第365話 コロネ、噂ネットワークについて聞く
「それと、アノンさん、こちらのアイテムに関してなんですけど」
そう言いながら、さっきトライさんたちから渡された箱を見せる。
名前は、『式神の匣』だったっけ。
見た目は透明な立方体型の容器に、中にとろりとした感じの液体が入っているというか。
器自体も、少しだけ柔らかくて、形が大きく変わるほどじゃないんだけど、軽く握ってみると、すぐに押し返されるというか、元の形に戻ってしまう感じなんだよね。
少し硬めなゴムのような感触というか。
ただ、どっちが上でどっちが下とかもわからないし、ふたのようなところがないから、中に液体が入っただけのただの透明な箱ってだけなんだよね。
溶接した感じの跡もないし。
温泉で番頭をやっているコズエさんの作品ってことらしいけど、そもそもどうやって作ったのかよくわからないアイテムではあるのだ。
謎というか。
「あっ! これ、コズエの『匣』じゃないの。へえ、すごいねえ。ちなみに、どんな式神が入ってるの?」
「え? いや、あの、わたしも詳しいことはよくわからないんですけど」
というか、それを聞くためにアノンさんに相談しているんだけど。
トライさんも、詳しいことは、その辺に聞いてくれって感じだったし。
とりあえず、噂ネットワークに入るためのアイテムということしか聞いていなかったので、それをアノンさんに伝えると。
「あー、なるほどなるほど。そっちの使い方のやつね。ちょっと待って」
そう言って、オサムさんの小っちゃい頃の姿から、コロネの姿へと変化する。
というか、大分、アノンさんの変身には慣れたんだけど、コロネの小さい時の姿の時って、その度に、来ている服が違うんだよね。
今の姿はめずらしく、パンツルックって感じで、今までのそれとは違って、ボーイッシュというか、そもそものコロネの小さい時に近いと言うか。
こっちの姿だったら、あ、自分だって、すぐわかった気がするし。
「えーとね、この『匣』って、そもそもが決まった使い方があるわけじゃないんだ。コズエとかがよく使ったりしているんだけど、どっちかっていうと、コズエ以外のコトノハの人間とかが使っているアイテムかな? 今のコズエだったら、こういう式神の使い方ってほとんどしないし」
「……よくわからないんですけど、つまり、これは式神をどうこうする道具ってことですよね?」
「そうそう。というか、これみたいな感じが式神使いの本式の方法だね。アイテムに式神を宿らせておいて、それを使役するってね。式神だけじゃなくて、使役可能な妖怪種を物に宿らせることもあるし。どっちかというと、もののけとか、つくもがみ系とは相性がいい使い方かな」
あ、そうなんだ。
そういえば、コノミさんとの特訓の時に、そんなことを聞いたっけ。
符とか、宝玉とかに式神を封じるんだったよね?
詳しいことについては、企業秘密というか、門外不出みたいな感じだから、教えてはくれなかったけど。
というか、アノンさん、ほんと、何でも知ってるよね。
まあ、その辺はドッペルゲンガーの特性だからだろうけど、これ、秘密とか、隠したいことがはある人たちにとってはたまったもんじゃないよね。
何となく、敵が多そうだよ。
「ふふ、だから、危険生物指定の一歩手前なんだってば。その辺は、上手にやらないとね。とはいえ、こっちも好きでドッペルゲンガーに生まれたわけじゃないんだから、そんなこと言われても困るんだけど」
そう言いながら、不敵な笑みを浮かべるアノン。
いや、あの、コロネの小っちゃい頃が、ものすごい悪い子みたいな感じなんだけど。
何だかなあ。
「まあ、それはいいとして、話を戻すよ? さすがに式神の詳しい説明とかをボクがしちゃうと後でコズエとかに怒られちゃうからね。いや、まあ、怒られるだけで済めばいいって感じ? だから、今、コロネが持っている、その『匣』に限定して、話を進めるね。ついでに、噂ネットワークに関してもかな。ねえ、コロネ。噂ネットワークについては、どこまで把握したの?」
「大分、漠然としたイメージのままですね。向こうで言うところのネットの掲示板とか、つぶやきとか、そっち系のイメージだったんですけど、ちょっと違うみたいですし」
噂ネットワークに入るとか、図書館とか。
そっちに関しては、さっぱりだものね。
ピーニャがメガネ型の魔道具を使っていたから、別に、そのネットワークに入らなくても、活用自体はできるらしいし。
その辺は、まったく想像がつかないというか。
「なるほどね。まあ、もったいぶっても話が進まないから、端的に言うとね。噂ネットワークってのは、ステータスのシステムを応用して作られた『仮想世界』のことだよ。ほんとは、向こうで言うヴァーチャルリアリティに近いんだけど、コロネってば、オサムと違って、ほとんどゲームとか知らないでしょ? だから説明しにくいんだけど」
「えっ!? 『仮想世界』なんですか!?」
いや、さすがに、それがすごいことだってのはわかるよ。
もちろん、ゲームがどうとかのイメージはあんまりできないけど。
へえ、噂ネットワークってそういうものだったんだ。
と、コロネが感心していると、ちょっとアノンが呆れたように見つめて。
「いや、コロネは、もうすでに、幻獣種の『異界生成』を目にしてるよね? あっちのは、本物の異界の生成なんだから、別に、こっちのよりずっとすごいからね? 噂ネットワークはあくまでも、疑似的な異界にすぎないんだから」
「あっ! なるほど! そうなんですね」
そっかそっか。
つまり、ルナルさんによる『夜の森』の生成とかと、おんなじような感じというか。
噂ネットワークも、その手の『異界生成』の一種ってことなんだ。
確かに、言葉で聞くと何となくすごいなあ、くらいの感想しかなかったけど、冷静に考えると『異界』の『生成』って、おかしい表現だものね。
それこそ、神の御業って感じだし。
うわ、そう考えると、幻獣種って本当にすごかったんだねえ。
サニュエルさんとか、『トワイライトサーカス』とかでびっくりしていたけど、そもそもの能力とかが全然違うってことか。
でもねえ、実際、ルナルさんとかも、普通にドロシーの執事さんって感じだし。
姿だけなら、どう見ても、ちょっと変わった黒猫さんにしか見えないけどね。
「まあ、とりあえず、ステータスの方で、元からある環境につなぎやすくするために、噂ネットワークって形を構築したって感じかなあ。ボクも、どこまで説明していいのか、ちょっと困るから、多少は表現をぼかしてあるけど。その辺は、ちょっと、冥界とかに近い性質があるかな。まあ、とにかく、この町で使っている噂ネットワークってのは、『仮想世界』に、発言とかを貼り付けて、それを見に行ったり、聞きに行ったり、って使い方が多いね」
アノンの話だと、その辺は、向こうのネットとかと大きくは変わらないのだそうだ。
そして、噂ネットワークの使い方に関しては、大きく分けて二種類あるとのこと。
「まず、ひとつは、コロネも知っているように、メガネ型の魔道具とかを使って、こっちに意識を残しながら、『仮想世界』を眺める方法だね。この場合は、噂ネットワークを外から見ている感じになるんだ。それでも、情報とかを得るためだったら、特に問題はないしね」
「なるほど」
「そして、もうひとつが、今コロネが持っているアイテムなどを使って、直接、この町の噂ネットワークとかと繋がる方法だよ。完全にリンクした状態になるから、こっちの身体の意識とかは、噂ネットワークの中に飛んじゃうけどね。要するに、噂ネットワークの中に入るのが、こっちのやり方。だからこそ、その『匣』を使う時は、周りの環境とかには気を付けてね。外とかで使わないように。一応、式神が護ってくれる状態にはなるけど、それでも人が横たわってたり、道端にへたり込んでいるのって、見てる方が嫌だから。もちろん、変な犯罪防止って意味もあるけど」
はあ、なるほどねえ。
少しずつ、噂ネットワークについて、わかってきたよ。
直接つながるのが、『中に入る』って表現で、それ以外は『外から眺める』って感じになるわけだね。
そして、『仮想世界』だから、中に図書館みたいなところがあって、そういう場所を『ライブラリ』って呼んでいるってわけか。
「うん、そういうこと。この外から見られるってのが、通常の『異界生成』とは異なる部分でもあり、メリットでもあるって感じかな。幻獣種の異界って、中に入らないと、異界の内側が見えないようになってるから」
一応、入り口とか、扉とか、そこを通しては、その範囲なら見えるけど、とアノン。
『夜の森』とか、サーカスの時のサニュエルさんの異界とかも、そんな感じだったらしい。
そもそもが、作り手の幻獣さんが開いてないと、外側からは見えない、と。
だからこそ、噂ネットワークの場合は、あえて『仮想世界』で作られているのだそうだ。
「外側から観測できるってのがメリットだからね。そうすれば、わざわざ、中に入らなくても、どういうことがあったとか、ネットワークの内容を確認することもできるし、中の状態とかもお互いが認識できるしね。あ、そうそう、コロネ。ネットワークの中も、当然、異界みたいな状態だから、入っている時は、同じように中に入っている人と会ったりすることとかもできるからね」
「あ、そうなんですね」
「うん。一応、中にずっといて、管理業務とかやってるのもいるしね」
あ、それって、もしかして、シャーリーさんたちとの話の中で出てきた人たちかな?
「もしかして、ナビさんとか天使さんって人たちのことですか?」
「そうそう。ナビってのは、本名じゃないけど、噂ネットワークの中で案内人みたいなことをやってる存在だよ。初心者とかが、はまっちゃって、こっちに戻れなくなった時のフォロー要員というか。困った時は、ナビが助けてくれると思うよ。あと、天使ってのは、『図書館の守護天使』のことだね。名前がヴァーミリオンだから、ヴァーとか、ヴァーミって呼ばれてるみたいだね」
なるほど。
案内人の人なんているんだね。
というか、こっちに戻ってこられなくなった、って。
まだ、噂ネットワークに関しては、歴史が浅いので色々と問題もあったりするのだそうだ。
そして、守護天使さんかあ。
「ヴァーミリオンさん、ですか?」
「そうだよ。どこにどんな情報があって、今、どの辺の伝言板に載っているのか、とか、そういうのを把握しているのが、その天使ってわけ。意識のある検索エンジンって言ったら失礼だけど、能力的にはそんな感じかな。とりあえず、図書館で管理できている部分については、すべての情報を把握しているって感じだから」
だから、すごいよね、とアノンが笑う。
ほんと、それはすごいねえ。
その天使さんも生きているってことでしょ?
どういう能力というか、スキルを持っているのか知らないけど、それができるってわけだし。
いや、やっぱり、こっちの世界ってすごいね。
聞いているだけで、パンクしそうな話だもの。
ともあれ、これで、少しは噂ネットワークに関しては想像しやすくなってきたかな。
「うん、何となく、コロネも噂ネットワークについてわかってきたみたいだし、今度はこのアイテムの使い方について説明しようか」
「よろしくお願いします」
そんなこんなで、アノン先生の噂ネットワーク講座は続く。
 




