第327話 コロネ、保育園の話を聞く
「コロネ! コロネ! 今日も来たわよ! 『ヨークのパン』……じゃなかった、ブリオッシュ美味しかったわよ!」
「もちろん、アイスもねー。ナツメさんたちも喜んでくれたしー」
ばたばたとコロネたちが、プリン教室の用意をしていると、今日も今日とて、アルルたち、『あめつちの手』の三人がやってきた。
相変わらず、朝から元気だよね。
アルルとウルル。
後ろで苦笑しているシモーヌも含めて、何かすっかり朝の光景って感じになってきちゃったかな。
まあ、おかげで、今日からはリリックも青色系統のパティシエの制服を着ているし、マリィの分も三日後の土の日には届くから、それで、ばっちりって感じなんだけど。
ともあれ、持って帰ったお菓子が美味しかった、ってのがうれしいよ。
どうやら、ブリオッシュ・コン・ジェラートは三人のお口に合ったようだし。
「こちらこそ、喜んでもらえてうれしいですよ。ちなみに、ウルルさん。そのナツメさんって、どなたなんですか?」
「わたしたちの家のお隣さんだよ。保育園の保母さんだねー」
「え? 保育園ですか?」
あれ?
そんなものがあるんだ。
そういうのって、てっきり教会とかでやってるとばっかり思っていたから。
とりあえず、シモーヌさんに聞いてみた。
「教会で、子供たちを預かっているのとは別なんですか?」
「ええ、そうね。『夜の森』の保育園は、どっちかと言えば、精霊の子供たちとか、生まれたばかりの妖怪とか、妖精とか。そっちが多いかしら。もちろん、教会にもその手の種族の子が保護されたりとかもするけど、教会の子たちって、行く場所を失って、って子が多いじゃない? 保育園は、それ以外の子たちを預かってくれるの」
「別に、人間種でも、預かったりしてくれるよー? たぶん、この町で生まれた子とかも、保育園で遊んだことがあるはずだものねー」
シモーヌとウルルが教えてくれた。
一応、場所的に『夜の森』にあるから、精霊とかが多いけど、森に入る許可を得ている人の子供だったら、普通に短時間なら預かってくれるそうだ。
あ、なるほど。
どっちかと言えば、有料の保育所って感じなのか。
普段から通うってわけじゃなくて。
ずっと、預かってる子とかもいるにはいるらしいけど。
「そうね! で、ナツメさんは、そこの保母さんね!」
「園長さんが、おひげの園長さんだよー」
「ふふ。保育園を運営しているのが、ヘイゼルさんって言って、竜人種の男の人ね。通称が『おひげの園長さん』。ちょっと変わってるけど、まあ、口は悪いし、見た目もこわいけど、子供たちには優しいわよ。で、保母さんも何人かいるんだけど、そこの責任者をやってて、いつもいるのが、ナツメさんね。種族は妖怪種の姑獲鳥。穏やかでとってもいい人よ」
へえ、そうなんだ。
やっぱり、場所が場所なので、関係者の多くも『夜の森』に住んでいる人たちなのだそうだ。
というか、妖怪さんもすごいけど、園長さんが竜人種か。
そういえば、まだ、コロネも竜人種の人には会ったことがないよね?
サウスさんみたいな、竜種とはまた別なのかな?
「その園長さんって、ドラゴンの人なんですか?」
「純粋な竜種じゃなくて、竜種と異種族との間に生まれた人たちのことを竜人種って言うみたいね。竜の血が混じってれば、子供じゃなくても、そうなるみたいよ? ほら、コロネもパン工房とかでいつも会ってるルーザも、一応は竜人の特性持ちよ。マギーさんもその旦那さんも人間種だから、血統ってわけじゃないけど」
その辺は特殊なケースみたいだけど、とシモーヌ。
え!? それは知らなかったよ。
あ、でも、そういえば、ルーザちゃんって、同世代の子供たちの中でも、かなり強いんだっけ?
まあ、詳しい事情はシモーヌもよく知らないから、その辺はマギーさんたちに聞いてくれってことらしいけど。
ふーん。
そういう意味でも、こっちの世界でも竜種ってかなり特殊な種族みたいだ。
もっとも、竜種の場合、異種族間ではめったに子供とかできないらしいけど。
というか、ほんと、この町の人って色々あるなあ。
ともあれ。
そうだそうだ。
のんきに話してる場合じゃなかったんだ。
早速、三人に渡す、今日の分のアイスを持ってくる。
「はい、どうぞ。今日の分のアイスですよ。昨日、いっぱい果物を入手できましたので、色々作ってみました」
リリックのおかげで、新しいアイスの製法がうまくいったことも伝える。
これで、水魔法が得意な人が手伝ってくれれば、割と早く作れそう、とも。
「うわ、すごいわね!? 今日はアイスが五種類もあるの!?」
「一応、そっちのミルクといちごとバナナが普通のアイスで、残りのぶどうとパイナップルのが、新作のシャーベット状のアイスです。ソルベって言うんですけど。ちょっとアイスより、ねっとりした感じで、こっちはこっちで美味しいですよ」
「おー! 種類もすごいけど、バナナもあるんだねー!」
「あら、コロネ、パイナップルって、あれよね? 持ち運び注意のアイテムよね?」
あれ、食べられるの? とシモーヌも少し驚いたように言う。
おおう。
一部の冒険者にも、そういう扱いをされちゃってるんだ?
このパイナップルって。
やっぱり、食べられるのは意外と知られてないみたいだね。
というか、オサムさん、お店とかで出したことがなかったのかな?
まあ、生えてる場所が場所ってことか。
バナナもあんまり入荷したりしてなかったみたいだし。
うん?
あれ? そう言えば、商業ギルドで、ボーマンさんたちから、王都でのバナナの価格とかも聞いていたような気がするんだけど。
王都にも、少しはバナナが入ってきているってこと?
もしかして、そっちは、プリムたちによる、食の浸透突破ってやつなのかな?
まあ、それはそれとして。
「あ、シモーヌさん。オサムさんの話ですと、未熟なパイナップルが破裂するみたいですよ? しっかり熟していれば、調理は難しいですけど、普通に食べられるみたいです。何せこれ、リディアさんが持ってきてくださった食材ですし」
「あー、なるほどね。うん、リディアなら信頼できるわよね。食べ物がらみだったら、たぶん、世界一の冒険者を名乗ってもいいくらいだもの」
そうなんだ。
うーん、さすが『大食い』。
美味しいものがある限り、どこへでも飛んで行くよ、って感じらしい。
だから、この町に入り浸っているんだけど。
「ちなみに、これで、足ります?」
一応、精霊の子供たちとか、お隣さんとかの分ってことで、少し多めには盛ってあるけど、さすがに、三人の家のお隣さんが保育園だなんて知らなかったし。
そうなってくると、じゃあ、そこにいる子供たちは? って感じになるし。
「大丈夫よ! コロネが心配しなくてもいいわ! 別にアイスでおなかいっぱいにならないといけないわけじゃないし!」
「そうだねー。それに、本当は、この量でも、最初の報酬の四倍くらいにはなってるものね。これで十分だよー」
気にしない気にしない、と双子の精霊が笑う。
というか、制服の価格もそもそもがウルルのサービス価格なんだけどなあ。
そう言われると、こっちはこっちで申し訳ないよね。
まあ、その辺のお礼は、今後しっかりと、だ。
うん。
「ふふ。それじゃあ、コロネたちもいそがしそうだしね。私たちもいったん引き揚げるわ。今日の塔の営業には顔を出すから」
「今日はフェアをやるからねー」
「そうそう! 今までは年に何回かしか出してなかったものね! 今夜が楽しみよ!」
それじゃあね、と『あめつちの手』の三人は去って行った。
あ、そう言えば、今日もオサムさんが何か企んでいるんだっけ?
今回は、常連さんには事前に情報を出してるみたいだけど。
まだ、コロネは教えてもらってないんだよね。
噂ネットワークにも入れないし。
まあ、その辺は、後のお楽しみとしておこう。
そんなこんなで、またプリン教室の準備に戻るコロネなのだった。
「コロネ、大丈夫? 手伝いに来たよー」
「社長が早めに行くって言うので、私たちもついてきましたよ。もっとも、取材がメインですので、社長以外はお手伝いできませんが」
「お邪魔しますね……コロネさん、マリィはご迷惑をかけてませんか?」
「あ、アノンさんに、リッチーさんとアンジュさん、いらっしゃいませ。と言いますか、アノンさん手伝ってくれるんですか? 助かりますよ」
アルルたちと入れ替わりでやってきたのは、アノン率いる『週刊グルメ新聞』の人たちだ。
まだ、プリン教室には時間も早いんだけど、お手伝いついでに、取材のためにも早めにやってきてくれたんだって。
いや、本当に助かるよ。
プリンの作り方を知ってるひとりだものね、アノン。
というか、もうすでに、コロネの小さい頃の姿でスタンバイしてるし。
今日は、子供用にちっちゃくなったパティシエの制服を着てるし。
そういう意味では、ちょっとずるいなあ、幽霊種って。
いえいえ、とても感謝してるよ?
もちろんね。
「迷惑なんて、とんでもないですよ、アンジュさん。マリィが来てくれたおかげで、色々と助かってますし」
今も、下の調理場から、必要な調理器具を運んでくれているしね。
本当にありがたいよ。
「そうですか? あの子、ものすごく朝が弱いので、実は心配だったんですけど。寝坊とかしてません?」
「今のところは大丈夫ですよ。ムーのレイさんが起こしてくれるみたいです」
それは本人も言ってたしね。
その言葉に、アンジュも納得したようで。
「ああ、なるほど。そういえば、レイもいましたものね」
「まあまあ、アンジュももうちょっと妹を信頼してあげなって。それは良いとして、コロネ。ボクは何を手伝ったらいいの?」
「あ、はい。それじゃあ、こっちを手伝ってもらってもいいですか?」
リッチーとアンジュのふたりは、朝のパン工房の取材してくるということなので、残ったアノンには、プリン教室の準備を手伝ってもらおう。
とりあえず、人手プラス、プリン作りを教えられる人が増えたのは大きいね。
さあ、頑張るよ!
そんなこんなで、慌ただしいままで、プリン教室の準備は続く。




