第352話 コロネ、職人さんたちとあいさつする
「うわ、こっちの緑色の方、美味しいわね! コロネ、ありがとう!」
「あー、こっちはやっぱりお酒だよー。シモーヌ、取り替えてー」
「はいはい。だから、言ったじゃないの、ウルル。お酒弱いのに、どうして、そっちを選ぶのかしらね」
「えー、やっぱり、こういうのは挑戦が大事だからねー……あ、ほんとだ、やっぱり、こっちの方が美味しいねー。シモーヌありがとう。あ、もちろんコロネもねー」
「ふふ、でも、こっちの赤いのも、そんなにお酒強くないじゃない。私もあんまり強くないけど、それでも美味しいもの」
いちごの風味が美味しいわ、とシモーヌが笑う。
「ありがとうね、コロネ」
「いいえ。では、ごゆっくりどうぞ」
『あめつちの手』の三人が満足そうにしているのを見届けて、このまま、次のテーブルへと向かう。
けっこう、ゼリーの方を配ったけど、お客さんからの評価はまずまずかな。
まあ、さっき、リディアから言われたように、『どっちかだけ?』って、不満はちょっとあったみたいだけどね。
すみません、皆さん。
今ある、『粘粉』というか、ゼラチンはほとんど使い果たしちゃったんです。
お一人様あたり、二種類を提供してしまうと、あんまり配れなくなっちゃいますから。
まあ、ゼリー自体に関しては、プリンに食感が似ていたせいか、別段、忌避感みたいなものはなかったかな。
もしかすると、スライムを食べているみたい、とか思われるのが心配だったんだけど、そういう意見はあんまり聞かなかったし。
これも、プリンが浸透してきたおかげかな。
そういう意味では、プリムの布教活動には感謝なんだけど。
と、次のテーブルは、知ってる顔と知らない顔が混じっているというか。
塔にやってくるのがめずらしいな、って人もいた。
「よう、コロネの嬢ちゃん。久しぶりだな」
「コロネさん、いつもお世話になってます、はい」
「びーーー!」
「いらっしゃいませ、エドガーさんに、アストラルさん、ヴィヴィさん。随分と盛り上がってますね」
大きめなテーブルで盛り上がっていたのは、職人街の顔役でもあるエドガーさんに、プリンの容器を作ってくれているアストラルさん、それに、そのアストラルさんの家族でもある、ちっちゃな火の鳥のヴィヴィだ。
今日も、ヴィヴィは羽ばたいていないのに、空中に浮いているって感じの謎仕様だけど、相変わらず、何の生物なのか、謎なんだよね、この子。
その辺はショコラとおんなじだ。
というか、初対面のはずなんだけど、どこかシンパシーを感じたのか、ショコラもぴょんぴょんと頭の上で飛び跳ねているし。
いや、さすがに気になるんだけど、ショコラ。
まあ、それはそれとして。
同じテーブルに同席した人の多くは、初対面の人だ。
いや、一応、どこかですれ違ったりはしてるかも、だけど。
このお店で接客をした記憶はあんまりないかな。
それは、エドガーさんとかもそうなんだけど。
だから、何となくぴーんと来た。
もしかすると、皆さん、職人街に住んでいる人たちかな?
種族とかも見た感じ、色々だしね。
そう、エドガーさんに尋ねると。
「ああ。俺の工房で働いているやつらと、職人街でも、パスタが好きな連中に声をかけてな。親睦会みたいなものを開いてたのさ。ちょうど、今やってる仕事の方もひと段落したしな」
「終了」
あ、やっぱりそうなんだ。
というか、エドガーさんの後に続いて、ぽつりと一言話したのは隣に座っている女の人だ。
こちらも初めて会う人だよね。
年齢は、見た目なら、コロネより少し年上かな。
グレイの長めの髪をした、きれいな女の人だ。
「お? そういえば、フェイレイが、コロネの嬢ちゃんの前で姿を見せるのは初めてだったか?」
「お初」
「はい、そうですね。他の方も初対面の方が多いですよ」
「そうね、私も直接話をしたことはなかったわね」
「俺も俺も!」
「でも、パン工房とかで、パンとか、フレンチトーストとかは、買いに来たことはあるんだよ? コロネ、有名だもん」
「はは、そうかそうか。そういうことなら、軽く一通り紹介していこうか」
コロネや、他の皆さんの声に、エドガーさんが笑顔で答える。
一応、ここにいる人の多くは、エドガーさんの工房の人たちらしい。
それプラス、アストラルさんたちのように、ご近所の工房の人も一緒に、って感じではあるようだ。
ここ、けっこう人数がいるからね。
「まず、俺の横にいる、こっちの女の幽霊がフェイレイだ」
「えっ!? 幽霊さん……なんですか?」
いやいや、まずそこから、びっくりなんだけど。
というか、ふわわとかアノンとかもそうだけど、けっこう幽霊って多いのかな?
皆さん、成仏とかしていらっしゃらないみたいだけど。
「よろ」
「はは、よろしく、ってな。まあ、俺と長年一緒にいる、家族って感じだな。口下手なのは勘弁してくれ。これでも、幽霊になった当初よりはしゃべるようになったんだ。少なくとも、俺を始め、工房の人間なら、フェイレイの通訳みたいなことはできるしな」
「うん」
へえ、そうなんだ。
エドガーさんによると、このフェイレイさんとは、幽霊になる前からの付き合いなのだそうだ。
というか、エドガーさんに憑りついている、って聞いて少しびっくりしたけど。
そういう意味では、同じ幽霊種とは言っても、アノンとかとは少し違うらしい。
ふわわも幽霊種の中では若い方みたいだけど、それよりも、幽霊になりたてって感じで。
「だから、他のやつらとは違って、常軌を逸したようなことはできないぞ。その辺の人と同化したり、姿を消したりとか、そのくらいだな」
人の身体の中に隠れたりもできるそうだ。
いや、それはそれですごいような気もするけど。
今は、エドガーさんが宿主みたいになっているので、それで、つかず離れずって感じらしいけど。
同化みたいなことが得意な幽霊さんってところか。
実体化している時は、普通に足があるみたいだけど。
「まあ、こう見えて、フェイレイは頭がいいからな。うちの工房の金庫番をやってるのもフェイレイだ。というか、『開かずの金庫』に出入りできるのは、こいつだけだから、帳簿も任せているって感じだな」
いざとなれば、俺も同化して、計算とかチェックできるし、とエドガーさんが笑う。
というか、『開かずの金庫』って。
何でも、魔道具化の実験に失敗して、誰も開けられなくなってしまった金庫らしいんだけど、強度とは、安全面では申し分が無いので、エドガーさんの工房で引き取って使っているのだとか。
そもそも、幽霊の状態で、物を持って壁をすり抜けたりもできるんだ?
そういうのも種族特性ってやつらしい。
まあ、そう言えば、前に、うさぎ商隊のブリッツが『精霊化』というか『雷化』した時もアイテム袋は持っていけてたから、そういうものではあるらしい。
確かに、そうでないと、元に戻った時の服とかどうなってるのか、って話でもあるしね。
「何せ、アイテム袋への収納も拒む仕様になってるからな。巨人種の手を借りて、ようやく運び込んだって代物だ。魔法とかでも壊れないし。そういう意味では金庫としては、なかなかのもんだ」
「一応、工房のスタッフでも、開錠できないか、色々試してるのよ? そっちもちょっとしたトレーニングみたいなものね。もし開けられるようになったら、そっちの技術とかも応用できるでしょうしね」
「なるほど、そうなんですね。ええと……」
「あ、ごめんなさいね。私はララアよ。エドガー親方の工房で働いているスタッフのひとりね。種族は虫人種のアラクネ。蜘蛛の虫人よ」
繊維素材の生成とか、機織りとかが専門ね、とララアさんが微笑む。
見た目は、黒髪のショートで、ほっそりとした感じの人だ。
蜘蛛の人ってのがびっくりだけど、自分でも糸を生み出したり、その糸をつむいだりするのも可能だそうだ。
そういう意味では、便利な能力だよね。
看護師のクリスさんもそうだったけど、実は虫人の人って、かなり、有効なスキルを持っているよね。
「で、こっちに座っているのも、私の同僚。同じく蜘蛛だけど、蜘蛛は蜘蛛でも、妖怪種の鬼蜘蛛よ。ツナやんって言うの」
「いや、ララアさん、ツナやんじゃなくて、ツナですってば! あ、失礼しました。コロネさんのことは、妖怪通信で、色々と目にしてますよ。僕は鬼蜘蛛のツナって言います。属性は『ドウジキリ』です。工房では、裁断工程とか、強靭素材の加工とかがメインですね」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
へえ、妖怪さんも職人街で働いているんだね。
見た目はコロネより少し上か、同じくらいの男の人だ。
まあ、ツナさんも妖怪だから、年齢不詳ではあるけどね。
鬼蜘蛛かあ。
でも、鬼蜘蛛なんて妖怪、あんまり聞いたことがない気がするんだけど。
属性も何だかよくわからない響きだし。
『ドウジキリ』って何さ?
うん、やっぱり、妖怪さんって、色々な人がいるんだねえ。
「一応、糸とかも作れますよ? 蜘蛛ですから。でも、そっちはララアさんの方が得意なものでして。服素材として、適した糸を作れるのも、アラクネの種族特性ですしね」
なるほど。
そういえば、向こうでも、アラクネって、元は機織りの職人だものね。
神様にケンカ売ったって、伝承もあるくらいだし。
どっちかと言えば、ツナさんは、強力な糸を出せるので、防刃素材とかを任されることが多いのだとか。
というか、防刃素材とかも作れるんだね。
鬼蜘蛛の糸で作った鎧とかって、コトノハの衛士さんとかでも正式採用されているのだとか。
へえ、すごいなあ。
そんなこんなで、感心しつつ、職人さんたちの話は続く。




