第358話 コロネ、狼の女子会に顔見せする
「コロネ、お久しぶりね。最近、青空市には足を運んでくれないから、なかなか、直接会う機会もなかったものね」
「あ、エミールさん、いらっしゃいませ。それに、フェンちゃんとシャーリーさんも」
孤児院のハチミツとか、売ってくれていたエミールさんだ。
最近は、ハチミツの方は、ピーニャがパン工房用にまとめて仕入れてくれているので、そっちから融通してもらっているんだよね。
うん。
確かに、青空市にはあんまり顔を出してないし。
その辺は、果物の購入ルートに果樹園とかが加わったりしたせいもあるのかな。
いや、あの、何だかすみませんって感じなんだけど。
とりあえず、その辺に関しては苦笑しつつ。
その、エミールさんと食卓を囲んでいるメンバーがちょっとめずらしいかな。
フェンちゃんと、そのお母さんのシャーリーさん、そして、たぶん、初対面の闇色の髪の女の子だ。
どことなく、お淑やかな感じで微笑んでいる感じの子だね。
服装もドレスみたいな雰囲気のもので、ちょっとした貴族のご令嬢? って印象もあるけど、それでも、どことなく、顔とかの表情とかがフェンちゃんとかと似ているのだ。
ということが、この子がもしかして、ってね。
「はい! コロネさんも相変わらず、お忙しそうで。さっきもプリムさんとご一緒でしたものね」
「ふふ、今日は、エミールを誘って、女子会よ、女子会。というか、フェン、あんた、一応、プリム様には、様を付けなさい。ああ見えて、偉いんだから」
「えー、でも、お母さん。プリムさんから、そういうのは気にしなくていいって言われたけど?」
「そりゃあ、ここが一応、特区だからさ。確かにそこまでうるさ型じゃないし、あんたが子供だから許してくれてるってのもあるんだからね?」
魔王都とかに行った時も、そんな態度で接してるんじゃないでしょうね? と、シャーリーさんがさすがにちょっと叱る感じで、フェンちゃんに注意する。
そういう態度をすることで、周りからどう見られるか、って話だと。
結果的に、プリムにも迷惑がかかるから、ってね。
まあ、あのメイドさんの場合、ちょっと迫力を出すことで、周辺の空気とかもコントロールしちゃうから、その辺はうまいものらしいけど。
なるほどね。
ただ、まあ、このサイファートの町周辺なら、多少は緩くても大丈夫らしい。
その辺は、先代魔王とウーヴさんとかとの間で、色々あったそうだ。
とはいえ、その辺は、しつけないといけないとか何とか。
いやあ、狼さんとはいえ、母親ってのは大変なんだね。
いかにも、ウーヴさんとか、そういうの適当っぽいし。
言ってる側から、フェンちゃん、『プリムさん』って言ってるし。
「あはは、まあ、それはそれとして、コロネさん、さっき、ピーニャさんにチケットを渡して、プリンと果物に交換してもらいましたよ。フェンたちが行った時には、もうフレンチトーストが終わっちゃってたみたいで。そうしたら、明日のパンの仕込みをやってたピーニャさんが、今日のプリン教室でも作った料理だって」
「あ、そうだったんだね」
へえ、ピーニャがプリン・ア・ラ・モードを渡してくれたんだ。
なるほど。
あの後、クエスト報酬用のプリンをそういう風にしてくれたんだね。
フェンちゃんの話だと、他にももらってた人もいたらしいけど。
「はい。おかげで、フェンと、お姉ちゃんで、それを頂きました。お姉ちゃん、まだ、プリン食べたことがないって言ってましたので」
「はい、美味しかったです、プリン」
フェンちゃんの言葉ににっこり微笑む、横の女の子。
うん、やっぱり、フェンちゃんのお姉ちゃんか。
「あ、そう言えば、コロネもフィオナと会うのが初めてよね? それじゃあ、紹介するよ、うちの子のフィオナだよ。四人兄妹の上から二番目の子だよ」
「フィオナです、どうぞよろしくお願い致します」
お噂はかねがね、と穏やかに微笑むフィオナちゃん。
一応、見た目はコロネよりちょっと年下か、下手をすると同じくらいに見られるかな。
その割には、フェンちゃんとふたつか三つくらいしか離れてないらしいけど。
というか、だ。
随分とお淑やかな感じの雰囲気だよね。
フェンちゃんとか、ウーヴさんとか、シャーリーさんもそうだけど、他の家族と比べても、しっかりしているって言ったら語弊があるけど、快活な感じよりも、楚々とした感じの印象の方が強いのだ。
フェンちゃんほど、肌の色も黒っぽいというか、日に焼けた感じじゃないし。
まあ、肌に関しては、シャーリーさんに似ているのかな?
ほんとに、言われないと、狼さんだとはわからないよね。
いや、人型のフェンちゃんも、あんまり狼っぽくはないけどさ。
「こちらこそ、よろしくね、フィオナちゃん」
「それと、今更だけど、フェンがいつもお世話になってて、ありがとうね。ふふ、この子ってば、コロネとの訓練の時は楽しそうなんだ。結局、うーちゃんが行こうとしたのを、無理やり奪ったりとかもしてたし」
「えっ!? そうなんですか?」
いや、それは初耳なんですけど、こっちも。
あー、それで、ウーヴさんも最初の一回きりだったのかな?
というか、フェンちゃん、無理やり奪ったりとかできるんだ?
まあ、その辺は、シャーリーさんが間に入って、説得とかしたみたいだけど。
そういえば、ウーヴさんのこと、『うーちゃん、うーちゃん』って言い出したのも、出所がシャーリーさんだって聞いたしね。
今では、エミールさんはもとより、メイデンさんとか、その他色々なところまで広まってしまって困る、ってウーヴさんが愚痴ってたし。
「いや、だって、面白いんだよ、お母さん。コロネさんもそうだけど、ショコラがすごいんだから。さすがは、お父さんが褒めてただけのことはあるよ」
もう、エレベーターも使えるようになったんだって、とフェンちゃんが朗らかに報告をしているね。
うん、何だか、こういう雰囲気っていいね。
仲の良さそうな家族って感じだし。
フィオナちゃんも、フェンちゃんのことは優しそうに見てるしね。
「いえ、こちらこそ、フェンちゃんにはいつもお世話になってますよ。『影狼』でしたっけ? おかげで、大分、お肉をさばくのが慣れてきましたし」
というか、あの訓練の後も、話を聞いたオサムさんに『だったら、ちょうどいいものがあるぞ』って、言われて、ちょっと上の方の階層に保管していたらしい、食材を相手に延々とさばくのを手伝わされたりもしたし。
いや、ありがたかったけどね。
ただ、この塔の上層階の方の貯蔵庫って、どういうものがあるのか、むしろ興味が出てしまったんだけど。
さすがに変なものとかはないよね?
コロネも行ける、下の階の保管庫って、お店ですぐ使える系のその手の食材が多いからねえ。
たぶん、調味料系とか、熟成が必要なものとかは、上の階にあるんだろう。
そういえば、一応、竜とか亜竜の素材とかもあるんだっけ?
さすがに、そっちは話で聞いたことしかないけど。
ともあれ。
フェンちゃんの特訓と、オサムさんのお手伝いのおかげで、大分、こっちの世界に染まって来た感じはするよ?
たぶん、向こうに帰っても、屠畜場とかでも働けるかも、だ。
「あー、それでしたら、コロネさん。お姉ちゃんはもっとすごいんですよ。フェンは闇狼形態の方が得意ですけど、お姉ちゃんは人型の方が得意ですから。『影狼』と言いますか、『影人狼』ですね」
「えっ!? そうなの!?」
いや、それもびっくりだけど、それって……つまり、そういうことだよね?
人型の『影』。
思わず、フィオナちゃんの方を見ると、にっこりと微笑まれてしまった。
「いや、違う違う。フェン、あんた、言い方が悪いっての。フィオナも思わせぶりに微笑まないの。コロネがびっくりするでしょうが、まったく……心配しなくても、コロネ、別に、人間をさばくとかそういう話じゃないからね? 対人戦闘用の訓練って話だよ、まったく、この子たちと来たら」
そういうところは、うーちゃんに似るんだから、とシャーリー。
いや、ということは、ということですよね、シャーリーさん?
あんまりフォローになってない気がするんですけど。
「ごめんなさい、お母さん」
「えー、でも、お母さん。人型の相手を倒すってのは慣れておいた方がいいと思うけど?」
「ええ、それはあたしも同感。だけど、それ以上は、元教会の者としては、許さないよ。相手が犯罪者でもなかったら、いや、犯罪者でもね。あっという間に、カードが真っ黒になるからさ」
あれ、取り消すの大変なんだから、とシャーリーが真面目な顔で言う。
あ、カードって、冒険者カードのことか。
そういえば、前に冒険者ギルドでも、ディーディーさんに説明を受けたっけ。
というか、シャーリーさんって、元教会の人なんだっけ。
「ふふ、本当よね。相手が襲ってきたら、そんなきれいごとは言ってられないんだけど、あんまり、人化できる相手を殺めたりはしない方がいいわ。その分、世界が狭くなるかも、だから」
エミールさんがそう言って、苦笑する。
ふうん、やっぱり、エミールさんも、そういう荒事は慣れている人なんだ?
そうだよね。
ひとりで、この町と孤児院とか行き来できるんだものね。
というか、ちょっと気になったので聞いてみた。
「エミールさんとシャーリーさんって、仲がいいんですよね?」
「ええ、そうよ。シャーリーとは、昔なじみなの。私たち、ふたりとも出身地が同じだから」
「あ、そうなんですか?」
「そう。元はアニマルヴィレッジの出身だよ。あの、自由都市連合の中でも、自警部隊とか、そっち系を担ってた、人狼種の町の出身さ」
えっ!? あれ? シャーリーさんは人狼種だったよね?
ということは、エミールさんも?
そう言えば、種族については聞いたことがなかった気がするけど。
「ふふ、そういうこと。私も人狼種よ。こう見えて、けっこう力持ちなのよ?」
あー、そうだったんだね。
だから、あの荷車を身体強化も使わずに軽々と、って感じだったのか。
納得。
「あはは、ですから、エミールおばさんのうちとは家族ぐるみのお付き合いなんですよ。困った時とか、ごはんとか食べさせてくれますし」
「そうですね。おばさまの家の炭でお肉を焼くと美味しくなりますから」
フェンちゃんとフィオナちゃんも笑顔で頷く。
小さいころからお世話になっているおばさんって感じらしい。
いや、エミールさん、見た目はかなり若いんだけど。
というか、シャーリーさんも、コロネの一つ上くらいだよね?
ほんと、狼さんってすごいねえ。
そう、感心するコロネなのだった。




