第354話 コロネ、実演の準備を手伝う
「それにしても、このゼリーというお菓子は美味しいですね、はい。果物でしたら、他にもこういった形にできるんですか?」
「びぃー、びーびー!」
キウイのゼリーを食べながら、感心したようにアストラルが尋ねてきた。
その横では、ヴィヴィもアストラルのゼリーをついばんでは、どんどん食べている。
というか、あのヴィヴィの身体から発せられている炎って、あんまり熱くないのかな?
アストラルの髪とかに触れても、燃えたりしないし。
「そうですね。ほとんどの果物は、ゼリーにすることができますね。もちろん、果汁などをそのまま使っても、味が弱いものもありますので、その辺はちょっと工夫が必要ですけど」
シロップやお砂糖で甘さを整えたり、レモン果汁とかを加えて、味にキレを出したりとかは大事かな。
リキュールとか、ワインのようにお酒をちょい足しするのも、ゼリーとしての、ちょうどいいバランスを整えるのに必要だからね。
そう言えば、レモンか。
レモンは、この町でも見かけたことがないね。
果樹園でも、置いていなかったような気がするよ。
というか、柑橘系全般があんまり多くないんだけど。
その辺は、後で、詳しい人にでも聞いてみようかな。
「なるほど。確かに、このゼリーも、キウイの風味がそのままで、より、味に深みのようなものを感じますね、はい」
「こっちのいちごと赤ワインの方もな。葡萄酒の酒の風味と、いちごの風味が程よく混ざり合ってるよな。まあ、俺としては、少し甘すぎる感じもしないでもないんだが」
「甘露」
「まあ、フェイレイとかにはちょうどいいのか? つるんとした食感で、さわやかに酒を食べさせるって意味では面白いとは思うがな」
なるほど。
お酒好きの人にとっては、ちょっと物足りなかったりするのかな。
まあ、今日の試作では、お菓子としてのゼリーを軸に味を調えてみたから、そういう意味では、お酒の方はちょっと抑えめだったんだよね。
「わかりました。次の機会には、もう少し、お酒の味を前面に出したものも用意してみますね」
「あくまでも、俺の意見ってだけさ。周りを見ても、そこまで微妙な顔をしているやつはいなさそうだがな」
「そうそう、わたしとかは、このくらい甘くても美味しいと思うけど?」
魔女のロジェさんが、そう言って、にっこりと微笑んだ。
というか、ここのテーブルのほとんどの人は、キウイのゼリーを選んだみたいだしね。
お酒の方を食べているのは、エドガーさんとフェイレイさんとロジェさんの三人だけだもの。
職人さんって、お酒が強いイメージだったんだけど、案外、そうでもないらしい。
「強い人は強いですよ、はい。僕はあんまり得意じゃありませんけど、それこそ、おやっさんとか、ドワーフのジーナさんとか、その旦那さんのグレーンさんとかは、いくら飲んでも、酔いつぶれたりしませんし」
「おいおい、アストラル。俺も、ドワーフや鉱物種ほどじゃないぞ。さすがに、酒を主食にしているやつらと比べてくれるなよ」
上には上がいるもんだ、とエドガーさんが苦笑する。
人間種としては、そこそこって感じだそうだ。
基本的に、鉱物種はお酒に強くて、ほとんどうわばみという感じで、それに付き合っているドワーフも同様なのだとか。
ちなみに、樹人種とかは、お酒との相性は悪くないらしいけど、すぐに酔っぱらってしまうんだって。
だから、エルフとかドリアードは、酔いやすく冷めやすいタイプらしい。
それを嫌って、お酒を飲まない人も多いのだとか。
ただ、いいお酒はいい水から生まれるので、そういう意味で、お酒をたしなむ樹人種も少なくないみたいだけどね。
「獣人は、種類によって、様々っすね。何の獣かによって、お酒が得意だったり、苦手だったり、そういうのが分かれますから」
「魔族の方も似たようなもんだよ。羊はあんまりお酒強くないんだよ。仮にも、お酒って『悪魔の水』なんだから、わたしももっとしっかりしないといけないんだけど」
あ、やっぱり、種族によっても少しは差があるんだね。
ラムダ君とモッコさんの話だと、とりあえず、羊はお酒に弱いってのはあるみたいだけど。
って、いつの間にか、お酒の話になっちゃったけど。
まだ、『お試しメニュー』を配り終わってないテーブルもあるんだよね。
いけないいけない。
「エドガーさん、また明日、工房の方でよろしくお願いしますね。まだ、もう少し、このゼリーを配らないといけないものですから」
「ああ、いそがしいところを引き留めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ」
そんなこんなで、エドガーさんたちに改めてお礼を言って。
残りのテーブルへとゼリーを配りに行くコロネなのだった。
「コロネ先生、こちら側のテーブルは大体終わりましたよ」
「こっちもですぅ。後は、新しく来店されたお客さんくらいですかねぇ」
「うん、ありがとう、リリック、マリィ。こっちもそんな感じだから、ひとまず、『お試しメニュー』を配るのは、これで終了ね」
一応、リリックたちと合流した後、どのくらいゼリーが残っているかをチェックする。
うーん。
お酒のゼリーの方が減りが早いかと思いきや、キウイのゼリーの方が人気があるみたいだね。
もうそっちはほとんど残ってないもの。
意外と言ったら意外だけど、よくよくお客さんを見ていると、家族連れとかも多いものね。
子供の比率を考えると、こうなるのも自然かな。
結局、お酒の方が少し残りそうだよ。
「ということは、コロネ先生。また厨房に戻って、パスタ祭りのお手伝いですね?」
「うん、そうだね。たぶん、オサムさんの方でも、ちょっとしたサプライズとか考えているだろうし、そっちの方でも、人手が必要なんじゃないかな」
さっき、実演がどうとかって言ってたものね。
オサムさんが何かするのは間違いなさそうだけど。
でも、パスタで実演って言ってもねえ。
ゆでたりするところを見せるのかな?
さすがにちょっと気になったので、調理場に戻った後で、オサムさんに聞いてみた。
「オサムさん、こっちの『お試しメニュー』の配布は、何とかひと段落しましたよ。今度は、オサムさんの方の実演をお手伝いしたいと思うんですけど、今日はいったい何をするつもりなんですか?」
「お、コロネお疲れ。今日か? はは、今日やろうとしてるのは、スパゲティの作り方だよ。やること自体は至ってシンプルなことさ」
え? それだけ?
いや、こっちの人にとっては、めずらしいことなのかな?
麺をゆでて、ソースにからめるのを見せるって感じらしいけど。
まあ、それはそれで、大事なのかな。
パスタの手順とか、工程とか、そういうのを周知できるしね。
「まあ、今日の肝は、この麺だけどな」
「この麺、ですか?」
えーと、どういうことだろう?
今、オサムさんが持ってるのは、普通のスパゲティの麺だよね?
って、あ!?
そっかそっか。
この麺って、生パスタじゃないんだね。
「オサムさん、これって、乾麺ですよね?」
「ああ、そういうことだ。今日のお試しメニューの実演は、乾麺を使った調理法を、店に来てくれたお客に見せるってやつさ。コロネから、白い小麦粉を分けてもらっただろ? そのおかげで、ちょっと量に余裕ができたんでな。『火の民』の連中に頼んで、乾燥パスタを試作してもらったんだよ」
そうだ。
向こうだと、乾燥パスタって当たり前のものだけど、こっちだと、そもそも、麺類がそれほど発達していないんだものね。
小麦粉の精製技術とかを考えると、それも仕方ないんだけど。
だからこそ、パスタって、めったに食べられない料理だったんだものね。
でも、もし、ここで、乾麺が普及したとすれば。
これは確かに面白いことになるかも知れないよね。
「一応、量産体制が整い次第、冒険者ギルドとかで、販売を予定しているんだ。だから、その準備段階として、今日、実演をやっておこうって感じだな。後は、缶詰工場の方でも、俺の作ったミートソースを缶詰にしてもらったりな。乾麺と、その缶詰があれば、旅先でもパスタが食べられるようになるって寸法さ」
これも一種の保存食だな、とオサムが笑う。
横では、アノンも微笑を浮かべてるし。
「まあ、ゆでたりする必要があるから、まだまだ改善の余地はあるけどね。でも、乾麺だけでも、冒険者とかが持っていけば、主食として十分に使えるし。パンとかよりも、長距離での持ち運びにも耐えうるからね。悪くないと思うよ?」
「そうですよね。別に保存食ってだけじゃなくて、他の町とかにも流通すれば、そこで、簡単にパスタが食べられますしね」
そういう意味では、パスタの乾麺ってかなり使い勝手がいいわけだし。
今までネックになっていたのは、小麦粉の量の問題だったわけで、そちらが少しずつ改善していっている以上は、色々と試してみようってことらしい。
現地調達した食材でソースを。
そこに、ゆであがった乾麺をからめて、パスタ料理の完成、と。
オーブンとかが必要なわけでもないから、比較的、調理しやすいのもメリットのひとつだよね。
「もっとも、そっちの乾麺作りを請け負ってくれる相手が決まってないから、まだ、絵に描いた餅だがな。真面目な話、ロンのところとかに話を持っていけば、面白いことになるかも、だぜ?」
あるいは、アキュレスの方とかな、とオサム。
確かに、そっちの専門の人たちがいないと、量産はできないものね。
でも、やっぱり、乾燥パスタの普及ってのは面白そうだよ。
これから、どうなるかわからないけど、ドキドキするもの。
「まあ、そろそろ、実演をしようと思っていたからな。ちょうどいいし、コロネたちも手伝ってくれよ。乾麺と缶詰のミートソースを使って、やってみるから」
「わかりました」
オサムに言われるがままに。
実演の準備を手伝いコロネたちなのだった。




