第321話 コロネ、紙職人の工房を訪れる
「プル、地下にコロネが来てたんだけど、カオリがスライムに見つかったんで、お茶しないかって連れてきたぞ」
「え……? あ、コロネちゃん、いらっしゃい。いや、あの、レラ。今の説明だと、さすがに意味が良くわからないんだけど?」
説明を端折りすぎ、とプルートがこちらにあいさつしつつ、苦笑する。
あ、ちょうど紙すきの真っ最中だったみたいだね。
生誕祭で会った時みたいな仮面はつけてなくて、素顔のままのプルートが、向こうでも見たことがあるような感じで、和紙作りの紙すきのようなことをしていた。
服装は、リディアみたいに白一色かな。
白装束というか、真っ白な和服というか。
プルート自体の肌の色も白いから、灰色の髪と目以外は、本当に純白って感じだ。
どことなく、紙作り自体が神聖な儀式みたいな印象を受ける。
それに、だ。
前に会った時も思ったんだけど、コロネとおんなじくらいの年か、ちょっと年上かって感じだね。
表現的には、紅顔の美少年って感じだけど。
この町で会った人の中では、カッコいい系の男の人って感じかな。
あとは、料理人のガゼルとか、お医者さんのギンさんとかだけど、ギンさんは性別変更とかしちゃうみたいだしねえ。
でも、プルートの場合、あんまりドキドキとかしないかな。
うまく言葉にはできないんだけど、何となく、そういうのとは違う、不思議な印象を受けるんだよね。
「めんどい。別に、今のでも何となく、意味はわかるだろ?」
「まあ、いいけどね。ま、事情はともあれ、歓迎するよ、コロネちゃん。それに、そっちのショコラちゃんもね」
「ありがとうございます、プルートさん」
「ぷるるーん!」
あ、一応、初対面だけど、ショコラのことは知ってたんだね、プルートさん。
「それにしても、今って、コロネちゃんだけなんだ? ってことは、ひとりで、地下まで来られるようになったってことか。なるほどね。ぼくが予想してたよりも、大分早いねえ」
「えーと、わたしだけの力ではなくてですね、こっちのショコラのおかげなんですけどね」
まだ、コロネ単独だと、エレベーターがうまく動かせないのです。
さっき、降りる時も一応は試してみたんだけど。
結局、途中でショコラが手伝ってくれちゃったから、ちゃんとできたかどうかは微妙なんだよね。
まあ、今のところ、ショコラと別行動することって、ほとんどないだろうから、別に問題はないんだけど。
「はは、なるほどね。ショコラちゃんがすごいってことか。確かに、ぼくもグルメスライムなんて変種、初めて聞いたし。うん、世の中って広いよね」
どこか納得したように、笑顔でショコラをなでるプルート。
その際、ショコラのなで具合にちょっと驚いて。
こうして、ショコラの感触のファンが少しずつ増えていくんだね。
「おい、プル。客人が来てるんだから、茶でもしばこうぜ。いったん、仕事中断しろよ」
「えっ!? 別にいいですよ? おいそがしいようでしたら、ごあいさつだけで帰りますけど」
「あー、大丈夫だよ、コロネちゃん。そろそろ休憩しようと思っていたところだし。ルベロ、ちょっと、こっちに来てもらってもいい? 休憩ついでに、せっかくだから、コロネちゃんたちに紹介しようと思って」
あれ?
奥の方にも人がいたんだね。
というか、この工房って、今、プルートがいるところは、和紙を作ってますって感じの素朴な工房なんだけど、奥の方では、ガチャンガチャンという感じで、何やら機械のようなものが動いているのだ。
うん?
あっちでも、紙を作っているのかな?
どうもそんな感じだね。
「あ? あの機械? 魔晶組み込み型の魔道具だよ。さすがに、紙すきだけで、町で使う紙をすべて生み出すのは、ちょっと骨が折れるからねえ。普段使いできる紙のたぐいは、あっちで作っているんだよ。で、その機械の調整を手伝ってもらっているのが、今、呼んだルベロと、そこのカオリね」
「そう。私も普段はこの工房で働いてるから。お休みの時とか、レラのそば作りがいそがしい時とかは、そっちも手伝いに駆り出されるけど」
「いいじゃん。あたいとカオリの仲だろ?」
「断れないと知ってて、そう言うあたり、いい性格してるよね、レラ」
「別に断ってもいいけど?」
「むりむり。後で何されるかわかんないもの。それなら、最初から手伝った方がまし」
なるほど。
よくわからないけど、レラとカオリってそんな関係なんだ。
まあ、なんだかんだ言っても、そういうことをサラッと言えるあたり、カオリはカオリで中々いい性格をしていると思うけど。
そんなことを思っていると、奥からひとりの男の人がやってきた。
うわ、何だか、モデルさんみたいな人だよ。
長めのダークグレイの髪で、ちょっとガラが悪いって感じだけど、何だろう、ホストクラブとかで、人気が出そうな感じがするよ。
そんな感じで、コロネが見ていたんだけど。
「あ……? 何、じろじろ見てんだ。殺すぞ」
うわ。
何だろう。
いきなり、ケンカ売られたよ。
というか、こういう感じの人、この町では初めて会ったような気がするよ。
どう反応していいか、コロネが困っていると、その横から、プルートが、どこから出したのかわからない、大きなハンマーみたいなもので、ぽかりと彼のことを殴った。
ぽかり?
うん、ぽかり。
音だけは、ぽかりって感じなんだけど、けっこうすごい衝撃と共に、その男の人が吹っ飛んで、少し離れたところの床をごろごろと転がっていく。
うわ、プルートさん、つよい。
「いいかげん、初対面の人を脅すのやめなさいって言ったでしょ? というか、コロネちゃんの場合、ぼくよりおっかない人たちがやってくるかもよ? 今のは、ここだけの話にしておくから、ちゃんと謝ること」
「……いや、だが、俺の仕事的にはだな……そういうのが大事なん……だが」
「ルベロ? ぼくが笑っているうちに、謝って、ね?」
「……すいませんした」
「いえ、別に、気にしてませんし」
というか、ちょっとびっくりしただけだし。
意外と、真正面から敵意を向けてくる人って、少なかったからねえ。
最初に会った時の、ウーヴさんくらいかな?
むしろ、それよりも、その後のプルートとこの人のやりとりの方が怖かったんだけど。
うーん、やっぱり、塔の住人ってだけあって、プルートもちょっとしたクセ者って感じなのかなあ。
さっきのって、カミュとか、レーゼさんとかのざわり感に近いし。
まあ、コロネも、そういうのに大分慣れてきたんだけどね。
気にしたら、キリがないのだ。
「まあ、せっかくだし、親睦もかねて、お茶でも飲んで行ってよ。ひとまず、今紹介できるのは、ここにいるメンバーだけだけどね」
そんなこんなで、プルートに勧められるがままに、この建物の来客用の部屋へと案内されるコロネなのだった。
「えっ!? ルベロさんって、絵本作家なんですか!?」
「悪いか? 俺が、絵本を描いたら悪いってのか?」
改めて、自己紹介されて、ちょっと、いや、かなりびっくりした。
このガラのちょっと悪いホスト風の外見の人が、実は、絵本を描いているって聞いたら、さすがにびっくりはすると思うんだけど。
いや、人は見かけによらないねえ。
だから、プルートのところで、紙作りを手伝っているのか。
あるいは、紙を作っているから、絵本を描くことに興味を持ったのか。
「だから、脅すなって言ってるでしょ? コロネちゃんが怖がるから」
「いや、プルート、今のは地で、質問しただけなんだが」
「というかね、ルベロ。君たち兄弟が好きな、ハチミツとか使った甘い料理が得意なのが、コロネちゃんなんだからね? あんまり、嫌われると、そういうのを売ってもらえなくなるよ? それでもいいのなら、ぼくも何も言わないけど」
「――――! 本当か!? すまなかった、コロネ! 全面的に謝罪するぞ!」
「いや、あの、別に怒ってませんから」
いきなり、土下座しようとするルベロさんを慌てて止める。
というか、このルベロさんの反応を面白がっている自分がいるというか。
何となく、ウーヴさんをからかっているメイデンさんの気持ちが分かるというか。
そんな感じだ。
ギャップ萌え?
いや、そういうのはよくわからないけど。
「と言いますか、ルベロさんってハチミツが好きなんですか?」
「はは、そうだよ、コロネ。こいつら……このルベロには上と下に兄弟がいるんだけど、その三人とも、ハチミツを使った料理が大好きなのさ。昔、それで、いいように騙されて、お勤めを放棄したこともあったしな」
馬鹿だろう? とレラがからかうような笑みを浮かべる。
それを聞いて、ルベロはルベロでむすっとしているし。
「まあ、そのくらいの弱点があった方が愛嬌があっていいと思うけどね。ちなみに、レラとカオリも、コロネちゃんには、自己紹介はしたの?」
「ああ。あたいの能力とかに関しては、まだ言ってないけどな」
「私もね。初めての人だとびっくりするだろうしね」
ふうん。
ふたりの能力か。
そんなに変わっているのかな?
まあ、レーゼさんに会った後で、それ以上にびっくりすることなんて、そうないと思うけどね。
そうコロネが思っていると。
「まあ、コロネちゃんなら、大丈夫じゃない? カオリ、面白いから、いつものやってみて」
「いいの? まあ、プルートさんがやれって言うならやるけど……じゃあ、行くよ? えいっ!」
「うわっ!?」
カオリがそう言った瞬間、彼女の首がぽろっと落ちて、すぐ、宙に浮いた。
「ぷるるーん!」
びっくりしているコロネとは対照的に、その首を見ながら、楽しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるショコラ。
そのふたりを交互に見ながら。
思わず言葉を失うコロネなのだった。
 




