第383話 コロネ、職人街の料理の話を聞く
「まずは、一階からなんだが、ここは俺を含めて、基本の仕立てをしている者が寝泊まりしている場所だな」
「基本、ですか?」
「ああ、コロネとかも、まず最初に装備品としてイメージするものと言えば、服、だろ? 一階は主に、服を作る職人と、その家族で占めているな。職人の中にも夫婦で住んでいたり、子供もいたりとか、な」
「一緒」
へえ、そうなんだね。
そう言えば、ジーナさんのところも、夫婦で職人をやってるものね。
割と、結婚してる職人さんって多いのかな?
「ちなみに、エドガーさんはご結婚されているんですか?」
「今はいないな。まあ、今の俺にとっては、フェイレイが相棒ってところだな」
「相方」
うわ、地雷踏んだ。
これ、聞いちゃいけないことっぽいことだったようだ。
というか、エドガーさんが『幽霊憑き』になったのも理由があるみたいだし。
笑ってはいるんだけど、うまく隠してはいるんだけど、やっぱり、ちょっと影のような雰囲気を察してしまう。
これは、反省だ。
「ただまあ、俺の弟子にも色々なやつがいてなあ。独身のやつもけっこう多いぞ? ちょうどコロネと同じくらいの年のやつとかもな。この町の孤児院から職人へと進んだやつらとかも、何人かは今もここで頑張ってるからな」
だから、興味があったら、話をしてみたらどうか、ってことらしい。
いやいや、別にコロネはあんまり結婚とか考えてませんってば。
今はまだ、お菓子作りの方が一生懸命かな。
「はは、ただ、若いうちに相手を見つけるのは大事だぞ。とは言え、あいにく今日は、大分出かけていて、紹介とかもできないんだがな」
「留守」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。ベントラとか、ドトーレとかな。ロッドマンのとこも朝早くから家族で出かけて行ったし。あと、奥さん連中も、寄り合いに行っているやつが多くてなあ。まあ、そっちはコロネが朝早くから来るからって、その準備をしてるんだが」
「え? 準備ですか?」
「料理」
「はは、そんな大げさなもんでもないが、それでも、職人街の食を下支えしてくれているのが、その『寄り合い』でな。主に、職人街で働いている親方衆の妻たちが集まって、料理とかもやってくれるんだよ」
あ、そうなんだ。
エドガーさんによれば、その『寄り合い』っていうのは、職人の家族で構成された互助組織って感じのものなのだそうだ。
奥さんたちが交代で、大人数のための料理を作ったりとか、その他色々な形で、職人街全体を支えている、って感じのものらしい。
「そのために、ここの一階にも自炊のスペースがあるんですね」
「いや、そこは、できあがった料理を温めたりするだけで、料理を作るための場所じゃないんだ。『寄り合い』のためのそういう施設はまた、別にあるからな」
集会場だ、とエドガーさんが苦笑する。
ちなみに、ここの建物の中のキッチンではあんまり料理をすることはないらしい。
「つまみになりそうな保存食のたぐいと、酒はたくさんあるがな。一応、うちの場合、作業場の中で酒飲むのは禁止してるから、仕事の区切りが付いたら、そこで飲んでるやつらもいるな。まあ、大体は、外の店に行ったりとかするが、仕事終わりで店が閉まってることもあるからな。そのための食事の場所だ」
職人街の場合は、多くがサイくんのおでん屋か、ドムさんの酒場とかに通っている人が多いのだとか。
後は、パンを買いに行ったりとかが多いらしい。
パンなら、営業時間に買っておけば、後でも食べられたりするので、仕事がいそがしい時期などは、惣菜パンで食事を済ませるとかも多いのだとか。
へえ、なるほどね。
「だから、パン工房の新メニューが増えて、喜んでいるやつは、職人街でも多いんだぜ。そういう意味では、コロネもかなり感謝されているな」
「美味」
「ただ、そのせいもあって、今日、コロネが来るって言ったら、自分のところを見せるのは勘弁してくれってのもけっこういてな。で、外へ逃げ出してるのも多いんだよ」
やれやれ、とエドガーさんが呆れたように笑う。
本当は、もうちょっと直接紹介したい人がいるらしいんだけど、今日に限って言えば、本当に、今、この工房にいる人って少ないのだそうだ。
というか。
何で逃げられてるんだろう、とは思うけど。
「そりゃあ、あんまり散らかってるとこを見られて、嫌われたくないってことだろ。慌てて、片付けようとして、結局間に合わなくて、朝方、逃げてったってな」
「逃亡」
どうも、コロネに嫌われると新しい料理を食べられなくなるんじゃないか、って噂がまことしやかに飛び交っているようだ。
いや、別にそんなことしないってば。
そもそも、部屋が散らかってるくらいで、人を嫌いになったりしないって。
さすがに、何だかなあ、とは思う。
「はは、その辺は有名税だと思っておくしかないな。そもそも、コロネの場合、プリムとかとも対等以上の関係を築いているだろ? それだけでも、充分、一部の連中が恐れる要因になってるんだよ」
「うん」
「あー、そっちですか……」
エドガーさんは、対等な取引相手だから、そういう感じじゃないらしいけど。
どっちか言えば、『魔王領』出身の職人さんとかかな、そっちからしてみると、どうもあのメイドさんの威光ってものすごいことになっているらしくて。
だからぁ!
プリンの奴隷とか、冗談でも、そういうことをみんなの前で言ってるから、こういうことになるんだってば。
要するに、コロネに何かあったら、プリムさんが敵に回るって思われてるんでしょ?
そういうので、見も知らない人に怯えられるのって、ちょっと勘弁してほしいよね。
「えーと……まさか、その料理というのも?」
「いや、そっちは、純粋に職人街で作ってる料理で、朝飯を食って行ってくれってだけだぞ。いわゆる、王都とかの下町料理とかだから、あんまりコロネとかは口にする機会がないだろうしな」
「あ、下町料理ですか?」
へえ、そういうのもあるんだね。
職人街には、色々なところの出身の人がいるんだけど、そういう人たちの故郷の味っていうのを食べられるのが、その『寄り合い』の良いところなのだそうだ。
「オサムの店とか、飯は安くて美味いんだが、やっぱり、俺たちみたいな田舎育ちのものや、王都でも下町とかスラム出身のやつらにとっては、どこか上品な感じがしてなあ。それでも、大分、俺たちの話も聞いて、そっち系の味付けの料理とかも増やしてはくれているんだが、そもそも、あいつの店って、週二日だけだろ? そういう意味では、どうしても、仕事で疲れてくると、安っぽいが親しみやすい味ってのに飢えてくるのさ」
「故郷」
あ、そうなんだ。
やっぱり、そういう想いもあるんだね。
こっちの世界で育まれてきた料理だって、当然あるんだものね。
当たり前のことだけど、自分たちにとって馴染みのある料理の味が一番だっていう感覚は、よくわかるし。
「実際、オサムもたまに食べに来るんだぞ。たぶん、今のあいつなら、同じような味を出せるはずなんだが、その辺は、『寄り合い』に気を遣ってるな。塔の店で、こっちのメニューを出すつもりはないようだ」
たまに、『寄り合い』に顔を出しては、必要な食材を持ち込んで、それと交換にごはんを食べて行くのだそうだ。
へえ、オサムさん、やっぱり、色々なことをやってるね。
「ちなみに、どういうお料理なんですか?」
「けっこう、クセがある味付けだったりするぞ。当然のことだが、味噌とか醤油とかは使わないしな。今日は王都の下町料理ってことだから、はぐれモンスターの臓物を、クロップの実を乾燥させたものを使って煮込んだりとか、焼いた肉とか魚に、アッピアの搾り汁をかけただけのものとかな。はは、シンプルだが、けっこう美味いんだ、これが」
えーと?
けっこう、知らない名前が出てきたね。
翻訳がされないってことは、こっちの世界の食材ってことだよね。
その、クロップの実というのが、この国の広範囲で採れる、味付けの元になる果実なのだそうだ。
そのままだと食べられないけど、乾燥させることで、しょっぱ辛い感じの食材になるので、それを粉末にしたり、小さく切って、ダシのような感じで煮物や汁物などに入れるのだそうだ。
一方のアッピアと言うのは、塩が取れにくい地方で、塩代わりとして使われていた食材の一種で、実を搾ると酸味の強い汁が出てくるので、それを色々な食べ物につけて食べたりするとのこと。
「アッピアは、この町で作っている葡萄酢に近いな。もう少し塩気があるが、あれと焼いた肉とかはよく合うんだぞ。硬くなったパンと一緒に食べるのも、俺は嫌いじゃないな」
なるほど。
その、アッピアってのは、果汁がお酢のような感じになってるんだね。
ということは、意外とこっちでも酸味に関しては、元から浸透していたってことかな。
パンに付ける場合は、はぐれモンスターの肉脂と混ぜて、なんちゃってドレッシングみたいなこともしていたみたいだし。
「まあ、さすがに上の階級の連中は食べないようだがな。だから、王都の中でも下町料理って呼ばれているんだよ」
臓物煮なんかも、貴族連中は匂いが強いから食べようとしないしな、とエドガーさん。
とは言え、サイくんのお店で出している煮物とかも、職人街では人気にはなっているみたいだけどね。
あっちはあっちで、下町料理に近い感じだから、って。
「はは。案内ついでに飯食ってけって話になるだろうから、あんまり期待しない程度に、コロネも楽しみにしておけよ。願わくば、口に合ってくれればいいんだが」
「はい、それは大丈夫だと思いますよ。わたしも、別にお上品な家の生まれじゃありませんしね」
むしろ、話を聞けば聞くほど、惹かれるものがあるんだよね。
ふふ、これは楽しみだよ。
そんなこんなで、コロネの工房探検は続く。




