第26話 コロネ、町のことを知る
「ただいまー、今戻ったよー」
ピーニャと後片付けをしていると、鈴の音が鳴った。
どうやら、ジルバが帰ってきたようだ。
「あ、お帰りなさい、ジルバさん」
「お帰りなのです、ジルバさん」
「ただいまー、コロネちゃんにピーニャちゃん。やれやれ、途中から雨が降ってきちゃってまいったわー。ほんと、勘弁してほしいわね」
「雨? 雨なんか降りましたっけ?」
言われてみると、確かにジルバの服装は少し濡れていた。
コロネが知っている、エプロンドレス姿ではなく、今日は部分鎧を身に着けた、冒険者スタイルの服装だ。そういえば、元ハンターって言っていたような気がする。
元なのに、活動はしているのかな。
いや、そうじゃなくて、町では雨が降った記憶がないんだけど。
「いやー、あたしが潜ったダンジョンの話よ。あたしの友達のごはんが切れちゃったから、取りに行ったんだけど、そこがいっつも雨なのよ。何度行っても嫌になっちゃう」
「え? ダンジョンって、洞窟みたいなところですよね。中で雨なんて降るんですか?」
「コロネさん、一口にダンジョンと言っても、屋根付きのところばかりではないのです。例えば、エルフで有名な『大樹海』もダンジョンですが、あれは森なのですよ。普通に雨も降るのです」
ピーニャが教えてくれた。
コロネがイメージしていたダンジョンは、洞窟系のダンジョンのことなのだそうだ。
実際は、色々なパターンがあって、その場所によって特色が違うのだとか。
特色って何、って話だけど。
「ジルバさんが潜っているダンジョンは、この町の近くにある『最果てのダンジョン』なのですよ。まだできてからの歴史は浅いのですが、もうしばらくすると、『無限迷宮』に認定されると噂されているのです」
「そういえば、『無限迷宮』って何? 確か『大樹海』もそうだって聞いたけど」
「世界にいくつかある、踏破困難地帯のことよ、コロネちゃん。ようするに、最深部まで足を踏み入れるのが難しい場所のことね。基準はいまいちよく分からないけど、教会本部で認定しているみたいよ」
そうなんだ。
ジルバによれば、『無限迷宮』の認定を受けている場所は六つ。
エルフの街の側にある『大樹海』。
英霊たちが眠る場所『戦闘狂の墓場』。
伝説生物が闊歩する島『幻獣島』。
通称が神界入口とされる『空中回廊』。
フードモンスターの巣『闇鍋』。
海底深部の神聖地帯『海神殿』。
以上の六つなのだそうだ。
何だか、どれも聞いただけでも物々しい。
ひとつだけ、コロネが興味を持ったのは、フードモンスターの巣だ。
「まあ、公表されているのがこの六ヶ所ってだけだけどね。実はもっと多かったとしても驚かないわ。この世界は広いから。別に、足を踏み入れただけでどうにかなるって話じゃないんだけど、まあ、興味本位で近づくとケガするわよーって、教会が注意を促してるのね。それが『無限迷宮』ってこと」
「どちらかと言えば、恐れられているのは、『魔王領』の方なのです。普通の人たちは動かない迷宮より、襲ってくる魔族の方を怖がるものなのですよ。普通は」
ピーニャが補足してくれる。
ていうか、魔王って。
そっちの方がびっくりだよ。
「この世界には魔王がいるの?」
「あれ? コロネさんは聞いていないのですか?」
「まあ、マスターにとっては、魔王よりも料理の方が大事だもんね。仕方ないか」
「え? どういうことです?」
何やら、ふたりが顔を見合わせている。
また、コロネは何か大事なことを説明されていないのだろうか。
「いえね、このサイファートの町がどうして、発展途中なのかって話と、普通はこんなに美味しい食事があるんだから、お客さんが外から来てもいいとか、思ったことはないかってこと」
「確かにそうですよね」
そういえば、何となく不思議には思っていたのだ。
王都でも食べられない料理が普通にあるのに、ほとんどが町の人だけなんて。
確かにおかしい話だ。
「コロネさん、このサイファートの町は『魔王領』に接しているエリアにあるのですよ。東の森を越えたところに海が広がっているのですが、そこを越えた場所が『魔王領』なのです」
「えっ! そうなの?」
「そうそう。正直、開拓団を派遣した王都も、まさか本当に町を作ることができるなんて思ってなかったみたいよ? だからこの町は王都からの束縛がほとんどないの。ある種、自由都市みたいな扱いね」
ようするに、普通は怖がって、町へと来ようとしないそうだ。
確か、ブランの話でも、当初は高レベルのモンスターがいっぱいいたと聞いている。
今、町にいるのは、それを知った上で滞在しているわけで、それなりに肝が据わっている人が多いのだとか。
「コロネちゃん、確か、ダークウルフに会っていたわよね。あの子、普通に戦ったら、王都の騎士が大隊単位で挑んでも太刀打ちできないわよ。色々あって、町に対して、協力的になってくれてるからいいけど、そうじゃなかったら、ただの脅威だもの」
低レベルの相手なら、脅すと言っても手加減してくれているそうだ。
さもなければ一瞬で終わっているのだとか。
ダークウルフの本質は、その圧倒的な速度にあるそうだ。
うん、無事でよかった。
「おかげでクセのある人が集まってる気もするけどね。まあ、一番のクセ者はマスターなんだろうけどねー」
「なのです。オサムさんに比べたら、魔王なんてかわいいものなのです。コロネさんもこの事実を知ったからと言って、気にする必要はないのです。甘いものに勝る正義はないのですよ」
「そういうものかな……」
何となく、ふたりの態度を見ているとそんな気がしてくるから不思議だ。
というか、オサムは何をしたら、こういう評価になるのだろうか。
知りたいような知りたくないような。
「誰が、クセ者だ。誰が」
「うわ、びっくりした!」
その当事者が後ろに立っていた。
それにしても、いつの間にか後ろに立つのは、心臓に悪いからやめてほしい。
「あ、マスター、ただいまー。何とか、ごはん取ってこれたから、これで大丈夫よ」
「おう、お疲れ。一日がかりですまないな。それじゃあ、さっさとシャワーでも浴びて、着替えてきてくれ。ジルバがそろうのを待って、夕食だ」
「了解、マスター。じゃあね、コロネちゃん。ピーニャちゃん」
そう言って、ジルバは塔の上へとあがっていった。
「どうやら、『ヨークのパン』の方も順調のようだな。それじゃ、飯の準備をしようぜ。後は運ぶだけだから手伝ってくれ」
「わかりました」
「なのです」
オサムの言葉に、ピーニャと一緒に三階の調理場へと向かう。
もうすでに、魔王の話は頭の隅へと吹き飛んでいた。
やっぱり、ごはんは偉大なのだ、と。




