第24話 コロネ、皆とプリンを食べる
「悪い悪い、少しばかり遅れた。すぐ戻るつもりだったんだが」
プリムとの商談が終わった後、ちょっとしたらオサムが塔へと戻ってきた。
魔法屋のフィナのところに、ハーブティーを届けに行っていたとのこと。ちょっと味見をしてもらって感想を聞くつもりが、そこで捕まってしまったらしい。
「おかげで面白いことがわかったぞ。ハーブティーに入れるハーブは、たくさんの種類を入れるより、種類を選別して合わせた方が効能が増すようだな」
「へえ、入れればいいってわけじゃないんですね」
フィナが何種類か飲んで、回復量の感覚を確認したのだそうだ。
さすがは魔法のプロフェッショナルである。
そういえば、こちらのハーブについても、あまりよく知らないような気がする。
お菓子作りにも必要になってくるだろうから、後で調べてみよう。
それこそ、フィナが詳しそうだ。
魔法食材だし。
「まあ、そういうことでしたら仕方ありませんが、気を付けてくださいね。料理のことになりますと、オサム様は周りが見えなくなることがありますので。嫌ですからね、また、まる一日待ちぼうけというのは。わたくしも、こう見えて暇ではありませんので」
「あの時は、本当にすまなかったな。だが、米の野生種が見つかったとあっては、さすがに仕方ねえよ。あれは俺にとってのソウルフードだからな」
「まったく……仕方ありませんね。言うだけ無駄なのはわかっておりますとも」
プリムのぼやきに、オサムが苦笑する。
謝っているはいるが、反省はしていないようだ。また、興味のある食材が見つかったら同じことをしそうな雰囲気だ。
プリムはもう少し怒っていいと思う。
「では、オサム様。こちらが本日の食材のリストです。追加で必要なものがありましたら、お教え願います。明日の営業に間に合うよう手配します」
プリムが一枚の紙を手渡す。
さっき、パン工房でメモをしていた紙でもあるようだ。
それにしても、プリムは複数の食材を取り扱っているのか。
どちらかと言えば、商社のような感じだ。
「ああ、いつもすまないな。そうだな、念のため、これとこれを追加で頼む。リディアが昨日、面白いものを持ってきたから、明日出してみようと思ってな」
聞くと、リディアがまた大物を持ってきたそうだ。
明日のオススメはこれで決まったのだとか。
詳しくは、明日までの秘密ということで、コロネにも教えてくれなかったが。
「わかりました。オサム様もサプライズを用意されているのですか。これは、コロネ様のプリンともども、楽しみなことになりそうですね、明日の営業は」
「ああ、ちょっとは期待してもいいぜ。それにしても、このプリンは美味いな。さすがは本職だ。向こうでは、甘い物における『コンビニの壁』ってやつがあってな。いざ店で出すとなると、最低限そこを越えていないと、とてもじゃないが売れないんだよ。うん、これは間違いなく、壁越えの味だな」
「なるほど、そのような壁が。さぞかし高い壁なのでしょうね」
オサムの言葉に感心したように、プリムが頷く。
たぶん、コンビニの意味はわかっていないと思うけど。
ちなみに、プリムにはもうひとつプリンを出した。さすがにあんな真剣な目をした人の前で、三人だけで食べるわけにはいかなかったし。
「コロネさん、すごいのです! これがたまごとミルクとハチミツだけで作れるのですか!? 信じられない美味しさなのです!」
「それは、たまごもミルクも新鮮なものだったからだよ。ミルクって甘い物を作るうえでかなり重要なんだから。こっちではあまり使われていないって聞いて、もったいないなあって思ったよ」
「なのです。この味を知れば、よくわかるのです。もしかして、パンにもミルクを使えますか?」
「分量を調節するのは必要だけどね。それに、この後作るパンもミルクは使うよ? どうなるかはその時説明するね」
「わかったのです」
ピーニャがうれしそうに笑う。
甘いパン、生地編のその一だ。
朝から楽しみにしてくれていたみたいだし。
「それにしても、わたしくは二つ目ですが、このプリンの味も、ぷるんとした食感も、本当に素晴らしいですね」
「本当のことを言えば、まだ未完成ですけどね。食材が足りてませんから」
贅沢を言えば、バニラの香りがほしいところだ。
バニラの入手もカカオと同様、コロネにとっては必須の要素であるため、この世界での長期目標でもある。
「うん? コロネ、足りない食材ってのは何だ?」
「バニラですよ。バニラビーンズ。オサムさん、こっちでバニラを見かけたことってありますか?」
「なるほど、バニラか。いや、それっぽい食材は口にしたことがある。バニラそのものじゃないがな。一応、妖精種に伝わる魔法食材だったはずだ。希少価値が高いのと、場所が場所だからなあ……コロネがもう少し強くなってからの話だな。興味本位で向かわれても困る。今のままだと、無事に帰ってこれないだろう」
なるほど。
それでも、バニラはあるかもしれないんだ。
とりあえず、今はそれがわかっただけでも、良しとしよう。
ふと、見るとプリムが少し震えているような。
「これで……未完成ですか」
「プリムさん、落ち着くのです! はい、深呼吸なのです!」
「大丈夫です、大丈夫。それにしても、これで未完成ですか。いつか、コロネ様の手による完成されたプリンが食べたいものです」
いつか、ね。
プリムの言葉にコロネも頷く。
いつか、バニラを手に入れて、完成したプリンを食べてもらいたい、と。
コロネ自身もそう、思った。




