第382話 コロネ、工房と商業ギルドの話を聞く
「へえー、ここが工房ですか?」
建物の中に入ると、広めの玄関からそのまま、大きめの通路が広がっていて、いくつかの大きなお部屋が点在しているという感じだった。
工房って言うから、仕事道具とかがいっぱいある、作業場のような場所をイメージしていたんだけど、ちゃんと壁で部屋ごとに区切られていて、どちらかと言えば、オフィスとかのテナントがいっぱい入っているビルの一角って感じがするよ。
天井は高いけど。
あ、でもやっぱり、通路の方にも、コロネが一目見ても、何に使うのかよくわからないような道具とかも置かれているところもあるし、そういう意味では、オフィスビルって言うよりも、向こうの新橋とか中野のブロードウェイとかにある店舗が乱立している建物内の方が雰囲気は近いかな。
「ああ。一階は奥の方が、食事のための自炊スペースだったり、後は寝泊まりする部屋だったりになっていてな、後は、それぞれの職人の作業用の部屋として区切ってあるんだ。音の出る作業とかも多いからな、なるべく防音とかにも気を遣いたいもんだが、それでも、どうしても、普段はもっとうるさいがな」
「騒音」
あ、なるほど。
今日は工房がお休みって言ってたものね。
だから、いつもよりも、ずっと静かで穏やかな朝って感じらしい。
普段は、この時間から、作業している音が通路に響いているのだとか。
「で、まず入り口から一番手前のこっちの部屋が、商業ギルドの派遣員が使っている部屋だ。うちの工房というか、服飾組合に関する仕事依頼の調整とかも手伝ってくれていてな。この町の中でも、職人街がらみの依頼だったら、ここを通してもらえれば、スケジュールとかの都合がつけやすいな」
「受付」
「まあ、そうだな。別に玄関で誰かを呼んでもらってもいいんだが、ある意味で、受付代わりのこともしてくれているな。なので、うちに来たんなら、この部屋に顔を出してもらった方がいいかもな……おーい、入るぞ!」
説明しながら、エドガーさんがドアをノックして、中へと案内してくれた。
あ、ここは、お部屋自体はあんまり大きくないけど、机とか椅子とかも並んでて、普通の会社みたいなイメージだね。
「はーい、いらっしゃい。エドガーさん、そちらが今日見えるって言っていたコロネさんね?」
「こんちはっす、おやっさん」
「ああ。というか、オットーも来てたのか。そいつは知らんかったぜ」
「はい。バルカンの親方に頼まれて、ちょっと仕事の相談っす」
部屋の中にいたのは、スーツを着た女性がひとりと、白シャツに作業ズボンのような出で立ちの男性がひとりだ。
あ、スーツに関しては、前にも見たことがあるよね。
商業ギルドのテトラさんも来ているのと同じような服だ。
もしかすると、あのレディースのスーツって、この町の商業ギルドでは流行っているのかな?
「まあ、ちょうどいいな。せっかくだから、一緒に紹介するか。コロネ、そっちの細目の女が、商業ギルドから派遣されているベルベットだ」
「はい、ベルベットです。コロネさんのことはテトラや、ボーマンさんの方からも聞いてますよ。どうぞよろしくお願いします」
にっこりと微笑みながら、ベルベットさんがあいさつしてくれた。
エドガーさんの紹介の通り、細目というか、笑い目というか、何となく穏やかそうな感じの印象の人だね。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。料理人のコロネです。こっちは、わたしの家族のショコラです」
「ぷるるーん!」
「で、こっちの男の方は、うちの工房の人間じゃないが、服を仕立てるのに使う金属関連の部品とかを納めてくれているオットーだ。ここから外に出て、少し行ったとこにある、バルカンの親方の鍛冶工房で働いているんだ」
「オットーっす。まだ、自分未熟なもんで、いっつもエドガーのおやっさんにはどやされているんすが。よろしくお願いするっす」
「馬鹿やろう、それがわかってるんなら、もっと頑張れって話だろうが。仕事受けた以上は、きっちり職人としての責任を果たせってことだぞ。初対面の相手に、未熟とか言ってどうするんだ、まったく」
「うひゃあ、すんません、おやっさん」
「てか、お前の場合は、腕がどうこうって言うよりも、うっかりミスをやらかす方が問題だろうが。もうちょっと、落ち着きを持って仕事しろよ」
「へい。気を付けます」
なるほどね。
何となく、オットーさんがどんな人かわかったような気がするよ。
年齢的には、コロネとおんなじくらいなのかな?
その、バルカンさんの鍛冶工房で弟子として働いているらしい。
ちなみに、そのバルカンさんも、オットーさんも、元は王都の出身なんだって。
王都でも鍛冶師として仕事していたんだけど、バドさんたちと一緒に、開拓団としてこの町を作ったメンバーでもあるんだとか。
へえ、ちょっと意外だ。
町ができたのって、十年ちょっと前なんだよね。
オットーさんって、それにしてはちょっと若い気もするんだけど。
「そうっすね。自分、そのころはまだ子供だったもんで。王都のスラム出身っす。そこで親方と出会って、って感じっすね」
「あ、そうなんですか?」
ありゃ。
もしかしてあんまり聞いたらいけないことだったのかな?
ともあれ、今は鍛冶職人として、地道に頑張っているのだそうだ。
衣類とかに使う留め具とか、金具関係の細かいものなどを作るのが、今のオットーさんのお仕事なんだって。
「だから、こんな感じだが、うちの工房でもオットーの造った部品は大事なんだ。ボタンとかに関しては、一部は小人工房の方にも頼んでいるがな」
服とか装備品って、布地だけあればいいってもんじゃない、って。
なるほどね。
そういえば、マリィの着ている服とかも、レギンスとかは伸び縮みする素材みたいなものも使っているみたいだしね。
後は、冒険者とかがまとっている戦闘用の服とか。
下着とかと違って、服の中に、金属の鎖を仕込んだりとかもしているみたいだし。
一応、エドガーさんのところだと、そういうのが無くても、ララアさんとかが作っている防刃繊維があるから、そのまま仕立てればいいみたいだけど、金属編みの帷子とまでは行かなくても、ちょっと鎖とかを仕込んで欲しいって、要望はあるんだって。
腕の部分だけを強化しておいて、そこで攻撃を受けて防いだり、とか。
やっぱり、こっちの世界って大変なんだねえ。
油断できないというか。
向こうだと、アフリカの大自然の中で暮らすって感じかな。
家のすぐ側までライオンとか、象がやってきたりするのが当たり前の生活というか。
うん。
冷静に考えるとなかなか怖いよね。
「ふふ、さすがに私が着ている、このスーツとかはエドガーさんの工房じゃないと作れないものね」
王都の職人さんだけじゃ難しいもの、とベルベットさんが笑う。
あ、そっか。
ベルベットさんも、ボーマンさんのやっていた商会の関係者なんだね。
王都出身の人間種。
バルカンさんやオットーさんも、人間種って感じらしいし。
やっぱり、開拓団でやってきた人の多くは、人間種みたいだねえ。
中には、農家連のファムさんみたいに、『土の民』とか、別種族の人もいるみたいだけど。
「てか、王都のスラムって、移民が多いっすから、人間種ばっかりじゃないっすよ」
「ああ。この国の王都のスラムは、どっちかと言えば、移民街って感じだよな。治安が良いとは言わないが、あの辺をラファエル卿が管轄するようになってからは、大分トラブルが減ったって話だしな。ま、俺は王都出身じゃないから、噂程度だが」
「あ、そうなんですか?」
あれ?
エドガーさんって、王都出身じゃないんだね?
てっきり、サイファートの町作りに最初から携わっているものだとばっかり思っていたんだけど。
「いや、コロネ。町作りにはほとんど最初から参加してるぞ? ただ、俺とかフェイレイの場合、『精霊の森』の側で、オサムたちと知り合ったから、そっちの縁で、って感じさ」
「そば」
「えっ!? そうなんですか!?」
というか、『精霊の森』の側の村出身だったんだ、エドガーさんって。
色々あって、今はこの町に来ているけど、だから、魔法素材とかの扱いとかも、他の町とか、都市にいる職人さんたちよりも得意なんだとか。
一応、精霊さんたちから譲り受けた、そっち系の素材とかも扱っていたから。
「フェイレイも、今の姿になる前は精霊種だったからな。ま、その辺は色々と事情があるってことだな」
「内緒」
あ、そうなんだ。
詳しくは聞いてくれるなって、ふたりから言われてしまったよ。
やっぱり、普通に見えても、この町の人たちって、色々な背景を持ってるみたいだね。
「いや、そんなことより、案内の途中だったよな。今の商業ギルドの、職人街担当は、ベルベットだから、この建物内で、生活しているんだ。たまにテトラとかもやってたりもするがな。あとは、うちの受付業務とかもな」
「ええ。その代わりに、職人街に、商業ギルドもかませてもらってるの。エドガーさんがいる時とかは、そのまま、呼んでくる感じになるわ」
「まあ、思惑はどうあれ、こっちも助かってるからな。その辺は持ちつ持たれつって感じだな。さすがに、受付だけのために、人手を割くわけにもいかないからな。仕事が立て込んでる時は、けっこうな修羅場になるわけだし」
なるほどね。
金銭の見返りというよりも、商業ギルドが、ここに関与しているってことが大きいらしいね。
その辺は、ボーマンさんにも色々と考えがあるんだろうけど。
ともあれ、ここに来たら、まず、受付代わりにベルベットさんにあいさつってことでいいみたいだね。
「わかりました。何か相談事とかがありましたら、まずここに来ますね」
「悪いな。一応、希少素材とかも扱ってるから、直接、職人の方を訪ねるのは控えてくれると助かる。ほら、コロネ。こっちの壁の方を見てくれ」
あ、壁に職人さんたちの名前と思われる札がいっぱい掛かっているね。
そっかそっか。
この札って、工房を出入りする時に裏返したりする札なんだね。
どうも、この名札もただの名札じゃなさそうだし。
そういう意味では、一見、開けっ広げに見えても、この工房自体、チェック機構は厳しくなってるのかな。
それはそうだよね。
泥棒とか入ったら困るもの。
詳しいセキュリティの機能については秘密みたいだけど。
「それじゃあ、他のところも案内しようか」
「はい、お願いします」
受付にいたふたりにお礼を言って、他の部屋へと向かうコロネたちなのだった。
 




