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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第1章 はじめての異世界 ~食材探し奔走編
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第25話 コロネ、ブリオッシュを作る

 プリムは食材を保管庫に置くと、帰って行った。

 また明日も来るのだそうだ。

 プリンをよろしくお願いします、と何度も念押しされた。

 よほど気に入ったらしい。

 まあ、名前が似ていることも含めて、運命とか言っていたくらいだし。


「コロネさん、パン屋はもう閉めてきたのです。早速、パン作りを始めたいのですよ」


 一方、ピーニャの方も、今日の分の仕事を片付けて、準備万端といった感じだ。

 朝から楽しみにしていたみたいだし、当然か。


「じゃあ、始めようか。ブリオッシュ、こっちでいうところの『ヨークのパン』作り。始めに断わっておくけど、今からするのは発酵までの準備だけだよ。これ以降の工程は明日の朝五時以降じゃないとできないから、焼けたパンが完成するまではもうちょっとかかるからね」


「なのです。パン作りはそういうものだと聞いているのです。問題ないのですよ」


「うん。だったら大丈夫。普通のパン作りについては、ピーニャも詳しいと思うから、一緒に作業もしてもらうね。それじゃあ、始めるよ」


 そう言って、コロネは冷蔵庫から準備しておいた材料を取り出す。

 それを作業台の上に並べていく。


「もう知ってるかもしれないけど、改めて説明するね。パン作りにおいて、もっとも大事なことは温度の管理なの。良い状態の生地を作ること、そして、適切な発酵を進めること、それらに必要なのは、温度の管理なのね」


 極端に言ってしまうと、同じ材料を使って、同じ工程でパンを作っても、その日の温度によって味が変わってしまうのだ。だからこそ、その日の温度を把握し、その温度に適した工程に対応できるかどうか、それがパン屋には求められるのだ。

 これは、パティシエもまったく同じで、そういう意味では料理人にとって、必要なスキルとも言える。

 すべての料理の基本、と言っても差し支えないものだろう。


「だから、今日は、今日の温度に合わせて、手順を進めていくから、そのつもりでね。こればかりは試行錯誤を繰り返して、感覚をつかんでいくしかないかな。その点では、ピーニャは毎日それができるから、意識していくといいと思うよ。そうだ、小精霊を感知できるなら、パンの素の状態を確かめていくのも手だね。あ、今日はあまり元気がないな、少しゆっくり寝かせよう、とか。今日はすごく元気だから、パンがすぐ膨らみそう、とかね」


 酵母の状態が把握できる、というのは少しうらやましい。

 普通は勘と経験に頼る部分を、直接認識できるのだから、元々ピーニャはパン屋に向いているのだ。


「はいなのです。パンを作るときは意識してスキルを使ってみるのです」


「うん。じゃあ、次は材料について。『ヨークのパン』を作るために必要なのは、精製した小麦粉、できれば普段使っている全粒粉じゃなくて、ここに用意した白めの小麦粉ね。硬質小麦……硬めの小麦を精製してできる強力粉って言うんだけど。こっちについては、後でブラン君とも相談してみるよ。わたしも数時間かけて、この量しか確保できなかったから。まあ、とにかく、この小麦粉を使うと、白いパンが作れるの。白いパンを目指すなら、小麦粉に挑戦しないといけないってわけ」


 粉にする手順を見直さないと、余計な労力になってしまう。

 ピーニャはパン屋としての量が必要なのだから、そこを修正してからじゃないと、二度手間なのだ。だから、このことは今は置いておくことにする。

 完全に粉にする前に、胚芽と表皮を取るだけでも大分変わってくるはずだ。


「そして、塩とここで使っている『パンの素』、それにたまごにバター、あとはハチミツとミルクだね」


 本当は、ハチミツより砂糖の方がいいのだろうが、今のコロネが手に入れた材料だとこうなる。


「それで、ミルクだけど、半分はミルクを使ったパンを、もう半分は使わないパンを作ろうと思うのね。どのくらい味が変わるかがはっきりわかると思うから」


「ミルクを使わなくても、作れるのですか?」


「うん。ブリオッシュ……『ヨークのパン』は仕込みの水の代わりにたまごを使って、バターをたっぷり使ったもののことを言うの。だから、そのたまごの部分を卵黄、つまり黄身の部分だけ使って、その分、ミルクで補うやり方もあるんだよ。まあ、パンの作り方に関しては、作る人の数だけあるから、これが正しいやり方っていうのが説明しづらいんだけどね」


 この説明にしたところで、コロネが教わって作った製法のうちのひとつに過ぎない。

 一言でブリオッシュ、と言っても、色々な工夫があるのだし。

 だからこそ、パン作りは奥が深いとも言える。


「じゃあ、続けるね。今日はあえて、全卵、つまりたまごをそのまま使って作るやり方にするよ。たまごの黄身だけの分量を増やすと美味しくなることもあるけど、最初は基本から、ね。作り方を覚えたら、ピーニャが色々とアレンジしてみるといいよ」


「はいなのです」


「では、作る前の注意点ね。このパンはミキシング、つまりパン生地をかき混ぜてこねていく工程ね。この工程をしっかりする必要があるパンなの。だから、かき混ぜていくうちに熱が発生してしまうから、準備の段階で材料を冷やしていく必要があるの」


「熱、なのですか?」


「そう。摩擦熱っていうの。手をこすり合わせると暖かくなってくるでしょ? それと同じことが手と小麦粉で起こっているのね。ここで、最初に言っていた温度管理の重要性が出てくるのね。暑い日だと熱が発生しやすくなるから、工夫しないと美味しいパンが作れなくなるってわけ」


「なるほど、なのです。あ、でもバターは冷蔵庫に入っていなかったのですよね?」


 あ、そこに気付いてくれた。

 さすがはピーニャだ。


「うん。バターは混ぜるとき、硬すぎても柔らかすぎてもダメなの。だから、作るのに合わせて、十五分から三十分くらい室温で置いて、ならしておく必要があるのね」


「つまり、あまり早すぎてもダメなのですね?」


「そういうこと。じゃあ、これで事前の説明は終わったかな。それじゃあ、ここから作るのに入っていくよ」


 バター以外のよく冷やした材料をボールに入れて、混ぜていく。

 ここでは、ミルク入り、ミルクなしをそれぞれ分けている。


「今入れた分量が、それぞれの適量かな。まあ、ピーニャが自分で微調整して、好みを合わせても大丈夫だよ。じゃあ、ここから混ぜていくよ。あ、ピーニャはそっちのミルクなしの方をお願いね。わたしが、もう終わりっていうところまで」


「わかったのです」


 ふたりで黙々とミキシングをしていく。

 やはり、この工程ではピーニャの方が慣れている。うまいものだ。

 あと、今回は身体強化は使わないでもらっている。

 タイミングが合わないと説明がしづらいからだ。


「はい、その辺でいいよ。じゃあ、バターを混ぜていこうか。分量の三分の一ずつ、三回に分けて、バターを混ぜていくよ。今度は逆に混ぜすぎないように、バターがムラなく混ざったら、次、という感じかな。それも言っていくから大丈夫」


「はいなのです」


 ポイントとしては、バターを加えるまでがしっかり、でバターを加えたらあっさり、という感じだろうか。これも人それぞれなので、説明が難しいのだが。


「はい、そこまでね。これで、四十五分ほど置いてから、パンチ、つまりガス抜きをして、低温で十四時間置いておくの」


 さて、パンチまで、少し時間がある。

 というわけで、ピーニャが明日のためのジャムを作りたいというので、それに付き合うことにする。


「それにしても、結構な量の果物だね。こんなに売れるの?」


「実はこれ、数日分のつもりだったのですが、プリムさんからも頼まれてしまったのです。そうなると、その前の売り切れが怖いのですよ」


 なるほど。

 今日もいつもよりパンが売れたということだし、その可能性もあるか。


「そういえば、果物の種類も増えているんだね」


「なのです。アルバイトさんからの意見も取り入れて、色々試しているのですよ。皆さん、甘いパンを気に入ってくれて何よりなのです」


 そう言って、鍋をせっせとかき混ぜるピーニャ。

 今度は身体強化フル稼働だ。

 コロネも負けじと一生懸命手伝う。


 そんなこんなでジャムが完成した。

 ちょうど、時間もパンチできそうな良い時間だ。


「じゃあ、生地を取り出して、平らにたたいて押しつぶすよ。この時の注意点は、生地全体が均一に冷えるように、生地を薄めに伸ばしておくことかな」


 言いながら、ピーニャに見本を示す。

 手に取ると薄くなった生地がわかりやすい。


「こんな感じね。この伸びるんだけど、ちょっと切れやすいかな、ぐらいの状態までミキシングするのがポイントね」


「はいなのです。ピーニャもやってみるのです」


 さすがは、パン工房のトップ。

 見ただけで分かってくれたようだ。

 はっきり言って、コロネより要領がいい。


 こうしてできた生地を低温の保管庫へ持っていって、発酵準備は終了だ。


「お疲れ様、ピーニャ。どう? ここまでは」


「面白いのです! 生地の硬さも普段のパンとは少し違うのですね」


 ピーニャも楽しそうで何よりだ。

 料理は、やっぱり楽しくないとね。


「じゃあ、今日の工程はここまでね。続きは明日の五時半からね」


「わかりましたのです。コロネさん、今日はご教授ありがとうございましたなのです」


 そう言って、ピーニャが満面の笑みを浮かべた。

 それだけで、コロネもうれしくなる。


 こんな日々を喜ばしく思うコロネだった。

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