第333話 コロネ、勇者の話を聞く
「勇者ってのは、端的に言えば、魔族に対抗するための切り札って感じの存在なんだ。かつての、教会にとっての旗印って感じだな」
「むかしむかし、とあるひとりの魔族が中央大陸で大暴れしてね。その、かつての『魔王』を倒して、暴走を食い止めたのが最初の勇者だね。まあ、最初って言っても、トライを含めて、ごくわずかしか勇者認定された人はいないけど」
「へえ、そうなんですか?」
元々は、教会が『魔王領』からの侵略者である魔族に対抗するために、対魔族に特化していたその人を勇者として認めて、この大陸の希望としたっていうのが、勇者の始まりらしい。
どうも、その魔族、いや、『魔王』か。
その人ひとりの暴走で、かなり、中央大陸もひどいことになったらしい。
「まあ、俺は当時のことは知らないが、ローズは違うからな。こいつ、他人事みたいに言ってるけど、その当時の勇者のことも知ってるぜ? 何せ、その時も、その『魔王』と戦った仲間のひとりだったんだから」
だから、聖女さまなんだよ、とトライが笑う。
うわ、さすがは長命のドリアード。
何せ、レーゼさんの子供世代だものね。
ということは、ローズさんが、その最初の勇者さんと一緒にいたのも、かなり昔の話ってことになる。
まあ、昔って言っても、人間種にとっての、って感じかも知れないけどさ。
「一応、わたくしからも補足させて頂きますが、その自称『魔王』の魔族ですが、『魔王領』の主ではありませんでしたからね。『魔王』のスキル持ちではございましたが、権力闘争に敗れて、中央大陸に逃げ延びたというのが本当のところですね。ふぅ……おかげで、魔族の印象が最悪なわけなのですが。まったく困ったものです」
「うわ、そうなんですか?」
プリムがやれやれ、という感じで嘆息する。
結局、その時のことが尾を引いて、今もなお、面倒事のように残ってしまっているのだそうだ。
「はい。まあ、坊ちゃんのケースでもそうですが、当代で、『魔王』スキルを擁するものは別にひとりというわけではございませんので。当時の魔王様に歯向かったあげく、中央大陸に逃げて、色々やらかしてくださったというわけで、魔族側の歴史でも汚点として残っておりますので。もっとも、一部の魔族からは支持もされているようですが」
「いや、プリムにとっては、困ったものです、くらいの話かも知れないがな。大陸の東側で、当時、現出していた分のエリアはことごとく攻め落とされたんだぜ? 本当に存続の危機って感じになってたらしいからな」
「うん、この町が『魔王領』の一角にあったのも、教会本部が今の位置に移ったのもその名残みたいなもんだものね。まあ、この辺はまだ、現出していなかったけど、その西側まで、その『魔王』の勢力が闊歩していたからね」
へえ、そうなんだ。
トライとローズによれば、今の教会本部は、かつて、その『魔王』の拠点があった場所なのだそうだ。
『魔王』を倒して、平和が戻った証として、そして、そこから東側のエリアを見張る意味でも、そこに新しい教会本部を作ったのだとか。
「アニマルヴィレッジの地形がおかしくなってるのも、そのことが無関係じゃないしね。それに、魔王は倒したけど、魔族の統括エリアになっていた東側は、魔族由来のはぐれモンスターが多くってね。そのどさくさで、いつの間にか、その辺まで『魔王領』にされちゃったんだよね」
「いえ、ローズ様。どさくさと言いますか、当時の魔王様がそのことを知って、彼らの残党を粛清したためですよ? もっとも、はぐれモンスターの生育範囲まではどうしようもありませんでしたので、不測の事態に備えて、その土地を管理する者を派遣して、今後そのようなことが起こらないように、見張り番を置いたわけですから」
それが、闇狼の一族です、とプリム。
あ、そうなんだ。
ウーヴさんたちって、こっちから『魔王領』に行くものを阻むだけじゃなくて、変なことを考えて、こっちにやってくる魔族に対しても、同じことをやってるんだ。
もうすでに、心証は最悪になってるから、結局、そういうことで様子を見た、ってことらしい。
「そもそも、当時の魔王様の暗殺未遂の犯人ですからね。こちらとしても、迷惑な存在ではありましたから」
「うーん、まあ、当時生まれていなかったプリムに怒ってもしょうがないしね。ただ、できれば、身内の問題は、そっちで解決して欲しかったってのは本音だよ? 本当に、ちょっとやそっとじゃきかない人数が失われちゃったからね。その後で、その『魔王』配下の幹部クラスを片付けてくれたのは、ありがたかったけど」
さもなければ、今もなお、問題がこじれていたかもしれないから、とローズが苦笑する。
不満もあるけど、感謝もしている部分もあるらしい。
「あれ? でも、トライさんって、魔王を倒す前から、勇者ってことになってたんですよね?」
そこまで、話を聞いて、ちょっとだけ不思議に思う。
前にプリムから聞いた話だと、別に今のアキュレス中心の魔族って、中央大陸に攻め入ってないよね?
魔族に対抗するための存在として、認定されただけ、ってこと?
「うん、トライの場合は、その能力だね。それが、かつての勇者とうりふたつだったから、って感じかな。うん、私も最初、『学園』で会った時、びっくりしたもの。雰囲気とかもそうだけど、その資質というかな。それが本当にそっくりだったから。だから、それが縁で、教会の方にも確認をとって、勇者に認定したの。まあ、ルドにも能力とか確認してもらったから、それは間違いないよ。彼の生まれ変わりかどうかまではわからないけど」
そもそも、かつての記憶とかもなかったし、とローズ。
今は無精ひげがむっさいおじさんって感じだけど、大陸を救った後の勇者も、その後の雰囲気的には、穏やかで、そんな感じでもあったから、と。
ローズの中では、そんな感じらしい。
「もっとも、俺としては、ピンと来ていないけどな、未だに。当時の俺って、『学園』に入学して、『幻獣島』の秘宝探しをしてくれって、依頼を請け負っただけのただの冒険者だぜ? 多少は名を売っていた自負はあるが。それが、行っていきなり、『あなたは勇者だよ』とか言われてみろよ。普通は、あ、この女、頭おかしい、って思うだろ」
「むぅ、失礼ね、トライ」
「はは、すまんすまん。ただな、聖女の情報なんざ、教会が細かいところに関しては隠していたわけだしな。まさか、本気でそんなことを言ってるとは思わないだろ。こちとら、さあ、『無限迷宮』に潜るぞ、って思っているのに、そっちは置いておいて、魔王を倒すのを手伝ってほしいとか、まあ、な」
そう言って、当時を思い出して苦笑するトライ。
まあねえ。
確かにそれだけ聞いていたら、ちょっと、って感じがするよね。
というか、トライたちって、『学園』で知り合ったんだ?
ちょっと、意外な気がするね。
あ、でも、『学園』って、元々は『幻獣島』の攻略のためにできた場所なんだっけ?
そっちの目的で、トライは入学したのだそうだ。
「ていうかな、コロネ。ローズは『学園』の生徒じゃなくて、『学園』を作るのを手伝った側だ。『学園』の創始者のひとりだよ」
「えっ!? そうだったんですか!?」
へえ、それはすごいね。
何でも、回復魔法の原理を研究して、他に活用できないか、そのために聖女さまにもお手伝いを求められたのだとか。
「まあ、そっちは、今の今まで、ほとんど進展はないけどね。むしろ、後退? 私以外の回復魔法だと、軽々しく使うのは危険ってことがはっきりしたくらいだね」
それはそれで、進展かもしれないけど、とローズ。
その件で、とどめを刺しちゃったのが、メルとか、その『先生』らしい。
ちょっと所属していた時間軸はずれるけど、そのふたりの研究で、回復魔法の危険性について明らかにされてしまったらしいし。
「つまり、トライさんの場合は、昔の勇者さんに似ていたから、ってことですか?」
「うん、そう。ついでに言えば、私が聖女扱いされるのが、もううんざりだったから、勇者がいて、それにくっついていけば、そのうち、聖女の肩書が取れないかな、って思ったってのもあるけど。トライに色々と押し付けて、私の代わりに人身御供になってもらおう、って」
「な? ひどいだろ? 結局は、ローズの都合だけのために、勇者の称号を押し付けられたみたいなもんさ」
アズとかに目をつけていたのも、ローズが聖女から外れるための策略のひとつだったらしい。
さらに言うなら、『学園』に協力したのも、その目的にあっていたから、とのこと。
「いや、だってね? 知らない人から、聖女さま、聖女さまって言われてみなよ。元々の私って、怠惰で自堕落な性格なんだよ? それが、取り繕って、聖女でございますって、かれこれ、何百年だよ? もうね、我慢強い、ドリアードと言えども、いい加減うんざりだったんだよ。ようやく、今は晴れて、聖女から解放されたしね。後は、この町で、だらだら過ごすよー」
この町だったら、誰もそういうのは気にしないしね、とローズが笑う。
なるほどね、
ようやく、安心できる場所を見つけられたってわけか。
うん、色々と大変だねえ。
「まあ、結局、教会本部からやってきたルドに、勇者の称号のお墨付きをもらっちまって、俺が受けていた依頼も、教会からの圧力で、依頼主が取り下げちまったからさ。そうなると、勇者として、『魔王』を倒すって方向にいかざるを得んだろ。一応、その依頼主も、その国では相当の実力者だったんだぜ? それに簡単に圧力をかけられる組織に目を付けられちまった以上は、逆らうのは得策じゃないしな」
仕方なく、入学して早々に『学園』を退学して、その後は、ローズと、途中で仲間に加わったアズと一緒に旅をして、東を目指して、って感じだったらしい。
後は、色々あって、今みたいな感じに落ち着いているのだとか。
というか、本気になった教会って、やっぱり怖いらしいね。
まあ、冒険者ギルドも元は教会の組織だし。
「ちなみに、ルドさんってどなたなんですか?」
「教会の『三賢人』のひとりだよ。ルビーナ、サフィー、ルド。教会の知恵袋でもある、宝石種の三人のうちのひとりだな」
あ、『三賢人』のひとなんだ。
「うん、私にとっても、長い付き合いになる三人かな。たまに、この町にも視察しに来るよ? オサムの料理目当てみたいだけど。後は、カミュとか、カウベルに会いに、って感じだけど」
ローズがそう言って、笑顔を浮かべる。
へえ、そうなんだ。
その人たちもお忍びでやってくることがあるらしい。
もっとも、年に一回あるかないかみたいだけど。
「まあ、宝石種の人化状態って、キラキラだから、一目見ればわかると思うけどね。あれでお忍びできるんだから、すごいよ」
「なるほど、そうなんですね」
「まあ、今、コロネに話せるのは、こんなところだな。勇者についての認識は何となくわかったか?」
「はい。わかりました」
その後、今に至るまでの部分は端折られちゃったけどね。
そっちについては、今のところは、トライも話すつもりはなさそうだし。
ひとまずは、今の話だけでも十分だ。
うん、ほんと、人に歴史あり、だね。
そう思うコロネなのだった。




