第38話 コロネ、記者に会う
「コロネ、ハンバーグステーキ定食、おかわり」
「はい、かしこまりました」
開店直後から、黙々とハンバーグステーキを食べ続けているのは、冒険者のリディアだ。今日は、先日のロリータファッションではなく、シックなドレスを着ている。
相変わらず、白一色なのは変わらないが。
それにしても、見た目とっても美人さんが、延々と大食い挑戦しているのを見ると、凄味の方が増してしまって、このテーブルだけ、どこか別空間のようだ。
ともあれ、リディアのおかわりはいつものことだ。
すでに用意されている定食を調理場で受け取り、席へと持っていく。
「お待たせしました。ハンバーグステーキ定食です」
「ん、ありがと、コロネ。それで、例のものは?」
「あと一時間ほどで、始めるそうです。ちょうどお客さんが揃ったところで提供をする方が盛り上がるから、だそうですよ」
「うん。わかった。なら、それまではハンバーグ一本で」
「はい、かしこまりました」
リディアが納得したように頷くと、ハンバーグをゆっくりと咀嚼する。
例のもの、とはリディアが持ち込んだ食材のことだ。
今日のおすすめメニューになっている。
ただ、普通に出すだけだともったいないので、ちょっとしたサプライズにするのだそうだ。オサムがそう言っていた。
それにしても、とコロネは周囲を見る。
水の日の営業は、太陽の日と雰囲気が少し違っているようだ。
太陽の日は、お客さんが自分で持ち込んだ食材を使ったメニューが多いので、来店時間にも、けっこう幅があったのだ。仕事終わりにゆっくりと来店される方も多かったし。
一方、今日の、水の日の営業はというと、開店前からお店の前に行列ができていたのだ。
オサムが「ようし、そろそろ店を開けるか」と言って、コロネが開店のために扉を開放しようとして、初めて、その状況に気付いた。
二階のお店の前から、階段を伝って、待っているお客さんで行列ができていたのである。
給仕の制服に着替えて、さあやるぞ、と思っていたコロネにも、目の前の光景は少し予想外だった。
「水の日はいつもこうだよ、お姉ちゃん。みんなが好きなものを頼めるから、メニューによっては売り切れになるものもあるの。だから、必死なんだよ」
「どのメニューも美味しいから、それほど文句が出るわけじゃないけどねー。でも、まあ、みんな、その日に食べたいものがあるわけじゃない? さすがに開店直後だと売り切れにくいしね」
エルフのサーファと、ジルバが教えてくれた。
水の日の営業は、季節によってメニューが変更されるため、基本は百種類前後を用意しているのだそうだ。もちろん、毎回の人気メニューは常に用意されているが、その週にしか、食べられないメニューもあり、注文が偏ると、あっという間に売り切れてしまうことも当たり前なのだとか。
いくら、たっぷり仕込めるといっても、全種類を全員分仕込めるわけがないので、これは仕方ない話なのだろう。
太陽の日は、持ち込んで作ってもらうため、確実に食べられるのがわかっているから、みんなも焦らないが、水の日はそうではない。
その差がはっきりと表れている。
「開店が二日間になった当初は、どっちもメニューから出していたのね。でも、行列がひどいことになってきたので、太陽の日はゆっくり食べてもらえるように、今の形になったってわけ」
そう言って、スザンヌも苦笑する。
だからといって、毎日営業するとなると問題も多くて難しいのだとか。
人気店というのも色々と大変なのだ。
そんなこんなで、調理場へと戻ってきたコロネにオサムが声をかけてきた。
「コロネ、ちょっといいか? プリムに頼まれていたプリンだが、その前に、あそこにいる客に出してもらいたいんだ。もちろん、プリムにも許可はとってある」
そう言って、オサムがひとつのテーブルを指差した。
そこに座っていたのは、すごく大柄でいかにも食いしん坊といった感じの男の人と、少し小柄だが、どことなく妖艶な雰囲気を持つ女性だった。
ふむ。
プリムの許可があるなら問題ないだろう。
「わかりました。ひとつずつで大丈夫ですよね?」
「ああ、あくまでも味見だからな。気に入って、追加オーダーしたなら、少しは吹っかけてもいいぞ」
冗談まじりで、オサムが笑う。
プリムの知り合いでもあり、常連でもあるそうだ。
まあ、吹っかけるのは置いておくとして、冷蔵庫からプリンを取り出して、ふたりのテーブルへと持っていく。
「お待たせしました。こちらがプリンです。ミルクとたまごを使ったお菓子です」
「うわあ、これがプリムさんが言っていた、噂のプリンですかあ。ありがとう!」
言うなり、プリンをスプーンですくって、口へと運ぶ男。
「ふむ、ふむ、ふむ……おおお、これは、ぐらうまです!」
「あ、ほんと。美味しい。茶碗蒸しかと思ったら違うね。冷たい食感がくせになる」
ごゆっくりどうぞ、と席を離れようとしたコロネの前で、男がいきなり叫んできた。
ぐ、ぐらうまって、美味しいってことかな。
「茶碗蒸しを彷彿させる、ぷるんとした食感ですが、その味ときたら、一口食べただけでも、ぐらうまー、なのです。これはミルクとハチミツの甘さでしょうか。その甘さが口の中いっぱいに広がっていきます。ああ、この口の中が幸せで満ちあふれる感覚。これが新しい味、これがお菓子ですね! ぷるるんと震えながら、舌の上で溶けていく、その滑らかさがたまりません!」
「うん。これなら、プリム様も興奮するのがわかるね」
「ふむ、ふむ、この底のほうにある褐色のソースも、甘味とわずかな苦みをそなえていて、上の甘い部分と一緒に食べると、これはぐらうまー、な感じですね。少し焦がしているのでしょうか、香ばしい苦みというか、この苦みすらもアクセントとして、ぴったりマッチしていて、ひとつの小さな世界を構成しているかのようです。ああっと、そんなこんなで、あっという間に完食してしまいました。今週の絶品、のコーナーはこれにて終了とさせていただきます。ごちそうさまでした」
ひとしきり、叫んだあと、男が手を合わせる。
一方の女性は、何やら、メモのようなものを取っている。
「いや、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。あ、申し遅れました。私はリッチーという者です。一応、王都の『週刊グルメ新聞』の記者をさせていただいております。今のはこの町のファンに向けて、食のレポートをしていましてね。ああ、彼女はアンジュです。彼女もグルメ新聞の記者でして。その、私の言ったセリフを文章にしてもらっているところです」
「アンジュです。よろしくお願いします」
「あ、はい。料理人のコロネです。こちらこそよろしくお願いします」
あれ、今は給仕の方がいいのかな。
まあ、プリンの話だろうし、いいか。
「あの、『週刊グルメ新聞』ですか?」
さすが王都、新聞なんてあるんだ。
話を聞いていた以上に、進んでいるような気がする。
それにしても、グルメ新聞って、随分と的をしぼった新聞だ。
「はい。王都でも、けっこう人気がある新聞ですよ。サイファートの町の料理の質の高さは有名ですからね。かと言って、いつも食べに来られるわけではない、となれば、どうしても、その欲求、まあ、王都の人たちの要求を満たす必要があるのですよ。いや、わかってますよ。逆に欲求を煽っているのではないか、と。ですが、そういった要請がある以上は応えるのが、我々の務めだと思っております」
そう言って、リッチーが誇らしげに笑う。
横で、アンジュも同じように頷いている。
何でも、『週刊グルメ新聞』は、この町のありとあらゆる食事に関して、探求して、それを記事にしているのだそうだ。ふたりとも、毎日のようにあちこちのお店を訪れては、こうやって、グルメレポートのようなこともしているのだとか。
「まあ、グルメ新聞のアイデア自体は、オサムさんによる発案ですがね。実は我が社の社長がオサムさんのパーティーの一員でして、その縁で新しい事業として、新聞社を立ち上げたという経緯があるわけです」
やっぱり、オサムの仕業か。
さすがに食レポなんて、こっちの食事事情を考えれば、発達するはずがないのだ。
もしやと思ったけど、やっぱりだった。
「ただ、新聞の評判はすこぶるよろしいですよ。やはり、直接来店するのは敷居が高いけれど、美味しそうな料理には興味がある、という方も多いのです」
それにしても、とリッチーが続ける。
「迷い人として、四日目で、このレベルの料理ですか。今後は、オサムさんだけではなく、コロネさんの料理にも注目していきたいですね。ぐらうまー、な食事を楽しみにしていますよ」
「アンジュだけで来店する時もあります。その時はよろしくです」
どうやら、ふたりとも、プリンについては気に入ってくれたようだ。
であるならば、コロネが返す言葉はただひとつだ。
「ありがとうございます。これからもごひいきにお願いします」
そう、にっこり笑って、応じた。