第312話 コロネ、いちごのソルベを作る
「それじゃあ、グラス……氷菓子の部門その二、ソルベの作り方に入るね。今日のところは、果物がいっぱいあるけど、リリックに魔法で手伝ってもらうことも考えて、三種類のソルベにしぼって、それで作っていこうと思うのね」
「コロネ先生、ソルベって、アングレーズを使わないアイスでしたよね?」
お、リリック、ちゃんと覚えてたね。
偉い偉い。
「そうそう。マリィと、あ、あの時はピーニャも一緒にいなかったよね? だから、ふたりにも改めて説明すると、ソルベって言うのは果物とかお酒をベースにして、シロップなどを使って甘みをつけて凍らせたものを言うのね。アングレーズを作る時みたいに、たまごとか牛乳に火を入れないで作るから、素材の味をそのまま楽しめる氷菓だね」
ただし、お酒とかを使う場合は、物によってはアルコールを飛ばすために、ちょっと煮詰めるし、ミルクのソルベを作る時も温めたりもするけどね。
その場合は、砂糖とか練乳とか水飴とか、そういうのを溶かす感じなので、ぬるくなるまでって感じかな。
実際、ミルクのアイスと違って、たまごは使わないから、同じミルクを使っても、アイスクリームとソルベだと、大分、味とか食感が違うのだ。
その辺は、氷菓も奥が深いってところだね。
「コロネさん、そのソルベも、アイスクリームと同様に、果物なら何でもいいのですか?」
「うん、そんな感じだよ、ピーニャ。氷菓子に関しては、基本の作り方さえ覚えちゃえば、あとは素材に合わせて応用するだけだからね。工夫次第で、どんな食材とも合わせることができるし」
一応、果物とかお酒って言ったけど、野菜メインのソルベも作れるし、ハーブとか山菜のソルベとか、面白いのだと、唐辛子とかオリーブオイルのソルベとかもあるし。
かなり癖の強いハーブとかでも、ソルベにすると、さわやかな苦みくらいになって、ちゃんと調和してくれるので、作る側としては、色々試せて楽しいのだ。
「なるほどなのです。マジカルハーブでも作れるのですね」
「そうそう。こっちにもあるのかわからないけど、ミント系の味も人気があったからね。チョコレートと合わせると、なかなかいい感じだよ」
もっとも、ミント系のアイスって、好みが分かれるからね。
こっちでも人気が出るかは、まだ未知数かな。
最初のうちは、基本形のものが無難だろうね。
「それでね、今日作るのは、いちごとぶどうと……後は、これね」
「えーとぉ、コロネさん、最後のはお酒……ですかぁ?」
「うん、そうだよ、マリィ。これは、ドムさんからもらったお酒だよ。『ベネの酒』って言うんだって。お酒というか、錬金術とかで作った薬草酒って感じらしいけど」
せっかくだから、お酒のソルベもと思って、『ベネの酒』を用意した。
今、コロネが使えるお酒って、これか、ジーナのところで作ってた蜂蜜酒だったから、どっちにしようかな、って思ったけど、こういうタイミングでもないと、使いどころが難しそうだったので、こっちに決めた。
ケーキとかで、ブランデーみたいな使い方でも良い気がしたけど、ちょっと、お酒好きの人からの反応とかも見たかったしね。
だったら、甘さの強い蜂蜜酒よりも、こっちでソルベだ。
後は、いちごは一種類しかないので、品種は『すいーときんぐ』で、ぶどうの方は『シャイニング』を使うことにした。
「それじゃあ、あんまりのんびりしてると、バゲットの方の工程にかかってきちゃうから、さくさく進めようか。まずは、いちごからね」
材料は、いちごと、水とハチミツから作ったシロップだ。
本当は、砂糖を使ってシロップを作った方がいいし、それとは別に、レモンの果汁やキルシュも使った方がいいんだけどね。
あるいはワインとか。
今はないものねだりだから仕方ないけど、ちょっと酸味を加えることで、味もきりっと締まるし、ソルベの色も鮮やかなままになるのだ。
「いちごはヘタを取って、小さく刻んで、この間、ムーサチェリーのアイスを作った時とおんなじ要領で、しっかり撹拌した後で、とろとろの状態になったら、最後にこしていく感じね」
「「「はい!」」」
そんなこんなで、いちごをつぶす作業に入る。
というかさ。
ムーサチェリーの時にも思ったけど、これ、早々にミキサーは必要だね。
早いところ、ジーナのところに行かないといけないよ。
本当は、いちごの場合、ミキサーでピュレ状にしちゃえば、そのまま使えるわけだし。
なめらかさのために、こしてるけど、ちょっともったいないものね。
残った部分は、後でいちごジャムとかに活用だ。
「はい、そんな感じね。これで、このいちごにシロップを混ぜるよ。この時のポイントはある程度の甘みに合わせるって感じかな。甘すぎたら水を加えて、甘さが足りなかったら、シロップを少し加えて、ね。そうしないと、ねっとりとした食感で固まらないから」
糖度が低いと氷のように固くなっちゃうし、糖度が高すぎると甘さが口に残って、後味が悪くなっちゃうのだ。
その辺は、バランスが難しいんだよね。
「コロネさん、甘さの見極めはどうするのですか?」
「うーん、ごめんね、ピーニャ。そっちはオサムさんに相談しておくよ。糖度を計る機械というか、器具が必要になりそうだし。それまでは、勘だねえ」
ほんと、教える者としてはもうしわけないんだけど、しばらくは感覚に頼るしかないと思うんだよ。
まあ、こっちだと、視覚強化とかもあるから、何とか違いを判断できるといいんだけどね。
とりあえず、リリックとマリィには、アングレーズ作りの時から、意識してもらうように言ってはいる。
たぶん、糖度計のない時代って、アイスの職人さんの感覚で何とかなっていただろうしね。
何となくって意味なら、コロネも粘度とかで、ちょっとはわからなくもないし。
もっとも、果物の場合は個体差があるので、その辺の微調整は難しいけどね。
ともあれ。
いちごのアパレイユが完成だ。
「それじゃあ、ちょっと待っててね。冷凍庫から準備しておいたものを取ってくるから」
三人に断わって、冷凍庫の中でも、冷たい区画に置いておいたボウルをいくつか持ってくる。
この、マイナス四十度以下で、しっかりと冷やしておいたボウルが今回の製法のポイントだ。
「コロネさん、これは何なのですか?」
「冷凍庫で冷やしておいたボウルだよ。今日は、これを何個かと、リリックの水魔法を使って、ソルベを作っていくの」
「えっ!? そうなんですか、コロネ先生?」
リリックがちょっとびっくりしたように言う。
さっき、手伝ってとは言ったけど、詳しい方法については説明してなかったしね。
「うん、そう。あのね、わたしのいたところでは、アイスクリームとかソルベとかを簡単に作る機械があったの。というか、今も、オサムさんに頼んで、そっちの方も開発中なんだけど。その機械の簡単な理屈ってのが、『機械で冷たい状態を保って、撹拌する』とか、『食材を凍結させておいて、特殊な刃で粉砕して撹拌する』ってものなのね」
ソルベマシンとか、パコジェットって、基本的な機能って、そんな感じだし。
だったら、魔法とかを使って、同じ状況を再現できないかな、って。
「ここでのポイントは、『冷やす』ってのと『撹拌』ね。このボウルが冷却されたシリンダーの代用、そしてリリックの水の『ワールプール』が撹拌の代用、ってね」
ソルベマシンのように、シリンダーを冷やし続けることができないのであれば、そのシリンダーの代わりになるように、いくつかボウルを順番に使えばいい。
そして、撹拌の機能は、魔法で代用する。
これで、機械と同じことができると思うのだ。
「つまり、この中に、今作ったいちごのソルベの元を入れて、魔法で撹拌ってことですね?」
「そうだよ、リリック。理屈としてはそんな感じね」
問題があるとすれば、コロネがリリックの魔法を一度も見たことがないってことだよね。
その『ワールプール』の撹拌がどんな感じなのかは、想像でしかないから。
ただ、まあ、バター作りでもやってるってことは、ボウルの内側で撹拌ってこともできると思うんだよね。
あっ、そうだ。
「ちなみに、リリック。ボウルを二つ合わせた内側でも魔法って使えるの?」
「あ、できますよ、コロネ先生。この魔法って、別に接している必要をありませんし。もっとも、生き物の内側とか、障壁があるところに関してはできませんけどね」
へえ、そうなんだ。
ボウルの場合は、特に問題ないって感じなんだ。
だったら、球体になったボウルの内側で、撹拌してもらおう。
そっちの方が、はみ出したりしないように、注意する必要がないものね。
だったら早速準備だ。
片方のボウルに、今のいちごシロップを入れて。
もうひとつを合わせる感じで、しっかりと固定して、と。
「それじゃあ、リリックお願いね」
「はい! では行きますよ……『ワールプール』!」
おっ! すごいすごい!
今、球体のボウルを、手袋をしたコロネとマリィで押さえているけど、中でシロップが回転したり、混ざり合っているのがわかるよ。
思ったより激しい感じかな。
「すごいね、けっこう勢いがあるんだね」
「そうですね。この状態ですと、制御しやすいですからね。真ん丸ですし」
だから、遠慮なく力を維持できる、とのこと。
なるほどね。
確かに、押さえてるのが大変だもの。
でも、始めて、少し経っただけで、中からシャリシャリって音が聞こえてきたから、ちょっとずつ凍り始めているのがわかる。
「ちなみに、コロネ先生。これはどのくらい続けたらいいんですか?」
「一応、十五分から二十分くらいを考えていたんだけど、下手すると十分かからないかもね。うん、中のシロップが動かなくなったら終了にしよう」
「わかりました」
量が少ないせいもあるんだろうけど、意外とボウルふたつで何とかなりそうだ。
そんなこんなで、十分経つか経たないかくらいで、完全に中の物が動かなくなったので。
「うん、リリック、魔法止めて大丈夫だよ。お疲れ様」
「はい……解除しました。でも、思っていたよりも固まるのが早かったですね。それで、どうですか? 中身の方は」
「ゆっくり開けてみるよ……おおっ! やったやった! ちゃんと凍ってるね!」
ボウルを開けてみると、しっかりとこびりついた感じで、いちごのソルベができあがっていた。
いい感じで、ねっとりしてるし。
でも、すごいね、水魔法の『ワールプール』。
正直、水系統だったから、固まった後は大丈夫かなって思っていたんだけど、しっかりとソルベになっていたよ。
「やったね、リリック! これ、成功だよ! 新しい製法って感じだね!」
「あ、良かった……うれしいですよ、お役に立てまして」
「なのです! すごいのですね! これもアイスの一種なのですよね? それが、こんなにあっという間にできるなんて、驚きなのです!」
「うん。アイスクリームでも同じことができるからね。ほら、一時間おきに混ぜる作業があったでしょ? あれを凍らせるのと同時にやってる感じだから。もちろん、魔法を使っているから、限界はあるけど、アイスクリームの時間短縮の製法だよね」
アイスの場合は、もうちょっとかかるかも知れないけどね。
ふふ、でも、これで選択肢が増えたねえ。
パコジェットができる前に、これができたのは大きいよ。
できあがったソルベを味見するのも忘れて。
盛り上がるコロネたちなのだった。




