第371話 コロネ、料理の登録を行なう
「いや、でも、すごいですね、ここにある情報量って」
改めて、目録の方を見て、その項目に多さには驚かされた。
いくつかの分類方法によって、索引が色々とあるんだけど、登録されている料理とかの数もかなり多い感じなのだ。
例えば、食材からの逆引きの索引とかだと、キャベツの項目とかがあるんだけど。
そのうちの家庭料理分類とか、居酒屋料理分類とかだけでも、ピザとか、カレー煮とか、ロールキャベツ、お好み焼き、回鍋肉、メンチカツ、シチュー、パスタ、コロッケ、豚汁、サラダ、卵とじ、梅和え、ステーキ、バター焼き、などなど。
いや、この目録って、どのくらい料理が登録されてるんだろ?
ちょっと見た感じでも、千や二千じゃきかないよね?
見た感じ、オサムさんが色々と登録したらしい、家庭料理系のメニューとか、定食屋のメニューが多いんだけど、分類の中には、色々と気になる項目があって。
「えーと……フランス料理分類に、イタリア料理分類、スペインに、中華、ロシアにアメリカ、それに日本料理も、ですか」
向こうの世界の各国の料理分類まであるんだけど。
これ、こっちの人にはよくわからないよね?
あ、ちょっと待って?
一応、和食、洋食、中華の分類は、ある程度は認知されているんだっけ。
順調に、向こうの料理体系が侵食しているというか。
でも、それはそれとして、ちょっとすごいなあ、これ。
各国の料理分類って、単純に、料理のレシピだけじゃなくて、国ごとの専用器具とか、調理用語とかも分類されてるんだね。
うわ、すごい。
調理法とかの項目も、けっこういっぱい載ってるね。
「アノンさん、これって、オサムさんが登録したんですよね?」
「うん、そだよ。なかなかすごいでしょ? 調理法に関しては、割と制限なく開放しているんだよ。こっちのオリジナルの食材とかにあった調理法って、ひとつひとつ調べていくしかないからね。だったら、各国の調理法を広めておけば、それぞれのお店とかでも、色々と新しい組み合わせとかを試せるでしょ?」
レシピとかと違って、ただ教わるだけじゃなくて、応用することが必要だから、と。
いや、でも、本当にすごい。
「【アッサッジョ】【アッフォガート】【アルデンテ】【アロマティコ】【インヴォルティーニ】……【アベッセ】【エテュヴェ】【クシェ】【グラッセ】【グリエ】……【塩水】【開陽】【塞】【酸辣】……【あられ切り】【烏帽子切り】【唐草】【雷豆腐】……うわあ、わたしも初めて見たような用語がかなりあるんですけど、これ」
分類があるから、どこの国の調理法なのかはわかるけど。
そもそも、日本料理の調理法からして、説明を読まないとわからないものが多いし。
というか、【ウズガラ】とか、【タヴァ】って、どこの国の調理法だろ?
えーと、トルコ?
いや、何で、こんなこと、普通の定食屋さんが知ってるのさ?
何だか、どんどん頭が痛くなってくるんだけど。
「ふふ、でも、コロネもけっこうすごいと思うけど? まだ、未登録の調理法とかも色々と知ってるよね?」
「えーと、でも、わたしの場合、お菓子作り系に特化してるんですけど」
さすがに、これと比べるのはちょっと、という感じだよ。
あ、でも、よくよく見ると、比較的、お菓子関連の調理法は少ないのかな?
確かに、フランス料理の調理法の項目とかでも、製菓のものについては、抜けているものがあるって、何となくわかるし。
うーん。
やっぱり、オサムさんって、お菓子作りはあんまり得意じゃないのかな?
ただ、それを差し引いても、ちょっとした料理の生き字引って感じではあるんだけど。
まあ、いいや。
あんまり、深く考えてもキリがないし。
オサムさんだから、ということにしておこう。
「アノンさん、ちなみに、ここにある本って、噂ネットの外からも見ることってできるんですか?」
「残念ながら、基本は禁止だね。ここも、専用書庫だから。中に入って、ヴァーミに道を開いてもらわないと入れないようになってるからね」
あ、それは残念。
やっぱり、コロネも料理人として、ここの内容は色々と興味があったんだけど。
その場合は、必ず、中に入るように、ってことらしい。
まあ、どっちみち、外からのぞける魔道具を持ってないから、ここにやってくるしかできないんだけどね。
「ともあれ、今日は夜遅いから、さらっと確認するだけにしておこうか」
あんまり長居してもまずいしね、とアノンさんが笑う。
あ、そっか。
そもそも、アノンさんも『週刊グルメ新聞』のチェックがあるものね。
ゆっくりしてる場合じゃなかったんだっけ。
「ふうん? じゃあ、コロネの項目登録は後日ってことか?」
「うん、そだね、サンゴ。さすがに今日の実演登録は無理でしょ。項目くらいなら、何とかなるだろうけど」
実演登録となると、外と同じように調理する必要があるとのこと。
確かに、そうなると、時間がかかるものは厳しいよね。
パン作り関係とかは、ちょっと今じゃ無理そうだよ。
「あ、それでしたら、項目だけでもよろしいでしょうか? この町にやって来てから、コロネさんが作った料理の分だけでもけっこうですので」
「うわっ!? ヴァーミさん!?」
あー、びっくりした。
天井の穴みたいなところから、いきなり、ヴァーミさんが現れたのだ。
で、今、逆さまの状態で、コロネに声をかけてきたんだけど。
あのあの、この町の人って、驚かす感じでしか登場できないのかな?
今のって、ある意味、いきなり後ろに現れるのよりもびっくりしたんだけど。
「うん、まあ、ヴァーミって、図書館の中なら、自由自在に移動できるから。だから、『天使さま』なんだってば」
基本、何でもありだから、とアノンさんが苦笑する。
どこかの部屋への扉を好きなところに作れたり、今みたいに、通路の穴を開けて、空間をつないじゃったりとか。
そういうこともできるらしい。
要するに、図書館の中では無敵ってことだよね。
ヴァーミさんって。
ともあれ。
『料理大全』に協力するのは、この町の料理人のお仕事のひとつということなので。
コロネも、今まで作った料理に関して、登録をお願いすることにした。
一応は、口頭で、情報だけを伝える方法と、実演を通じて、それを確認したヴァーミによって、登録をしてもらうのと、大きく分けるとふたつの方法があるらしい。
「実演の場合は、そのまま、調理法や、味に関することも登録できます。同時に、実演の情報そのものも残されますので、『再生』も可能になります。私の目によるチェックもありますので、より、この図書館に適した形での、情報の保存ができるわけですね」
「まあ、今日のところはあんまり時間がないから、コロネが口頭で、って感じだけどね」
「はい。ひとまずは、そちらで問題ありません。新規で項目を登録して頂ければ、そちらを踏まえて、情報を整理することができますから。今後、実演を行う際の、手順の省略にもつながりますし」
なるほど。
今、簡単にでも登録作業をしておけば、ヴァーミさんの仕事が少しだけ楽になるのか。
うん。
そういうことなら、今まで作った料理については伝えていこう。
「わかりました。では、今から説明しますね」
「はい、お願いします」
そんなこんなで、プリンなどの項目についての説明を行なうコロネなのだった。
「はい、ありがとうございました。登録完了です」
それでは、と一礼して、ヴァーミさんが天井の穴から去って行った。
えーと、これで、ひとまずは大丈夫なのかな?
今まで、コロネがこっちにやってきてから作ったものについては、この書庫への登録が済んだらしい。
それにしても、改めて、振り返ってみると、多いような少ないような、って感じだよね。
「いやいや、そんなことないって、コロネ。やってきて半月で、ってことを考えるとこれでも十分すぎるくらいだよ。ふふ、おかげで、『グルメ新聞』の方も、面白い記事が目白押しって感じだもの」
ネタに不自由しないから助かるよ、とアノンさんが笑って。
「まあ、確かに、この町に食材が集まってたからってのは理由のひとつだけど、実際、コロネって、この町に慣れるのが早かったもの。うん、さすがに、『魔王領』とかの話とかは、ボクの予想でも、大分後になるかなあ、って感じだったし。ふふ、その辺は、プリムを味方につけたのが大きかったね」
「そうですね。それに関しては、色々な偶然に感謝ですよ」
元を正せば、オサムさんが留守の時に、プリムさんと知り合ったのがきっかけだものね。
あれで、たまごがたくさん手に入って、プリンを通じて、色々な人と知り合って。
今考えると、他にも色々な要素はあったと思うけど、たぶん、コロネ自身も気づいていない部分で、見えない縁に助けられている部分って多かったと思うのだ。
そのおかげで今がある、と。
こっちの世界にやってきて。
たまたま、この町の側に飛ばされて。
オサムさんと出会って、塔で給仕を初めて。
お菓子作りに挑戦して、パティシエを名乗るようになって。
うん。
やっぱり、頑張るのって大事だよね。
これからも精一杯、自分のできることを頑張っていこうと思う。
いや、しみじみ考えちゃったけど、まだこっちに来てから、半月足らずなんだよね。
明日は、職人街を案内してもらうし。
明後日は、薄力粉に挑戦するし。
よし、と心の中で気合を入れて。
「それじゃあ、コロネ。あと、休憩所と伝言板をのぞいたら、帰るよ。まずは、図書館の入り口に戻ろうか。そこまで行けば、ヴァーミが道を開いてくれるから」
「はい!」
「じゃあ、後ろの扉を潜ったら、また俺についてきてくれ。出口もまた別の場所につながってるからな……っと、コロネ、手に持ってる目録は置いていけよ? それ、持ち出し禁止だぜ」
「あっ!? すみません、戻してきますね」
いけないいけない。
慌てて、目録を元の位置へと戻して。
サンゴとアノンの後を追いかけるコロネなのだった。




