第308話 コロネ、お休みをもらう
「へえ、なるほどねえ、コロネちゃんは弓を使うことにしたの?」
「はい。それで、ジルバさんにもご相談をと思いまして」
訓練が終わって、すっかり日も暮れてしまって、夕食の時間。
コロネが上にあがる頃には、他の人たちもすっかりそろっていて、オサムを中心に食事の用意ができていたのだ。
ちなみに、今夜のメニューはデミグラスソースのハンバーグに、サラダにスープという組み合わせだ。主食は、ピーニャが試している、白い小麦粉と全粒粉を混ぜて焼いた食パンで、しばらくは、毎日、この食パンが食卓へとあがるとのこと。
今は、分量の配合をチェックしているところなので、それが終わるまでは、って感じらしいけど。
一応、メニューがハンバーグになった理由も、明日の営業への仕込みとちょっと関係があったりなかったりするらしい。
パン工房の白い小麦粉のうち、そこそこの量をオサムが確保していたようだし、そういう意味では、明日はそれを使ったものがメインになるみたいだね。
午前中を使って、仕込んじゃうって話だし。
さておき。
ちょうど、集まったメンバーの中に、ジルバもいたので、さっきメイデンから言われたことを、そのまま相談していた。
元盗賊ということもあって、ジルバも弓矢の扱いは得意らしいから。
「まあ、得意って言っても、あたしの場合、魔法併用で、つぶてとか、もうちょっと小型のものがメインなのよね。でも、コロネちゃんが練習するって言うなら、付き合うわよ? 射撃用の的なら、冒険者ギルドの裏とかにもあるし。あ、専門家に教わりたいって言うなら、一緒にシヴァリエさんのとこに行きましょうか。あそこ、狙撃班って感じだもの」
あたしも魔法弓の練習をしようと思ってたし、とジルバが笑う。
大物のモンスターが相手だと、どうしてもそっちも必要になるのだとか。
腕が鈍らないように、たまには練習しないといけないってことらしい。
というか、冒険者ギルドの裏にも、そんなところがあるんだね。
そういえば、奥側って、塀が続いているだけで、コロネも中がどんな感じなのか、見たことがなかったし。
「はい、お願いします、ジルバさん」
「となると、メイデンちゃんの訓練が夕方だから、夜とかの方がいいのかしらね? コロネちゃんの疲労度にもよるけど」
それに、シヴァリエさんの都合も確認しないと、とジルバ。
農家連と言っても、シヴァリエさんの場合、作物を育てるって感じじゃなくて、現れたモンスターとかに対応する遊撃部隊って感じだから、日によって、予定がまちまちなのだとか。
一応、その辺を確認した上で、もしダメでも、練習施設だけ借りれば、ジルバが付いてくれるってことらしい。
なるほどね。
「うん? ジルバ、午前中とかはダメなのか? 明るいうちの方が練習しやすいと思うんだが」
「あー、ダメよ、マスター。あたしが本調子じゃないもの。朝方は眠くって。だから、パン工房も手伝ってないんじゃない」
「おいおい、そっちが理由かよ」
オサムが少し呆れたように言うと、ジルバも苦笑して。
「まあ、それもあるけど、いえ、どっちかと言えば、それがほとんどだけど、ここ数日を見た感じだと、コロネちゃんって、そっちの時間の方がいそがしそうじゃない? あたしとかみたいに、夜の時間の活動も特に問題なさそうだし、そういう意味なら、夜の方が無難だと思って」
あ、意外とコロネの行動って、把握されていたんだ。
実際、ジルバが朝が弱めってのも事実らしいけど、食材集めとか料理とか、昼間はそっちを頑張ってもらいたいってのがあるらしい。
気を遣ってもらって、ちょっとうれしい。
「それにね、マスター。暗がりで的を狙えるようになった方が、絶対に得だもの。最初っから慣れておくに越したことはないわ。普通の時間帯って意味なら、メイデンちゃんたちとの特訓の方でもできるんだし」
「なるほどな。考えているのならいいが。ただな、あんまり無理はさせるなよ? どうも、コロネの場合、休むのがあんまり得意じゃないみたいだしな」
苦笑しながら、オサムがこっちへと向き直る。
「なあ、コロネ、お前さん、ずっと働き尽くめだろ? こっちに来てから」
「ええと、別に、前のお店と比べてもそこまでは、って感じですよ、オサムさん。というか、それを言ったら、オサムさんやピーニャとかもそうじゃないですか」
何だかんだ言っても、毎日お店で料理とかしてるよね?
ピーニャに至っては、パン工房が無休だから、ちょっと無理してるかなって思うもの。
「あ、コロネさん、ピーニャは大丈夫なのですよ。こう見えて、毎日睡眠たっぷりなのです。早寝早起きをしているだけなのですよ」
「俺はそもそも、ほとんど、この塔の中にいるしな。隙を見て休んだりもしてるし。お前さんと違って、あっちこっち行ったりしてないし」
そういう意味では、心配だと、オサムに言われてしまった。
うーん。
コロネとしては、今の状態も充実していて、嫌いじゃないんだけどね。
周りから見るとそんな感じなのかな。
ただ、今、休むのもなあ、って感じもあるし。
果樹園の方でも、委託販売の話を進めれば、レーゼさんの素材を譲ってくれるって話だし、コボルドさんの町の方の話を進めれば、軟質小麦が安定して手に入るかも、だし。
それを言うと、オサムが苦笑して。
「おいおい、もうそこまで話が進んでるのか? 早いな。何というか、コロネの場合、人に恵まれているよな。普通、お前さんのレベルだと、他の町には行けないからな」
「そうですね。わたしもそう思いますよ」
本当にね。
自分は、人に恵まれていると思う。
ピーニャもそうだし、プリムさんもそうだし。
そもそも、他人事のように言っているけど、やっぱり、オサムさんが、この町にいてくれたってことが大きいんだけどね。
相変わらず、気付いているんだか、気付いていないんだか、わからないんだけど、この目の前で笑ってる人は。
「ただ、なあ……そうだな。よし! コロネ、お前さん、明後日、休みで決定な」
「はい?」
また、オサムさんがいきなり何か言い出したよ。
というか、別にコロネも誰かに強制されて働いている感じじゃないんだけど。
どっちかって言えば、フレックスタイムという感じだし。
オサムからもかなり自由にさせてもらってる自覚はあるんだけど。
「いや、何ですか、その休みって」
「何、そのままの意味だよ。というか、コロネ、お前さんもしっかり休め。そうしないと、リリックとかマリィとかも休めないだろ? ちょうど良いから、三人とも、毎週の木の日は休み、な。ピーニャ、パン工房の方も、そういう形で調整してくれ。というか、そっちの方も、コロネが来てから、飛ばし過ぎだ。新体制が馴染むまで、もうちょっとペースを落とせ」
パン工房も、コロネやリリックたちのフォロー前提で、予定を組んでるだろ? とオサムが苦笑する。
それはそれで、続けられるなら悪いことじゃないが、それが当たり前になるのはあんまりよろしくない、と。
一応、雇用主として、給料を払っている以上は、従業員の休みについては、きっちりと口を挟ませてくれって感じらしい。
というか、改めて、リリックたちの話をされて、ちょっと反省だ。
確かにね。自分のペースに付き合わせ過ぎるとまずいよね。
うん。
やっぱり、お弟子さんを取るのって、難しいなあ。
ちゃんとそういうところも気を付けないとね。
「まあ、ずっと我慢していた分、ピーニャが張り切る気持ちもわかるさ。そもそも、若い頃は、多少は無茶をした方が良い時もあるしな。だが、それを続け過ぎるのはまずいってことさ。どこかで、糸がぷつんと切れることもある。休める時に、しっかり休んで体調を整えるのも、立派な仕事だってことだよ」
「わかったのです、オサムさん。三つのラインのバランスがとれるまでは、少しゆっくりと話を進めるのですよ。コロネさんのおかげで、新しいパンも大分増えたのです」
とりあえず、今作れるパンを定着させる方向で進めるのです、とピーニャ。
あ、それを聞いて、ひとつだけ言っておかないと。
「あの、オサムさん、ピーニャも。一応、夕食の後で、バゲットとかの作り方はやっておきたいので、そっちだけはやらせてもらってもいいですか?」
新しいパンとして、バゲットと、それと並行して、グラスのその二というか、氷菓作りも伝えてはおきたいのだ。
まあ、バターロール、クロワッサンとカレーパンに、もうちょっとだけ、しっかりしたパンがひとつ欲しいというか。
そうすれば、パン工房としても、それらを安定して作りつつ、新しい人員の調整という形にもできると思うしね。
「はは、まあ、いいんじゃねえの? ピーニャが問題なければ、俺としては言うことはないからな」
「なのです! そのパンも作れるようになっておきたいのですよ! ピーニャが覚えておけば、コロネさんの手をわずらわせることもないのです」
「まあ、明後日はしっかり休めよ? せっかくだから、この町の他の店をめぐってもいいだろうしな」
そうだよね。
やっぱり、他の料理人さんのお店とか、まだ顔を出してないところもいっぱいあるしね。
お休みってことなら、そっちに行ってもいいよね。
……うん?
自分の料理がらみじゃないってだけで、やってることはあんまり変わらない気もするんだけど?
まあ、リリックたちにお休みを、って感じでいいのかな。
「ねえ、リリック、マリィ、それで大丈夫?」
「はい、コロネ先生。まあ、お休みと言いましても、シスターにしても、休みとかあってないような状態でしたしね。ちょっとだけ、という感じですね」
「わたしも大丈夫ですぅ。といいますか、お休みもらえるのに、嫌なはずないですよぅ」
なるほどね。
教会が休みなしってのは何となくわかるけど。
子供たちのお世話とかもあるからねえ。
マリィは『朝が早いのが大変でしたので、ゆっくり眠れるのですぅ』って言ってるし。
実は早起きが苦手だったのか。
それは知らなかったよ。
まあ、これを機に労働環境の見直しって感じかな。
そんなことを話しながら、夕食の時間は続いていくのだった。




