第374話 コロネ、チョコ魔法を試してみる
「でもさ、ヴリム。そういうことなら、新種の花とか、図書館では、まだ見たことがないものとか持って行った方が、ヴァーミも喜ぶんじゃない?」
「だよな。俺だったら、新しい料理の情報とかだぜ? たぶん、ヴァーミも味見みたいなことはしてるだろ」
「それは考えたんですけどね。でも、大体は情報としての価値を喜んでくれるだけでしたよ」
料理って言っても、そもそも、ここの人、食べなくて大丈夫じゃないですか、とヴリム君。
ナビさんとか、ヴァーミさんみたいに、噂ネットが軸で生きている人って、食事とかなくても、生きていける系の人なんだそうだ。
その辺は、ドリアードさんとか、塔の地下にいる死神さんたちとおんなじだね。
魔素とかで生存可能なタイプ。
だから、普通の案内人さんって、あんまり食べ物に興味がないんだって。
ふうん。
あれ? でも、さっき確か。
「あの、サンゴさんって、料理食べたい感じの人なんですよね?」
「そうなのね。サンゴは変わってるから、むしろ執着してる感じなのね」
「執着って言われると語弊があるぜ? 美味いもん食べると心地いいだろ。だから、それだけだな」
「ちなみに、ジュンナさんの場合は、食べ物の味とかってあんまり感じないんですか?」
「んー、というか、この中って、外からのアイテムの持ち込みってできないのね。中で生み出せる食べ物も、同調登録による味に固定化されてるの。なので、ジュンナたちの場合、どういう味か、わかっちゃうから、新鮮さがないの」
あ、なるほど。
アバターで再現って言っても、持ってるアイテムをそのまま全部再現できているわけじゃないってことか。
料理とか、味に関する情報にしても、持ち込んで登録しているんじゃなくて、『同調』を使っての、感覚の再現みたいな感じらしい。
なので、どうしても、例えば、『いちごの味』って、なると、登録者の感じたことのあるいちご全般の味とか、食感とか、匂い、形、そういうものの基本形みたいになってしまうんだって。
「あのね、コロネ。オサムも色々と試してはみたんだよ。ちょっとずつ、違う感じのイメージを番号付けて登録しようとか。でも、それやるとさじ加減が難しくって。いちごだったら、ものすごく美味しいいちごと、ものすごくまずいいちごになっちゃうっていうか。で、結局、一種類につき、味の差がわかる何個かを登録して、その辺は、ランダムで取り出せるようにして、素材の味の幅を広げようとしてるんだけどね」
やっぱり、あんまり芳しくない、とアノンさんが苦笑する。
オサムさんひとりのイメージだと、ある程度固定化されてしまうのだそうだ。
記憶のイメージに直結している味って、どうしても型にはまってしまうから、と。
「かと言って、ひとりひとりのイメージを登録してもさ、今度はどれがどれだかわからなくなって、情報として、使い勝手が悪くなるからね。結局、噂ネットの中に料理を持ち込むってのは、頓挫している感じかな。で、そうなると、ここで作れる料理も、ある程度は、同じ味で固定化されちゃうから。もちろん、料理手順とかで、味に変化は出せるけどね。まあ、一番の問題は、本物の食べ物じゃないってところなんだけど」
結局のところ、味を味わうってだけになっちゃうから、とアノンさん。
嗜好品という位置づけというか。
お腹は膨れないけど、食べた気がするって感じなのかな。
料理の練習とかにはいいけど、やっぱり、外の食材と違って、ひとつひとつの材料での味の差がない、ってのはあんまり良くないみたいだし。
確かに、素材ひとつひとつで味に違いがあるからこそ、料理の工夫のしがいがあるってのは事実だものね。
全部が全部データ化された同じ味ってのは、ちょっと味気ないのかもしれない。
裏を返せば、味の統一が図れるってことではあるけど。
でも、何だか、それって、機械で食べ物を作ってるイメージに近いかな。
品質って意味では、文句を言う筋合いはないんだけど、料理人としては、ちょっと釈然としない部分もあるし。
ともあれ。
「たぶん、サンゴの場合は、好きな味ならずっと同じものを食べ続けられる、ってタイプなんじゃないの? そういう意味ではいい環境ではあるものね」
「なるほど」
で、他の案内人さんたちや、ヴァーミさんはそうでもない、と。
そもそも、生命の維持に、食べ物がいらないってのが大きいみたいだけど。
楽しむにしても、味が想像できて、そのままの味ってのは、驚きもあんまりないだろうし。
「はい。ですから、ヴァーミさんの場合、食べ物とかは別に、という感じだと思います」
情報としてはうれしいでしょうけど。
どっちかと言えば、書庫が充実していくことに喜びを見出しているというか。
そんな感じなんだね。
ただ、ちょっと話していて思ったんだけど。
ここで、コロネの『チョコ魔法』を使うとどうなるんだろ?
「うん? どしたの、コロネ? 何か考え込んで」
「あ、はい。ちょっと待ってください、アノンさん」
うん、ちょっと、試してみようかな。
いつものように、チョコレートが現れるイメージで、魔法を使って見ると。
「……あ、出た」
例によって、ポンという音と共に、一口大のチョコレートが手のひらの上に現れたのだ。
って、あれ?
これも、再現ってこと?
「あ!? そっか! そういえば、コロネのそれは試してなかったよね。ねえねえ、コロネ。それ、ちゃんと食べられるの?」
「えーと、ちょっと試してみますね……あ、うん、美味しいです」
うん。
やっぱり、外で出しているのと同じく、『チョコ魔法』によるチョコレートだね。
ひとつ食べてみて、あといくつか、同じようにチョコレートを生み出して、味を比較してみる。
実は、この『チョコ魔法』って、コロネの出す時の状態によって、味に個体差があるんだよね。
毎日のように使って、少しずつわかってきたことなんだけど。
それが、最初からそうなのか、それとも、『チョコ魔法』の説明の通り、コロネの適性が上がって、種類が増えてきているのかはわからないんだけど。
まだ、この一口大のチョコレートしか出せないし。
後は、ショコラを出した時のたまごかな?
あれ以降、同じようなたまご型のチョコを生み出そうとしても、うまくいかないから、あれはあれで、何か条件があるのかも知れないけど。
「あ、やっぱり、味に関しては少し差がありますね」
「おー、すごいじゃないの。へえ、ということは、理屈はよくわからないけど、コロネのそれだったら、こっちでも食べ物が出せるってことか。ほんと、普通のスキルとちょっと違うねえ、それ」
どこか感心したように笑うアノン。
というか、面白いもの見つけたって感じのいたずらっ子の笑みだ。
また、変なことを考えているのかな?
「おい、アノン、コロネ。今のって何だ?」
「うん、詳細は内緒だけど、コロネのスキルだよ。簡単に言うと食べ物召喚みたいな感じかな」
「えっ!? 噂ネットの中でも使えるんですか、コロネさん!?」
「あー、はい。今、できちゃいましたね」
普通はやっぱり無理なのかな?
相変わらず、この『チョコ魔法』って、謎だ。
そもそも、何の系統の魔法なのか、全容もはっきりしないし。
というか、さっきまで冷静だったヴリム君が、かなり興奮気味なのがびっくりだ。
コロネが思っている以上に、これってすごいことらしい。
「せっかくなので、食べてみます? ちょっと味を見る感じですけど」
「あ、それなら、コロネ、ちょっとそれぞれのチョコをちょっとずつ食べ比べてもいい? そっちの方が確認しやすいから」
「はい、いいですよ」
とりあえず、四つほど出したチョコレートを人数分に分けて、味見してもらう。
人数分って言っても、コロネとショコラをのぞいて、だけど。
ショコラには、別にもう一個出して、口の中へとあげて。
「はい、どうぞ」
「チョコ、ですか? ……え!? これ、何ですか!? ものすごく甘いですけど、それだけじゃないですね!?」
「すごーい! 口の中で甘さが広がりながら、溶けていくのね! こんなの初めてなのね!」
「うわっ!? 美味ぇなこれ!? これもお菓子の一種なのか!?」
さっきは登録してなかったじゃないか、とサンゴさん。
うん、さすがにこのチョコレートは、コロネが作った料理じゃないし。
登録するなら、自分で作れるようになってから、だね。
「うんうん、やっぱり、ちょっとずつ味が少し違うねえ。ふふ、すごいなあ、コロネ。この空間の中でもチョコレートを生み出せるんだね」
「でも、これも、他の食べ物みたいに、この中で再現なんじゃないんですか?」
「かもしれないけど、味に奥行きがあって、ちゃんとひとつひとつ味が違うし。うん、ちょっと、これに関しては、後でナビの方にも話しておくよ。もしかすると、これがきっかけで、同じような理屈を試してみれば、もっと食材関係もうまくいくかもだし」
実例がある以上は、方法があるってことだし、とアノンさんが笑う。
横でサンゴさんも真剣な表情で頷いて。
「つまり、この中でも、もっと美味いものが食べられるかも、って話だな?」
「うん、そだね。となれば、ヴァーミも食べ物に関して、案外興味を持つかもしれないし。ヴリムにとっては朗報なんじゃないの?」
「いえ、アノンさんそれは誤解ですって。ですが、アプローチがあるのでしたら、ちょっと試してみたいですね」
「え? ヴァーミを口説くのね?」
「じゃなくて! この中で食べ物を、って話ですよ!」
いい加減にしてください! とヴリム君がちょっと怒って。
まあ、その場はそんな感じで。
チョコレートを中心に、ここでの食べ物の話で盛り上がるコロネたちなのだった。




