第334話 コロネ、剣術の話を聞く
「まあ、その一件のおかげですが、勇者という存在は、わたくしたちにとっても脅威になり得るということもわかりましたので、それ以降の、『魔王領』の方の本物の魔王様は、魔族以外の種族とも交流をして、彼らと協力、あるいは、配下に加えることで、退魔スキル持ちの存在への対抗策としたわけです」
そういう意味では、『魔王領』にとっても重要な転換点でした、とプリム。
あ、その初代の勇者さんって、『退魔』関係のスキルを持っていたんだ。
プリムによれば、魔族の天敵って感じの能力だったらしい。
「わたくしのご先祖様も、普通の妖精種でしたからね。今は代を重ねたことで、すっかりと魔族側の闇妖精になってしまいましたが。その当時の魔王様が、ご先祖様たちを重用されたことで、現在の地位へと至ったと聞いております」
「あ、そうだったんですか」
なので、代々魔王様の護衛というか、付き人というか、まあ、メイドさんか。
そういう役割が闇妖精の一族にはあるのだとか。
『魔』っていう属性もあるのか。
「つまり、勇者さんってのは、その『退魔』スキルを持っていた人だったんですね?」
「うん、そう。それはトライも同じだよ。『退魔』の性質を帯びた剣術の使い手。少なくとも、普通の魔族相手なら、絶大な能力だから」
「まあ、俺自身は、言われるまで知らなかったけどな。確かに冒険者として生きてた頃から、他のやつよりも、モンスターへの攻撃の通りがいいとは思っていたが、俺が師匠から教わったのは、普通の剣術のつもりだったからなあ。ステータスとかにもそれらしい項目はなかったし」
「その辺は、シークレットのひとつだから。ルドとかなら、はっきりと見ることができるけど、私とかでも感覚で、あ、これ『退魔』かな、って感じだったし。普通は、自分で気付くのは難しいよ」
「シークレット、ですか」
なるほど。
一部の能力には、ステータスの奥深くにしか表示されないものもあるのだそうだ。
前にカミュがやってくれた、派生チェックみたいなのを、さらに深くまで行わないと、ダメってことらしい。
へえ、そうなんだね。
というか、あの画面、未だにコロネだと出すことすらできないんだけど。
本当に、このステータスって謎だ。
こんなものが普通にあることも含めてね。
「はは、トライもあんまり謙遜しない。普通の剣術って言うけど、普通の人は剣術なんて使えないからね」
「あれ? アノンさん、剣術って、剣の技ってことじゃないんですか?」
何となく、言葉の響きから、向こうでの、なんとか流剣術って感じのものをイメージしていたんだけど。
どうも、こっちの剣術って、特殊な能力って感じらしい。
「そうだよ、コロネ。今、コロネが言ったのは、ただの剣技の方だね。剣を使った技。そうじゃなくて、剣術ってのは、自分の得意な属性魔法を剣に帯びさせる使い方のことだよ。まあ、剣に限らず、武器に魔法をかけた状態で使う技法全般をさすんだけど」
「あ、そうなんですか」
剣技と剣術か。
つまり、剣術ってのは、魔法剣みたいな使い方ってことなのか。
前にジルバが言っていた、魔法弓もそれと同じ感じのことらしい。
そっかそっか。
というか、ジルバもその手のことはできるってわけか。
相変わらず、この町の普通って、すごいよね。
たぶん、コロネの感覚も大分、町に染まってきているような気もするけど。
「いやいや、アノン、そうは言ってもだ。この町だと、コロネよりちっちゃい子供たちでも、剣術とか使ってるじゃねえか。もう、ここだと、普通の技術だよ、普通の。ま、そのくらいじゃないと、町周辺のはぐれモンスターに対抗できないだろうから、ちょうどいいっちゃあちょうどいいが」
そう言って、トライも苦笑する。
たまに、子供たちの戦闘訓練とかを見てあげたりもするのだとか。
「特に、イオリな。あいつの剣術なんて、俺より強くね? って感じだしな。やれやれ……才能もそうだが、正しい形での習練ってのは、恐ろしいもんだなっては思うぜ? ま、頼もしくもあるがな」
あ、鬼エルフのイオリちゃん。
剣技はムサシ譲りだし、エルフの方の資質で、魔法の使い方も得意だし、で、トライが舌を巻くほどの実力なのだとか。
というか、話を聞いている感じだと、ブラン君とか、サーファちゃんとかも剣術みたいなことはできるみたいだけど。
うわ、こどもたち、つよい。
コロネも頑張らないといけないよね。
「まあ、もっとも、今は『退魔』のみじゃあ、あっくんとかを倒すのは難しいだろうけどね。『魔』に属さない能力とかも、いっぱい抱え込んでるし」
「はい。ですが、それも、坊ちゃんを始め、一部の魔族に限られますがね。今でも、勇者の能力は、魔族にとっても脅威であることには変わりがありません。致命的な状況は避けられたという感じではありますが」
「へえ、そうなんですね?」
「うん、人魚種とか、東大陸の真っ当な種族を保護するのだって、あっくんが魔王になる前から、脈々と続けられてきたことだしね。それが、勇者に対抗するため、ってのが皮肉な感じだけど」
なるほど。
結局、勇者の存在のおかげで、東大陸の魔族以外の弱小種族というか、規模の小さ目な種族も、魔王のもとで保護されているって感じになっているのだそうだ。
色々と打算はあるだろうけど、無法地帯転じて、ちょっとだけ支え合いって風には収まっているのだとか。
色々と事情があるんだねえ。
「てかね、コロネも他人事みたいに言ってるけどさ。ばっちり当事者なんだからね?」
「はい?」
いや、アノンが言っていることがよくわからない。
コロネが当事者って何のことなんだろう?
「いや、だからね。コロネってば、あっくんと正式に契約したんでしょ? ってことは、あっくん、コロネの能力も使えるってことだからね」
「えっ!? あ、そうだったんですね?」
あ、そっか。
あの契約って、そういう意味もあったのか。
魔王様の共犯者とか言ってたけど。
えーと……つまり、コロネもアキュレスの配下ってことで契約が結ばれてるって感じなのかな?
「そうだぜ、コロネ。はは、まあ、配下というよりは、共犯者か。まあ、俺もそうだし、実害がないから、あんまり気にするなよ。何にせよ、『魔王領』の食材を天秤にかければ、否も応もないしな。ただ、まあ……コロネの場合、もう少し、色々とよく考えた方が良いとは思うが」
思い切りはいいが、お前さん、勢いとかノリで動いてるだろ、とオサム。
契約とかの重要ごとは、もっと注意しましょう、ってことらしい。
今回のは、アキュレスが信頼できるから、オサムも突っ込まなかったらしいけど。
「はい、コロネ様。一応、わたくしが、坊ちゃんの能力につきましては、その前にご説明差し上げたと思いますが。わたくしも『共犯者』ですから、当然、条件は同じということでございます。あの時の、坊ちゃんと契約をかわすというのが、かしずくのと同様の意味を持つわけです」
さも、当然のことのように、頷くメイドさん。
つまり、それも、『魔王領』の食材を得る対価ってことらしい。
うわ、全然気づかなかったよ。
プリムが今に至るまで、説明してくれなかったのも、それくらいの裏を読むようにしてくださいって忠告でもあるらしい。
アキュレスの性格から、取り立てて問題なし、で放置って感じでもあるみたいだけど。
「まあ、俺の場合、アノンがいたからなあ。能力の共有なんて今更だったしな。別に実害なしって感じだったぞ? それ以外で無理難題が契約に組み込まれているわけでもなかったしな」
そもそも、この手の能力だと、スキルの貸し手が元気でないと意味がないので、あんまり気にするな、とオサムが笑う。
「ですね。そもそも、坊ちゃんも、コロネ様のスキルが欲しいから、というよりも、『退魔』対策として、人間種の能力など、選択肢を増やしておきたいだけですので。それに、わたくしの場合もそうですが、坊ちゃんの場合、所詮は借り物の力に過ぎません。本家よりも能力を使いこなすのは難しいのですよ」
スキルを借りる系統の能力の場合、借りた側の能力が劣化しているのは基本なのだとか。
その言葉に、横にいたアノンも大いに頷いて。
「うん、そだね。ボクもそれはおんなじかな。前にも言ったけど、コピーした元に勝つのは難しいよ? そもそも、相手は、その能力を使うのに特化した人たちなんだから」
だから、今でも、プリムの方がアキュレスより強いんだよ、とアノン。
横でメイドさんも微笑を浮かべて、頷いているし。
なるほど。
と、そこでふと気付く。
「あの、ということは、アキュレスさんも『チョコ魔法』を使えるんですか?」
「はい。あ、それで、コロネ様にご相談がございました。少々お待ちいただけますか」
そう言うなり、プリムの姿が目の前から消えて。
次の瞬間、何やらペンを持ったままのアキュレスと一緒に、その場に現れた。
「なんだ、どうした、プリム? 俺、今、仕事中だぞ?」
「はい。こちらの要件が終わりましたら、すぐに戻って頂きますが、それよりも坊ちゃん、すぐに、コロネ様の『チョコ魔法』を使ってください」
「え? 今、どういう状況なんだ?」
「四の五の言わずに、使ってください。さもないと、潰しますよ?」
「お前なあ……はぁ、わかったわかった。これでいいのか? 『チョコ魔法』」
プリムに催促されるがままに、訳も分からず、魔法を使うアキュレス。
コロネのそれと同じような感じで、ぽん、という音と一緒に一口サイズのチョコが現れた。
おー、すごいね。
やっぱり、アキュレスも『チョコ魔法』が使えるんだ。
実際に見てみると、それが本当のことだって、よくわかるよ。
ただ、ちょっと気になったのは、出てきたチョコレートが、コロネが出したものとは違って、形も歪な感じになっていたことだ。
あれ? 使い手によって、出てくるチョコレートって違うのかな?
「はい、ご協力感謝します、坊ちゃん。もう少し出せますか?」
「あと、何個かはな。ただ、この魔法、異常に魔力を消耗するんだが。てか、コロネもいたな。コロネ、お前、よくこんな魔法、使いこなせるな。俺の魔力量で、かなり持っていかれるって感じる魔法なんだが」
「え!? そうなんですか?」
あれ?
アキュレスって、『魔王』スキルのおかげで、かなりの魔力持ちだったんだよね?
それでも、って感じなのかな?
「ああ。そもそも、この『チョコ魔法』って、具現化型だろ? それだけ消耗しても、一定時間経つと消えてしまうから、割に合わない気がするんだが」
「え? 具現化型? 消える?」
アキュレスの言葉に違和感を覚える。
別に、コロネの出したチョコレートって、何日か経っても消えないんだけど。
オサムの方も見ても、まだチョコレートはあるぞって感じで、首をひねられたし。
そもそも、この『チョコ魔法』って、召喚系統の魔法だよね?
コノミさんからもそう言われたし。
あれ? もしかして、まだ色々と秘密があるのかな?
そんなこんなで、驚きを隠しきれないコロネなのだった。




