第332話 コロネ、領主代行から話を聞く
「とりあえず、コロネ様、ムーサチェリーはわたくしの方でお渡しできますので、追加分を出しておきますね」
「ありがとうございます、プリムさん」
次々とテーブルの上に並べられる、ものすごい量のさくらんぼ。
相変わらず、ひょいひょいと中空から出しているんだよね。
どういうシステムになっているんだろ?
プリムさんのこれ。
「なお、こちらの方は『プリンクラブ』の経費として計上いたしますので、ご心配なく」
「あ、そういえば、さっきも思ったんですけど、ギルドでお金を集めているんですか?」
プール金とか言ってたけど。
参加者からお金とか徴収しているのかな?
気軽に参加できるギルドってのが売りって聞いていたんだけど。
「いえ、こちらは、コロネ様から玉子と交換でお譲り頂いております、そのプリンを運用したものになります。『魔王領』で販売しました差益など、ですね。一応、こちらでのやり取りは、わたくしのポケットマネーでの取引になりますので、利益が出た分をギルドのプール金にしているわけです」
「あ、そうなんですか?」
それは知らなかったよ。
どうも、コロネとのプリンがらみの取引って、プリムにとっては、どちらかと言えば、趣味の領域に含まれるのだそうだ。
塔にやってきては、オサムなどと正式な取引をするついでに、そっちもやっているって感じらしい。
もちろん、そっちもアキュレスの許可は取っているのだそうだ。
なので、プリンを無料で配ったり、プリンを使って、収益をあげたりとかもできるんだって。
というか、すごいね。
このギルドって、プリムによる運用益で、予算が出ているんだ。
だから、他の参加者から、寄付を募ったりとかはしないらしい。
「もっとも、プリンに対する愛情を示したいのでしたら、わたくしも喜んで受けますがね。少なくとも、きっちりと帳簿は作っておりますので、こと、『プリンクラブ』の資産を着服ということは一切いたしませんが」
そもそも、資金のほとんどがプリムが稼いでいる分ってことだし。
まあ、このメイドさんがその気になれば、安く買って高く売るがいくらでもできるからねえ。
そういう意味では、行商人としてはかなりのスキルって感じだし。
そんなこんなで、感心しつつ、大量のムーサチェリーを運んでいると、トライオンとローズマリーがやってきた。
ふたりも今日のプリン教室に参加してくれるらしいね。
もっとも、『三羽烏』のうち、アズだけは、パン工房の普通番のお仕事があるので、今はそっちに行っているみたいだけど。
「よう、コロネ。来たぞ。今日はよろしくな」
「うん、プリン作りを覚えて、私もコロネの手伝いをするの。それで、新しいお菓子を食べさせてもらうようになるよ。アズには負けてられないから」
「あ、はい。よろしくお願いします、トライさん、ローズさん」
トライの方は、面白そうな催しだからって感じなんだけど、ローズはと言えば、想像以上に真剣な感じなんだよね。
もし、お菓子作りのアルバイトとか、クエストがあったら、参加したいって、ものすごいやる気と言うか。
うん。
まあ、理由はどうあれ、やる気があるのは大歓迎だ。
こうして、お菓子作りのできる人を増やしていくのが、この教室の目的だし。
「でだ、コロネ。アズから聞いたぜ? 俺たちがこの町の領主代行だって、ばれちゃったんだってな?」
やれやれ、という感じで苦笑するトライ。
あれ?
勇者とかの話をすると怒り出すって言ってたから、どう切り出そうかと思っていたんだけど、むしろ、トライの方から話を振って来てくれたねえ。
もう、こうなった以上は隠すつもりはあんまりないみたい。
そういうことなら、もうちょっと色々と聞きたいかな。
「はい。びっくりしましたよ。勇者さんたちなんですって? わたしも、勇者っていうのが、どういう職業なのか、よくわからないんですけど」
「はは、そうだろうな。コロネは迷い人だしなあ。というか、元勇者だ。今は勇者を名乗るつもりはないぜ? そっちの称号は返上済みだ」
なので、サイファートの町の領主代行が、トライたちの肩書ってことらしい。
もう勇者とは呼んでくれるな、って。
なるほど。
「コロネ。勇者ってのは職業じゃないよ。称号。名誉称号というか、トライの場合は、教会から認定された称号だから。というか、私が認定したんだけど」
「えっ!? そうなんですか?」
ローズの言葉に少し驚く。
ローズって、勇者称号を認定できる立場だったの?
あー、でも、確かローズって、レーゼさんの娘さんなんだよね。
ということは、トライが人間種だから、実際の年齢とかはずっとローズの方が上になるんだろうね。
「ああ。ローズの方こそ、すごいやつだったんだぜ? 元聖女さまだ。しかも長年にわたって、教会に貢献してたからな。もっとも、そっちも返上済みだが」
「え、聖女さま、ですか?」
いや、それはちょっと意外かな。
どっちかと言えば、あんまりやる気のなさそうなローズばかりを目にしていたので、教会の聖女さまっていう響きに、ちょっと違和感があるというか。
うん。
ほんと、人は見かけによらないねえ。
「はは、そっちは勇者と違って、真っ当な職種だな。この世界でもレアな回復系スキルの使い手だ。だから、聖女認定されているんだよ」
「あれ? 回復系って、確かアズさんじゃなかったですか?」
格闘神官とか言ってたものね、アズ。
一応、癒し系のスキルは使えるって聞いていたし。
「ああ。アズも一応は、聖女候補だったんだぜ? 本人が嫌がったのと、同じパーティーにローズがいたもんだから、結局、神官ってことで収まったんだが」
「そう。アズの才能を見出したのも私だよ。回復魔法ってわけじゃないけど、癒し系のスキルでも十分にレアだからね。そっちでも、十分に聖女の資質があったんだけど……それで、私が聖女から逃れる作戦も失敗に終わっちゃったの」
そう言って、微妙な表情を浮かべるローズ。
その辺は、色々と事情があるみたいだね。
というか、ちょっと気になったことがあるんだけど。
「あの、回復系のスキルってめずらしいんですか?」
でも、確か、お医者さんのギンとかも持っていたよね?
少なくとも、この町でコロネが知る限りでも、これで三人だ。
そんなにめずらしいスキルなのかな?
「まあ、この町は特殊だからねえ。てかね、コロネ。普通はひとつの町に、こんなに回復スキルを持っている人が集中することってまずないよ? ほら、メルの医療魔法とかを見たんだったらわかるでしょ? あの、メルですら、回復魔法は使えないよ? いや、まあ、使わないというべきかな? 普通はリスクなしでは回復魔法は使えないからね」
仮に瞬間的に回復を促せたとしても、それの多用は使われた側の消耗がひどくなっちゃうから、とアノンが真面目な顔で言う。
『崩壊』への一直線って感じなのだそうだ。
「ああ、そうだな。ギンのやつも一応は、聖女候補ってことでいいんじゃないか? まあ、あいつの場合、聖『女』なのかは微妙だけどな。とにかく、話を戻すと、ローズの場合は、ドリアードの中でも特殊な才能をもっていたんだと。ドリアードが自己治癒力の操作とかが得意なのは知っているか?」
「いえ、初耳ですね」
トライの話だと、ドリアードってのは、自分の身体に関しては、治癒とか再生とかが得意な種族なのだそうだ。
だから、仮に人化状態で、腕を切られても、そのまま周辺魔素を使っての再生、とかが可能なのだとか。
その辺は、本体の樹の枝とかが剪定されてもへっちゃらなレーゼさんとかを見れば、頷ける話ではあるね。
なるほど。
樹人種の中でも、エルフにはない、ドリアードの種族特性ってやつらしい。
「まあ、そうなんだ。で、ローズの場合、その自己治癒を外側に向けて扱うことができたんだよ。ある意味、ユニークスキルって感じだな。同族の誰にも真似できない芸当だからな」
普通のドリアードが自分の周辺環境を整えるのと同じように。
ローズの場合は、それを周囲の生物の体調を整えるなり、無生物の傷の修復なりに使えるのだそうだ。
あ、そっかそっか。
「だから、ローズさんって、道具とかのメンテナンスとかを引き受けているんですね」
「そうだよ。もう、聖女は引退したしね。よっぽどの時じゃなければ、生物に対して、回復魔法を使うつもりはないかな。そっちは、今もメルが色々と頑張ってるしね。その邪魔をしたら悪いし」
「そもそも、この町なら、病院とかで事足りるからな。ま、それ以外にも事情はあるんだが、その辺は察してくれって感じだな」
なるほど。
その辺にも色々と事情があるみたいだね。
ともあれ、普通は魔法で回復させようとしたり、無理やり自己治癒力を高めたりすると、身体の『崩壊』が進んでしまうので、それを防ぐ技術として、今、メルなんかが『崩壊』をどうにかする研究をしているのだとか。
もっとも、普通のポーションだと、そこまで劇的な効能は見られないので、その辺は苦労しているみたいだけど。
結局のところ、ローズの回復魔法って、かなり特殊ってわけだ。
ふむ。
色々と話を聞いている感じだと、傷とかを癒す効果のポーションより、マジックポーションの方が作りやすいみたいだね。
「うん、だって、魔力の枯渇は、魔素の充填で何とかなるからね。当然、身体を治したり、状態異常を治したりするポーションの方が作るのは難しいよ? さすがに、傷とかの修復ならまだしも、部位欠損を再生させる力はポーションにはないからね」
だから、メルも外科手術をしているんだよ、とアノン。
なるほどね。
結局、ポーションも、回復魔法も万能じゃないってわけか。
なので、そのスキルを持っている者が、聖女さまって感じになるらしい。
「じゃあ、『勇者』についての説明も続けるぞ」
その、トライの言葉に頷きつつ。
そんなこんなで、勇者に関するお話は続く。
 




