第363話 コロネ、不思議な箱を受け取る
「あー、コロネ、遅いよ。こっちもけっこうえらいことになってるから、ちょっと手伝ってよね」
「すみません、アノンさん」
アノンに謝りながら、あわてて、厨房の方のお手伝いに加わる。
どうも、帰り支度のお客さんたちが、おみやげ用のパスタをいっぺんに頼んでいるらしく、ちょっとしっちゃかめっちゃかの状態らしい。
うわ、うっかりしてたね。
オサムさんとかも苦笑しつつも、料理の手は止めてないし。
生パスタは生パスタですごい量になってるし。
「うん、とりあえず、給仕の方は、他の、パスタとかあんまり得意じゃないみんなに任せちゃって、コロネも調理の方に加わって」
「はい!」
そんなこんなで、慌ててパスタ料理の方に加わる。
一応、給仕とか、会計とかそっちの方は、ジルバとか、サーファちゃんとか、給仕慣れしているスタッフもいるし、リリックやマリィなんかが、お菓子類の追加注文には対応してくれているから、コロネはパスタ作りで良いみたいだね。
とにかく、注文が入ったパスタを作っては、それをお皿に乗せたり、注文によっては、それぞれのお客さんが持参してきた容器のようなものに入れたりとかして、だ。
あ、タッパーみたいなものもあるんだね。
これって、プラスチック製なのかな?
少なくとも、ふた付きで耐熱容器であるのは間違いないようだけど。
さすがに今の状態だと、周りに聞いている暇もないので、作業しつつ、そんなことを思うだけにしておくけど。
どうも、お持ち帰り用の容器とかは、お客さんが持ってきたりするのが当たり前になっているみたいだね。
というか、だ。
たまに、魔道具なのか、ちょっと怪しげな紋様が表面に刻まれている容器とかもあったし。
さっき、ちょうど、その手の話もフィナさんたちから聞いていたけど、これって、魔術の『刻印』ってやつだよね?
こっちのは、容器に直接彫刻されているというか、刻まれているみたいだけど。
ともあれ。
余裕があるわけでもないので、せっせと作業しつつ。
お客さんが帰り際にパスタを注文して、それを作って。
会計と一緒に、おみやげ用のパスタを渡して。
また注文を受けて、パスタを作って、会計。
何というか、もう、流れ作業みたいな工程を延々と繰り返していると、気が付いたら、ほとんどのお客さんが帰ってしまって、ほとんど店じまいって感じになっていた。
ふぅ、やれやれ。
どうにか、嵐のような時間は終わったみたいだね。
他の料理人さんたちも、さっきと比べると落ち着きを取り戻しているし。
というか、オサムさんや、アノンさん、それにガゼルさんたちは、いつものこと、みたいな感じで余裕があるけどさ。
今日、ほとんど初めて手伝ってくれたアルバイトの子供たち。
ハヤト君とか、レキちゃんとかは、何かもうかなりぐったりしちゃってるんだけど。
意外と元気そうなのは、イダテン君かな。
彼はなかなかのタフな感じらしい。
「大丈夫? ハヤト君、レキちゃん、イダテン君」
「あ、はい……いやあ、事前にお話は聞いていましたが、想像以上でした。びっくりですよ。ですが、働いた分だけ、しっかりとお給金はいただけるというのはうれしいです。僕らの暮らしていたところって、そもそも、子供にできる仕事なんて、ロクなものがありませんでしたし」
「そうですそうです。ピンハネとか、少しのごはんだけしかもらえないとか、そういうのが当たり前でしたし。それに比べたら、ここのお仕事は、この、パスタですか? こんな美味しいごはんも食べられて、おまけにお金ももらえるなんて、本当に夢みたいですし」
「うん、いそがしいのは、この町にやってきた初日からだものね。これが、当たり前なんでしょ?」
ちょっと疲れてぐったりはしているけど、三人とも、目はキラキラしているね。
そう言えば、三人とも、ちょっと前までスラムで暮らしていたんだっけ。
そこでの生活がどんな感じだったのか、コロネだと想像もつかないけど、やっぱり、色々とあったんだろうね。
いや、普通の、このくらいの子供の口から、ピンハネとか、そういう単語が出てこないでしょ。
やっぱり、どこの世界にも、ほの暗い部分ってあるんだろうか。
そう考えると、胸が痛む気がする。
ただ、それもそうなんだけど、三人からの話でよくわかったことは。
どうも、カミュって、本当に容赦がないというか。
相変わらず、『働かざる者食うべからず』の人だったらしいってことだ。
ふむ。
こうやって、アメとムチで、教会に洗脳されて、その信者が増えていくって感じの構造なんだねえ。
いや、もちろん、それも人助けだから、悪いわけじゃないけど。
とりあえず、アイス作りのお手伝い組も、魔力切れになるまでは作業を手伝わされているらしい。
それも、教会の方針に馴染む一環だとか何とか。
で、ボロボロになった子供たちを、カウベルさんたち、他のシスターが優しくフォローして、と。
うん。
何だろう、この確信犯な感じは。
さすがは、プロだね。
そういうことにしておこう。
そんなことにコロネが感心していると、ちょっと離れたところからオサムさんが声をかけてきた。
「おーい、コロネ。ちょっとこっちいいか? トライたちがコロネに用があるんだとさ」
「はーい、今行きます」
えーと?
トライさんたちの用って何だろう?
とりあえず、会計を終えたらしく、おみやげ用の容器もしっかりと受け取って、そろそろ帰ろうとしているトライたち三人のところへと向かう。
「どうしたんですか、トライさん?」
「ああ、うっかり忘れて帰るところだったんだが、ちょっとコロネに渡すものがあってな。えーと、どこに行ったっけな……あ、あったあった。これだ、これ」
そう言って、トライが差し出してきたのは、中に液体のものが入っている透明な四角い箱のようなものだった。
大きさにして、手のひらサイズというか、ちょっとそれよりも小さめというか。
ガラスのようにも見えたけど、手に持ってみると、それとはちょっと材質が違う感じかな。
少し柔らかい感じがして、ちょっと落としても割れなそうな感じだ。
こっちの世界で見覚えがあるものとしては、マジックポーションとかの容器に近いのかな?
それよりも立方体みたいな感じだし、大きさも小さめだけど。
中に液体が入っているところもポーションみたいではある。
何だろう、これ?
「トライさん、これは?」
「なに、これはコロネとショコラ用のアイテムだよ。アズの方から話は聞いたんでな。ネットワークを使用するためのものを用意したって感じだな」
「そうそう、コロネ、覚えてる? 前に、噂ネットワークに入るための許可を与えるとか、そんな話」
「あ、はい。そういえば、そんな話もありましたね」
そうだそうだ。
アズさんから、領主代行の権限で許可を与えるとかどうとか。
でも、そのためには、魔道具とかが必要だから、もうちょっと先になるって話だったものね。
なるほど。
これが、噂ネットワークに入るためのアイテムなんだね。
あれ?
でも、そもそも、噂ネットワークに入るってどういうことなんだろう。
その辺は、さっきのシャーリーさんたちとの話でも、詳しいことについてはさっぱりだったんだけど。
というか、前にコロネが見たのって、ピーニャがメガネ型の魔道具を使って、そこに噂ネットワークの情報を映し出したり、中を見たりするって感じだったよね?
この、今手渡されたアイテムというか、液体の入った箱?
それとも、水槽?
この、何だかよくわからないアイテムと、噂ネットワークがどうつながってくるんだろうか?
「ああ。メガネ型の魔道具だと、ショコラが一緒に入れないだろうから、こっちを用意したんだ。まあ、詳しい説明とかは、後で、オサムなり、アノンなり、そっちのことを知っているやつに聞いてくれ。悪いが、今、ここで説明するような話でもないんでな」
そう言って、トライさんが苦笑する。
あ、そっか。
これも一応、詳しい話とかを知るためには条件があるんだっけ。
要するに、お客さんとか、そういう人たちが帰った後で、詳しい人に使い方とかについては聞いてくれって話らしい。
そうだよね。
よくよく考えたら、フェンちゃんとか、シャーリーさんとかですら、噂ネットワークに関しては、はっきりとはわかってなかったもんね。
実は、日常的に、その、ネットワークを使っている人って、けっこう限定されているのかも知れないし。
その割には、コロネはあっさりと許可されたし、その辺はよくわからないんだけど。
「そうね。その辺は、純粋に貢献度の問題よね。それとコロネの将来性も加味して、って感じかしら? まあ、そうは言っても、そんな大げさなものじゃないから。この町だったらね」
だから、大丈夫、とローズさんも含み笑いをする。
いや、あの、その雰囲気がちょっと微妙なんですけど。
まあ、いいや。
それはそれとして、ありがたく受け取っておくとしよう。
何だか、後が怖そうだけど、気にしていたらキリがないもの。
「ありがとうございます、トライさん。では、この箱、ですか? これ、お預かりしますね」
「ああ。箱は良かったな。それ、一応、『式神の匣』って言うんだぜ。それ、作ってくれたのはコズエさんだから、そっちにも、後でコロネから直接お礼を言っておいてくれよな」
「あ、そうなんですか?」
へえ、これ、コズエさんの作ったものなんだ?
というか、『式神の匣』かあ。
見た目は液体が入った箱のようにしか見えないけど、つまり、ちょっと仕掛けがあるってことなのかな?
そもそも、どうやって開けたりするのか、よくわからない作りだし。
それらしいふたの部分が見当たらないんだよね、この箱。
トライさんの話だと、適性的にコロネに向いているんじゃないか、って話らしい。
えーと、それって、召喚系のスキルが、ってことかな?
一応、ショコラとかの存在も踏まえての話らしいけど。
ともあれ。
コズエさんにも、後でお礼を言っておこうっと。
お仕事終わりで、今日も温泉に行ったりするから、その時にでも、だ。
「それじゃあな、コロネ。要件は済んだから、俺たちも帰るぜ」
「うん、パスタも、ゼリーも美味しかったわよ」
「新しいアイスもね。それじゃあ、またねー」
「はい。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
そんなこんなで、トライさんたちを見送りつつ、お礼を言って。
また、厨房の方へと戻るコロネなのだった。
 




