第307話 コロネ、召喚獣に驚く
「……って、あれ?」
「ぷるるーん!」
ふと気が付くと、ショコラが何かをもぐもぐと食べていた。
って!?
いやいや!
ショコラが食べてるのって、フェンちゃんが出した、黒い狼のお肉だよね!?
生肉って言っちゃうとリアルで嫌なんだけど、まあ、焼いたりとかしていない、狼の肉というか、魔素でできた『影狼』のなんちゃってな身体というか。
えーと、これって食べられるの?
「ちょっと、ショコラ。ダメだよ、勝手に食べちゃあ」
「ぷるるっ? ……ぷるるぅぅ」
申し訳なさそうに、ちょっとしょげた感じでごくんと飲み込むショコラ。
というか、それでも飲み込んじゃうんだ?
いやいや、そもそも、これって食べても大丈夫なの?
「ありゃりゃ、ショコラ、食べちゃったんですね? でも、今の状態だと、あんまり美味しくないでしょ?」
「ぷるるっ!」
フェンちゃんがちょっと呆れたように言うと、そんなことはないっ! って感じで、ぷるぷるとショコラが首を横に振る。
首というか、頭というか。
うーん、スライムのその手の動作って、説明が難しいねえ。
いやいや。
そもそも、この影の狼さんって、食べても大丈夫なの?
「ねえ、フェンちゃん。このお肉って、食べても大丈夫なの?」
「はい。まあ、一応は、魔素でできてますから、一部の魔法食材とおんなじようなものですよね。フェンが出し入れできるのも、自分の操作が届くところまでですから、今のショコラが消化しちゃった分は、もう消せませんけど」
「え? 魔法食材?」
そうなんだ?
魔法食材の中には、魔素そのものが変質してできたものもあるらしい。
へえ、それじゃあ、この『影狼』って、食材にもなるんだ。
すごいね、フェンちゃん。
それだったら、魔素がある限り、食材を何もないところから生み出せるってことだものね。
そう言うと、フェンが苦笑して。
「いえいえ、長い時間をかけて、蓄積されて生まれたものなら別ですけど、今のフェンのやつですと、ただの魔素の集合体ってだけですよ? 味とかもありませんし、栄養もありませんし、何より食べた気がするってだけで、満足感もあんまりですし。純粋な魔素だけの食材って、基本、味がないものが多いですもの」
「ほら、コロネ。確か、ピンク色のパンの素の時に、『竜のエキス』の話があったと思うけど、あのエキスもそっち系統だ、よ。無味の食材というか、ね」
「あ、なるほど。そういうことなんですね」
例のピンクの酵母。
マジカルベーキングパウダーを作るのに使った『竜のエキス』だ。
なるほどね。
あれも、この『影狼』みたいに、魔素でできているんだね。
確か、オサムさんも触媒がどうとかって言ってたっけ。
『竜のエキス』単体だと、味がしないから、あんまり料理には使えないって。
へえ、それじゃあ、こっちだと、魔素も食材になるんだね。
何となく、魔法を食べるって感じだけど。
「すごいねえ、ショコラ。魔法を食べちゃったんだ?」
「ぷるるーん!」
「いや、コロネさん、今の状態でしたら、フェンたちでも食べられますよ? もっとも、お肉のようになってるのは、再現のためで、お肉と同じような性質をしてるのかは、フェンも知りませんけど」
さすがに、これを使って料理とかしたことないですから、とフェン。
まあ、そうだよね。
何となく、共食いって感じだし、そもそもが取り立てて、味もしないらしいから、わざわざ料理して、ってものでもなさそうだものね。
実際、ダークウルフさんたちだったら、いくらでも、ごはんが食べられそうだものね。
とっても強いし。
「あれ、フェンちゃん? シャーリーさんとかもやったことはないの?」
「あー、お母さんは人狼種ですからねえ。これができるのって、お父さんとフェンと、後はお姉ちゃんくらいなんですよ。お姉ちゃんも闇狼の変化とか苦手なので、どっちかと言えば、人型になっちゃいますし。ですから、たぶん、試してないですよ?」
何でも、フェンの兄妹って、純粋な闇狼じゃないから、それぞれで、得意分野がちょっとずつ違っているらしい。
フェンが言ったお姉ちゃんってのは、フィオナって言って、兄妹の中では、闇魔法が得意な感じなんだとか。
姿見については、シャーリーさん寄りで、人間に形態の方がとりやすいとかどうとか。
ちなみに、フェンちゃんは闇狼寄りで、お父さん似とのこと。
へえ、そんな兄弟でも違うんだね。
おんなじ狼種って感じもするけど、人狼と闇狼でもちょっとは違うのか。
そうなると、異種族での婚姻って、大変だね。
そういうことも色々と違うってことだし。
「まあ、影を使った応急処置とかは、みんなできますけど、こんなに出したり引っ込めたりできるのって、フェンくらいですもん」
えっへん、と胸を張るフェン。
だからこそ、ウーヴもフェンちゃんがサーカスに入るのに猛反発だったんだって。
一番、闇狼種の血が濃いのに、一番、人間とかに懐いちゃってるから。
なるほど、色々あるんだねえ。
「確かに、さばくためには、良い教材だとは思ったけど、ね。まさか、そのままショコラが食べるなんて、ちょっと予想外か、な。まあ、別に毒ってわけじゃないだろうし、コロネもあんまり気にしなくてもいいと思う、よ?」
「わかりました。でも、ダメだよ、ショコラ? 勝手に、その辺のものを食べちゃ。持ち主がいるかもしれないんだからね?」
「ぷるるっ!」
気を付ける! って感じで、ショコラが頷く。
まったくもって、ショコラもいよいよグルメスライムって感じだものね。
本当に、放っておいたら、何でも食べそうだ。
そんなことを考えながら、やれやれ、とショコラを見ていたんだけど。
不意に、ショコラがぷるぷると踊り出して。
「ぷるるーん!」
「えっ!? ショコラ、これって……」
ショコラの横に、ちょっと小さめの、ショコラと同じ形をした黒いスライムが現れた。
いやいや、ちょっと待って!
これって、もしかして。
「うわ、すごいね、ショコラ。もしかして、これってフェンのを真似したってこと?」
「ぷるるっ!」
さすがに、ちょっと驚きつつも、感心したように笑うフェン。
それに頷き返しながら、ぷるぷると震えるショコラ。
ショコラの横では、黒い小さめのスライムも同じように、ぷるぷるとしているし。
「なるほど、ね。もしかして、これって、『影狼』を食べたせいか、な? それとも……さっきまでのフェンの力の使い方をよく見ていたから、かもしれないけど、ね」
メイデンも興味深げに、ショコラと黒いスライムを見つめる。
と、しばらくすると、黒いスライムが消えて、ちょっとだけ疲れた感じのショコラだけが残った。
それに気付いて、メイデンがマジックポーションをショコラに飲ませる。
「でも、すごいねえ、ショコラ。これって、フェンたちでもちょっとは難しいんだよ? 冗談じゃなくて、本当にお父さんに特訓してもらったら、すごいことになるかも、ショコラって」
闇属性の適性はありそうだ、とフェンが笑いながら、ショコラを抱きかかえて、ぷにぷにする。
ショコラはショコラで、そんなフェンに触られてうれしそうにしてるし。
「本当に、ショコラって、何なんでしょうね? 普通のスライムさんって、こういうことはできるんですか?」
「うーん、粘性種の生態そのものが、あんまりわかっていないから、ね。少なくとも、擬態というか、形状を変えるのは得意だってのは聞いている、よ? 竜種ほどではないけど、粘性種も、そういう性質持ちだから、ね。もっとも、そういう意味で真似が得意なのか、もっと深い意味で、そういうことが得意なのか、となると……詳しいことは、粘性種の人に直接聞いた方がいいかも、ね」
「あ、そう言えば、この町の近くにもスライムの村があるんですものね」
そうそう、『竜の牙』の人たちがよく立ち寄ってるんだよね。
もっとも、町から近くって言っても、『最果てのダンジョン』の中にあるらしいから、まだ、コロネが気軽に行ける場所じゃないんだけど。
まあ、直接スライムさんたちに会うのは大変かも知れないけど、とりあえずは、アランさんやピエロさんとかに聞いてみよう。
今度、スライムの村に行く時は、オサムさんの作ったコラーゲンスープも持って行ってくれることになってるし。
「まあ、はっきりしているのは、コロネの召喚獣ってことだから、ね。だから、コロネもあんまり不安にならないで、きちんと接してあげることが大事だと思う、よ。そういう意味では、家族なんだから」
「はい、もちろんですよ」
そうだよね。
何だかんだ言って、ショコラって、かわいいし。
ショコラの物怖じしないというか、人懐っこいというか、そういう性格には、コロネも救われているところがあるのだ。
まあ、ショコラもすくすくと成長している、って、そんな感じでいいよね?
ふふ、細かいことは気にしないのが一番だよ。
「それじゃあ、もう外はそろそろ日も暮れてるだろうし、ね。今日の訓練は終了としようか、な。次は明後日、ね」
明日は『塔』の営業があるから、とメイデン。
ショコラを抱えながら、フェンちゃんも。
「でしたら、次もフェンが来ますね。たぶん、コロネさんなら、あともう少し、さばき続ければ、慣れると思いますので」
「うん、そうだ、ね。次も今日と同じことをひたすらやって、って感じか、な。後は、コロネも身体強化とか、そっちの自主練は忘れないように、ね」
「はい、わかりました! 今日はありがとうございました!」
そんなこんなで、ふたりにお礼を言って。
一緒に上の階へと戻るコロネたちなのだった。




