第362話 コロネ、ハーブの話を聞く
「ふふ、それでも『大樹海』の周辺にも、野生のマジカルハーブが生えている場所もあるしね。ダンジョンの中に足を踏み入れるかは別にして、コロネもエルフの街には、一度行ってみた方がいいかもね」
「あ、そうなんですね」
そっかそっか。
マジカルハーブって、その辺りでも採れるのか。
フィナさんの話だと、天然のマジカルハーブとかが、エルフの街の特産物のひとつなのだそうだ。
乾燥させたり、調合したり。
種類によっては、数が採れないから、貴重品扱いみたいだけどね。
「ようやく最近、ムーサの町で、マジカルハーブの栽培環境が整ったから、塔でもハーブティーを出せるようになったけどね。それまでは、オサムが料理を作るのに使っている分だけでも、かなりの金額になったはずだよ? ふふ、あたしらの常識でも、ハーブ類を料理に使うとか言ったら、さすがに怒られただろうからねえ」
「うん。マジカルハーブって食べるだけじゃないからね。刻印を記すための染料とか、そういうのにも使うから」
「刻印?」
サーファちゃんの言う刻印ってのは何なんだろう?
ハーブから染料が採れるっていうのは何となくわかるんだけど。
「あ、お姉ちゃん、刻印ってのは、魔法の術式を封じ込めたしるしのことだよ。ほら、お姉ちゃんもうちの地下に来たことがあるでしょ? あそこの壁に刻まれてた魔法とか弾くためのものが、その『刻印』だよ」
「あっ! あの壁の紋様みたいなもの?」
「そうだよ、コロネ。あれも、エルフが生み出した術式のひとつだね。マジカルハーブなどを調合して作った特製の染料で魔法陣を刻んでいるんだよ。塗る、刻む、編む。色々と方法はあるけど、マジカルハーブを使った、この方法が一番手っ取り早いからねえ。彫ったり、刻んだりって、直接素材を削る方法じゃないから、壁とかも傷まないしね」
術式を書き換えたりするのも難しくないし、とフィナさんが笑う。
なるほどね。
だから、マジカルハーブって貴重品扱いなんだね。
食べたりするだけじゃないんだ。
今も、栽培法が見つかって、ある程度増やすことができたので、ようやく、ハーブを使った料理を自由に作れるようになったって感じらしいし。
というか、だ。
「マジカルハーブを栽培しているところって、ムーサの町なんですか?」
それこそ、初耳だよ。
ムーサの町って、花街って聞いていたけど、それにしては、果物とか野菜とかも作ってるみたいだし、色々とやっているんだね。
というか、マリィの出身地のはずなのに、何にも言ってなかったし。
そういうとフィナさんも苦笑して。
「そりゃまあ、吹聴するようなことじゃないしねえ。今のコロネなら大丈夫だけど、あんまり大っぴらに言うようなことでもないしね」
今だって、周りのお客さんを見て、話をしているんだから、とフィナ。
とりあえず、そのことを聞かれて困るような人はいないらしい。
その辺は、オサムさんが栽培成功のことを、定期講習会とかでも話したから、この町の人ならある程度は知ってることらしいね。
「ありがたい話だけど、今回エルフの街に行く時、アルフィンもその栽培法については、向こうに伝えてくれてるはずだから。ふふ、これで、この町の評価がまたあがるねえ。何せ、エルフにとっても、かなり大切なものだからね、マジカルハーブは」
「あ、そうなんですか?」
どうも、オサムさんったら、その栽培法とやらを秘密にするつもりはないらしい。
元々、エルフの人たちから、色々と教わったからってのもあるみたいだけど。
好き好んで、大っぴらにするって感じでもないみたいだけど、信頼できる筋に関しては、その方法を教えているって感じかな。
というか、そんなに難しい方法だったのかな?
エルフさんたちが気付かなかったってことだものね。
「いや、一部のハーブについては、魔素濃度の調節で育てることができたから、そっちのせいで盲点になっていたんだよ。他のほとんどのハーブはどうやっても枯れてしまったり、そもそも、芽が出なかったからねえ。まさか、竜種と同じような性質を持ってるとは思わなかったし。ふふ、この町じゃないと、気付きにくいところだよ。さすがに、エルフもそこまで竜種との付き合いとかはないからね」
へえ、ドラゴンさんたちと同じ性質?
詳しくはフィナさんも教えてくれなかったけど、この町にやってくる竜種のお客さんとか、後はサウスさんとかに話を聞いて、栽培環境を整えたら、うまく行ったのだそうだ。
マジカルハーブと竜が近いってのは、ちょっと意外だね。
まあ、だからこそ、フィナさんも言っている通り、盲点だったんだろうけど。
「ともあれ、理屈さえわかれば、エルフの街でもハーブの栽培ができるからねえ。これで、また新しいハーブとか、その使い方とかも生まれれば、結果的に、この町のプラスにもなるし。そうすれば、この町の住人だったら、長老衆も町に立ち入る許可とか、すんなり出してくれるようになるだろうし」
「あ、やっぱり、エルフの街って、普通は入れないんですね?」
過去の経緯とか聞いてたから、何となくそんな気はしていたけど。
基本、エルフの街周辺って、同族以外は入れないのだとか。
そういうのは、精霊の森とか、妖怪の国のコトノハとおんなじだね。
「その辺は、けっこう厳しいかね。だから、ロンのところとかじゃなくて、アルフィンたちがやり取りをしているっていうかね」
「ロンさんでもダメなんですか?」
「まあねえ、元がデザートデザートの軍人だしね。何だかんだ言っても、ロンって、西側だと有名だし。『砂漠のうさぎ部隊』って言えば、泣く子も黙るって感じだったしね。さすがに、長老衆がうんとは言わないよ」
本人の人柄の問題じゃないんだけどね、とフィナさんが苦笑する。
あー、なるほど。
コロネも知らなかったんだけど、ロンさんって色々と伝説があるらしい。
ゲルドニアの竜挺部隊と北の『帝国』の同時侵攻を退けちゃったりとか何とか。
砂漠戦では負けなし。
その結果だけじゃないけど、どうも、こっちの世界だと、うさぎって怖いイメージが定着しているのだそうだ。
元々、マッドラビットたちが危険なモンスターだったってのもあるみたいだけど。
まあ、何にせよ、そのせいで、うさぎ商隊さんはエルフの街に関しては、立入禁止になっているのだそうだ。
いや、そもそも、他種族はほとんど立入禁止みたいだけど。
「となりますと、わたしとかもいざ、エルフの街に行こうとしても、すんなりとはいかないってことですよね?」
「ふふ、普通はそうだろうけど、コロネの場合、他のエルフと一緒に行けば、問題ないと思うけど。『この町の料理人』で、かつ、『レーゼさんとも親しい』からね。エルフが同行して、レーゼさんの紹介状を持っていけば、街には入れるはずだよ」
あ、それは朗報だね。
たぶん、その、マジカルハーブの栽培法とかも良い方につながるから、ちょうどタイミングとかも良かったみたい。
とりあえずは、コロネもちょっとずつ前進はしてるのかな。
町の外に自由に出られるようになれば、行くことができる場所も増えてきてるし。
焦らず、頑張っていこう。
「あ、そういうことなら、わたしも町の外に行けるようになったら、お姉ちゃんに付き合ってもいいよ? エルフが一緒なら大丈夫なんでしょ?」
「ほんと? 助かるよ、サーファちゃん」
「うん。いいのいいの。さっきも言ったけど、わたしもあちこち旅したいからね。お姉ちゃんが一緒なら、旅先でも美味しいものが食べられそうだし」
打算たっぷりだよ、とサーファが笑う。
ふふ、まあ、半分は冗談みたいだけどね。
それでも、やっぱり、その申し出はうれしいよ。
もちろん、今すぐって話でもないだろうし、リリックとかマリィとか、お弟子さんの育成はどうなるんだって話だから、まだ何とも言えないけど、それでも、だ。
うん。
やっぱり、夢が膨らむね。
エルフさんの街って、ちょっと興味があるし。
もちろん、『大樹海』も、だけど。
モンスターとかもいっぱいいそうで、こわいと言えば、こわいけど。
「ふふ、ちゃっかりしてるわねえ。そういうのはあたしに似ちゃったんだから。でも、そういうことだから、コロネもあんまり心配しなくていいよ。エルフ相手に料理でどうこうってのは、なかなか難しいとは思うけど、それでも、このアイスもそうだけど、コロネのお菓子なら、かなり美味しい部類に入るから。もっとも、ハーブティーとかは、向こうの街でも広まっちゃいそうだから、そっちの手は使えないね。やっぱり、水を美味しく食べる料理なり、お菓子なり、って感じかね」
「あー、やっぱりそうですよね」
そうそう。
水を使った料理について、だ。
エルフ水、というか、『世界樹の甘露』をゼラチンで固めるとか。
うーん、でも、それだと、味に関しては、エルフ水のままだものね。
となると、やっぱり、ガストロバックとかを使った方法かなあ。
ちょっと、エルフさんたち向けで、試してみたいことはあるんだよね。
まあ、それはそれとして。
フィナさんも、バナナのアイスは美味しいって言ってくれたのは嬉しいね。
というか、その言葉で仕事中だってことを思い出したよ。
いけないいけない。
興味のあることとはいえ、話に夢中になっちゃいけないよね。
「では、すみません、フィナさん。お仕事の方に戻りますね。アイスとかの注文が入ってるみたいですので」
さすがに、必要に応じて、追加も検討しないといけないかな?
ただ、もう少しで、お店もお開きって感じかな。
あ、厨房の方を見ると、むしろ、おみやげ用のパスタの方がちょっと大変なことになってるかも。
あれ、手伝わないとまずいよね。
「ふふ、もうちょっと頑張ってね、コロネ。あたしはゆっくりとアイスを食べてるから。というか、サーファもお仕事しっかりね」
「いや、お母さんが呼び止めたんじゃないの。わたしは、ちゃんとお仕事してるってば」
そんなこんなで、フィナさんにお礼を言って。
サーファと一緒に、厨房へと戻るコロネなのだった。




