第323話 コロネ、そば茶をごちそうになる
「さっきは悪かった。詫びってわけじゃないが、弟の店から食えるもんもらってきた」
お盆を持って、ルベロがそう謝って来た。
あ、なかなか戻ってこないと思っていたら、そういうことだったのか。
別に見るつもりはなかったんだが、ってかなり神妙にしてるし。
「あ、気にしないでください。さっきのは事故ですから」
別にルベロが悪いわけじゃないものね。
というか、コロネの身体付きも貧相な感じだしねえ。
プルートみたいに、あんまり動じない方が普通だと思うし。
そう言うと。
「いや! そんなことはないぞ! とても魅力的だった!」
「おい、馬鹿犬。コロネが気にしないって言ってんのに、何、変なこと力説してんだ。とりあえず、その持ってきたもん、机の上に置け。ぶっ飛ばしてやるから」
「まあ、原因を作ったのは、レラだと思うけど?」
「でも、プルートさん。いくら顔がよくても、デリカシーがないのは減点だよ? ほんと、がっかり美形だよね、ルベロ。ヘタレだし」
「その辺は、人数分、そば茶とそばがきを持ってきたのと相殺で許してあげなさいって。別に悪気があるわけじゃないんだし」
まあ、悪気がないからまずいんだけど、とプルートがフォローしてるんだか、けなしているんだかわからないことを言いながら、苦笑する。
ともあれ、ルベロが持ってきたものを受け取って、机に並べてくれた。
ちょうど、プルートも用意しようと思っていたのだそうだ。
なるほど。
お茶って、そば茶のことか。
普通のお茶っ葉は、『幻獣島』の原産だものね。
確かに、そばを作っているのなら、こっちの方が入手しやすいだろうし。
それと、一緒に並べられるのは、湯気が立ってあつあつのそばがきだ。
表面がつやつやして、ちょっと輝いてる感じだ。
これは美味しそうだねえ。
「そう言えば、ブロスの方は?」
「ああ。店に客も来てるから、離れるわけには行かないってさ。コロネによろしく伝えて欲しいとは言ってたぞ。あいつ、変なとこで真面目だからな」
「いいじゃん真面目で。てか、客商売なんだから、それが当たり前だ。店主がひょいひょい抜け出してどうすんだ」
こいつの弟は、こいつと違って、しっかりしてるんだ、とレラ。
何でも、そのブロスさんって人は、冥界側で、おそば屋さんを開いているのだそうだ。
名前は『冥涼庵』って言うんだって。
おお、一応、この町にもおそば屋さんがあるんだね。
厳密に、この町の中なのかは微妙だけど。
「まあ、せっかくルベロが持ってきてくれたわけだし、コロネちゃんも食べなよ。今日は、つゆをかけただけだけど、ブロスの作ったそばがき美味しいから」
「はい、いただきます……うわ、すごい! ふわふわですね」
食べた瞬間に、そばの風味が広がるのだ。
食感は少しとろとろ。
それでいて、ふわっと口の中に溶けていくような感じかな。
というか、これ、そば自体がかなりの出来だ。
いや、コロネも向こうでは、日本から離れて長かったから、どのくらいの出来かって言われると難しいんだけど、清涼なそばの香りも残っていて、普通のおそばとはちょっと違う意味で、しっかりとその味が楽しめるというか。
絡んだそばつゆともよく合っているしね。
これ、かけるものを工夫すれば、ふんわり食感のお菓子とかにもなりそうだ。
「美味いだろ? 本業そっちのけで、そば屋に没頭してるだけのことはあるだろ」
我が事のように誇らしげに笑うルベロ。
何でも、お店の方もすっかり繁盛していて、実際、冥界でもなかなかの人気なのだそうだ。
そば農園で働く、スケルトンやグールとか、ゾンビさんたちや、りんご農園のゴーストさんたち、死霊種の方々からも大好評なのだとか。
うん。
そこまで聞くだけで、色々と突っ込みどころがあるんだけど。
「そばだけじゃなくて、りんごって、色々と作っているんですか?」
「うん、まあね。というか、コロネちゃん、この町で作られている、おばけりんごって、元々は冥界の品種だからね? やっぱり、冥界の環境でも育つ果物って、あんまり多くないからねえ。だから、死神を始め、死霊種の多くもりんごが好きなんだよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
うわ、おばけりんごって、冥界産なんだ!?
プルート曰く、大きさが大きいから、おばけなんじゃなくて、元々、ゴーストたちの住むところに生えていたから、おばけりんごって名前なんだそうだ。
それは知らなかったよ。
何でも、そっちのりんご農園には、今もゴーストさんたちがいっぱいいるのだそうだ。
冥界の原産種を作っているらしい。
「うん、そうだよ。オサムとか、リディアに頼まれて、それで、苗木を渡して、って感じかな。まあ、環境が大分違うからね。最初は育てるのに苦労していたみたいだけど、その辺はほら、樹木を育てる専門家がいるわけだし」
なるほど。
つまり、リディアとか経由で、苗木を冥界からもらって、後は、レーゼさんとかに協力を仰いで、って感じらしい。
で、その辺のことが縁で、プルートたちも、この町に興味を持って、移り住んできたのだそうだ。
というか、普通に冥界とかに行けるって、リディアって、ほんと何者なんだろうね。
相変わらず、すごい冒険者って以外は謎なんだよね。
「一応、そっちの『死霊農園』を取り仕切ってるのが、ルベロの兄貴だよ。ケルンって言うんだが、他のに比べると、底抜けに明るいよな、あいつ」
「うん、好奇心旺盛だしね。たぶん、この間のサーカスにも参加してたから、コロネさんにも覚えがあるんじゃない?」
「えっ!? サーカスですか?」
カオリの言葉に少し驚く。
へえ、そのケルンさんって、サーカス団員でもあるんだ?
えーと?
でも、さすがにそれっぽい人と会った記憶がないんだけど。
もしかして、コロネの席からはあんまり見えなかったところにいたのかな?
「ふふ、まあ、コロネちゃんも、気付いてるかも知れないけど、ルベロたち三兄弟は、冥犬種のケルベロスだから。ケルン、ルベロ、ブロス。まあ、三身合体で、ようやく、死神と同格だから、ひとりずつだと、中途半端な存在ではあるけどね」
「あっ! ケルベロスさんなんですか」
というか、三身合体?
一応、『冥界の門』を護るお仕事の時は、ルベロたち三兄弟が融合した感じで、一体のケルベロスになるのだそうだ。
さすがに、ケルベロスはコロネも知ってるよ。有名だものね。
ただ、ああ、なるほどって思ったのは、サーカスの時の姿は、そのケルンさん単体だったってことだろうか。
ものすごい大きな犬って感じではあったけど、ケルベロスのイメージでもある三つ首はなくて、普通の魔犬って感じだったものね。
三人そろって、ようやく真の姿になれるってことらしい。
「っても、弟はそば作りに専念してるし、兄貴も農園やらサーカスやらの方がいそがしいしで、普段、門を護ってるのは俺ぐらいだぜ? 仕方ないから、絵を描いたりしてんだよ」
俺も何かしたかったし、とルベロ。
あー、なるほどね。
門を護るかたわら、門の側にある製紙の機械を調整しつつ、それがない時は、創作活動って感じなんだ。
うーん、話を聞いていると、もはや門番って感じでもないよね。
ケルベロスさんたち。
「まあ、ここの門の場合、ぼくやレラもいるしね。普通、ひとつの門を護るのに、複数の死神やら、ケルベロスがいるなんて、めったにないよ? その辺は、色々と事情があるからなんだけど」
「たまに、関係ない死神も遊びに来るしな。ま、どうでもいい理由のひとつは、この町の飯が美味いからってのもあるわけじゃん?」
「うん、冥界だと、別に食事が必須ってわけじゃないからね。そっちにこだわる者も少なかったし。あっちこちで食べられるのって、りんごとかの一部の果物だけだったし」
だから、料理とかもあんまり発展しなかった、とプルート。
そもそも、死霊種とか、死神種は魔素とかで生きていける系らしい。
その辺は、樹人種さんたちに近いのかな。
「ふふ、だからね。このサイファートも町も相当に業が深いんだよね。ぼくらとか、樹人種とかにまで、食べる楽しみってのを植え付けちゃったから。冥界でも、この門の周辺の場所だけだけど、相当に意識の革命が起こっちゃってるし」
ほんと、世界って広いよね、とプルートが笑う。
そもそも、冥界で農園というのが、異常なことなのだそうだ。
残念ながら、詳しい事情は教えてもらえなかったけど。
ともあれ、プルートたちはその状況を楽しんでいるみたいだけど。
まあ、そうだよね。
プルート自身も、紙職人として、ここでお仕事をしてるわけだし。
そば茶を飲みながら、しみじみと思う。
というか、このそば茶美味しいな。
「ちなみに、そのブロスさんがやっているお店って、わたしも行ったりできるんですか?」
やっぱり、おそば屋さんには興味があったので。
そう尋ねると、プルートが苦笑して。
「冥界のお店の方は、今のコロネちゃんだと、やめたほうがいいって感じかな。少なくとも、ぼくは許可できないね。まあ、ブロスのそばが食べたければ、本人にそう伝えておくから、そのうち、出張料理とか、町の催し物への出店とかで、食べられると思うよ」
ほら、ぼくもやってたでしょ、とプルート。
そういえば、プルートも普通に焼きりんごを売っていたものね。
「わかりました。その機会を待ちますね」
「うん、その方が無難だね。ぼくも、コロネちゃんがひどい目に合ったりするのは、忍びないからね」
いや、その表現がおっかないんですけど。
やっぱり、人の良さそうな雰囲気だけど、プルートも死神さんってことか。
いやいや、それは偏見だね。
魔族さんたちもあんな感じだし、向こうの常識を引きずってはいけないってことかな。
お茶もごちそうになったし。
そば茶がうまい。
そう、しみじみ思うコロネなのだった。




