第37話 コロネ、侍から話をきく
「はい、これで、できたよー。メレンゲクッキーだね」
オーブンから取り出すと、白いクッキー状のメレンゲにほんのりと茶色の焼き色がついていた。本当は、粉砂糖をふりかけても、美味しくなるし、砂糖が溶けて結晶のようになるのだ。見栄えを考えれば、そっちもありだろう。
「なのですか! さっきの白い泡がしっかり固まっているのですね!」
「そうそう。食感はサクッとして、口の中で溶ける感じかな。味は砂糖……この場合はハチミツのまんまなんだけどね」
ピーニャに説明しながら、白いクッキーをひとつ口に運ぶ。
サクッとした軽い食感の直後、ホロホロと口の中で溶けていく。
普通のクッキーとくらべると、口溶けが早く、少しだけ物足りない感はあるが、これはこれで、好ましい食感と言えるだろう。
まあ、脂分をあまり含んでいないから、軽いのは仕方ないけど。
「あ、すごいのです。噛んだ瞬間に、口の中で溶けていくのです。うわ……たまごって、こういうものも作れるのですね。驚きなのですよ」
味見したピーニャも、うれしそうにしている。
たぶん、こちらの世界では、たまごはそのまま使うことが多いのだろう。
意外と、数を確保するのが難しそうだし。
「まあ、一口に甘い物って言っても、色々と工夫があるしね。メレンゲも他にも応用が利く調理法だよ。ただ、どうしても、卵黄に比べると、余りやすいから、こういう風に色々とおまけレシピが存在するんだ。使いきれないともったいないからね」
「なのです。このメレンゲクッキーも、そのうち売り出せそうなのです」
手頃な甘い物として、売ってみるのも手だろうね。
ふわとろプリンとメレンゲクッキー。
この組み合わせは、有効だ。
乳製品ということを考えれば、教会に相談してもよさそうかな。
ひとりで作るのは大変だけど、人手があれば何とかなるわけだし。
「まあ、今日のところはいるみんなに味見してもらおうか。ドロシーやメイデンさんたちもまだいたよね?」
「はいなのです。普通番の人は今、お店の方にいるのですよ。あ、それなら、お店に持って行きたいのですよ。お客さんも一緒に味を見てもらいたいのです」
評判が良ければ、商品の候補にしたい、とピーニャが笑う。
「うん、その辺はピーニャに任せるね。わたしは色々と作るほうを頑張ったほうがいいみたいだし。よろしくお願いね」
「わかったのです。では、行ってくるのですよ」
そう言って、出来立てのメレンゲクッキーを皿に移して持っていくピーニャ。
こういう行動力は、やっぱり工房の責任者だよね。
ふむ。
ピーニャがいなくなった後で、コロネも少し考える。
せっかく、冷凍庫があるのだから、夕方までに間に合いそうなメニューがある。
手作りだと少し大変なのだが、それはそれで味となるだろう。
「ソルベマシンやパコジェットがあれば、簡単なんだけどね」
まあ、いいや。
贅沢を言ってもきりがない。冷凍庫があるだけで御の字だ。
「ではでは、始めますか」
こうして、コロネは夜の営業用の甘い物作りに取り掛かった。
「ふう、ようやく終わったよ」
手順が、というよりミルクを使い切る意味でも、そこそこの量を作ることになったのが大変さの要因だろう。
やっぱり、手作業だとものすごく疲れる。
かと言って、身体強化はまだ実用レベルじゃないから、夜の修行を続けていく必要があるだろうし。
「まあ、その甲斐あって、けっこうな量が確保できたかな」
味見程度なら、夜の営業のお客さんに振舞うこともできそうだ。
後は、一時間おきに混ぜ混ぜして、完成だ。
「コロネ殿、ご精が出るでござるな」
「あ、ムサシさん。いらっしゃいませ。もう、お店の方は終わったんですか?」
「うむ。今しがた、終わらせたでござるよ。オサム殿は二階でござるかな?」
「はい、大分前から、ミーアさんと一緒に何かしているみたいですよ。わたしもサプライズだから入ってくるなって言われてまして」
ムサシもその下ごしらえの手伝いだったはずだ。
三人に共通している料理ってことは、和食のお魚系かな。
たぶん、その大物はそんな食材だろう。
まあ、これ以上は詮索せず、楽しみに待っていた方がいいみたいだね。
「そういえば、ムサシさんはオサムさんを師事されているんですよね」
「うむ。オサム殿は素晴らしい武人でござる。かく言う拙者も、故郷ではそれなりに名の知れたつもりであったがな、その過信を諌めてくれたのがオサム殿でござるよ。ははは、我ながら少し恥ずかしい話でしてな、若気の至りでござる」
何でも、ムサシは剣の修行に明け暮れていたのだそうだ。
強い者と聞けば、挑戦し、それを打ち負かすことに生きる目的を見出していたのだとか。そんな折、とある強力なモンスターの討伐に単独で出かけたとのこと。
「拙者も調子に乗っていたのでござるよ。自分なら、ひとりでも負けることはない、とな。当時は周りの者が、皆弱く見えてしまってな。そのまま、その怪物に挑んで……あっさりと敗れたのでござる」
重傷を負い、動けなくなって、死を覚悟したムサシを救ったのがオサムなのだとか。
「オサム殿は、拙者と同じ任務を受けていたのでござったのよ。それは町で顔を合わせた時に聞いておったのだが、当時の拙者は料理人風情と軽く見て、まともに取り合わずにいてな。今、思い出しても、恥ずかしいでござるよ」
同じ任務を受けたということで、オサムのパーティーから、一緒に行かないかと誘われていたのだそうだ。だが、オサムが自分の職業を料理人と言ったことで、足手まといになると考えたのだとか。
その結果、重傷を負ってしまった、と。
オサムのパーティーが到着したのは、その直後だったというわけだ。
「今でも、忘れられないでござるよ。大型の怪物が、オサム殿の刀で一刀両断される光景を。あんな真似が可能な者は、この世界でもそうはおらんでござる」
それを見たムサシは、助かった、という思いと、屈辱と自責の念が入り混じった感情を抱いたのだとか。だからこそ、己を介抱するために近づいてくる男に対して、にらみつけることしかできなかった、と。
己の力量すらわきまえていない自分。
この情けない自分を馬鹿にされる、と思っていたそうだ。
だが、オサムの口から出た言葉は違っていたのだと。
『いんや、侍ってのはそういうもんだろ? そういう生き様は嫌いじゃないからな。俺と違って、自分の努力で得た力だろ。誇っていいと思うぜ』
そう言って、ムサシを介抱した後、オサムはそのまま、倒したモンスターを料理し始めたのだそうだ。ムサシはそれをただただ見ることしかできずにいて。
気が付けば、倒したモンスターを料理したものを手渡されていたのだとか。
「その言葉と、差し出された料理、その両方に拙者は打ちのめされましてな。自分がどれほど未熟であったのか、料理のことをどこまで軽んじていたか、気付かされたのでござるよ。それで、その場で弟子入りをしたのでござる」
オサムも少し困っていたそうだが、最終的には折れて、料理人としてなら、と弟子入りを認めてくれたのだそうだ。
その後、色々あって、今に至るとのこと。
「おっと、長話になってしまったでござるな。急がねば。では、コロネ殿、これにて失礼」
言うが早いか、ムサシは行ってしまった。
それにしても、とコロネは思う。
色々な人から話を聞けば聞くほど、オサムのイメージがすごくなっていく。
普段は、ただのお調子乗りのおじさんなのに。
たぶん、コロネはオサムと同じようになることはできないだろう。
だが、それでも、と思うのだ。
その生き様を胸に刻んで、自分も頑張ろう、と。




