第32話 コロネ、夢について聞く
「そうだ、ブラン君、帰るときにこれを持って行ってね」
うれしくて忘れるところだった。
昨日のプリンの残りを七つ取っておいたのだ。
ジルバに一個食べてもらった、その残りがちょうど七つだったので、これはたまごを分けてくれたブランとその家族に渡そうと思っていたのだ。
「コロネさん、これは?」
「昨日、分けてもらったたまごで作ったお菓子だよ。わたしの『お試しメニュー』でプリンって言うの。ブラン君と家族の皆さんで食べてもらって、感想を教えてほしいんだ」
そう言って、七つのプリンが詰まった箱を手渡す。
「ただ、その器はオサムさんからの借り物なのね。次のアルバイトの時に返してくれるとうれしいな」
「わかりました」
うれしそうに、ブランが受け取る。
やはり、兄妹たちにも持っていけるのがうれしいのだと。
「自分ひとり、『ヨークのパン』を食べてきたとなると、けっこう、揉めますからね」
何となく、想像がつく。
そういう点で、お兄ちゃんは大変なのだ。
あと、後日、小麦粉についての相談に乗ってもらうのも忘れずに伝えておく。
この世界の麦についても確認しておきたいことがあるからだ。
「そういえば、コロネ。プリンはどうしていくつもりなんだ?」
ふと、横からオサムが聞いてくる。
プリンの商業展開についてか、ふむ。
「まあ、今日のプリムさんとの話の展開次第ですかね。一応、基本の作り方はピーニャにも説明してありますから、彼女も作れますよ」
たぶん、茶碗蒸しの作り方を知っている、ミーアたちも簡単に作ることができるはずだ。カラメルを焦がしたり、『す』が立ってしまったりする失敗はあっても、そこそこの品質のものは、塔の設備を使えば作れるだろうし。
「別に、特別な材料や、技術が必要なものでもないですからね。一工夫を加えた製品ならいざ知らず、基本のプリンの作り方なら、公開してもいいと思いますしね」
「なるほどな。だったら、プリムとの話の後でいいから、少し考えておいてくれないか。少し前から、教会の方から相談を受けていたんだが、西方の国家間のゴタゴタで、難民というか、戦災孤児だな、そっちが急増しているらしく、サイファートの町でも受け入れを検討しているんだそうだ。ほら、ここは食料が安定していて、カミュのやつもいるからな。色々とチェックが終わった後に、連れてくるんだと。そうなると、仕事が必要になる」
オサムが真剣な表情で続ける。
「今のままだと、町の必要量は満たしているから、バターもこれ以上増やせない、となると何か別のものが必要になってくる。そこで、乳製品関係で何かできること、となれば、プリンはどうか、となるわけだな」
「別に構いませんよ。それで困っている人が助かるなら、いいことですし」
オサムがプリンを売りにするつもりがないなら、それでいいと思う。
ただ、やっぱりたまごの問題があるかな。
今日の話し合い次第だろう。
「まあ、プリンはあくまで、選択肢のひとつだな。一応は、考えておいてもらえると助かる。カウベルひとりだと思い詰めてしまうからな。戦争はあいつのせいでもないだろうに」
「わかりました。わたしも考えてみますね」
それにしても、とコロネはつぶやく。
「やっぱり、こっちの世界でも戦争ってあるんですね」
「まあな、価値観の違うやつが三人いれば、戦争が起こるとはよく言ったもんだ。ともあれ、俺としては、この世界全員の腹が満たされれば、戦争も起こらなくなるんじゃないかって夢想するんだよ。まあ、甘い考えだがな。料理……食事の力ってやつを信じてみたいってのが俺の夢だな」
そう言いながら、いつものお気楽な笑みを浮かべるオサム。
だが、コロネにも何となく伝わった。
たぶん、今の言葉はオサムの偽らざる本音なのだ。
ブランの父親であるバドの言葉を思い出す。
おそらく、オサムはそれを目指していて、その結果が今のこの町なのだ。
いまだ、道半ばではあるけれども。
「おっと、おい、みんな。そろそろ、元の仕事に戻るぞ。俺らだけ、満たされていたってダメだろ。試食会はこれで終わりだ。ごはんを用意しないと、町が朝を迎えられないじゃねえか」
「そもそも、オサムんが全員で行こうって言い出したんじゃにゃいのかにゃ」
「そうだよー、二手に分けた方がいいって、言ってたのにー」
「ははは、いいじゃねえか。こういうのはみんなで食った方が美味いんだ。そんなことより、さっさと戻るぞ。というか、俺は行く」
オサムが笑いながら、逃げるように調理場へとあがっていく。
それに対して、周りもやれやれと言いながらも、いつものことだと笑う。
そこには本気でオサムを怒っている者はひとりもいない。
「まったく……オサムのやつも、いつまで経っても貫禄がつかんのう」
「ですが、そこがオサムの良いところですよ。たぶん、分かっていて、そうしているんでしょうね」
「……うん、変わらないのが…………一番……」
「よーし、パンの方もそろそろ焼きあがるころだね。さっさと、続きを始めるとするさね」
「ピーニャとコロネの姉ちゃんも手伝ってくれよ。大人数で終わらせちゃおうぜ」
「なのです。開店が遅れたとあっては、工房の名折れなのです。コロネさん、ピーニャたちも行くのです」
「うん、わかった。足を引っ張らないように頑張るよ」
何だかんだとせわしない日常が戻ってくる。
それに加わることが、すっかり楽しくなっている自分がいる。
この日常がいつまでも続くよう願うコロネなのだった。




