第369話 コロネ、専用書庫に驚く
「というか、わたしっていつの間に、こちらで料理人登録をされてたんですか?」
いや、もちろん、塔とかで料理は作ってたけど、その手のお話って、一切聞かされていなかったんだよね。
自分で、登録したって記憶もないし。
「うん? いや、コロネが塔でパティシエとして働き始めた時に登録したんじゃなかったっけ? まだ、ボクとも会ってなかったと思うけど」
一週間前の水の日だよ、とアノン。
「あれ!? そうだったんですか!?」
えーと、それって、お披露目というか、そんな感じの時のことだよね。
もう、あの時点で料理人登録されてたのか。
当然、登録してくれたのはオサムさんらしいけど。
うーん、この手の大事なことって、全然教えてくれないよね、オサムさん。
忘れっぽいのか、わざとなのか知らないけど。
「そうだぜ? ほら、これ、コロネの噂ネット認証。『職業:パティシエ(パティシエール)』って、なってるだろ? こん時に図書館にも、パティシエの項目が追加されたから間違いないぜ」
ほれ、とちょっと先の方を飛んでいたサンゴさんがコロネたちのところまで戻ってきて、認証というものを見せてくれた。
サンゴさんがコロネの肩に触れて。
そうした途端に、触れたところから前方の方に、ポン、と四角い画面のようなものが飛び出して、それが表示されたのだ。
『コロネ・スガ』
『職業:パティシエ(パティシエール) ※パティシエ=菓子職人』
『料理人組合 専用書庫:使用許可』
そんな感じの情報が現れて、コロネが見たのを確認すると、すぐに消えてしまった。
へえ、ステータスウインドウみたいなものなのかな。
そういえば、この噂ネットって、ステータスの何かを応用してるとか何とか、言ってたっけ。
だから、似たようなことができるのもわかるんだけど。
というか、一応、料理人にもギルドみたいなものがあるんだね。
料理人組合かあ。
それも初めて聞いたような気がするけど。
アノンさんの話だと、この町で料理人をやってる人は全員が登録済みなのだそうだ。
「ということは、リリックたちも料理人登録されてるんですか?」
「今のところは、見習いとか弟子扱いだけどね。ほら、ショコラも一応、そんな感じで登録されているよ? ちょっと、見てみなよ」
「ぷるるーん?」
アノンさんがショコラの頭を撫でると、そこからもショコラの図書館での情報が飛び出した。
『ショコラ』
『職業:料理人補助・試食要員』
『料理人組合 専用書庫:使用許可』
あ、ほんとだ。
一応、料理人の補助って感じなんだね。
というか、試食要員って。
何というか、ものは言いようというか。
「ふふ、基本、コロネが作ったものはすべてショコラが試食してるじゃない? だから、そういう意味も込めて、料理人補助ってね。というか、いつもコロネと一緒だから、専用書庫に入れないと困るじゃない。それで、登録しておいたって感じかな」
なるほどね。
うん、それはそれでありがたいかな。
基本、ショコラの場合、コロネの頭の上が定位置になってるからねえ。
後は、お店のテーブルの上で踊ってるか。
そのどっちかだしね。
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
あ、何となく、ショコラもうれしそうだね。
自分も料理人だよ、って感じで胸を突き出してるし。
スライムなのに、何となく、胸を張って誇らしげにしてるように見えるんだから、ショコラの表現力ってすごいよねえ。
ずっと一緒だったせいか、別に『同調』を使わなくても、言ってることが何となくわかるようになってきたし。
「まあ、見習いとかの場合は、本職の料理人の許可がないと、専用書庫にはアクセスできないようになってるけどな。事前申請とかも必要だぜ?」
「ちなみに、料理人と見習いって、どういう基準で決まってるんですか?」
「うん、そうだねえ。とりあえずは、こっちの世界で新しい一品を生み出すのが料理人として認められる条件だね。教わった料理を作ってるうちは、見習いって感じかな。やっぱり、自分のオリジナルの料理を生み出してこそ、一人前の料理人だからね」
「あー、なるほど。やっぱりそうなんですね」
うん、やっぱりそういうことなんだねえ。
料理人として認められるためには、看板料理が必要ってことかあ。
それに関しては、ちょっとコロネも耳が痛いかな。
向こうだと、コロネって、パティシエ見習いだし、本当は勝手にパティシエを名乗っちゃいけないんだよね。
それに、こっちだと色々食材との兼ね合いもあって、看板料理と呼べるようなものって、まだ作れていないし。
ちょっと、反省だよ。
「あれ? いや、コロネ、ちゃんとこっちでのオリジナルの料理を作ってるじゃない。ほら、サンベリーを使ったお菓子って、向こうじゃ、そもそも作れないんだから、立派にコロネのオリジナルだよ?」
「えーと、まあ、そうなのかもしれませんけど」
でも、あれって、ベリー系統の亜種って感じの料理だし。
それを堂々とオリジナルっていう感じでもないんだよね。
「それに、コロネの看板料理って、こっちだったら、プリンでしょ? ふふ、順調に『プリンクラブ』のギルド員も増えてるみたいだし、あれ、れっきとした『必殺料理』だよね」
「いや……さすがに今のプリンですと、堂々とそういうことは言いづらいんですけど」
そもそも、バニラとかお砂糖を使ってないしね。
せめて、もうちょっと個性が出るように、工夫を凝らした感じにしないと、オリジナルと言うのもはばかる感じではあるし。
まだ、あのプリンだと、家庭料理の延長線上って感じの、とりあえず作りましたってプリンだし。
でもまあ、そうだね。
こっちで採れる食材を吟味して、新しいプリンに挑戦してもいいかな。
本当に、看板料理って呼べるレベルのクレーム・キャラメルだ。
うん。
もっと頑張ってみよう。
「おーい、そろそろ、書庫につくぜ。ほら、そこの扉から、奥に入るんだよ」
ちょっと前の方を飛んでいたサンゴさんが、空中で止まって、目の前にあるひとつの扉を指差した。
そこには、本棚と本棚の間に、ひとつ、大きめな扉だけがあった。
というか。
本当に扉だけなんだね?
扉の横に壁があるわけでもないし、扉の奥側にも、本棚の列は続いているみたいだし。
道と言うか、通路の真ん中にドアがぽつんとあるというか。
見た目だけなら、未来のロボットが出した、どこにでも行けちゃうドアみたいだよ。
「ここが、その、専用書庫に通じているんですか?」
「そうだぜ。俺は、この身体だから、扉開けられないからな。そのまま、ドアノブをひねって、奥に押して入ってくれ」
「はい、わかりました」
あ、なるほど。
この扉って、押して入る開き戸なんだね。
サンゴさんに指示された通り、扉を押して開けて。
そこから、中へと入ると、そこにも、図書館のような光景が広がっていた。
いや、こっちは、さっきまでの『本棚の海』とは違って、比較的、普通の図書館って感じの作りだけど。
どっちかと言えば、見慣れた光景かな。
それでも、向こうで言うところの、地域の図書館とかよりは立派な感じの作りにはなっているかな。
吹き抜けの二階建ての空間に、さっきまでのはしごとかじゃなくって、きちんと階段で上の階に行けるようなつくりになっている。
ただ、図書館とかにありがちな、受付みたいなスペースはなくて、コロネの背丈の二倍程度の本棚がきれいに陳列されているんだけど。
「あ、なんだか、ちょっとホッとする作りですね、こっちは」
「そだね。一応、普通の図書館って言ったら、こっちの世界でもこんな感じの規模かな。魔王都の図書館はもうちょっと大きいけど」
さすがに、さっきまでの区画はちょっとやりすぎだよね、とアノンさんが苦笑する。
良かった。
そう思っていたのはコロネだけじゃなかったんだ。
あれだけ本棚があったって、ちょっと探しようがないもの。
「ただ、まあ、ここも普通の図書館とは大分違うんだけどね。そうだね……ほら、コロネ、そこの本棚から、一冊手に取って開いてみなよ。この辺は、調理器具に関する本が置いてある場所だから」
「あ、はい」
言われた通り、アノンさんの示した本棚から一冊取ってみる。
えーと、これは、包丁の本、かな?
表紙のところにも、包丁らしき絵が描かれているし。
どれどれ?
どんな内容が書かれているのかな、とコロネがその本を開いた、その時だった。
「うわっ!? えっ!? これって……」
本を開いた途端に、その本から、一本の包丁が飛び出してきたのだ。
というか、開いたページは真っ白になっているんだけど、そのページの少し上の空間に、その包丁がふわふわと浮いているというか。
えっ!?
ここにある本って、もしかして。
「今、コロネが持っているのは、柳刃包丁の本だね。うん、ひとまず、本は開いたままで、その包丁を手に取ってみなよ。ここにある本ってそのためのものだから」
言われた通りに、現れた包丁を持ってみる。
あ、ほんとだ。
しっかりとした包丁だ。
刺身とかを切るのに使う柳刃包丁。
うわ、すごい。
いきなり現れたのに、しっかりと重みもあるし、ちゃんと包丁の質感もある。
すごいね、『仮想空間』って。
「あの、もしかして、ここにある本って、こういうものばかりなんですか?」
「ふふ、そういうこと。ほら、コロネも外から情報が確認できるのに、何で、噂ネットの中に入らないといけないのか、って思ったでしょ? これが、噂ネットのもうひとつの使い方だよ。具現化した情報の実演。実際のアイテムと同じものを、ここで実演することができるってわけ」
「へえ、実演ですか」
なるほどね。
つまり、ここにある本って、そのためのものなんだね。
包丁を持ったまま、辺りの本棚を改めて眺めて。
驚きを隠しきれないコロネなのだった。




