの中に、グラニテとかを混ぜるのって、そういう効果も狙ってるわけだし。
ただ、さっきちょっと見せてもらった台所スペースが、お酒とか、缶詰やら、瓶詰やらのおつまみ類でいっぱいになっているのは、少し驚いたけど。
その中に、ハチミツとか、果物系の缶詰とかもあったんだよね。
エドガーさん、それらと一緒にお酒を飲むそうだ。
あ、そういえば、みかんの缶詰もあったよね。
こっちに来てから、柑橘系の果物って、あんまり見かけてはいなかったんだけど。
あれ?
前にピーニャが柑橘系のジャムを作っていたかな?
でも、青空市とか、果樹園とかでは、あんまり見かけた記憶はないんだけど。
「エドガーさん、『精霊の森』で採れる果物ってどういうものがありますか? もしかして、さっきのみかんの缶詰って、そっち側のものですか?」
「ああ。そうだな。酸っぱい系とか、甘酸っぱい感じの果物は割と多いな。みかんとかは『精霊の森』が原産のものがほとんどだ。一応、この町の果樹園でも作っているはずだが、まだ市場にはあまり流れていないのが現状だ。それらの多くは、缶詰とかの加工品にして、それから、『精霊の森』へと送り返しているというかな。うちの台所にあるのは、そっち側の伝手から、譲ってもらった分だ。フェイレイとかが好きだから、一定量は確保してあるんだよ」
「好物」
あ、やっぱり、そうなんだ。
みかんとかの柑橘系は制約がある感じの食材なんだね。
ほとんど出回っていないのって、何となくおかしいなとは思っていたのだ。
どうも、『精霊の森』の外では、栽培するための環境作りが難しいらしい。
「ほら、今さっき話したアッピアの実な。あれも、みかんとかの一種だとは思うが、あそこまで酸っぱいとそのままで食べるというより、調味料に近いからな。果物って形で、みかんとかを育てているのは『精霊の森』を除けば、あんまり聞いたことはないな」
一応、果樹園の方では栽培実験は成功済みではあるそうだ。
その辺は、レーゼさんがいるしね。
ただ、そこで作ったものの流通に関しては、まだ交渉中で、今のところ、この町の中でも販売してもいいのは、一部の料理店に制限されているとのこと。
職人街のブリキ工場とかで、缶詰とかにしたりはしてるけど、そっちはそっちで、精霊さんたちとの交渉を円滑に進めるために、森の方へと送っちゃう感じなのだそうだ。
とりあえず、果樹園内で味見するくらいはできるらしい。
一方の、そのアッピアの実は、この国でも割と野生種が採れるらしくて、それで、下町料理とかにも使えるようになっているのだとか。
ただ、アッピアの実に限らず、『精霊の森』の外で採れる、柑橘系の果物って、酸味とかえぐみが強くて、とてもじゃないけど、そのままだと食べられないものばっかりなんだってね。
その辺は、野生種がほとんどだから、って感じなのかな?
品種改良してないと、向こうの日本のみかんも、小っちゃくて種だらけだったって話だし。
「パン工房のジャムパンは大丈夫なんですね?」
「まあ、オサムとか、ピーニャは許可もらってるしな。ただ、この町の料理人でも、『精霊の森』に入ったことがない者は、販売許可が下りてないはずだぞ、確か」
あ、なるほど。
そういえば、エドガーさんもオサムさんたちと『精霊の森』の方で知り合ったんだっけ。
ということは、ピーニャも一緒だものね。
どうも、『精霊の森』も食材に関しては、なかなか厳しいようだ。
オサムさんの関係者であっても、許可がなければ、ダメって感じらしい。
「まあ、それで、ピーニャとかも色々と考えてはいるみたいだがな。白いパンにみかんのジャムをはさんだものとか、後は、何でも、精霊種が好みそうな料理が見つかったんだってな? それを使うとか、そういう話じゃなかったか?」
「あっ! それってアイスのことですよね?」
精霊種の大当たりだって言ってたものね。
あれ?
でも、フローラさんとかもアイスは食べてよね?
『精霊の森』のお偉いさんのお母さん。
確か、他の偉い人たちが全員一致しないと、許可が出せないって話だったような。
「うん」
「はは、フェイレイもアイスを食べた時は、衝撃を受けてたものな。めずらしく、表情が顔に出ていたというか、言葉数もちょっと増えたものな」
「あれ、すごい」
あ、ほんとだ。
今も、食べたわけじゃないけど、ちょっと興奮してるのがわかるもの。
というか、本当に、アイスって精霊さんと相性がいいんだねえ。
ただ、それでもすぐにどうこうって話ではなさそうだ。
そもそも、普通は、もっと精霊種って閉鎖的なので、この町にやってくるような人たちとは、また別の考え方を持っている精霊さんたちも多いのだとか。
まあ、その辺は、アルルたちも愚痴っていたから、何となくはわかるけど。
あと、アイス自体の取り扱いに関しても、今のところは、もうちょっと様子見の段階なので、まだ、交渉がどうこうって話じゃなくて、一案としてあがっていただけらしい。
「一応、その、アイスの扱いに関しては、コロネが責任者なんだろ?」
「え? あー、そういうことになるんですかね?」
「だから、別にピーニャとか、オサムとかも、コロネに無断で話を進めるってものじゃないはずだぞ。今のところ、この町と『精霊の森』の関係も良好だし、それで十分って見方もできるからな」
欲張って、関係を壊しては、元も子もないから、って。
なるほどねえ。
というか、言われて気付いたけど、コロネって、アイス関係の責任者にもされてるんだね?
白い小麦粉だけじゃなくて。
そっちは、教会の方との兼ね合いもあるから、本格的に交渉ってことになると、もうちょっと各方面の調整が必要になってきそうだよ。
うーん。
何だか、予想もしていない方向でのお仕事が増えていくような。
どうも、ただお菓子を作っていればいいってわけじゃなさそうだ。
こっちは、お菓子のための食材を集めているだけなんだけど。
「はは。しかし、コロネはやっぱり、そっちの話の方が興味があるんだな。工房を案内しているつもりが、料理の話ばかりしてる気がするぞ」
「あ、すみません。どうしても、食材がらみの話は放ってはおけなくて。いえ、もちろん、ここのお仕事にも興味深々ですよ。作業がお休みなのは少し残念ですが」
とはいえ、お仕事がいそがしい時は案内どころじゃないだろうしね。
部外者が横でうろうろするのも、まずいだろうし。
「まあ、その辺は仕方ないよな。一階の連中は外へ行っちまったし。本当は、作業も見せたいところだったんだが」
「いえ、道具とかだけでも見ていて楽しいですよ。ミシンとかも使うんですね?」
「ああ。手縫いがまだまだ未熟な連中も多いからな。その辺は併用させてるな。俺としては、手縫いが一番だと考えているがな。何といっても、融通が利く。綿とかそういう普通の素材ならミシンでもいいが、魔法素材とかのたぐいになると、素材ひとつ扱うのにも、そのための技術が必要になる」
ミシンを使うと、そういう部分がおろそかになるから、と。
ただ、縫えばいいってわけじゃないってことらしい。
なるほどね。
やっぱり、縫製ひとつ取っても、奥が深いんだねえ。
「ララア」
「ああ、そうだな。コロネも昨日会ったろ? 蜘蛛の虫人のララアだ。あいつの工房が二階の方にあるんだが、そっちの方は、今日も作業をやってくれてるんだ。せっかく、コロネが来るのに、みんな逃げてどうするんだ、ってな」
「あ、そうなんですか?」
ララアさんって、アラクネさんだよね。
実は、エドガーさんの工房の中でも、かなり重要な作業を受け持っている人だそうで、ララアさんがいないと、多くの特殊素材の加工が難しくなるのだとか。
「糸を紡いだり、モンスター素材とかから繊維素材を抽出したりとかな。その辺の『糸化』の能力は、ララアたちに頼る部分が大きいな。もちろん、仕立てそのものスキルもかなり高いしな」
「工匠」
「糸に魔素を注ぎ込んで、そのまま編み込むこともできるんだ。通常の綿やシルクなどの素材を、魔法素材にするなんてこともな。そっちのやり方は、俺もララアから教わった。そうすることで、肌触りとか着心地を保ったまま、服の強度をあげることができるようになる。慣れないと手間もかかるがな」
そうすることで、下着とかの強度も高めたりもできるんだとか。
町の外とかで、いざという時に、冒険者にとっても強い味方になるというか。
その肌着一枚が生死を分けたりとかもするんだって。
だから、職人の仕事は責任重大だ、とエドガーさんが笑う。
「軽く、動きを阻害せず、かつ、強靭であること。それらを同時に満たすための素材を、今も探し続けているってところだな。そういう意味では、ララアの存在はものすごく大きいんだ。もちろん、本人のスキルもそうなんだが、それだけじゃなく、ララアの工房が持つ生産力も含めて、だな」
「生産力、ですか?」
「ああ。その辺は、直接見てもらった方が早いな。それじゃあ、このまま、二階の方へと行ってみるとするか」
「はい!」
そんなこんなで、工房の二階へと向かうコロネたちなのだった。




