第379話 コロネ、温泉の二階でまったりする
「チュンチュン、では、こちらの方で楽になさってください」
「ジュースをどうぞー」
「セっちゃん、涼しい風お願いー」
「良かった、それほど大したことはなさそうです、チュンチュン」
二階のお部屋の方にたどり着くと、飛んでいるすずめさんたちが数人と、水色系の淡い色の着物を着た、銀髪の女性が待っていた。
たぶん、お宿雀さんたちと、雪女のセツさんだね。
ムーのレイさんにお姫様抱っこされていたマリィを、いつの間にか敷かれていた布団の上に寝かせて、そこに、涼しい風を送りつつ、セツさんがマリィの身体をなでて。
「あー、冷たくて気持ちいいですぅ」
「軽いのぼせ症状ですね。少しだけ熱を奪いますから、水分摂取の方をお願いいたします」
マリィの身体に触れながら、ニッコリと微笑むセツさん。
これなら、大丈夫です、と。
さすがに、湯疲れしたお客さんへの対処に慣れているよね。
一匹、いやひとりだけちょっと大きめのすずめさんが混じっていて、その人が周りのすずめさんたちに指示を出して、ジュースのお代わりとかを運ばせているし。
たぶん、その大きなすずめさんがチュンリンさんだね。
すずめさんたちの中でも、女将さんって感じだもの。
おー、すずめさんが飛んでいる横を、一緒に飛ぶようにして、ジュースの入ったコップがやってきたよ。
これが念力ってやつかな?
自分の身体よりも大きいものを軽々と、だ。
すごいねえ。
「『もののけ湯』特製の元気になるスペシャルドリンクですー。もう少し飲めば、身体が楽になりますよ。チュンチュン」
「はいぃ……あー、美味しいですぅ」
色々な果物の味がしますぅ、とマリィが笑う。
うん。
マリィの顔色も大分良くなって来たし、これなら大丈夫かな。
さっきまでけっこう、真っ赤だったものねえ。
ヒートショックと熱中症は、お風呂とかでも気を付けないといけないことだからね。
まあ、それほど大したことがなくて良かったよ。
マリィに改めて聞いてみると、黒い温泉なんて初めてだったらしくて、ついうれしくなっちゃったんだとか。
そもそも、温泉自体がお初だったみたいだしねえ。
「ありがとうございました、皆さん」
何だか、色々とお手数をおかけしまして。
この時間だと、他のお客さんも少ないから、割と余裕があったらしいけど。
「いえ、コズエさんからもよろしくとのことでしたので。申し遅れましたが、こちらの温泉でお仕事させて頂いております、セツという者です。妖怪種の雪女です。以後、お見知りおきを」
「チュンチュン、うちらは、皆さんのお世話を担当している『鈴女衆』だよー」
「たぶん、人間種には区別がつかないだろうから、すずめって呼んでくれれば、それでいいですからねー」
「一応、そっちのちょっと大きめのが、衆頭のチュンリンですね。彼女をトップに、この建物内には数十人のお宿雀が働いておりますね」
自らのあいさつと別に、すずめさんたちのこともセツさんが教えてくれた。
セツさん自身も、お客さんのお世話と、空調設備の方を担当しているとのこと。
後は、ちょっとしたサービスとかかな。
さっき、マリィがやってもらったように、セツさんの手で身体をなでてもらうと、お風呂上がりだと、とっても気持ちいいんだって。
「こちらこそ、よろしくお願いします。料理人のコロネです。こっちは、こんな格好ですみませんけど、お弟子さんのマリィと、わたしの頭の上にいるのは、わたしの家族でもあるショコラです」
「よろしくお願いしますぅ。本当にありがとうございましたぁ」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「ちなみに、ムーのレイさんの方は?」
「ええ、先程、ごあいさつさせて頂きました」
『ムームー!』
そっかそっか。
それなら、問題なさそうだねえ。
というか、何だか、マリィののぼせ騒動のおかげで、バタバタとしちゃったんだけど。
慌ただしいというか、せわしないというか。
まあ、無事で何よりなんだけどね。
「ちなみに、お風呂でのぼせる方って多いんですか?」
「いえ、それほどは多くはないですね。そもそも、この温泉の場合、常連さんがほとんどですから。皆さん、温泉に慣れておられますしね」
「というか、普通は、のぼせそうになってると、ユノハナが気付きそうなものなんだけどねー。チュンチュン」
「あー、なるほど」
チュンリンさんの話だと、旦那衆がぐったりしてることはあっても、女湯でのぼせるお客さんってのはあんまり聞いたことがない、とのこと。
あー、何となく理由がわかった気がするよ。
ユノハナちゃん、新しい温泉に興奮してて、ちょっと、そっちに気が行っていたんだろうね。
「えっ!? 新しい種類の温泉ですか!? それは初耳ですね。まあ、私の場合、あんまり長湯すると弱ってしまうので、温泉にはほとんど入らないんですけどね」
そう言いながら、苦笑するセツさん。
まあ、それはそうだよね。
何せ、雪女だし。
でも、別に、お湯にちょっと浸かるくらいは何てことはないそうだ。
ただ、どうしても、お湯の方もぬるくなっちゃうから、お客さんがいる時は一緒に入ったりはできないとのこと。
「へえ、新しい温泉ね? チュンチュン、それは面白そうな感じだね」
「うちらも試しに入ってみたいですー」
「今は黒い温泉なんですねー?」
「はい。今さっき、ユノハナちゃんが、コズエさんにそのことを伝えに行きましたし」
コロネたちが二階に来るのとは別に、ユノハナちゃんがそっちに向かって行ったんだよね。
たぶん、今のマリィの件と、温泉の話をしに行ったんだろうけど。
ちょっとの間なら、別にユノハナちゃんも温泉から離れてても問題ないそうだ。
「ともあれ、普通ののぼせ程度でしたら、問題ありませんよ。私たちで処置できますから。もしちょっと危険な状態でも、こちらの温泉は位置的に、病院から近いですからね。ギンさんに来てもらうか、こちらから早急に搬送すれば、きちんと診てもらえますから」
「あ、そういえば、病院がすぐ側なんですね?」
そうそう。
行こう行こうと思っているんだけど、行けてない場所のひとつが病院なんだよね。
この町の住人になった以上は、ちゃんと健康診断を受けないといけないんだけど。
まあ、暇な時でいいとは言われているんだけど、油断してると、ずるずると先延ばしになってしまいそうだよ。
早めに行っておかないとね。
「それとも、どうするの、マリィ。今から病院に行ってみる?」
「あー、大分良くなりましたし、大丈夫そうですよぅ。それに、こんな夜遅くでは、そのお医者さんの先生にもご迷惑なんじゃないですか?」
「うん、それもそうだねえ」
確かに夜遅くって、救急病院ってイメージがあるしね。
今のマリィとかなら、あんまり心配なさそうかな。
というか、マリィたちも健康診断ってやってないだろうから、病院に行く時は一緒に行った方がいいかもしれないね。
「ふふ、落ち着かれたようで何よりです。では、ごゆっくりどうぞ。何か、ご注文等ございましたら、こちらの呼び鈴をお使いください」
「基本、お客様のくつろいでいるのを邪魔しないのが、『もののけ湯』クオリティなのですよ。チュンチュン」
「ではではー」
そう言い残して、セツさんや、すずめさんたちは部屋から出て行った。
というか、改めて、案内されたお部屋を見ていると、和室で畳敷きのいかにもな、和風旅館という感じのお部屋だと気付く。
というか、『もののけ湯』って中庭とか裏庭もあるんだね。
窓から見えるのは、そんな感じの侘び寂びを感じさせるいい感じのお庭だった。
今は夜で、ほんのりとした灯りだけだけど、ちょっとした枯山水のような空間も見て取れるし。
京都のお寺とかにありそうな、石庭かな?
窓を開けると、ちょうど涼やかな風がそよそよと室内へと入ってきて、湯上りの火照った身体にちょうどいい感じだし。
テーブルの上には、すずめさんたちが注いでくれた、温かいお茶が一杯。
意外かも知れないけど、涼しい風と温かいお茶の組み合わせって、湯上りにちょうど良かったりするんだよね。
もちろん、冷たい飲み物もいいんだけど。
マリィやムーのレイさんはジュースを飲んでいるしね。
ショコラはショコラで、お茶菓子を食べてるし。
って……え!? お茶菓子!?
「え!? お茶菓子あるの!? あ、なるほど、干し柿を袋詰めしたものなんだね」
そういえば、柿もコトノハの名産品なんだっけ。
例によって、普通のルートだと入手困難な果物だよね。
栗と柿に関してはコトノハの方と交渉が必要な食材ではあるかな。
あと、小豆と。
和風のお菓子にはけっこう重要な食材が多いからねえ。
やっぱり、あんまり後回しにはできないよね、妖怪さんたちの国って。
せっかくなので、コロネも干し柿を食べてみる。
「あっ、美味しい! 自然の甘みがいい感じだねえ、この干し柿」
しかも、中の方が少しだけとろりとしているのだ。
これ、なかなかすごい出来だよ。
そういえば、お菓子の菓って、元は柿とかの果実を意味していたんだものね。
そういう意味では、お菓子の原点みたいな味がするよ。
干し柿を食べて、お茶を飲んでまったりとしながら。
お風呂上がりをのんびりと過ごすコロネたちなのだった。




