第315話 コロネ、バゲットを味見する
「でも、リディアさんもすごいですね。そんな遠くまでわざわざありがとうございます」
「ん、別に大したことじゃない。今も、ちょっと頑張っただけ」
東大陸から、ここまでやってくるのを、ちょっと、と言うあたり、リディアもすごいよね。
この白一色の女の人がどこまですごいのか、さっぱりだよ。
「てか、呆れたもんだな、この歩く常識クラッシャーめ。あんたを最初に、冒険者にスカウトしたやつに、ほんと、お礼を言いたいくらいだよ」
こんなのが、敵にまわったらと思うとぞっとする、とカミュ。
あ、そっか。
冒険者ってことは、一応、リディアも教会とも関係がないってわけじゃないのか。
まあ、いつからの付き合いかはわからないけど。
「うん? 別にそんなことしない。カミュ、心配しすぎ」
美味しいもの、食べる。
それだけ、とリディアがきょとんとした感じで応える。
実際、カミュによれば、食材を守るという、ただそれだけのために、リディアによって、国家間の調停までなされたこともあるのだそうだ。
もちろん、表向きは公表できることじゃないし、本人もどこ吹く風で、好きなように動いては、好きなように去っていくため、功績に反して、リディアの冒険者のランクは低いのだとか。
リディア本人も、冒険者として注目されるのは、あんまりなんだって。
もっとも、その容姿と、功績で、冒険者の間でも有名すぎる存在ではあるけど。
基本的に、報酬に興味がないので、成果として反映されないのだとか。
まあ、この町で食材を売るだけでも、お金はいくらでも手に入るみたいだしね。
そういう意味では、どこまでも自由人って感じだ。
同時に、冒険者のランクってあてにならないってことでもあるけど。
まあ、何はともあれ、ありがたく、バナナとパイナップルは受け取って。
これはこれで、色々と使わせてもらおう。
「それじゃあ、バゲットの試食をしましょうかね。今日作ったのは、どっちかといえば、歯切れのいい、軽めのタイプですね。サンドイッチとかによく合う感じです」
一本のバゲットをスライスしながら。
最初は、サンドイッチじゃなくて、パンそのものを食べてもらおう。
まだ、焼きたてで温かいし。
切るとほんのりと湯気が立ちのぼる感じだよ。
中もしっかりと、空気の穴が開いているし。
匂いといい、このバゲットはうまくいった感じが、びんびんと伝わってくるよ。
ふふ。
後は味だね、味。
「じゃあ、ちょっと、毒見しますね……あっ、やっぱり美味しい。この町の小麦って、フランスパン向けかもしれませんね」
豊かな甘い香り、それでいて、表面はさっくり、中は程よい歯触りで、ゆっくり噛みしめると、パンを食べてる! って感じに浸れるのだ。
発酵の風味などは、一晩おいて作ったバゲットよりは、淡い感じだろうけど、それでも、ほのかに感じる甘さは、小麦本来の味がしっかりと出ているし。
「大丈夫です、バゲットとして、しっかり焼けてますよ。はい、どうぞ、皆さん」
「どれどれ……おっ! 美味いな、このパン。確かに白いパンの風味って感じだが、あたし的には、しっかりした硬さが嫌いじゃないな。何て言うか、食べ慣れてるパンがレベルアップしたって感じだな」
「ん。美味しい」
「なのです! これもいいのですよ! コロネさんが言っていたように、食事の時によく合いそうなのですね。甘さ控えめなのです!」
「ぷるるーん!」
「丸い黒パンとも大分違う感じですね、コロネ先生。バターロールやクロワッサンと比べると、あっさりしていますけど、パンの味が深い、という感じがします」
「やっぱり、美味しいのですよぅ」
「はは、こいつは確かにバゲットだな。美味いぜ。というか、このレベルのフランスパンを食うのは久しぶりだ。やっぱり嬉しいもんだな」
そんなこんなで、みんなが笑顔を浮かべている。
しみじみとしたオサムの言葉には、何となくコロネもうれしくなる。
やっぱり、このバゲットって、再現が難しかったんだろうね。
他の料理の方がいそがしかったってのもあるんだろうけど。
「それじゃあ、今度は、オサムさんが持ってきてくれたもので、サンドイッチにしてみましょうか。ハムと野菜とか、ハムとチーズと野菜とか、半分に切れ込みを入れたバゲットにはさんでいく感じです。カスクルートですね」
フランス風のサンドイッチ、カスクルート。
日本だと、バゲットを使うのが主流かな。
気軽に、色々とはさんで食べられるので、けっこう人気があるんだよね。
「あっ! そうそう、カスクルートってなら、ちょうどいいものがあったんで、持ってきたぞ。酒のつまみに、保存食に、ぴったりのものだ」
そう言って、オサムが、さっきコロネも気になった容器を開ける。
中に入っていたのは、肉っぽい感じのコンフィを固めたようなものだ。
あ、これってもしかして。
「オサムさん、これって、リエットですか?」
「ああ。豚とか鴨肉を使って作ってたやつだ。はは、コロネもタイミングがいいな。これ、ワイン好きの連中や、保存食が必要なやつらに評判がいいからな。割とよく仕込んでいるんだよ。やっぱり、バゲットなら、これは欠かせないだろ」
そう。
リエットというのは、伝統的な保存食の一種だ。
肉のコクと旨みをたっぷりと閉じ込めたパテと言ってもいいだろうか。
肉がとろとろに柔らかくなるまで、じっくりとコンフィするため、作るのに時間がかかるんだけど、これを半分に切ったバゲットに薄く塗って、サンドイッチとして食べるのは、ある意味、定番と言ってもいい。
実際、リエット単品でも、ワインのつまみって感じだしね。
ただ、オサムが普通に、これを常備していたのはびっくりだけど。
「ありがとうございます。それでしたら、これのサンドイッチも作っちゃいますね」
ハムチーズと野菜のサンドイッチに、リエットのカスクルート、だ。
バゲット一本まんまだと、リディアくらいしか食べられないだろうから、適当な大きさに切っていって、と。
リエットはシンプルに、それだけをサンドしてみた。
「では、どうぞ。皆さん、試食をお願いします」
「……うめえ!? なんだこれ!? くっ!? これ、明らかに、酒のつまみだろ!?」
「うん、お肉の味が一緒ですごい。これも至高」
「はは、やばいな、このリエットの方。確かに、カミュの言う通り、ちょっとばかし、酒が欲しくなるよな、これ」
「こっちのハムとチーズの方もすごいのです! なるほどなのです! やっぱり、このバゲットというパンは、こうやって食べるのがいいのですね! 中の具材をしっかりと受け止めて、よりいっそう美味しく食べられるのです!」
「というか、それ、オサムさんが持ってきた食材が良いんですけどね」
どっちかと言えば、カスクルートにぴったりのものばっかりだもの。
焼きたてのバゲットに、それらを挟んで。
これでまずいはずがないものね。
というか、コロネはちょっと味見した程度で、せっせとサンドイッチを作っているんだけど、作った端から、リディアを始め、みんなの胃袋へと収まっていくし。
いや、ショコラも張り合わないの。
さっき、ごはん食べたばっかりでしょ、まったくもう。
「すごいですね。こっちのはお肉って感じですね」
「そうね。というわけで、ちょっと葡萄酒を持ってきたわよ。まだ、試食が残っているから、ちょっとだけどねえ」
「おっ! ジルバ、話せるな! あたしにも少しくれ!」
「おいおい、カミュ。お前さん、自分の酒はどうしたんだよ?」
「いいじゃないか、オサム。これはやっぱり、葡萄酒の案件なんだよ。そっちの方が合うって、あたしの勘が言っている!」
「はい、レイさんもどうぞぉ……おいしいぃ?」
「ムームー!」
うーん。
お酒が入って、ちょっと状況が混沌としてきたかな。
というか、これから、ソルベの試食もあるんだけど。
酔っぱらっちゃったら、『ベネの酒』のソルベの味って、大丈夫かな?
ちょっと呆れつつも、コロネもハムチーズのサンドイッチを食べる。
うん!
やっぱり、こっちもいい感じだよ。
今日は、オサムさんがチーズを持ってきてくれたけど、これはこれで貴重品なんだよね。教会でも、大量には作れないから。
でも、やっぱり、チーズって大事だよ。
今後は、チーズについても何とかはしたいかな。
そうすれば、お菓子作りにもチーズが気軽に使えるようになるしね。
たぶん、チーズ系のお菓子って人気が出るだろうし。
「あの、皆さん。バゲットもいいですけど、そろそろ、新しいアイスの方の試食に移ってもいいですか? あ、リディアさん、心配しなくても、後でゆっくり食べて大丈夫ですから」
黙々とハイペースで食べているリディアに伝える。
というか、そのために呼んだわけだしね。
もうすでに、全体のバゲットの半分くらいを食べちゃってるし。
さすがは、『大食い』って感じだよ。
本当に、リディアがおなかいっぱいになることがあるのか、不思議なくらいだもの。
「ん、そっちも興味がある」
良かった。何とか止まってくれたみたい。
これで、ソルベの試食へと入れるね。
「コロネ、そっちの琥珀色してるのが、酒のアイスか?」
「はい。赤いのがいちごで、その隣がぶどうですね」
三種類のアイスを、それぞれの器に盛り付けて。
そして、その場にいる全員の前へと用意だ。
「では、味見の方をお願いします」
そんなこんなで、試食会の方はもう少しだけ続く。
 




