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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第1章 はじめての異世界 ~食材探し奔走編
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第35話 コロネ、クリームを作る

「ただいまー。今戻りました」


「にゃにゃ、コロネん、おかえりなのにゃ」


 塔の調理場に戻ると、なぜかミーアが出迎えてくれた。

 確か、この時間は自分のお店で朝食を売っていると聞いていたんだけど。


「ミーアさん、お店の方はいいんですか?」


「大丈夫なのにゃ。お店はイグっちがひとりでもできるのにゃ。ミーアはオサムんに呼ばれて、ここにいるのだにゃ」


 そういえば、イグナシアスの姿は見当たらない。

 まあ、確かにいつも二人一組というわけでもないのだろう。


「おーい、ミーア。まだばらすなよ。どっちにせよ、ムサシが来るまでは下ごしらえだけしかやらないからな。で、コロネ、おかえり。朝はお疲れだったな」


 奥の方から、オサムもやってきた。

 どうやら、リディアの持ってきた食材と関係があるらしい。

 調理のために、ミーアとムサシに声をかけたのだとか。


「ただいま、戻りました。何とか、ハチミツは買えたので、今日も色々とできそうですよ」


「そいつは良かった。じゃねえや、うっかり渡すのを忘れていたが、こっちが二日分の給金だ。受け取ってくれ。一応、日払いで考えているんだが、コロネの希望があれば、向こうみたいに月給にしても構わないぞ。どうする? 日払いのままなら、毎日夕食後に渡す感じになるな」


「日払いで大丈夫ですよ。衣食住が込みですし、こっちでは税金とか福利厚生とか、面倒くさい計算も少なそうですし」


 給金を受け取りながら、コロネは思う。

 オサムの性格なら、金銭面は大雑把になっても、誤魔化したりはしないだろう。そのくらいには、ここ数日でオサムのことがわかってきている。


「わかった、じゃあ、日払いのままな。あと、税金については一応天引きされているからな。王都への支払いはないが、町として、管理のための税金が必要なんだ。まあ、システム自体が安定しているから、微々たるもんだが」


「そういえば、この町の管理って誰がしているんですか?」


 役所みたいな施設は見かけた覚えがないんだけど。


「一応、暫定的に決められた領主代行がいるのにゃ。王都としても、領主として貴族を派遣することができなかったので、仕方なくって感じなんだけどにゃ」


「まさか、領主代行って、オサムさんじゃないですよね?」


「違うぞ。話し合いで、そうなりかけたけどな」


「にゃはは、オサムん、その席で『経験もろくにない仕事を押し付けるなら、料理の仕事ができなくなるぞ』って、脅したのにゃ。それで、あっさり却下なのにゃ」


 なるほど。

 やっぱり話自体はあがっていたんだ。

 色々な人からオサムのことを聞く限り、この町での影響力はすごいものがあるし、当然の話だろう。料理のために断わることも含めて、納得だ。


「大体、政治経済の素人つかまえて、町の運営なんてできるか。こっちは店をどうするかだけでも手一杯だっての。ただでさえ、俺の手に余る大きさだぞ」


 少しだけ、オサムが渋い顔をする。

 まあ、確かに塔の大きさのお店の責任者、というのもなかなか大変だろうと思う。

 それだけじゃなくて、町の料理人の育成や、その他の支援まで手伝っているのだし。


「あれ? もう、オサムさん、町の運営に片足突っ込んでいるような……」


「そうなのにゃ。オサムんは認めようとしないけどにゃ」


「やめてくれよ。既成事実ってのはこわいんだぞ。隙あらば、領主代行のやつがこっちに話を振ろうとするんだからな。触らぬ神にたたりなし、だ」


 こういう話は、怖いのが半分、恐ろしいのが半分なのだそうだ。

 まったく、笑えない話である。


「まあいいや。それはさておき、俺とミーアは、しばらく二階の調理場にこもるからな。本日のおすすめメニューの準備だ。久しぶりの大物なんで、気合入れていかないとな」


「今日の営業では、オサムんの技が見られるのにゃ。コロネんも楽しみにしているといいのにゃ」


 そう言って、ふたりは二階へと降りて行った。

 ああ、そうか。

 営業の時は二階の調理場を使うんだっけ。

 水の日の営業は、コロネも初めてだ。


 ふむ、営業か。


「ちょっと、わたしも何か出してみたいよね」


 そう考えると、コロネは保管庫へと向かった。





「あれ、コロネさん。今度は何をしているのですか?」


 コロネが三階の調理場で作業をしていると、ピーニャがやってきた。

 パン工房の朝のラッシュがひと段落したとのこと。


「ちょっと、今晩用に、何か一品作ってみようと思ってね。少し早いけど、昨日から仕込んでおいたミルクが、うまく分離できていたから、それを選り分けてるの」


「ああ、バターを作るのですか」


「うーん、それもあるけど、むしろ、使うのはこっちかな。クリームだよ。生クリーム」


 生乳を低温保存することで、クリーム分が分離してくるのだ。

 実は牛乳と生クリームの成分はそれほど変わらない。

 クリームと呼ばれているものも、実のところ、すごく濃いだけの牛乳なのだ。

 まったく別物だと思っている人もいるようだけど。


 生乳からクリームを分離するのは簡単なのだ。

 遠心分離器を使うと、より効率がよくなるが、ひとまず、コロネが今できる方法から始めているため、このやり方になる。


「そういえば、ピーニャはクリームを見たことないの?」


「なのです。バター作りは教会のお仕事なのですよ。だから、オサムさんも塔ではミルクの加工については、あまり行なっていないのです」


「あれ、もしかして、わたしがやってるのって、あんまり良くないの?」


 教会の専売特許とかだと、面倒なことになるかもしれない。

 しかしながら、ピーニャが首を横に振る。


「塔では、オサムさんが許可を得ているはずなのです。そのくらいの便宜は図っているのですよ。ただ、オサムさん自身が、気を遣って作っていないだけなのです。コロネさんも作っても問題ないのです。さすがに、それを直接売ったりすると良くないのですが」


 なるほど。

 つまり、料理用として、使う分には問題ないということらしい。

 製品として売り出すとアウト、という感じだろう。


「なら大丈夫だね。ピーニャもよかったら見ていく? クリームも色々応用が利くから、甘いもの作るのに欠かせない食材なんだけど」


「もちろんなのです! 甘いパン増殖計画は始まったばかりなのです!」


 なるほど、ピーニャの中でそんな計画が。

 夢は大きく、どこまでも、だ。


「と言っても、生乳、つまり絞りたてのミルクが手に入るなら、クリーム作るのはあんまり難しくないんだよね。保管庫に置いてあったのは覚えてるかな? あの区画の温度でそのまま丸一日以上置いておけば、ミルクとクリームに分離してくれるんだ」


 クリームを作った後、すぐ食べず、保存を考えているなら、煮沸した方が確実だ。

 今回は、生乳の状態チェックも兼ねてるから、やってないけど。

 向こうの世界では、良い子は真似しちゃいけません的な作り方ではある。


「で、今、分離している上澄みの部分をクリームっていうの。このクリームはかき混ぜることでふんわりしたとろける食感へと変化していくのね。そこに各種甘い物、お砂糖やハチミツを加えることで、食感にプラスして甘さが出てくるってわけ」


「かき混ぜるだけでいいのですか?」


「注意点は、かき混ぜ方と温度管理かな。保存の時も、泡立て作業の時も、低温に保つことを意識しないといけないの。一度、クリームが暖かくなっちゃうと、もういくら冷やしても元に戻らないから。そうなったら、作り直しね」


「なるほどなのです。気を付けるのです」


 ピーニャが神妙に頷いている。

 実際、生クリームを泡立てるのの失敗のほとんどが、温度を軽く考えているためだと言ってもいい。お菓子作りは科学的な要素が強いため、温度、分量、時間をきっちりとしておかないといけないのだ。

 その辺りが、目分量で何とかなる料理と異なる部分だろうか。


「というわけで、クリームが分離できましたー。はい、これでクリームの完成だよ。じゃあ、これの半分は泡立てで使うから、冷蔵庫に冷やしちゃうね」


「なのですか。ところで、もう半分は何に使うのですか?」


「分離で残ったミルクとクリームを使ったプリンを作るよ。ピーニャにとっては、プリンの作り方その二かな」


「えっ! プリンには別の作り方もあるのですか!?」


「うん、作る人の数だけアレンジがあるの。それがお菓子作りだよ。どっちの作り方が上ってわけじゃなくて、食べた人がどう感じるか、だから、わたしも色々な作り方を勉強しているよ。そうしないと、自分の味が作れないからね」


 ピーニャは驚いているが、これが普通のことだ。

 料理というのは奥が深いのだ。

 それはお菓子作りも例外ではない。

 万人の舌を完璧に満足させる料理、というのは存在しない。

 だからこそ、その日のお客さんのことを考え、可能ならその相手の好みや嗜好を見る。その上で、自分にできる最高のものを作る。


 自分の味なら誰もが満足すると考えるのは傲慢だ、とは向こうの店長が好んで使った言葉だ。もちろん、コロネもその言葉を胸に刻んでいる。


 だからこそ、日々努力しなければいけないのだ、と。


「それじゃあ、プリンの作り方にいってみようか」


 こうして、ふたりは新しいプリン作りに取り掛かった。

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