第375話 コロネ、伝言板をのぞき見る
「えーと、ここからが、伝言板って場所なんですね」
「うん、次の扉を開くと、伝言板だね。もっとも、ここに関しては、ちょっと見て帰る感じだけど」
「あ、そうなんですか?」
所変わって、休憩所から、一度、受付の方に戻って。
また、サンゴさんに案内されてやってきたのは、いくつかの扉を抜けた廊下の先の空間だった。
一応、伝言板の施設って、この廊下の区画を挟んで、他の場所からは区切られているんだそうだ。
理由は、伝言板自体のシステムにあるらしいけど。
ちなみに、あの後、ヴリム君とジュンナさんとは、もう少しだけ話をしてから別れた。
そろそろ、アノンさんも時間がなくなるみたいだし、ふたりはふたりで、ちょっと別に調べることができたって、図書館の方に行ってしまったし。
ただ、チョコレートに関しては、ものすごく気に入ってくれたみたいで。
『コロネさん、また、このチョコレートって食べられますか?』
『そうなのね! コロネ、この食べ物、図書館に登録する気はないの?』
えらく食いつかれてしまった。
どうも、ヴリム君が興奮していたのって、ヴァーミさんの件だけじゃなくて、純粋にこのチョコレートが美味しかったってのが大きかったのだそうだ。
チョコレートを味わうためには、何でも手伝いますって、言われちゃったし。
なので、助力を頼んでみた。
ヴリム君も、この町の外に行く機会が多い人だから、旅先で、カカオ豆については調べてほしいって感じで。
モンスター図鑑の新種のチェックとかもやってるんだったら、そういうのって、実はうってつけだものね。
餅は餅屋って感じで。
もちろん、カカオの件については、快諾してくれて、早速、図書館の方で、情報を調べてくれるって。
その手の作業は慣れてるみたいだし、ちょっと期待しちゃうねえ。
うん、いい感じだよ。
で、チョコレートの登録に関しては、丁重にお断りしておいた。
自分で作れない以上は、あんまりよくないし。
それに『チョコ魔法』に関して、大っぴらになるのも望ましくないので、その辺は、まだ難しいところではあるのだ。
まあ、何にせよ、チョコレート作りが前進してくれれば、いつかは登録までたどり着けるだろうね。
今は、まだ焦らずに頑張ろうっと。
「そうそう。噂ネットの案内の最後で、申し訳ないんだけど、長居すると危ないからねえ、ここ。というか、中の施設として使うような場所じゃないよ? ボクや案内人たちでも、物理的に情報にたどり着くのが大変だから」
「そうなんですか?」
「ああ。時間帯にも依るが、ここって、空間拡張と圧縮整理が常に繰り返されている場所なのさ。だから、基本は覗き見るか、魔道具を通じて会話に加わるか。そのどっちかだぜ。じゃあ、今から扉を開けるから、耳はふさいでおいてくれ」
「えっ? 耳?」
えーと、伝言板なのに、耳って。
とりあえず、言われた通りに耳に手を当てて、と。
そうこうしているうちに、サンゴさんが光って、その光に反応するように、扉が開いていく。
その途端、何やら凄まじい喧噪がこっちの扉の外まで飛び出してきた。
『新聞完成、後はチェックだけね。これで何とか明日は発売できそう』
『明日のサイファートの町の周辺のお天気予報です』
『大至急、護衛を頼むぜ』
『おいおい、土木作業、中途半端じゃねえか。何があったんだよ?』
『本日のプリンクラブの活動についての報告書については、例の場所にまとめております』
『食った食った。美味かったぜ』
『うわーん! ひとり迷子になっちゃった! 夜の森の探索をみなさんも手伝ってください!』
『ファム母さん、あっちの区画って、もうちょっと人員を配置できない?』
『おーい、みんな、明日は待ちに待った、リディアとメルのバトルだぜ。暇なやつ、青空市集合な』
『てすと』
『社長、今、ネットの中でしょ? 見てる? 早いとこ、記事のチェック済ませて!』
『門のところで、町に侵入しようとしてたやつを確保。とりあえず、いつも通りの対処でいいな?』
『プリンの新しい料理美味しかったよ』
『ちょっと待って!? それじゃ、終わらないじゃないのさ! いいから、あたしが行くまでそのままで待ってな!』
『今日は、いっぱい、鶏肉が獲れました。明日も狩りに行きますので、希望者は宿舎の方までお願いします』
『おい、領主代行はどこ行った!? 今いる場所知ってるやつ、教えてくれ』
『ねむ』
『そういえば、工房って、休みなんだっけ? え? 明日も?』
『なのです。明日はコロネさんはお休みなのですよ。パン工房の方は、開いているのです』
『終わった終わった! これで寝れる!』
一斉に飛び出してくる言葉たち。
同時にあちこちから聞こえてくるせいか、まったく判別できない内容のものも多いね。
耳をふさいでいるのに、うるさくて仕方ないもの。
扉の向こうに見えるのは、天井が高い体育館のような場所だ。
ただ、四方が、例によって、ものすごく広くて、端の方がまったく見えないと言うか。
ものすごく広い部屋のようだ。
そして、図書館の時の本棚の配置みたいに、至る所に大きな衝立というか、両面が掲示板になっている壁のようなものが立てられていて、それが、地面からにょきにょきと生えてきたかと思うと、今度は奥の方の壁が上空へと飛び上がって、空中に開いた穴のような場所へと吸い込まれていくのが見えた。
いや、何これ?
全然、イメージしていた場所と違うんだけど。
どっちかと言えば、機械の中の歯車とかを中で見ているというか、向こうの世界の工場見学の時のような、動きは激しいんだけど、どこか整然としている流れ作業を思わせる感じで、掲示板が生えては、空中の穴へと消えていく。
うん。
さっき、アノンさんが見ていると疲れる、って言っていた意味がよくわかる。
何かもう、具合が悪くなってくるような場所だね、ここ。
さっきから、人の声の喧騒がひどいし、とにかくうるさいし。
と、バタンという音と共に、扉が締められて。
また、静かな廊下が戻って来た。
「……何だか、すごかったですね」
「まあね。これが、噂ネットの中の伝言板ね。前にも説明したかもしれないけど、伝言板って、この施設の中に、外から、言葉を刻んでいく感じの施設なんだよ。一定量がたまると、さっき見ていたように、情報を整理するために、空中の穴へと送られて、そこで、ナビたちとか、整理担当に者が作業しているって感じかな。まあ、作業と言っても、大体はオートマチックだけど」
「案内人の中でも、この中専属のやつもいるぜ。気付いたかも知れないが、中を飛び回ってる連中もいたろ?」
「いえ、何か、それどころじゃなかったんですけど」
気付く以前に、状況に圧倒されて、何が何だかよく分からなかったんだけど。
扉ごしに見ていただけなんだけど、この施設のすごさは体感できたというか。
「ちなみに、今の言葉って、リアルタイムのものなんですか?」
「そういうのもあるぜ。伝言板の種類によっては、直接の会話みたいになってるのもあるし、ちょっと前の発現が再生されているだけのものもあるな。もっとも、ここだと、物理的な分量になるので、普通はそれぞれの情報を把握するのは難しいけどな」
そっちに特化した連中じゃないと、とサンゴさんが苦笑する。
サンゴさんも、どちらかと言えば、やってきた人を案内する方なので、こっちの作業に関してはあんまり得意ではないのだとか。
なるほど。
その辺は適材適所なんだね。
「つぶやきが、音声として具現化されたら、こんな感じなのかな?」
「でも、図書館の時もそうだったけど、それをこんな感じにするメリットってほとんどないんだよね。この辺も、ナビたちの趣味だよ。情報量の膨大さを体験するための施設と言うか。なので、噂ネットの中でも、使い勝手の悪い場所って感じではあるんだよね、ここ」
「近々の情報のチェックにはいいけどな」
「あ、そういえば、アノンさん宛てっぽい内容もありましたよね?」
社長って、アノンさんのことでしょ?
記事のことがどうとかって言ってたものね。
「あったっけ? ボクは知らないけど。うん」
うわ、明後日の方向を向いたよ、この幽霊さん。
というか、絶対、今のって聞いてたよね?
まあいいや。このまま、ゆっくりしているとコロネも共犯にされそうだし。
「アノンさんの予定もあるみたいですし、そろそろ戻りましょうよ」
「うん、その予定ってのは何のことかは知らないけど、これで今のコロネが行ける場所の説明は終わったしね。受付から帰ろうか」
「ああ、じゃあ、送るぜ。俺の後ろをついてきな」
そんなこんなで、受付から、噂ネットを後にするコロネたちなのだった。
「……あれ? ここは?」
目が覚めると、そこは、噂ネットに入った時の調理場ではなくて、コロネの間借りしているスタッフ用の個室だった。
というか、ベッドの上だね。
いつの間にか、両手でショコラを抱えていて、アノンさんが右側から抱き付いていて。
そして、例の『匣』も持っているし。
「あー、お目覚めですかぁ? コロネさん」
『ムームー』
「あっ、マリィ。それに、ムーのレイさんも」
椅子に座ってこっちを見ているのは、マリィたちだ。
もうすでに、制服は脱いでしまって、いつもの私服の方を着ているけど。
というか、状況がよくわからない。
「あのですね、わたしたちはオサムさんに言われて、コロネさんたちをここまで運んできたんですよぅ。さすがに、厨房で横になられるのは困るから、って」
「あ、そうだったんだ?」
というか、当たり前のことだよね。
何だかすいません、って感じだよ。
と、横のアノンさんも目を覚ましたので聞いてみた。
「この『匣』を使っていても、身体って、動かせるんですね?」
「そうそう。攻撃は不可だけど、場所を固定するわけじゃないからねえ」
「膜みたいなものに包まれて、お三方がひとつになってましたけど、その膜ごと運べましたよぅ。もちろん、運んでくれたのはレイさんですぅ」
「そうなんだ。レイさん、ありがとうございます。もちろん、マリィもね、どうもありがとう」
何だか、迷惑をかけちゃったね。
これは、使う時は場所に気を付けろ、ってことか。
反省反省。
ともあれ、そんなこんなで、コロネたちの噂ネット散策はひと段落となったのだった。
 




