第2話 コロネ、料理人に出会う
「ところで、この町で料理人を募集しているお店を知りませんか?」
そうだ、大事なことを聞き忘れていた。
そう思い、コロネは改めて、ダンテに気になっていたことを尋ねてみた。
そもそもコロネは仕事でゲームの中に来ているのだ。
人手が足りないから手伝ってほしい、という話だから、当然、困っているお店があるはずなのだ。この、サイファートの町なのかどうかは知らないが。
「――――あんた、オサムのとこに呼ばれた人か!」
幸いにも、どうやらダンテには思い当たる節があるらしい。
「よし、そういうことならちょっと待ってな。『遠話』で呼び出すから」
「『遠話』?」
よくわからないが、ダンテが天井の方を向いて話し始めた。
「おい、俺だ。オサム、今どこだ? ああ、ちょうどいい。門の詰所まですぐ来てくれ。――ああ、お前にお客さんだ。迷い人ってことだから間違いないだろう。ああ。それは会って確かめろよ。じゃあな」
「ふう。いや、すまなかったな。今、連絡が取れた。もうすぐ来るからちょっと待っててくれ」
「はい。……ところで今のって携帯ですか?」
「携帯? いやいや、今のは俺の『遠話』スキルだ。会ったことがある者なら、簡単な会話を届けることができる魔法だな」
「それって、わたしも使えるようになります?」
「いや、これは珍しいスキルでな、俺も俺以外にお目にかかったことはほとんどないな。だから、門番やらされてるんだが」
そうなんだ、とコロネは残念に思う。
でも、むしろ門番よりも向いていそうなことがあるように思えるのだが。
それから数分だろうか。
詰所へとひとりの男の人がやってきた。
歳の頃なら、四十くらいだろうか。真っ黒いコックコートで身を包んだ、清潔感のあるたたずまいの男。どうやら、この人がコロネが働くお店の人なのだろう。
「少し待たせたか、すまない。俺の方でも探していたんだが、どのあたりにやってくるかまでは見当もつかなくてな。俺の名はオサム。一応、この町で料理人をやらせてもらっている」
「はじめまして。私はコロネと言います。涼風さんに紹介されてきました。ここに来るまではパティシエの見習いをやってました。まだ力不足のところがあるかもしれませんが、頑張りますので、働かせてください」
「ああ。詳しい話は道すがらするか」
そう言って、オサムはコロネについてくるように促す。
「ダンテ、邪魔したな。知らせてくれて助かった。感謝する」
「いいってことよ。それより、その姿ってことは今日は店を開くのか。夜にでも寄らせてもらうから、一品おごれよ」
「……仕方ねえな。お試しメニューでよけりゃ出してやるぞ」
「へえ、また新しい食材が届いたのか? ああ。それで構わねえよ。へへ、こいつは夜が楽しみだぜ」
「きちんと、仕事しろよ……と、じゃあ、行くぞ」
ダンテはお店の常連だったのだろう。
そこそこに会話を切り上げて街中へと向かうオサムに、コロネは慌ててついていく。
そこでコロネは初めて、この世界の町を目にした。
道路には石畳が敷かれている。それに沿うように家や建物が建てられているが、向こうの世界とは異なり、かなり空いたスペースが目立つ。四方が壁で囲まれていることから、町としてはしっかりした作りのように思えていたが、町の中はまだ発展途上というか、できあがっていく途中のような印象を受けた。
「驚いたか? まだこの町もできてから十数年ってとこだからな。まだまだだよ」
コロネの表情に気付いたのか、オサムが話しかけてくる。
「で、コロネと言ったか。向こうから来たので間違いないか? 俺は日本の東京からここへ来た」
「はい。わたしもそうです。正確な場所はわかりませんが、たぶん東京だと思います」
正確な場所がわからない、というくだりで、オサムが渋い顔をした。もしかするとコロネの事情を察したのかもしれない。実際、あの場所が東京だったのかは、コロネにもわからないのだ。それを調べることもできない状況だったから。
「……なるほど、詳しい事情は聞かないが、とにかく、こっちの世界に来てから、俺は約十年になる。ある程度、こっちの話はできると思うが……どこまで説明されている?」
「何も聞いてません。行けばわかる、とだけ。しいて言えば、ここがゲームの中の世界だということだけですね」
自分のステータスなんてものが確認できるのだから、ここはゲームの世界で間違いないのだろう。
「わかった。なら、説明できるところからしていこう。まず、この世界についてだが『ツギハギだらけの異世界』と呼ばれる世界だ。本当に大きな意味では、向こうの世界とそれほど変わらない。様々な生き物が暮し、生まれては死んでいく。変わっているのは、向こうで会話が成立して、はっきりとコミュニケーションがとれるのが人類だけなのに対し、こっちの世界の場合は人類、と一括りで説明するのが難しい存在がいることだ」
世界の呼び名は聞いたことがある。それは涼風さんが口にしていた言葉だ。
「町の中を歩いていれば、気付くな? 見慣れない人々が生活しているのが。ああ、町の外から来たってことは、モンスターにも会ったことがあるかもしれないな」
「はい、ダークウルフさんに町まで案内してもらいました」
「ああ、そのダークウルフがモンスターだ。ちなみにこっちの世界には普通の動物はいない。そのあたりはすべてモンスターに分類されるらしい。だから、俺たちに襲い掛かってくるやつもいれば、俺たちと仲良くなるやつもいる」
ダークウルフはどっちもなのかな、とどうでもいいことを考える。
詳しく聞くと、ドラゴン種とよばれる巨大な種族も、その辺の草むらにいるうさぎなどもすべてモンスターになるのだそうだ。大別すると、人間もモンスターのひとつになってしまうのかもしれないが。
「話を戻すぞ。この町にも、人間種の他に、獣の属性を持つ『獣人種』や自然の属性を持つ『精霊種』や『妖精種』などもいる。物語とかに興味があるなら、エルフやドワーフなども聞いたことがあるかもしれないな。ま、早い話がこのサイファートの町には、向こうの世界じゃ会ったことがないようなやつらがいっぱいいるってことだ」
「聞いていると、なんだか楽しそうですね」
まるでおとぎ話の中に入り込んだようだ。まさに、そういう雰囲気を楽しむことがこのゲームの魅力というものなのかもしれない。
コロネの言葉に少し嬉しそうにオサムが笑う。
「良い反応だ。たぶん、初めは驚くことが多いはずだ。だが、俺の店にはそういうやつらが当たり前のように客としてやってくる。だから、お前さんにはそれが当たり前になってもらう必要がある。最初のうちは店を開く日は給仕として、手伝ってもらいたい。まずは慣れてもらう必要があるからな。甘い物を作ってもらうのはそれからだ」
「はい。わかりました!」
「じゃあ、今度は俺の店の話をするか。ほら、もう着くぞ。あの建物がそうだ」
「え!?」
周囲の建物よりも高い、レンガ作りの建物をオサムが指差した。
それは店というよりも『塔』と呼んだ方が相応しい建物だった。どう見てもむこうの世界の五階建てのビルよりもずっと高い。
今まで通り過ぎた他のお店が一軒家ばかりだったため、コロネはそういうお店を想像していたというのに。
楽しそうな表情を浮かべているオサムを見ながら、何だかとんでもないことに巻き込まれてしまったのではないかと思うコロネであった。