第36話 コロネ、パン職人と誓う
「と、言っても、材料以外にはあまり大きな工程の違いはないんだけどね」
生クリーム入りのプリンの作り方だ。
この間作ったプリンのミルクを半分にして、代わりに同量の生クリームを使用する。そして、たまごは卵黄のみを使う。それ以外はほぼ同じなのだ。
「カラメルソースを作るところまでは同じだよ。ピーニャもやってみてね」
「わかったのです」
カラメルを作って、型へ流し込む。
そして、牛乳と生クリームを混ぜたものを温めるのだ。
「この時、あまり温めすぎないのがポイントだね。目安は五十度。触ると熱いくらいの感覚かな。卵黄だけの時は固まるのが顕著になるからね」
牛乳と生クリームが温まったのを確認して、そのまま、卵黄をかき混ぜる工程に入る。
「じゃあ、ここからは連続でいくよ。卵黄とハチミツをかき混ぜる。ここでのポイントはいかに卵黄を細かくできるか、だよ。すべての材料と混ぜるとき、卵黄がしっかり細かくなっていれば、なめらかな食感につながっていくのね」
言いながら、そのまま次の工程へ。
「で、卵黄が混ざったら、牛乳と生クリームに合わせていくよ。この時、一度に混ぜると卵黄があっという間に固まっちゃうから、少しずつ混ぜるの。こんな感じね。はい、これでおしまい。後は、この間の作り方と同じで大丈夫。裏ごしして、表面の泡やアクを取り除いて、容器に流し込むだけね。それをオーブンで焼くと完成だよ」
「なるほどなのです。これで、この前のプリンと違う感じになるのですか?」
「まあ、食べてもらえばわかると思うよ。冷えてからのお楽しみだね」
前のプリンが弾力性のある、ぷるんとした食感だとすれば、こっちはとろけるプリンの食感になる。上手に作れば、乳脂肪分が浮いてきて、三層構造のプリンになるし。
陶器だとわかりにくいから、食べてみてのお楽しみだ。
「なのですか。ところで、コロネさん。残ったたまごの白い部分はどうするのですか?」
「ああ、卵白ね。ハチミツだと作りにくいんだけど、イタリアンメレンゲ……メレンゲにしてみようかなって。ああ、メレンゲっていうのは、卵白を砂糖と一緒にかき混ぜることで、泡みたいな状態にしたもののことね」
本当は、メレンゲは砂糖の安定性を利用して作るものなのだ。
まあ、ない物ねだりをしても仕方がない。
とりあえず、やってみようか。
「じゃあ、いくよ。基本のメレンゲについては砂糖をゲットしてから改めてするよ。今日は応用編から。まずは下準備として、ハチミツと水をお鍋に入れて、加熱してシロップを作るの」
この工程はカラメルソースを作るのに近いだろうか。
シロップの場合は、焦がさないように注意が必要だけど。
「はい、シロップの完成ね。じゃあ、ここから卵白をひたすら混ぜていくのね。ポイントはふんわりと空気を混ぜることと、混ぜすぎないこと。泡状にするために手早くかき混ぜ続けるんだけど、泡立て過ぎると、離水っていって、水が染み出てきちゃうのね。そこまでいっちゃうと失敗なの」
「なのですか。甘い物って難しいのですね」
「まあ、それはどの料理でも同じだけどね。甘く見ないことと、ひとつひとつの工程を丁寧に作ることは大事だよ。じゃあ、やってみようか。ピーニャ、ここは身体強化を使ってもいいよ。けっこう大変だから」
「わかったのです」
ピーニャが身体強化を使用して、高速で卵白を混ぜていく。
さすがだね。
ミキサーを使っているのと変わらない速さだ。
「はい、ちょっと待ってね。このくらいの状態を八分立てっていうの、この状態でかき混ぜながら、さっきのシロップを入れていくのね。それじゃあ、そのまま混ぜ続けて。わたしがシロップを流し込むから」
「はいなのです」
卵白を混ぜるとき、コロネが実践しなかったのはこのためだ。
イタリアンメレンゲの場合、卵白を撹拌しつつ、シロップを一定の速度で流し込む必要がある。そのため、ひとりで作るなら、ミキサーなどがないと、けっこうタイミングがシビアになってしまうのだ。
作れなくはないが、食感や味にムラができてしまうというか。
「後は、熱いシロップの粗熱が取れるまで混ぜるの。それで完成ね」
温度が高い状態で混ぜるのをやめると、気泡が壊れてしまう。
なかなか、簡単なようで難しい調理なのだ。
ともあれ。
しばらく、ピーニャに頑張ってもらった結果、イタリアンメレンゲが完成した。
「これがメレンゲなのですか。とってもふわふわしているのですね」
「うん、このメレンゲは甘い物の飾りつけや仕上げに使うんだよ。焦がすとこんがりと良い色になるの。ただ、今日のところはそのまま、オーブンで焼いていこうと思って。メレンゲクッキーだね」
「クッキー、ですか?」
「そう。本物のクッキーは薄力粉……軟質小麦から作る小麦粉のことね。それが必要だから、なんちゃってだけどね」
どちらかと言えば、クッキーというよりマカロンに近いだろう。アーモンドを使えないからマカロンとは言えないんだけど。
「じゃあ、オーブンで焼いていくよ。温度は低めで。焼くというよりも水分を飛ばすってイメージかな。乾燥焼きだね。軽く焼き色がついたら完成ね」
焼きあがるまで、ちょっと一休みだ。
ピーニャと何ともなしに雑談する。
「それにしても、コロネさんが来てから、まだ数日なのですよね」
「そうだね。今日で四日目かな」
「あっという間に、甘い物が次から次へとできているイメージなのです。普通、迷い人と言えば、もっと、うまくは言えないのですが、こう、動揺しているイメージがあったので、驚きなのですよ」
ピーニャがしみじみと言う。
確かに、コロネもそう思う。
自分でも何だが、この状況に大分馴染んできたような気がする。
「でも、それはオサムさんがいたからだよ。甘い物にしたところで、オサムさんがここまで町でお膳立てしてくれているから、スムーズにできているだけだよ?」
食材だけではない、設備にせよ、周囲からの受け入れ態勢にせよ、一朝一夕でこんなことができるわけがないのだ。
たぶん、コロネもオサムがいなければ、路頭に迷っていたに違いない。
本当に自分は恵まれているのだ。
もし、自分の仕事がオサムと同じことだったとすれば、ここまでできただろうか。
たぶん、できなかっただろう。
「わたしの能力じゃ、冒険者なんてすぐには難しかっただろうし。お菓子を作るところまで行く前に命を落としていたかもしれないしね」
「なのですか。オサムさんの故郷の人は、みんなすごい人ばかりかと思っていたのですよ。いえ、実際、コロネさんも十分すごいのですが、オサムさんは、すごいという言葉では当てはまらないような人なのですよ」
ピーニャが笑う。
少しだけ、陰のある笑み。そんな感じだ。
「ピーニャも、オサムさんのおかげで救われたようなものなのです。本来、妖精種と人間種のハーフというのは、迫害の対象なのですよ。生きるために、冒険者という選択をしたのですが、父様とも別れたきりで、それっきり出会えていないのです。それでも、今のピーニャがあるのは、たまたまオサムさんと出会えたからなのです。ですから……今はとっても幸せなのですよ」
そうなんだ。
ピーニャも色々と苦労していたんだ。
今は幸せ、と言ったときの良い笑顔がなければ、辛い話だ。
「それに、コロネさんとも出会うことができたのです。今のピーニャは、甘い物を作りたい、甘い物を食べたい、そして甘い物を皆さんに食べてもらいたい、という明確な目標があるのですよ。それも、コロネさんのおかげなのです」
「ピーニャ……」
「だから、これからもピーニャにお菓子作りを教えてほしいのです。いつか、父様に出会ったときに、笑って甘い物を振舞えるようになりたいのですよ」
「うん。わかったよ、ピーニャ。わたしも頑張るから、これからもよろしくね」
「なのです」
今、コロネの中に、新しい目標が追加された。
ピーニャとお菓子作りを世界に広げていく、という夢。
どこまで行けるかはわからない。
だけど、諦めたくはない目標だ。
そこに向かって、歩いて行こう。
そう、コロネは思った。




