第33話 コロネ、制服を受け取る
「お待たせ。コロネの制服ができたから、持ってきたわよ」
朝食準備がひと段落したころ、パン工房の裏口にシモーヌがやってきた。
ああ、そういえば、今日持ってくるって言ってたっけ。
「おお、すまないな。コロネ、ちょっと来てくれ」
「はーい、今行きます」
ちょうど、オサムがスープなどを持ってきてくれた時だったので、彼が対応してくれている。慌てて、コロネも裏口に向かう。
「はい、これ。制服、二着分よ。受け取って、コロネ」
「ありがとうございます、シモーヌさん」
シモーヌが制服の入った袋を手渡してくるので、それを受け取る。
どうやら、二着分用意してくれていたらしい。
このエプロンドレスは、デザインがかわいいので普段使いもできるだろう。
ちょっとうれしい。
「いいのいいの。気にしないで、追加の発注もあったから、オサムには吹っかけてあるから。そんなことより、聞いたわよ。『ヨークのパン』を作ったんですって? 量産できるようになったら、私にもちょうだいね」
「あ、それなら、まだ少し残ってますよ。味見します?」
「あー、今はいいわ。アルルとウルルに内緒で食べたのばれると、後が大変だから」
本当に食い意地が張ってるのよ、とシモーヌが苦笑する。
そういえば、あのふたりがいない。
「今日は一緒じゃないんですね」
「今、ふたりとも工房の方で寝てるわ。オサムのおかげでね。はい、オサム。こっちが追加で発注受けた分よ。結局、徹夜作業になっちゃったから、後であんたもふたりに謝ってよね」
そう言って、オサムにも袋を渡す。
「わかってるさ。後で俺からも礼を言っておくよ。もちろん、今日の営業はおごりにしておくしな。そうだ、コロネ。プリンに余裕があったら、今夜、この三人にも頼む。精霊種は甘い物が好きなやつが多いんだ」
オサムの言葉に、わかりました、と頷く。
プリンはもうちょっと余裕があるし、そのくらいなら問題ないだろう。
「まあ、果物が主食だしね。そうそう、果物と言えば、ピーニャがけっこうな量を市場から買っていったって聞いたわ。ジャムパンだったっけ?」
「ああ。コロネが考案して、昨日から売ってるみたいだな。俺もまだ食ってないんだ。とにかく、アルバイトの面々には評判がいいみたいでな」
「それなら、ちょっと待ってください。ジャムパンを取ってきますね」
いったん席を外すと、ピーニャのところから、ジャムパンをいくつかもらってくる。
昨日はジャムを大量に作ったので、そう簡単には売り切れにならないだろうし。
それにしても、精霊は果物が主食なのか。
覚えておこう。
「はい、どうぞ。これで足りますか?」
「ありがとう、コロネ。ふたりも喜ぶと思うわ。それじゃ、私は行くわね。また今夜、ごはんを食べに来るから、その時はよろしくね」
ばいばい、とシモーヌが去って行った。
「それじゃ、コロネ。今日の営業から制服で頼むな。もう少しばかり、上の仕事が残っているから、俺も行くぞ」
オサムも三階の調理場へと戻って行った。
改めて、袋の中を見てみる。
黒と白を基調としたエプロンドレスが二着入っている。
そういえば、これ系の服を着たことは今までなかったような気がする。
えへへ、とちょっとだけ照れ笑い。
そんな感じの朝の風景だった。
「それじゃあ、今日は朝の市場に行ってみようか」
朝食を食べた後、コロネは青空市へとやってきていた。
この間は、市場が閉まる直前だったので、あんまりよくわからなかったのだ。
午前中が一番にぎわっている、とボーマンも言っていたし。
確かに、青空市は盛況だった。
ちょうど、朝ごはんが終わった人や、これから家で食事を作る人、今ようやく目が覚めた人など、そんな姿が見受けられる。
これから、町の外へ行くのか、きっちりと装備を固めた冒険者らしき人たちも、ちらほらと確認できた。
うん、これは楽しそうだ。
さて。
「今日も、エミールさんは来てるかな?」
ハチミツの補充が一番の目的だ。
午後から、やろうと思っている作業にも、ハチミツが必要だし。
一昨日と同じ場所へ向かうと、そこにはエミールの姿があった。
「あら、いらっしゃい。また来てくれたのね。ピーニャから聞いたわ、あなたのおかげで、売り上げがすごいことになってるの。ありがとうね、コロネ」
そういえば、前回の時は名乗るのを忘れていた気がする。
エミールの名前を聞いたのもボーマンからだったし。
昨日、ピーニャが追加で、ジャムの材料を買いに来た際、コロネの話になったのだそうだ。今後は、ハチミツと果物の量をもっと増やしてほしい、という要望も一緒にだ。
「午後からは、パン工房の方にも寄るの。果物とハチミツについては一定量確保してあるし、それよりも売れ残っても、残った分も買ってくれるって、ピーニャと話がついているわ」
「そうだったんですね」
荷車には、この間とは比べものにならないほど、たくさんの果物などが乗せられていた。ハチミツもいっぱいある。
「まあ、私の果物は、元々の売り上げで十分だったから。むしろ、ハチミツが売れる方がうれしかったわね。今、孤児院では大忙しよ。子供たちも、エリと神父さんもてんてこ舞いになっているもの。早く人手を増やさないと大変よ」
うれしい悲鳴というやつね、とエミールが笑う。
なるほど。
ハチミツの需要も増えていくだろうし、ジャムなら、話が町にも伝わっていけば、町の人たちも自分で作ったりするだろうから、結局、需要自体が減ることもなさそうだ。
「それで、今度は何が入り用なのかしら? 少しならサービスするわよ」
「今日のところはハチミツをください」
果物にも目がいったのだが、ひとまず必要なのはハチミツなので、それを確保する。
いや、またうっかりして、お金をもらってくるのを忘れたとか、そういう話ではないのだ。うん、昨日、今日と忙しかったし、未だに給金の払われ方がよくわからないとか、オサムにこっちから切り出しづらいとか、まあ、そんな感じで。
アルバイトの人たちは日雇いってことみたいだけど。
料理人の場合はどうなのか、今ひとつよく分からないのだ。
コロネ自身、あまりそういうことは無頓着な方だし。
とりあえず、手持ちのお金で買えるだけハチミツを購入する。
衣食住が保障されているのに贅沢を言ったら罰が当たる。
「はい、まいどあり」
エミールがハチミツを袋に入れて渡してくれた。
一ビン分はサービスということだ。
そういえば、エミールに聞きたいことがあったのだ。
「ところで、エミールさん。この町って、魔王領のすぐ側にあるって話を聞いたんですけど。エミールさんの家と孤児院って、東の森にありましたよね。そっちの方は大丈夫なんですか?」
コロネが耳にした話を総合すると、魔王領に一番近いのはその二か所になってしまう。危なくはないのだろうか。
「うちは大丈夫よ。うーちゃんが守ってくれるし。孤児院の方も、神父さんが強いから、心配いらないわ。それでも何かあったら、うーちゃんとその家族が協力してくれることになってるから」
「うーちゃん?」
神父さんはわかるが、うーちゃんってどんな人なのだろう。
「ああ。うーちゃんね。ダークウルフのうーちゃんよ。私、うーちゃんの奥さんと仲がいいの。お友達ね。だから、その縁で親しいのよ」
「そうなんですか。すごいですね」
意外な親交だ。
確かにそれなら安全だろう。
「あら、狼種って、優しいのよ。基本的には弱い者は守るっていう、方針があるんだから。それが強い種族の誇りってやつなのよ」
なるほど、そういうものか。
コロネも、ダークウルフと目が合った時のことを思い出す。
こちらが弱いと判断した後は、優しい目をしていた。
「そうですね。そのうち、ダークウルフさんにもお礼を言いに行かないといけないですね」
「それなら、今度、うちにいらっしゃいな。うーちゃんたちなら呼べば来てくれるから。うちの人にも紹介したいしね。それに、どうせなら、孤児院にも顔を出してみたらどうかしら。ハチミツを作っているところを見られるわ。ちょっとびっくりすると思うわよ」
「では、今のお仕事が片付いたら、ぜひ」
エミールの提案に笑顔で頷く。
ハチミツ作りにも興味があったし。
改めてお礼を言って、コロネはエミールの店を後にした。




