第28話 コロネ、霊獣にもふもふされる
「ふわわは霊獣なの。霊獣、ミストガーゴイル」
「ふわわ、れいじゅう、とうをまもるの」
ふたりがそう、コロネに説明してくれた。
この塔のセキュリティを管理しているのは、ジルバとふわわなのだそうだ。
ジルバは元盗賊の経験から、そういうタイプの人間にも対応した対人の防犯対策を、一方のふわわはその能力を生かして、あらゆる防犯を担っているのだそうだ。
「さっきも見てもらったけど、ふわわは実体を薄めて、ものすごい大きさへと広がることができるの。だから、普段は塔全域に広がってもらって、その範囲を監視してもらっているわけよ」
霊獣。
それは幽霊種の一種で、肉体を持たざる者の中でも、核になる本体が動物の形をしているものを言うのだそうだ。
ふわわの場合、霧状の身体に、羽根の生えた犬のような核を持つ、ミストガーゴイルと呼ばれる種族なのだとか。
その形状は、大きく分けると二パターンで、密度の薄い霧状か、今のように姿が認識できる圧縮状態かのどちらかが基本となる。
圧縮状態だと、振動による会話が可能で、ふかふかの毛玉がむにゅーっとした弾力性を兼ね備えたような触感の身体になるそうだ。
「ふわわ、このとうの、どこにでもいて、わかるの」
「今も、圧縮状態だけど、一部の身体は残してあるらしいの。霧自体が意識の集合体みたいなもんだから、本体と分体でそれぞれコントロールできるんだって。どっちが本体でどっちが分体なのか、あたしにはわからないけど」
「ふわわ、むずかしいこと、わかんない」
なるほど。
ふわわ自身も細かいことはよくわかっていないらしい。
少なくとも、はっきりしていることは、ふわわはこの塔を護ることを役割として、認めていて、その仕事を全うしている、ということだ。
先程、コロネが受けた認証は、ふわわによる安全性の確認であり、それを受けていない者は監視対象となるのだそうだ。
不審な動きを見せれば、即座にふわわが捕縛に動くのだとか。
「でも、ふわわの捕縛って、どうやっているんですか?」
「この子、すごいわよ。幽霊種の特徴でもあるんだけど、とにかく、打たれ強いのよ。物理攻撃、魔法攻撃、両面から、ほぼ無効化してしまうのね。だから、相当の手練れであっても、ふわわには勝てないわ。攻撃手段を持たないのが利点でもあり、欠点でもあるんだけどね。さっき、コロネちゃんもふわわにくるまれたじゃない? あれをもっともっとすごくしたのが、ふわわの捕縛よ。そうだ、ちょっとふわわ、気絶させない程度にやってみて」
「わかった。いくよ、ころね」
え、何が、と思う暇もなく、コロネは再びふわわで包まれた。
「えっ! あああっ! 何この、もふもふふわふわ……」
体中が、もふもふとして、ふわふわとしたもので万遍なく刺激されている感じだ。
極限までふかふかにした布団の感触。
やばい、これ気持ちよすぎる。
この気持ちよい感触にいつまでも包まれていたい欲求に逆らえないのだ。
あ、だんだん眠くなってきて。
「はい、そこまで」
「……あ、あれ?」
コロネが我に返ると、いつの間にか、床に横たわっていた。
いや、意識はあったのだ。
ただ、その気持ちよさに逆らうことができず、されるがままになっていたことに気付く。
「どう? 気持ちよかったでしょ? これがふわわの捕縛よ。どれほどの手練れでも、純粋な気持ちよさには勝てないわ。知っていれば、対策が取れなくもないけど、たぶん、同じような感触は他では作れないし、何が厄介って、精神攻撃の類じゃないのよ。純粋に気持ちいい感触なだけなんだから。これがふわわの『もふもふ殺し』よ」
「ふわわ、つよいの」
ふわわが誇らしげに、大きくなったり小さくなったりしている。
確かにこれは恐ろしい。
中毒性があるのだ。
コロネもまたやってほしいと思ってしまうくらいに。
「恥ずかしい話だけど、あたしも元々は、王都のある貴族によって、この町について調べてくるように命を受けた密偵だったのよ。今は足を洗っているけどね。だから、元盗賊なの。で、この塔に忍び込んだ時に、このふわわにあっという間に骨抜きにされちゃったってわけ」
「じる、ふわわの、ふぁんだって」
「そうなの。で、そもそも、その依頼自体が無理やり脅されてやっていたものだし、捕まっちゃったし、どうしようかな、と思っていたら。マスターを始め、町の人が色々やってくれたみたいで、その貴族も失脚させられて、あたしの事情もすべて調べられてたみたいでね。で、そこから更に色々とあって、オサムさんがマスターってことになったの」
結局、肝心なところはよくわからなかったけど、それからジルバは、塔のセキュリティを任されるようになったのだそうだ。
最初は、ふわわの監視対象だったが、今はすっかり打ち解けて、友達になっているらしい。
「じる、ふわわの、ごはんがかりなの」
「……餌付け?」
「違うわよ。たまたまよ、たまたま。それにふわわのごはんって、ふわわが生まれた場所である、ダンジョンの中でしか手に入らないのよ。さっき見てたわよね? 『霧のしずく』って言って、高濃度の霧のエッセンスを凝縮したしずくなの。ふわわの本体も霧だから、そのしずくを定期的に食べないと、身体が維持できないのね。どんな攻撃も無効にできるけど、自然消滅はあり得る、それが幽霊種なのよ」
「ふわわ、おうち、ここになったの、だから、ごはんいるの」
元々暮らしていた場所は、常に湿度が限界まで高く、霧なり雨なりがずっと続いている場所だったそうで、『霧のしずく』を食べなくても大丈夫だったらしい。
それにしても、お姉さんお姉さんしているジルバにしても、このふわわにしても、みんな色々と複雑な背景があるようだ。
さすがはクセ者ぞろいの町である。
「そういえば、ふわわって、甘いものとか食べられるの?」
「ころね、つくるもの、いいかおり。ふわわ、すき」
「固形物は難しいと思うけどね。香りを食べたりしているんじゃない? コロネちゃんが調理場で料理をするだけでも、ふわわにごはんを与えているようなものかもね」
あ、そうなんだ。
だったら、甘い物を作るだけでもいいのか。
いやいや、香りに特化した料理を目指すべきだね。
「だったら、ふわわのためにも、いつかバニラを入手しないとね」
「ばにら? それ、いいかおり?」
「うん。複雑な甘い香りだったら、トップクラスだね。甘い物には欠かせないよ」
人工香料が開発されたとは言え、お菓子作りにおいて、やはり天然のバニラは必需品だ。あの甘いだけではない風味は、バニラなしでは作れない。
「ふわわ、ばにら、たべたい」
「そうだね。わたしも早く作れるように頑張るよ」
すぐには難しい場所とのことだ。
だけど、いつか、必ず自分の力でバニラを手に入れてみせる。
ふわわのためにも、そう思った。
そんなこんなで、異世界三日目の夜は過ぎていった。




