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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第6章 町の外への挑戦編
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第355話 コロネ、パスタの実演を見る

『ぱららっぱっぱっぱー、ぱららっぱっぱっぱー、ぱららっぱぱぱぱっぱっぱっぱ』


「はーい、お待たせしましたー。イグナシアスだよー」


「同じく、ミーアなのにゃ。というわけで、行くのだにゃ。不定期恒例企画ー」


「「イグナシアスとミーアの『冒険者でも簡単、十分クッキング』ー!」」


 突然、軽快な音楽が店内に鳴り響いて。

 いつの間にやら用意されていた中央スペースの特設キッチンの上で、イグナシアスさんとミーアさんのふたりが立っているのが見えた。

 何やら決めポーズまで取っているというか。

 いや、衣装自体も、普段、この塔で調理している普通の料理人の服装じゃなくて、水着の上からエプロンを着たような衣装だし。

 あんなふたりは初めて見た気がするんだけど。


 あれ?

 というか、今日、料理を実演するのって、オサムさんじゃないんだ?

 とりあえず、突然、ステージのようなものが現れているのは、まあ、塔のへんてこ機能というか、改装システムか何かだろうから、突っ込まないけど、それにしたって、このよくある料理番組のようなノリはどうなんだろうとは思うよ。

 いや、誰が考えたのかは何となくわかるけど。


「今日、お店にやってきたお客さんは幸運なのだにゃ。何もしなくても、ただ、見てるだけで、今後、ちょっとだけ、料理がうまくなるかもしれないのにゃ。今夜だけの特別な料理実演。それが『十分クッキング』なのにゃ」


「ちなみに、今日のスポンサーは、この町の冒険者ギルドさんだよー。名目上は、リディアさんの報酬未払い分の還元って形みたいだけど、細かいことはあんまり気にしないでね? 今から、提供する料理は、要するに、ただ、ってことだからねー」


 実演で作った料理と同じものを、ただで食べてもらう、と。

 簡単に言うと、そんな感じのことをミーアたちが説明しているんだけど。

 ふたりが軽快なトークをしているのを聞きつつ、横にいるアノンに聞いてみる。


「アノンさん、何ですか、これは?」


「うん? まあ、コロネも見ればわかる通り、ちょっとしたパフォーマンスを交えた、料理実演だよ。ほら、スポンサーっていうか、オサムって、放っておくと、採算度外視で料理を振舞ったりするからね。各組織とかから、この手の機会に料理の費用とか、食材提供とかをお願いしたりもしてるんだよね。貸し借りなしっていうか」


 今回は冒険者ギルドの番ね、とアノンが笑う。

 あ、なるほど。

 そういう取り決めとかもあったりするんだね。

 ちなみに、今回のスポンサーを冒険者ギルドにしぼったのは、後々、この乾燥パスタをこの町のギルドで販売したりするのも検討しているからなのだとか。

 普通は、この手の話って、商業ギルド関連だと思うけど、この町の場合、商人をシャットアウトしているから、形式上は冒険者ギルドに絞って、それで、販売に関しては、商業ギルドからも人員を派遣して、って形を取っているのだそうだ。

 冒険者ギルドとか、ドムさんのお店で、その手の限定商品も扱っていたりするらしい。

 へえ、それは初耳。

 実は、登録された冒険者であれば、ポーションなども、そこで購入できるとのこと。


「まあ、普通は、ここまでギルド同士が癒着しないから、この町が特殊なんだけどね。その辺は、ボーマンのノリがいいからって感じかな。まあ、もちろん、人が良いからとか、それだけでもないけど。その辺はしっかりしてるし。さすがは元大商人だよ」


 ふうん?

 詳しくは教えてもらえなかったけど、商業ギルドとしては、旨みがほとんどなくても、ボーマンさんたちにとっては、そうでもないって話らしい。

 まあ、その辺の裏事情はどうでもいいけどね。


「ちなみに、ミーアさんたちの衣装って、このためのものですか?」


 さすがに、ちょっと派手というか、扇情的な格好のような気がするんだけど。

 少なくとも、水着にエプロンってどうなんだろう、って思うし。


「いやいや、あれは別に、普通の制服だってば。あ、そういえば、コロネって、ミーアたちのお店に行ったことなかったんだっけ? あのふたりのお店って、人魚種とか海人種の常連さんが多いから、それで、店舗の一部を水中仕様とか、半海中仕様にしているんだよ。だから、あの格好ってわけ。別に、誰かの趣味じゃなくて、ちゃんと実用だからね」


「あ、そうだったんですか?」


 それは失礼しました。

 一応、エプロンも撥水素材になっているのだそうだ。

 なるほどね。

 人魚さんたちが元の姿で食事できるお店になってるってわけか。

 アノンの話だと、もちろん、普通に食事ができるスペースもあるから、あんまり心配しなくても大丈夫みたいだし。

 さすがに、水着着用がマナーのお店とかだと、ちょっと困っただろうしね。


「ではでは、本日も先生に教わりながら、料理を作るよー」


「というわけで、今日の特別ゲストはオサムんなのにゃ」


「ああ、よろしくな。特別ゲストのオサムだ」


 いやいや、特別ゲストじゃないでしょ!?

 普通に、この町の料理指南役だよね!?


「ふふ、ああ見えて、オサムも照れ屋だから、冗談っぽくしてないと、やっていられないってのもあるんだよね。それに、この実演だったら、ドムっちとか、ガゼルとかもゲストになったりするから、別に間違ってはいないよ?」


 要は、ミーアとイグナシアスに料理を教える先生ってことだから、とアノン。

 まあ、確かに間違ってはいないけど。

 いちいち突っ込みを入れてもキリがなさそうだから、真面目に見るけどさ。


「先生、今日のお料理はなんでしょーか?」


「今日はパスタ祭りにちなんで、その、パスタを作ってみようと思ってな。もちろん、パスタって言っても、小麦粉から一から作るってわけじゃないがな。使うのは、これだ」


「おー、まっすぐなパスタなのにゃ? でも、これ、カチカチしてるにゃ」


「ああ。良い小麦粉が手に入ったんで、乾麺も作ってみたのさ。乾麺ってのは、普通の生のパスタの水分を飛ばして、乾燥させたもののことだな。色々な形にもできるんだが、今日は、使い勝手がいい、この細長い棒状の乾麺を使って、店で作っているような、パスタ料理を再現してみようと思ってな」


「へー、この硬い麺を使って、今、お客さんが食べているようなパスタが作れるのー?」


「まあな。要は、この乾麺をゆでて、適当な食材のソースとからめれば、大体はまともなパスタ料理になるって寸法さ。どうだ? ちょっとは興味がわいてきただろ?」


「面白そうなのにゃ」


「ではー、こちらに用意されたお鍋を使って、料理をしていくよー。先生、手順の方の説明はよろしくねー」


 ステージ上の調理台に用意されたお鍋を使って、そんな調子で、一から、オサムに教わりながら、ミーアとイグナシアスがせっせとパスタをゆでていくんだけど。

 ちょっと気になったのは、塔とかでもあんまり見慣れない人たちが、そのセッティングとかを手伝っていることだ。

 あ、そう言えば、似たような光景を見たことがあるよ。

 大食い大会の時に、裏方をやっていた商業ギルドの人たちだね。

 こういうのも手伝ってくれるんだ?

 いよいよ、催しのためのギルドって感じだねえ。


「えーと、アノンさん。これって、セリフとかって前もって決まってたりします?」


 何だか、ものすごく段取り感があるんだけど。

 ミーアさんとか、イグナシアスさんとか、乾麺に驚いてた割には、手際がどう見ても、前もって、知ってましたって感じの動きだし。


「まあ、その辺は、お察しくださいってね。料理の素人でも簡単に作れる『十分クッキング』ってノリなんだから、やっぱり、アシスタントは素人っぽくないと共感が得られないじゃない? その辺はほら、タレントとしてのスキルというか」


 たとえ、事前に知ってても、初めて聞いたってリアクションするのって大事だよね、とアノン。

 そういうのが、見ている人を引き込むから、って。

 いや、タレントって。


「そもそも、ミーアさんたちって、タレントさんですか?」


「うーん、まあ、やろうと思えば、アイドルユニットとかできるよね。イグナシアスも歌がうまいし。ミーアはミーアで、オサム関係のイベントで司会とかもやったりしてるから、そういうのは慣れてるし。そういう意味では悪くないと思うよ? 問題は、発信源かなあ。さすがに、向こうのテレビみたいなのは、まだやらないからねえ」


 色々と問題があるし、とアノンが苦笑する。

 ただ、その話を聞いてるとさ、ここって、どこの世界? とか思ったりするんだよね。

 何だか、そもそも、異世界っていうのが嘘で、コロネをドッキリでみんなが騙しているだけで、実はここも地球上のどこかにある場所なんじゃないか、とか。

 まあ、魔法とか、変身とか普通に存在している以上は、その可能性はないってわかるけど、それでも、アノンの向こうのお約束とかの精通し具合って、どうかとは思うよ?

 そういう意味では、すごいだけでは片づけられないよね。

 ドッペルゲンガーの記憶共有って。


「いや、コロネはそう言うけど、面白いじゃない。やっぱりね、娯楽という方面だと、コロネがいたところの方が、こっちよりも進んでるんだよ。そういう要素を取り入れつつ、こっちの独自の文化と融合していくと、より世界が楽しくなるじゃない? サーカスとかもそうだったでしょ。着想は向こうだけど、今のこっちのサーカスと同じことは、たぶん、向こうだとできないよね?」


「それは……そうでしょうね」


 まあねえ。

 そもそも、種族的に、巨人さんとか、翼人さんとか、獣人さんとかいないし。

 結局、今、ステージでやってる料理実演も、こういうことを当たり前の催しとして、こっちの人たちに受け入れてもらうのが大事、ってことらしい。


 レシピは隠すもの、って常識を打ち砕いて。

 料理に対する興味や好奇心を高めて。

 見るだけでも楽しい、そんな料理実演を通じて、娯楽の概念を広げていく。

 サーカスもそうだし、各種お祭りもそう。

 こちらの世界の新しい要素を加えつつ、枠組みを広げること。

 それが、将来へとつながる、と。


「いきなり、テレビ番組って言っても、みんなピンと来ないでしょ。そもそも、新聞自体がこっちだとめずらしい形態だったからね? 一部の国で近いものを取り入れていたところがないとは言わないけど、うちみたいに、権力と切り離した民間の運営となると、ほぼゼロと言ってもいいよ。まあ、情報が料理主体になってるから、って理由もあるけど」


 そもそも、紙自体が普通は高価だから、アノンが苦笑する。

 それでも、この町や、魔王都などでは、新聞という概念が定着した、と。


「だからね。コロネにとっては、悪ふざけのように見えるかもしれないけど、ボクらも、割とこういうことは真面目に取り組んでいるんだよ。もちろん、今すぐに効果があるわけじゃないけどね」


 ほら、とアノンがステージの周囲のお客さんの方を指さす。

 そこには、笑顔を浮かべて、あるいは、真剣な表情で、この料理実演を見ている人たちの姿があった。


 あ、そうか、と。

 少しだけ、呆れていた自分の感情に反省して。

 たぶん、料理と娯楽、そのそれぞれが育って行っている途中なんだ。

 そう、思い直して。

 驚きとも、戸惑いとも違う、ゾクゾクするような不思議な感覚に身震いするコロネなのだった。

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