第348話 コロネ、本日のメインメニューを知る
「お、コロネ、いいところに来たな。プリン教室の方は、無事終わったんだってな?」
「はい、オサムさん。そちらは何とかなりました。少し遅くなりましたけど、ここからは塔の営業の方のお手伝いをしますよ」
二階の調理場の方へと入ると、早々にオサムから声をかけられた。
今まさに、営業前の準備の真っ最中って感じだね。
周りを見回すと、もうすでにやって来ているのは、料理人では、ガゼルさんとドムさん、それにムサシさんとコノミさんに、コノミさんの式神のふたりも来ているね。
ちょっと離れたところでは、ラズリーさんもソースを作っているみたいだし。
何でも、サイくんはもうちょっとでやってくるそうだ。
そのサイくんと一緒に、スザンヌさんも、って感じらしい。
後は、給仕組では、ジルバさんとサーファちゃんはもう着替えて、開店準備に取りかかっているみたいだね。
それに、まだコロネも名前を憶えていない子供たちが何人か来ているようだ。
そう言えば、オサムさんの調理補助のアルバイトで、教会の子供たちがやってくるって言ってたしね。
ちょっとした、お弟子さんというか。
人間種の男の子と、犬の獣人の女の子かな。
その子たちも、ドムさんに教わりながら、食材の下ごしらえみたいなことをやってるみたいだし。
けっこう、賑やかな感じだね。
「ああ。よろしく頼むぜ。リリックやマリィたちもな。アノンも手伝ってくれるんだって? 今日は少しばかりいつもと様子が違うからな。頼むぜ」
「「はい!」」
「うん、あくまでも取材ついでだけどね」
リリックとマリィが元気に返事して。
アノンは、笑いながら、コロネの小さい頃の姿から、オサムの小さい時の姿へとスイッチする。
あ、そっか。
今日のメニューは、コロネだとあんまり詳しくない料理ってことだよね。
というか、うん。
今の周りの様子を見れば、はっきりと今日の軸となるメニューがわかるね。
「オサムさん、そっちにあるのって、パスタマシーンですよね?」
ガゼルさんがせっせと、細い麺を作っているのだ。
やっぱりというか、今日の、塔のメニューって。
「ああ。もう隠す必要はないよな。今日は、『パスタ祭り』だよ。まあ、パスタって言ってもあれだ。あくまでも俺たちにとっての基本のやつがほとんどだけどな。作るのは、細長い麺状のパスタばっかりさ。他には、マッケローニ……まあ、マカロニだな。それを使って、グラタンとかそっち系はやるつもりだが」
やっぱり。
パスタ祭りかあ。
小麦粉の関係で、あんまり作れなかったってメニューだものね。
そして、たまに出すと、なかなかの人気だって聞いていたし。
オサムさん曰く、専門の小麦粉とはやっぱり少し違うけど、それでも、この町なりのパスタを作ることはできるのだそうだ。
「でも、すごいですね。パスタマシーンまであるんですね」
「まあ、その辺はなあ。俺も別に、パスタ作りのプロってわけじゃないしな。生パスタを作るとなると、結局のところ、パスタマシーンがあった方が便利だからな。一応、向こうで、俺の知り合いだったイタリアンの料理人から、一通りレクチャーは受けてはいるが、そうは言っても、定食屋のおやじじゃ、普段使いするような種類は限られてくるってもんさ。教わったはいいが、ほとんど作ったことがないパスタも多いしな」
そう言いながら、少しだけ苦笑するオサム。
あ、そっか。
パスタマシーンなしで、麺を量産するのって大変だものね。
技術的な面もそうだけど、麺棒と包丁だけだと、やっぱり、えらく手間暇がかかっちゃうし。
そういう意味では、お店で提供するのであれば、最低限、パスタマシーンはないとまずいってわけか。
「後は、ぶっちゃけ、作り方を教えやすいってのもあるな。一応、以前のパスタの日に手伝ってもらった面々には、基本のパスタマシーンの使い方については、もうすでに伝授してあるし。ほら、ガゼルとか、うまいもんだろ?」
「それは、まあ。今日も、ひたすら生パスタを作る作業をしてますしね。細長い系統のパスタについては、お任せください、という感じですね」
笑顔で、生パスタを、パスタマシーンで作り続けるガゼルさん。
今後は、小麦粉の量次第だけど、今まで以上の種類のパスタを作ることができそうなので、楽しみなのだとか。
というか、オサムさん、パスタも詳しいんだね。
正直、コロネは有名どころのパスタの名前くらいしか知らないかな。
食べたことはあっても、その作り方までは知らないものとかも多いしね。
「そういえば、オサムさん。ラーメンとかは作ってないんですか?」
「ああ、そっちはまだだな。小麦粉の問題もあるが、ラーメンの場合、味の幅が広いというか、片手間で作るには、麺とかスープとか、具材とかのこだわりがすごいからな。だから後回しにしてたんだよ」
なるほど。
うどんとか、パスタとかと違って、そもそも、ラーメンの基本の味ってのが、けっこう曖昧なところとかも理由のひとつらしい。
確かにそれはそうかなあ。
一応、基本と言うか、味噌、塩、しょうゆのラーメンはあるけど、それだって、そもそも、味噌ひとつ取っても、塩ひとつ取っても、だしを取る具材とか、どういう風に調味料を組み合わせるかとか、考えるとキリがないもの。
王道のラーメンって、結局なんなのか、っていうのは答えが出ない気がするし。
向こうの日本のラーメンって、地方ごとでのこだわりが強すぎるしね。
これが一番、って感じの味がないのだ。
ある意味、つかみどころがない料理だよね。
ラーメンって。
「まだ、カレーとかの方が基準があるよな。さすがに、本腰入れてやるとなると、他の料理の仕込みに影響が出るしなあ。まあ、もし、興味があるやつがいるなら、基本の作り方を教えて、俺の代わりに、ラーメン道でも極めてもらいたいもんさ」
オサム自身は、どっぷりとラーメンへ、って感じではないらしい。
ラーメンっぽいものは作れるだろうけど、美味いラーメンを作るのは、並大抵のことじゃない、って感じで。
「ま、うどんにしたところで、そばにしたところでそうさ。俺が掛け持ちでどうこうできる料理じゃないからな。やりたいってやつに任せるってな。それは、コロネに任せているお菓子作りも同じだろ?」
「あ、そうですよね」
それもそうか。
お菓子に関しては、ほとんど自分では作ってなかったものね、オサムさん。
もちろん、簡単なものは作れるだろうけど、その辺は、今の自分にできることというか、全力で取り組めることを優先したというか。
そういう意味では、見極めがしっかりしてるんだよね。
最低限の調理法は知ってるから、それを周りに伝えて、それを作れる料理人を育てて、そうすることで、この町で作れる料理の幅を増やしているんだし。
自分ひとりで、何でもやるのが、必ずしも良いってわけじゃないってことを、しっかりと理解しているのだ。
うん。
誰かを信頼して、その人に仕事を任せる。
それが、上に立つ者の大切なスキルだものね。
いざという時は、手を差し伸べてくれる。
そういう意味では、懐が広いというか。
それは、コロネも感じるから。
「まあ、その話はそのくらいにして、渡すものがあるから、先に渡しておくぞ。コロネにって言うよりも、リリックとマリィとムーレイに、なんだが」
そう言って、オサムがいくつかの袋を渡してきた。
とりあえず、コロネが受け取って中身を見ると。
「あ、これ、給仕の制服ですね?」
「ああ。リリックの分は、何とか、ウルルが間に合わせてくれたからな。そっちはサイズとかもぴったりのはずだ。だが、マリィとムーレイの分は、以前の寸法を参考に、体格に近いサイズを用意したってところだな。だから、そっちは、後で、ウルルに微調整してもらってくれ。それに関しては、もう話をつけてあるからな」
なるほど。
というか、仕事が早いね、ウルル。
まったり系の精霊さんかと思わせて、仕立てのレベルがかなり高そうだよ。
そんなこんなで、リリックたちに、それぞれの衣装を渡す。
「ありがとうございます、オサムさん!」
「あー、すごいですぅ。わたしもここの制服を着ていいんですねぇ?」
『ムームー!』
三人とも、自分用の制服を受け取って嬉しそうだ。
というか、ムーレイの大きめの制服もあるんだね。
いよいよ、着ぐるみが給仕のコスプレをしているって感じになっちゃうんだけど。
で、そんな三人とは対照的に、『自分にはないの?』って感じで、コロネたちに視線を送っているのが、ショコラなんだよね。
いや、ごめん、ショコラ。
でも、さすがに、今のショコラのくずまんじゅうみたいな身体で着られる制服って、どんな感じなのか、よくわからないもの。
服はちょっと無理かなあ。
「お? ショコラ、お前さんも、制服が欲しいのか?」
「ぷるるーん! ぷるっ!」
オサムさんの問いに、ぷるぷると全身で頷くショコラ。
「なるほどな。そういうことなら、ちょっと考えておくぜ? まあ、さすがに、制服となると、せめて『擬態』スキルでも覚えてからになるだろうが……そうだな。装飾品か、帽子か、その辺で、そっちのやつに頼んでおくよ」
「ぷるるーん!」
あ、ショコラがちょっと、嬉しそうだね。
やっぱり、自分だけ仲間外れは嫌だって感じだものね。
ごめんごめん。
「それじゃあ、コロネたちも、着替えて、開店準備の方を手伝ってくれよな。俺も、もう少し、仕上げの方をやらないといけないし」
「はい、わかりました!」
「「頑張ります!」」
『ムームー!』
そんなこんなで、給仕服に着替えに行くコロネたちなのだった。




